episode4.急襲、風牙団
ひと目で、隊商でも旅人でもないと分かった。
装備がばらばらだった。
痩せた男は、旧機械の外装板を胸へ紐で括りつけている。頭を剃った女は、首へ獣の牙を何本も巻き、長い鉈を持っていた。片目を汚れた布で覆った男の手には、先端が内側へ曲がった鉤槍。布を巻いただけの靴を履いた若者が二人、短い弓へ矢をつがえている。
金属片を重りにした鎖。
鋸のように何本もの刃を継いだ鉈。
廃材を貼り合わせた盾。
どれも作りは粗い。服も防具も砂に汚れ、革は乾いてひび割れている。
けれど、刃だけはよく研がれていた。
頬はこけ、水袋は薄く萎んでいる。
飢えているのだろう。
何日も満足に食べていないのかもしれない。水だって残り少ないはずだ。
それでも、こちらを見る目には助けを求める色などなかった。
あるのは、欲しいものを見つけた獣の目だ。
集団の中央から、一人の大男が進み出た。
体格はいいが、セヴァンほど均整が取れているわけではない。腹も肩も厚く、歩くたび、奪ったものを全部身につけてきたような装具が鳴る。
砂埃で赤茶けた長い髪を、獣骨と金属輪で束ねている。左肩には、旧機械の外装板を加工した巨大な肩当て。胸元には鍵や小さな交易札が、戦利品のようにいくつも吊られていた。
口元から覗く歯の一本だけが、鈍い銀色をしている。
肩へ担いでいるのは、農具の刃を打ち直したような幅広の大鉈だった。
男は荷車と砂駄獣、水容器、こちらの人数を順に見た。
大仰な格好に似合わず、目だけは細かく動いている。
ただの馬鹿ではない。
その男が大きく息を吸い、両腕を広げた。
「泣く子も黙る《風牙団》! その頭、“砂裂き”のグリッツとは、俺のことよォ!」
白い荒野へ、やたらと大きな声が響いた。
サーラが槍の石突きを砂へつける。
「知らないね」
「何だとォ!?」
「名を売りたいなら、荷を奪うより先に交易印でも作りな」
隊商の若い男が、緊張しているくせに小さく噴き出した。
グリッツの金属歯がぎらりと光る。
「いい度胸だ、オバさん。だが、俺は話の分からねえ男じゃねえ」
「それはありがたい」
「荷車と積荷、水と獣を置いて消えろ。今日のところは命まで取らねえ」
「ずいぶん気前がいいね」
「俺たちゃ腹が減ってんだよ。死人の服を剥ぐより、生きたまま裸で歩かせるほうが手間もねえ」
後ろで野盗たちが笑った。
乾いた、喉の奥へ砂が詰まったような笑いだった。
腹を空かせているのは分かる。
水が欲しいのも、歩かずに荷を運べる車が欲しいのも分かる。
オレたちだって同じだ。
だからといって、こっちの明日を渡してやる理由にはならない。
「断る」
サーラの答えは短かった。
「ハッ、そう言うと思ったぜ」
グリッツが大鉈を肩から下ろす。
その後ろで弓が持ち上がった。
セヴァンが半歩、オレの前へ出る。
いつもより呼吸が静かだった。
肩の力は抜けているのに、大きな身体のどこにも隙がない。
修理に使った仮支柱を一本抜き、長い棒のように右手へ持つ。
「リュカは荷車の後ろへ」
「勝手に決めるな。オレも――」
言葉が途中で止まった。
砂丘の上にいた一人が、こちらを指さしたからだ。
「おい、あれ」
別の男も、オレを見る。
「女か?」
「違う。男だ」
「嘘だろ。人形みてえな面してやがる」
笑い声が少し変わった。
荷物や水を見る目とは違う、粘りつくような視線が集まる。
「髪を見ろよ。砂漠の陽まで跳ね返してやがる」
「ずいぶん長えな。切るなよ。髪だけでも売れる」
「肌も傷がねえ。真珠みてえだ」
「あの目……青か? 灰色か? 宝石みたいじゃねえか」
風が砂|除《ルビ》け布からこぼれた髪を持ち上げた。
淡い金の房が肩から胸へ流れ、白い光を細く返す。
隠そうとすれば、かえって怯えたと思われる。
オレは顎を上げたまま、野盗たちを見返した。
グリッツが、大鉈を下ろした。
金属歯を見せて笑う。
「こりゃあ驚いた。真珠みてえな肌に、砂の光を弾く金髪。それに、その目だ。磨く前の青い宝石みてえじゃねえか」
男の目が、顔から髪、喉元、身体へゆっくり滑る。
「荷車より高く売れるかもしれねえなァ」
「頭、そいつは傷つけないほうがいい」
「分かってる。いや――売るのは惜しいか。こんな人形を横へ置いて歩くのも悪くねえ」
褒め言葉の形はしていても、見られているのはオレではない。
髪、肌、瞳。
売ればいくらになるか。手元へ置けば、自分がどれだけ偉く見えるか、知っている目だった。
遠い昔、顔を横から持ち上げられ、髪を梳かれ、指先や歯やもっと深くまで確かめられたときと同じ。
背中の内側へ、冷たいものが走った。
呼吸が浅くなりかける。
けれど、足は下がらなかった。
あの頃とは違う。
今のオレには、使える頭がある。
腰には護身用のナイフがある。
そして、すぐ前にはセヴァンがいた。
「リュカを見るな」
セヴァンが言った。
怒鳴ったわけではない。
低く平らな声だった。
それなのに、さっきまで下卑た笑いを浮かべていた男が二人、口を閉じた。
グリッツは面白そうに目を細める。
「見るなと言われて、見ねえ男がいるかよ。おまえの持ち物か?」
「違う」
「なら俺がもらっても――」
「もらえない」
セヴァンの瞳がぎらりと鋭いトパーズの輝きを放つ。
グリッツが大鉈を部下へ預け、こちらへ歩いてくる。
サーラの槍先が動いたが、オレは小さく手を上げて止めた。
グリッツはセヴァンの前で止まり、横からオレの顔を覗き込もうとした。
「近くで見りゃ、もっと――」
太い指が、オレの髪へ伸びる。
触れるより早く、セヴァンの手がその手首をつかんだ。
骨が鳴りそうなほど強く見えたが、グリッツの顔色は変わっていない。まだ折る手前で止めているのだ。
「触るな」
「離せ、でかいの」
「先に離すのはおまえだ」
「もう離してるだろうが!」
「なら近づくな」
セヴァンは本気だった。
このままでは、交渉の前に手首を潰しかねない。
オレは彼の腕へ掌を置いた。
「セヴァン、離して」
「触ろうとした」
「分かってる。だからこいつは今、オレを傷つけたくない」
「傷つけさせない」
「うん。それは助かる。だから、そこにいて。オレが話す」
蜂蜜色の目が、オレを見下ろす。
納得していない。
それでも、しばらくして指が開いた。
グリッツが手首を引き戻す。
「ずいぶん言うことを聞くじゃねえか」
「誰にでもじゃない」
セヴァンが答える。
「今それ、言わなくていいから」
胸の奥に、安心とも誇りとも言えない熱が灯る。
怖さが消えたわけではない。
けれど、足の裏はもう白砂をしっかり踏んでいた。
グリッツの欲は、即物的だ。はっきりしている。
相手の欲が分かれば、うまく使える可能性がある。
「オレを高く売れると思うなら、そこの弓を下げさせたほうがいいよ」
「何?」
「顔へ矢が当たったら、値が落ちるだろ。あんたの部下、さっきから狙いがふらついてる」
弓を構えた若者の一人が、むっとした顔をする。
「ふらついてねえ!」
「じゃあ、オレの右耳の横を通してみる?」
「おい、やめろ」
止めたのはグリッツだった。
「弓を下げろ。人形に傷をつけた奴は、その分を取り分から引く」
予想どおりだった。
二人の弓手が、不満そうに武器を下げる。
こちらへ飛んでくる一番厄介なものが、ひとまず減った。
「賢いね、“砂裂き”さん」
「俺をからかってんのか?」
「褒めてる。それから、この荷車。今すぐ奪って走らせたら壊れるよ」
グリッツの目が細くなる。
「脅しか?」
「左後ろを見れば分かる。直したばかりだ。補助動力の扱いを間違えれば、受け金具がまた裂けて、水容器ごと倒れる」
野盗たちの目が荷車へ向く。
銀灰色の補強板は、隠しようがない。
「おまえなら動かせるのか」
「直したのはオレだからね」
「なら、おまえごともらえば済む」
「オレだけ連れていって、砂駄獣を扱えるの? 積荷の重さをどこへ戻すか分かる? 水容器の栓を間違えず開けられる?」
若い荷獣係が、黙ったまま手綱を握る。
サーラも何も言わない。
ただ、槍を握る指がわずかに動いた。
オレの意図を待っている。
「サーラたちを殺したら、荷物をどこへ届ける予定だったかも分からなくなる。オレを傷つけたら、荷車は直せない。頭のいい奴なら、まず話を聞くよね」
グリッツは笑った。
「なるほど。顔だけじゃなく、よく回る舌もついてやがる」
「頭もね」
言いながら、野盗たちを見る。
足に布を巻いただけの弓手。
空に近い水袋。
腹へ手を当てている痩せた男。
その中で、グリッツだけは大きな水袋を腰へ下げ、肩当ても武器も一番立派だった。
「でも、本当に分けられるの?」
「何の話だ」
「荷車は一台。砂駄獣は二頭。水容器も一つ。あんたたち九人で、どう分けるつもり?」
「それはあとで決める」
「オレを売った金は?」
声を少し張る。
全員に聞こえるように。
「頭が全部持っていくんじゃない? あんたたちは命を張って、最後は歩かされるだけかもね」
「黙れ!」
グリッツの声が荒くなる。
その反応が欲しかった。オレは視線を奴の配下たちに巡らせる。
鉤槍を持った男が、ほんの一瞬、グリッツの水袋を見る。
弓手の一人も、隣の男と目を合わせた。
「頭、取り分は――」
「てめえら、こんなガキの口車に乗るな!」
「ガキじゃない。二十歳だよ」
「そこはどうでもいい!」
グリッツの注意が、部下とオレの間を行き来する。
足並みが揃わなくなった。
数呼吸ぶんでいい。
その隙があれば、こちらは動ける。




