episode5.白砂の攻防、黒外套の影
「荷車が動くところを見せてやるよ」
オレは操作箱へ歩み寄った。
セヴァンがついてくる。
サーラは槍をわずかに下げ、グリッツを荷車の左後方へ誘導するよう位置を変えた。
「ここへ来て。近くで見ないと、補強板が保つか分からないだろ」
グリッツは疑っている。
けれど、荷車も欲しい。
それに、オレを近くで見ていたい、触れてみたいという欲も隠せていなかった。
「妙な真似をしたら、そのきれいな顔から切るぞ」
「弓を下げさせた意味なくなるけど」
「口の減らねえ奴だ」
グリッツが左後輪のそばまで来る。
二人の野盗もついてきた。
操作箱の蓋を開く。
古い針はまだ半分より下にある。
修理後の試運転で、最低出力なら後輪を短く動かせることは分かっている。
長く回せば補強へ負担が掛かる。
一瞬ならいい。
オレは片手をレバーへ置いた。
もう片方は、外套の下でナイフの柄を握る。
防砂板を固定している索は、さっき積荷を戻す前に仮留めしただけだ。
「よく見ててよ、“砂裂き”さん」
レバーを逆へ倒した。
後輪の覆いの中で、機械が低く吠える。
左の車輪が白砂を強く掻いた。
乾いた砂が、壁のように跳ね上がる。
「なっ――!」
グリッツと二人の野盗が顔を覆った。
同時にナイフを抜き、防砂板の留め索を切る。
折り畳まれていた板が倒れ、括りつけていた空容器が三つ、金属音を立てて転がった。
野盗たちの足元が崩れる。
「今だ!」
オレが叫ぶより早く、サーラは動いていた。
幅広の槍先が白砂を切る。
グリッツの大鉈の柄を下から跳ね上げ、その手首へ石突きが打ち込まれた。
鉈が砂へ落ちる。
車体係の男が長い工具棒で鉤槍を受け、若い荷獣係が投石具を振った。小石が弓手の手元へ当たり、矢が明後日の方向へ飛ぶ。
年嵩の女は防砂板を盾にし、二頭の砂駄獣と水容器の前へ立った。
セヴァンは、オレと野盗の間へ入る。
振り下ろされた鉈を仮支柱で受けた。
金属と金属がぶつかり、耳の奥へ響く。
そのまま力任せに押し返すのではない。刃の向きを外へ流し、相手の足が砂へ沈んだ瞬間だけ、柄を横へ払う。
男の身体が一回転し、白砂へ転がった。
別の野盗が鎖を振る。
「セヴァン、右!」
声をかける前から、彼は動いていた。
重りを支柱へ絡ませ、引かれる力を利用して相手を前へ崩す。倒れた男の肩をつかみ、荷車から遠い側へ投げる。
投げた、といっても、空高く放り上げたわけではない。
傷つけるより、危険から遠ざけるような動きだった。
強い、というより、迷いのない鮮やかな身のこなし。
誰かが倒れる場所へ先に入り、刃が届く前へ腕を出す。
自分が攻撃されることより、後ろにいる人間へ通さないことを優先している。
グリッツが砂を振り払い、落ちた鉈へ手を伸ばす。
オレは近くにあった空容器を蹴った。
丸い胴が転がり、男の手首へぶつかる。
「てめえ!」
「きれいな顔から切るんじゃなかったの?」
「あとで泣かせてやる!」
「泣く子も黙るんじゃなかった?」
言い返しながら後ろへ下がる。
グリッツの顔が怒りで赤くなる。
怒らせるのは危険だ。
でも、怒った人間は見る場所が狭くなる。
案の定、男はサーラの槍先を忘れ、オレへ向かって踏み込んだ。
サーラが横から柄を払う。
膝裏を正確に打たれ、グリッツが片膝をついた。
「頭ァ!」
片目を覆った男が鉤槍を突き出す。
サーラへ向けたものではない。
槍の鉤が、まっすぐオレの肩口を狙っていた。
避けようとした。
けれど、背後には倒れた防砂板があり、踵が縁へ引っ掛かる。
身体が止まった。
次の瞬間、目の前を黒い外套が塞いだ。
セヴァンが間へ入ってきたのだ。
仮支柱で鉤槍の柄を弾いた。
先端は逸れた。
けれど、その横から頭を剃った女の鉈が走る。
布が裂ける音がした。
セヴァンの身体が、一度だけ強く揺れた。
「セヴァン!」
「平気だ」
振り返らずに答え、支柱の端で鉈の手元を押し返す。
女は武器を手放し、よろめいた。
セヴァンは追わなかった。
オレの前へ立ったまま、次の相手を見ている。
そのときは、外套が裂けただけだと思った。
戦いは、そこから長くは続かなかった。
弓手は二人とも武器を落とし、鉤槍の一人は砂へ倒れている。グリッツは武器を取り戻せず、サーラの槍先が喉元へ向けられていた。
死ぬほど深くはない。
けれど、一歩でも進めば皮膚へ触れる距離だ。
「まだ続けるかい」
サーラの呼吸は乱れていなかった。
グリッツは歯を剥き、周囲を見る。
部下たちは傷つき、足並みも崩れている。
こちらにも怪我人はいるが、水と荷車は守られたまま。
それに、セヴァンがいる。
大男は仮支柱を持ったまま、グリッツからオレへ向かう道を塞いでいた。
「……今日は見逃してやらァ!」
グリッツが吐き捨てる。
「それ、負けた奴が言う台詞だよ」
「黙れ、人形!」
「次は荷車も直ってるから、もっと勝てないと思うよ!」
「覚えてやがれ!」
野盗たちは武器と負傷者を拾い、砂丘の向こうへ退いていった。
誰も死んではいない。
立てない者には仲間が肩を貸し、最後にグリッツがこちらを睨んでから姿を消す。
風が吹く。
荒い足跡の上へ、白い砂がさらさらと流れ込んだ。




