邂逅
第二戦闘場の観客席は、開始前から学生たちで埋め尽くされていた。月に一度行われる公開戦闘訓練。対戦する学生は教師によって選ばれ、勝敗だけでなく、術式の選択、魔力制御、判断力、魔力効率まで評価される。だが、今日に限っては、そんな説明を気にする者はいなかった。
二年首席、ルーンハルト・エルディア。二年第二席、アレクシス・フォン・ヴァルハルト。現在の二年生で最も強い二人が戦う。それだけで、観客席が埋まる理由としては十分だった。
「第一試合の対戦者、前へ」
担当教師の声が響く。先に舞台へ上がったのはルーンハルトだった。銀髪を揺らしながら、観客席から向けられる歓声に軽く手を上げて応える。
続いて、アレクシスが舞台へ上がった。金色の髪、乱れのない制服、正面に立つ首席だけを見据える鋭い眼差し。歓声が一段と大きくなる。
「始め!」
合図が響いた瞬間、アレクシスは魔力を解放した。
「炎よ」
十個の火球が宙へ現れ、一斉にルーンハルトへ殺到する。
「水壁」
ルーンハルトの前に水の壁が立ち上がり、火球が次々と衝突して白い蒸気が舞台を覆う。アレクシスはその中へ駆け込み、右腕へ魔力を集中させて身体能力を強化、蒸気の奥に人影を捉え、そのまま拳を振り抜いた。だが、手応えはなかった。
「速くなったね」
声は背後から聞こえた。アレクシスは振り返りざまに腕を払う。
「風よ」
不可視の刃が放たれる。ルーンハルトは半歩だけ身体をずらし、風の刃が制服の袖をわずかに裂いた。
「余裕を見せるな」
「見せているつもりはないよ」
その言葉がアレクシスの神経を逆撫でした。
「ならば、これならどうだ」
両手を広げ、複数の術式を同時に構築する。正面に炎、左右に風、足元には土。三属性、合計七つの術式。通常なら一つずつ組み上げるだけでも集中が必要になるそれを、アレクシスはほとんど間を置かず完成させた。
「逃げ場はない」
術式が一斉に発動する。炎が正面から迫り、風の刃が左右を塞ぎ、さらに地面から土槍が突き出してルーンハルトの足場を奪う。轟音が戦闘場を揺らし、炎と土煙が舞い上がって魔法障壁へ激突した。観客席から歓声が上がる。直撃した――アレクシスは確信する。
しかし、煙の中から現れたルーンハルトには傷一つなかった。彼の周囲を薄い水の膜が覆っている。
「見事だ。複数の術式をこれほど正確に重ねられる者は、そう多くはないよ」
「黙れ」
アレクシスは次の術式を組もうとするが、魔力の流れが鈍い。マギコアにはまだ余力がある。それでも腕へ流れる魔力は先ほどまでより明らかに弱くなっていた。三属性の同時行使、短時間での連続詠唱、無理に出力を上げた代償がマギベインへ負担となって現れている。
「炎よ」
右手を上げる。火球が生まれるが、形が安定しない。
「アレクシス」
ルーンハルトの声から笑みが消えた。
「これ以上は危険だ」
「貴様が決めることではない」
「魔力の流れが乱れている」
「だからどうした」
アレクシスは無理やり炎を放つ。ルーンハルトは避けず、右手を前へ出して魔力を解放した。術式ですらない純粋な魔力圧。アレクシスの火球は空中で掻き消され、そのまま衝撃が全身を打つ。呼吸が止まり、身体が浮き、石床へ叩きつけられた。
「そこまで! 勝者、ルーンハルト・エルディア!」
観客席から大きな歓声が上がる。アレクシスは床へ手をつき、身体を起こそうとするが腕に力が入らない。視界の端に差し出された手が見える。
「大丈夫かい?」
その手を取らず、自力で立ち上がる。足元がわずかに揺れる。
「君は強くなっている」
「敗者への慰めか」
「違うよ。だからこそ、無理をしてほしくない」
「貴様に心配される筋合いはない」
アレクシスは踵を返し、舞台を降りた。背後では次の試合に向けて教師が準備を始め、観客席の学生たちは今の戦いについて興奮気味に語り合っている。善戦した、惜しかった、第二席も十分に強い――そんな声が聞こえるが、アレクシスにとってそのすべてが侮辱だった。
勝てなければ意味がない。どれほど追い詰めようと、どれほど成長しようと、結果が同じなら何も変わっていない。首席はルーンハルト、第二席はアレクシス。その事実を今日も覆せなかった。
夕刻、第一屋外訓練場には乾いた破裂音が響いていた。
「炎よ」
アレクシスの掌に小さな火球が生まれるが、標的へ届く前に形を崩して消えた。再度魔力を集めるが腕が重い。マギベインには焼けるような痛みが残り、魔力は思うように流れない。それでも訓練をやめない。
「炎よ」
再び火球を作るが失敗する。もう一度、さらにもう一度。足りないなら鍛える、届かないなら届くまで繰り返す。それ以外の方法をアレクシスは知らなかった。
「それ以上やっても無駄だぞ」
訓練場の入り口から声がした。アレクシスは火球を消し、ゆっくりと振り返る。そこには見覚えのない黒髪の学生が立っていた。制服の襟元を緩め、片手には古びた紙束を抱えている。貴族を前にした緊張も、第二席へ向ける敬意も、その顔にはない。
「何者だ」
「ルカ・エインズ。平民科の二年だ」
「名など聞いていない。何の用だ」
「見ていたんだよ。さっきの試合と、今の無駄な訓練を」
アレクシスの眉が動く。
「無駄だと?」
「ああ。そのやり方を続けても、お前はルーンハルトには勝てない」
一瞬、訓練場から音が消えた。アレクシスの周囲に魔力が満ちていく。
「訂正しろ」
「嫌だね」
「平民風情が、私に何を語るつもりだ」
ルカは殺気を受けても目を逸らさない。
「お前に足りないものを教えてやる」
「私に足りないものだと?」
「ああ」
ルカは抱えていた研究記録を軽く持ち上げる。
「ただし、条件がある」
ルカの口元にわずかな笑みが浮かぶ。
「俺の実験に付き合え、第二席」




