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白砂に沈んだ世界で、君と明日のパンを焼く  作者: 玻璃 れにか
第二章 砂風の平焼きパン
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episode5.白砂の攻防、黒外套の影

「荷車が動くところを見せてやるよ」


 オレは操作箱(そうさばこ)へ歩み寄った。

 セヴァンがついてくる。

 サーラは(やり)をわずかに下げ、グリッツを荷車の左後方へ誘導するよう位置を変えた。


「ここへ来て。近くで見ないと、補強板(ほきょうばん)()つか分からないだろ」


 グリッツは(うたが)っている。

 けれど、荷車も欲しい。

 それに、オレを近くで見ていたい、触れてみたいという欲も隠せていなかった。


「妙な真似をしたら、そのきれいな顔から切るぞ」

「弓を下げさせた意味なくなるけど」

「口の減らねえ奴だ」


 グリッツが左後輪のそばまで来る。

 二人の野盗(やとう)もついてきた。


 操作箱の(ふた)を開く。

 古い針はまだ半分より下にある。

 修理後の試運転で、最低出力なら後輪を短く動かせることは分かっている。


 長く回せば補強へ負担が()かる。

 一瞬ならいい。


 オレは片手をレバーへ置いた。

 もう片方は、外套(がいとう)の下でナイフの()を握る。


 防砂板(ぼうさばん)を固定している(さく)は、さっき積荷(つみに)を戻す前に仮留(かりど)めしただけだ。


「よく見ててよ、“砂裂(すなさ)き”さん」


 レバーを逆へ倒した。


 後輪の(おお)いの中で、機械が低く()える。

 左の車輪が白砂を強く()いた。


 乾いた砂が、壁のように跳ね上がる。


「なっ――!」


 グリッツと二人の野盗が顔を覆った。


 同時にナイフを抜き、防砂板の()(さく)を切る。

 折り(たた)まれていた板が倒れ、括りつけていた空容器が三つ、金属音を立てて転がった。


 野盗たちの足元が崩れる。


「今だ!」


 オレが(さけ)ぶより早く、サーラは動いていた。

 幅広の槍先(やりさき)が白砂を切る。


 グリッツの大鉈(おおなた)の柄を下から跳ね上げ、その手首へ石突きが打ち込まれた。

 鉈が砂へ落ちる。


 車体係の男が長い工具棒で鉤槍(かぎやり)を受け、若い荷獣(にじゅう)係が投石具を振った。小石が弓手の手元へ当たり、矢が明後日の方向へ飛ぶ。

 年嵩(としかさ)の女は防砂板を盾にし、二頭の砂駄獣(さだじゅう)と水容器の前へ立った。


 セヴァンは、オレと野盗の間へ入る。

 振り下ろされた鉈を仮支柱(かりしちゅう)で受けた。


 金属と金属がぶつかり、耳の奥へ響く。

 そのまま力任せに押し返すのではない。(やいば)の向きを外へ流し、相手の足が砂へ沈んだ瞬間だけ、柄を横へ払う。


 男の身体が一回転し、白砂へ転がった。

 別の野盗が(くさり)を振る。


「セヴァン、右!」


 声をかける前から、彼は動いていた。

 重りを支柱へ絡ませ、引かれる力を利用して相手を前へ崩す。倒れた男の肩をつかみ、荷車から遠い側へ投げる。


 投げた、といっても、空高く放り上げたわけではない。

 傷つけるより、危険から遠ざけるような動きだった。

 強い、というより、迷いのない鮮やかな身のこなし。


 誰かが倒れる場所へ先に入り、刃が届く前へ腕を出す。

 自分が攻撃されることより、後ろにいる人間へ通さないことを優先している。


 グリッツが砂を振り払い、落ちた(なた)へ手を伸ばす。

 オレは近くにあった空容器を()った。

 丸い胴が転がり、男の手首へぶつかる。


「てめえ!」

「きれいな顔から切るんじゃなかったの?」


「あとで泣かせてやる!」

「泣く子も黙るんじゃなかった?」


 言い返しながら後ろへ下がる。


 グリッツの顔が怒りで赤くなる。

 怒らせるのは危険だ。


 でも、怒った人間は見る場所が(せま)くなる。

 (あん)(じょう)、男はサーラの槍先を忘れ、オレへ向かって踏み込んだ。


 サーラが横から柄を払う。

 膝裏(ひざうら)を正確に打たれ、グリッツが片膝をついた。


「頭ァ!」


 片目を覆った男が鉤槍(かぎやり)を突き出す。

 サーラへ向けたものではない。


 槍の(かぎ)が、まっすぐオレの肩口を狙っていた。

 避けようとした。


 けれど、背後には倒れた防砂板があり、(かかと)(ふち)へ引っ掛かる。

 身体が止まった。


 次の瞬間、目の前を黒い外套(がいとう)(ふさ)いだ。


 セヴァンが間へ入ってきたのだ。

 仮支柱で鉤槍の柄を弾いた。


 先端は()れた。

 けれど、その横から頭を()った女の鉈が走る。


 布が裂ける音がした。

 セヴァンの身体が、一度だけ強く揺れた。


「セヴァン!」

「平気だ」


 振り返らずに答え、支柱の端で(なた)の手元を押し返す。

 女は武器を手放し、よろめいた。


 セヴァンは追わなかった。

 オレの前へ立ったまま、次の相手を見ている。


 そのときは、外套が裂けただけだと思った。


 戦いは、そこから長くは続かなかった。

 弓手は二人とも武器を落とし、鉤槍の一人は砂へ倒れている。グリッツは武器を取り戻せず、サーラの槍先が喉元(のどもと)へ向けられていた。


 死ぬほど深くはない。

 けれど、一歩でも進めば皮膚(ひふ)へ触れる距離だ。


「まだ続けるかい」


 サーラの呼吸は乱れていなかった。

 グリッツは歯を()き、周囲を見る。


 部下たちは傷つき、足並みも崩れている。


 こちらにも怪我人はいるが、水と荷車は守られたまま。

 それに、セヴァンがいる。


 大男は仮支柱を持ったまま、グリッツからオレへ向かう道を塞いでいた。


「……今日は見逃してやらァ!」


 グリッツが吐き捨てる。


「それ、負けた奴が言う台詞だよ」

「黙れ、人形!」


「次は荷車も直ってるから、もっと勝てないと思うよ!」

「覚えてやがれ!」


 野盗たちは武器と負傷者(ふしょうしゃ)を拾い、砂丘の向こうへ退いていった。


 誰も死んではいない。

 立てない者には仲間が肩を貸し、最後にグリッツがこちらを(にら)んでから姿を消す。


 風が吹く。

 荒い足跡の上へ、白い砂がさらさらと流れ込んだ。

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