第二席
ヴァン魔法学院には、学年ごとに三つの特別な席がある。首席、第二席、第三席。筆記試験、魔法実技、戦闘訓練。そのすべてを総合し、上位三名だけに与えられる称号だ。第三席に入るだけでも、卒業後の将来は約束されたようなものだった。王宮魔導士、騎士団付き魔導士、高位貴族の専属術師。望めば学院に残り、研究者になる道もある。まして第二席ともなれば、誰もが羨む栄誉である。
「……また、第二席か」
中央棟の掲示板を見上げ、アレクシス・フォン・ヴァルハルトは低く呟いた。最新の総合順位が張り出された朝。掲示板の前には大勢の学生が集まっていたが、アレクシスの周囲だけは不自然に空いている。侯爵家の嫡男。金色の髪に整った容貌。隙なく着こなした制服と、他者を寄せつけない鋭い眼差し。彼の名は掲示板の二段目にあった。一位、ルーンハルト・エルディア。二位、アレクシス・フォン・ヴァルハルト。三位、セレナ・クロフォード。先月と同じ。その前とも同じだった。
「第二席の維持、おめでとうございます」
背後から声をかけられ、アレクシスは振り返った。同じ貴族科の男子学生が、機嫌をうかがうような笑みを浮かべている。
「何を祝っている?」
「え?」
「前回も第二席だった。今回も第二席だ。何一つ前へ進んでいない」
「ですが、学院の第二席ですよ。十分すぎるほどの成績では……」
「十分かどうかを決めるのは私だ」
アレクシスは再び掲示板を見た。ルーンハルト・エルディア。入学以来、一度も首席を譲ったことのない男。
「私は、二位になるためにここへ来たわけではない」
そう言い残し、アレクシスは掲示板の前を離れた。向かった先は第一屋外訓練場だった。始業前のため、石造りの広場には誰もいない。アレクシスは上着を脱いで長椅子へ置き、右手を前へ伸ばした。
「炎よ」
短い詠唱に応じて十個の火球が生まれる。数瞬の後、炎は一斉に放たれ、並んだ標的を次々と撃ち抜いた。すべて中心へ命中している。並の学生なら一つを維持するだけでも集中を要する術式だ。それを十個同時に操る技量は、第二席の名に恥じないものだった。しかしアレクシスは眉を寄せた。
「九つ目が遅い」
ほんのわずかな遅れだった。見ていた者がいても気づかなかっただろう。だが完全ではない。ならば繰り返すだけだ。再び火球を作り、放つ。もう一度。さらにもう一度。額に汗が浮かんでも、アレクシスは手を止めなかった。幼い頃からそうしてきた。剣で負ければ勝てるまで振り、術式を失敗すれば成功するまで組み直し、魔力が尽きれば回復した直後から鍛錬を再開した。周囲は彼を天才と呼ぶ。だがアレクシスは自分が才能だけで第二席になったとは思っていない。誰よりも努力した。だからこそ、届かないことが許せなかった。
「朝から熱心だね」
穏やかな声が響く。アレクシスは振り返らなかった。
「いつから見ていた、ルーンハルト」
「今来たところだよ」
訓練場の入り口に銀髪の青年が立っていた。ルーンハルト・エルディア。ヴァン魔法学院二年首席。高い実力を持ちながら驕ることはなく、身分に関係なく誰にでも穏やかに接する。教師からの信頼も厚く、学生からも慕われている。人格にも実力にも隙がない。アレクシスが最も越えたい男だった。
「相変わらず見事な制御だね」
「貴様は何を見ていた。僅かに着弾にズレがあっただろう。火球の軌道も理想とは程遠い」
「僕には分からなかったけれど」
「わからないのであれば貴様もその程度の男という訳だ」
突き放すように言っても、ルーンハルトは気を悪くしなかった。その余裕がアレクシスを苛立たせる。
「今日、公開戦闘訓練の組み合わせが発表されるそうだよ」
「それがどうした」
「僕たちが当たるらしい」
アレクシスの手が止まった。ルーンハルトはいつもの穏やかな表情を崩さない。
「楽しみにしているよ」
「随分と余裕だな」
「そう聞こえたなら謝る」
「謝る必要はない」
アレクシスは右手を上げた。十個の火球が再び宙へ浮かぶ。
「今日で終わる」
「何がだい?」
「貴様が首席でいられるのも、だ」
放たれた十の炎が、寸分違わぬ瞬間に標的を撃ち抜いた。ルーンハルトは目を細める。
「君は本当に強いね」
「私に負けてから、そう言え」
学院の始業鐘が鳴った。二人は訓練場を出て、それぞれの講義室へ向かう。すれ違う学生たちが二人の姿を見て囁き合っていた。首席と第二席の対戦は、すでに学院中へ広まり始めているらしい。
講義室に入ると、教師が黒板へ人体図を描いていた。胸部にある大きな円と、そこから全身へ伸びる線。マギコアとマギベイン。魔力を蓄える核と、全身へ運ぶ脈。
「魔導士の能力は、マギコアの容量に大きく依存する」
聞き慣れた説明だった。
「マギコアが大きい者ほど多くの魔力を扱える。ゆえに、魔導士の才能はマギコアの大きさで決まる」
誰も疑問を挟まない。実際、優秀な魔導士の多くは大きなマギコアを持っている。アレクシスも入学時の測定で、同学年の平均を大きく上回った。ただ一人、ルーンハルトを除いて。彼のマギコアは学院の測定器では正確に測れないほど巨大だった。それが首席と第二席を分ける差。才能の差。生まれ持った器官の差。だがアレクシスはそんな言葉を認めなかった。足りないなら鍛える。届かないなら、届くまで努力する。それだけだ。
午後、公開戦闘訓練の組み合わせが掲示された。第一試合、ルーンハルト・エルディア。対するはアレクシス・フォン・ヴァルハルト。掲示板の前が騒めく中、アレクシスだけは静かにその文字を見つめていた。今度こそ勝つ。自分の努力が正しいことを証明する。その考えに一片の疑いもなかった。
この時の彼はまだ知らない。自分に足りないのは努力でも才能でもなく――鍛えるべきものを、知らないことなのだと。




