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白砂に沈んだ世界で、君と明日のパンを焼く  作者: 玻璃 れにか
第二章 砂風の平焼きパン
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episode4.急襲、風牙団

 ひと目で、隊商でも旅人でもないと分かった。

 装備がばらばらだった。


 ()せた男は、旧機械の外装板(がいそうばん)を胸へ紐で(くく)りつけている。頭を()った女は、首へ獣の牙を何本も巻き、長い(なた)を持っていた。片目を汚れた布で覆った男の手には、先端が内側へ曲がった鉤槍(かぎやり)。布を巻いただけの靴を履いた若者が二人、短い弓へ矢をつがえている。


 金属片を重りにした(くさり)

 (のこぎり)のように何本もの刃を継いだ鉈。

 廃材を貼り合わせた盾。


 どれも作りは(あら)い。服も防具も砂に汚れ、革は乾いてひび割れている。

 けれど、(やいば)だけはよく研がれていた。


 頬はこけ、水袋は薄く(しぼ)んでいる。

 ()えているのだろう。


 何日も満足に食べていないのかもしれない。水だって残り少ないはずだ。

 それでも、こちらを見る目には助けを求める色などなかった。

 あるのは、欲しいものを見つけた獣の目だ。


 集団の中央から、一人の大男が進み出た。

 体格はいいが、セヴァンほど均整(きんせい)が取れているわけではない。腹も肩も厚く、歩くたび、奪ったものを全部身につけてきたような装具が鳴る。

 砂埃(すなぼこり)で赤茶けた長い髪を、獣骨(じゅうこつ)と金属輪で(たば)ねている。左肩には、旧機械の外装板を加工した巨大な肩当て。胸元には(かぎ)や小さな交易札が、戦利品のようにいくつも()られていた。


 口元から(のぞ)く歯の一本だけが、鈍い銀色をしている。

 肩へ担いでいるのは、農具の刃を打ち直したような幅広の大鉈(おおなた)だった。

 男は荷車と砂駄獣(さだじゅう)、水容器、こちらの人数を順に見た。


 大仰(おおぎょう)な格好に似合わず、目だけは細かく動いている。

 ただの馬鹿ではない。

 その男が大きく息を吸い、両腕を広げた。


「泣く子も黙る《風牙(ふうが)団》! その頭、“砂()き”のグリッツとは、俺のことよォ!」


 白い荒野へ、やたらと大きな声が響いた。

 サーラが槍の石突きを砂へつける。


「知らないね」

「何だとォ!?」

「名を売りたいなら、荷を奪うより先に交易印(こうえきいん)でも作りな」


 隊商の若い男が、緊張しているくせに小さく()き出した。

 グリッツの金属歯がぎらりと光る。


「いい度胸だ、オバさん。だが、俺は話の分からねえ男じゃねえ」

「それはありがたい」

「荷車と積荷(つみに)、水と獣を置いて消えろ。今日のところは命まで取らねえ」


「ずいぶん気前がいいね」

「俺たちゃ腹が減ってんだよ。死人の服を()ぐより、生きたまま裸で歩かせるほうが手間もねえ」


 後ろで野盗たちが笑った。

 乾いた、喉の奥へ砂が詰まったような笑いだった。


 腹を空かせているのは分かる。

 水が欲しいのも、歩かずに荷を運べる車が欲しいのも分かる。


 オレたちだって同じだ。

 だからといって、こっちの明日を渡してやる理由にはならない。


「断る」


 サーラの答えは短かった。


「ハッ、そう言うと思ったぜ」


 グリッツが大鉈を肩から下ろす。

 その後ろで弓が持ち上がった。


 セヴァンが半歩、オレの前へ出る。

 いつもより呼吸が静かだった。

 肩の力は抜けているのに、大きな身体のどこにも隙がない。


 修理に使った仮支柱(しちゅう)を一本抜き、長い棒のように右手へ持つ。


「リュカは荷車の後ろへ」

「勝手に決めるな。オレも――」


 言葉が途中で止まった。

 砂丘の上にいた一人が、こちらを指さしたからだ。


「おい、あれ」


 別の男も、オレを見る。


「女か?」

「違う。男だ」

「嘘だろ。人形みてえな面してやがる」


 笑い声が少し変わった。

 荷物や水を見る目とは違う、(ねば)りつくような視線が集まる。


「髪を見ろよ。砂漠の()まで跳ね返してやがる」

「ずいぶん長えな。切るなよ。髪だけでも売れる」

「肌も傷がねえ。真珠みてえだ」

「あの目……青か? 灰色か? 宝石みたいじゃねえか」


 風が砂|除《ルビ()》け布からこぼれた髪を持ち上げた。

 淡い金の(ふさ)が肩から胸へ流れ、白い光を細く返す。


 隠そうとすれば、かえって(おび)えたと思われる。

 オレは顎を上げたまま、野盗たちを見返した。


 グリッツが、大鉈を下ろした。

 金属歯を見せて笑う。


「こりゃあ驚いた。真珠みてえな肌に、砂の光を弾く金髪。それに、その目だ。磨く前の青い宝石みてえじゃねえか」


 男の目が、顔から髪、喉元、身体へゆっくり(すべ)る。


「荷車より高く売れるかもしれねえなァ」

「頭、そいつは傷つけないほうがいい」

「分かってる。いや――売るのは惜しいか。こんな人形を横へ置いて歩くのも悪くねえ」


 ()め言葉の形はしていても、見られているのはオレではない。

 髪、肌、瞳。

 売ればいくらになるか。手元へ置けば、自分がどれだけ偉く見えるか、知っている目だった。


 遠い昔、顔を横から持ち上げられ、髪を()かれ、指先や歯やもっと深くまで確かめられたときと同じ。

 背中の内側へ、冷たいものが走った。


 呼吸が浅くなりかける。

 けれど、足は下がらなかった。

 あの頃とは違う。


 今のオレには、使える頭がある。

 腰には護身用のナイフがある。

 そして、すぐ前にはセヴァンがいた。


「リュカを見るな」


 セヴァンが言った。

 怒鳴ったわけではない。

 低く平らな声だった。


 それなのに、さっきまで下卑(げび)た笑いを浮かべていた男が二人、口を閉じた。

 グリッツは面白そうに目を細める。


「見るなと言われて、見ねえ男がいるかよ。おまえの持ち物か?」

「違う」

「なら俺がもらっても――」

「もらえない」


 セヴァンの瞳がぎらりと鋭いトパーズの輝きを放つ。

 グリッツが大鉈を部下へ預け、こちらへ歩いてくる。


 サーラの槍先(ほさき)が動いたが、オレは小さく手を上げて止めた。

 グリッツはセヴァンの前で止まり、横からオレの顔を(のぞ)き込もうとした。


「近くで見りゃ、もっと――」


 太い指が、オレの髪へ伸びる。

 触れるより早く、セヴァンの手がその手首をつかんだ。


 骨が鳴りそうなほど強く見えたが、グリッツの顔色は変わっていない。まだ折る手前で止めているのだ。


「触るな」

「離せ、でかいの」


「先に離すのはおまえだ」

「もう離してるだろうが!」

「なら近づくな」


 セヴァンは本気だった。

 このままでは、交渉の前に手首を(つぶ)しかねない。


 オレは彼の腕へ(てのひら)を置いた。


「セヴァン、離して」

「触ろうとした」

「分かってる。だからこいつは今、オレを傷つけたくない」


「傷つけさせない」

「うん。それは助かる。だから、そこにいて。オレが話す」


 蜂蜜(はちみつ)色の目が、オレを見下ろす。

 納得していない。


 それでも、しばらくして指が開いた。

 グリッツが手首を引き戻す。


「ずいぶん言うことを聞くじゃねえか」

「誰にでもじゃない」


 セヴァンが答える。


「今それ、言わなくていいから」


 胸の奥に、安心とも誇りとも言えない熱が(とも)る。


 怖さが消えたわけではない。

 けれど、足の裏はもう白砂をしっかり踏んでいた。


 グリッツの欲は、即物(そくぶつ)的だ。はっきりしている。

 相手の欲が分かれば、うまく使える可能性がある。


「オレを高く売れると思うなら、そこの弓を下げさせたほうがいいよ」

「何?」

「顔へ矢が当たったら、値が落ちるだろ。あんたの部下、さっきから狙いがふらついてる」


 弓を構えた若者の一人が、むっとした顔をする。


「ふらついてねえ!」

「じゃあ、オレの右耳の横を通してみる?」

「おい、やめろ」


 止めたのはグリッツだった。


「弓を下げろ。人形に傷をつけた奴は、その分を取り分から引く」


 予想どおりだった。

 二人の弓手が、不満そうに武器を下げる。


 こちらへ飛んでくる一番厄介なものが、ひとまず減った。


「賢いね、“砂裂き”さん」

「俺をからかってんのか?」

「褒めてる。それから、この荷車。今すぐ奪って走らせたら壊れるよ」


 グリッツの目が細くなる。


「脅しか?」

「左後ろを見れば分かる。直したばかりだ。補助動力の扱いを間違えれば、受け金具がまた裂けて、水容器ごと倒れる」


 野盗たちの目が荷車へ向く。

 銀灰(ぎんかい)色の補強(ほきょう)板は、隠しようがない。


「おまえなら動かせるのか」

「直したのはオレだからね」

「なら、おまえごともらえば済む」

「オレだけ連れていって、砂駄獣を扱えるの? 積荷の重さをどこへ戻すか分かる? 水容器の(せん)を間違えず開けられる?」


 若い荷獣係が、黙ったまま手綱を握る。

 サーラも何も言わない。


 ただ、槍を握る指がわずかに動いた。

 オレの意図を待っている。


「サーラたちを殺したら、荷物をどこへ届ける予定だったかも分からなくなる。オレを傷つけたら、荷車は直せない。頭のいい奴なら、まず話を聞くよね」


 グリッツは笑った。


「なるほど。顔だけじゃなく、よく回る舌もついてやがる」

「頭もね」


 言いながら、野盗たちを見る。

 足に布を巻いただけの弓手。

 空に近い水袋。

 腹へ手を当てている()せた男。


 その中で、グリッツだけは大きな水袋を腰へ下げ、肩当ても武器も一番立派だった。


「でも、本当に分けられるの?」

「何の話だ」

「荷車は一台。砂駄獣は二頭。水容器も一つ。あんたたち九人で、どう分けるつもり?」

「それはあとで決める」

「オレを売った金は?」


 声を少し張る。

 全員に聞こえるように。


「頭が全部持っていくんじゃない? あんたたちは命を張って、最後は歩かされるだけかもね」

「黙れ!」


 グリッツの声が荒くなる。

 その反応が欲しかった。オレは視線を奴の配下たちに巡らせる。


 鉤槍(かぎやり)を持った男が、ほんの一瞬、グリッツの水袋を見る。

 弓手の一人も、隣の男と目を合わせた。


「頭、取り分は――」

「てめえら、こんなガキの口車に乗るな!」

「ガキじゃない。二十歳だよ」

「そこはどうでもいい!」


 グリッツの注意が、部下とオレの間を行き来する。

 足並みが(そろ)わなくなった。


 数呼吸ぶんでいい。

 その(すき)があれば、こちらは動ける。


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