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門前払い

 学院の協力を得ると決めた翌日、アレクシスとルカは魔法科棟の最上階を訪れていた。最初に選んだのは、魔力運用論を担当するハインツ教授だった。実技訓練の監督も務める人物であり、学院内で新たな訓練を始めるなら、まず相談すべき相手だった。


 ハインツ教授は、ルカが机上へ並べた記録を一枚ずつ確認していた。アレクシスの魔力量が再び増加したこと、訓練の中断中には変化が止まり、再開後に再び増加が見られたこと。ルカの説明を遮ることはなく、疑問があれば話が一区切りつくのを待ってから尋ねた。


「学院の監督下で参加者を募り、同じ訓練を行わせたいと考えています」


 ルカが目的を告げると、ハインツ教授は資料から顔を上げた。即座に答えを返すことはせず、机上で両手を組み、二人の顔を順に見る。その眼差しに疑いや侮りはなく、生徒へ何を伝えるべきかを慎重に選んでいるようだった。


「二人とも、軽い気持ちでここへ来たわけではないのだろう。これだけの記録を残すには、相応の時間も必要だったはずだ」


「でしたら――」


「だからこそ、急いではいけない」


 ハインツ教授はルカを制するように片手を上げたが、その声は穏やかなままだった。否定するために言葉を遮ったのではなく、結論だけを先に求めようとする生徒を諭すような口調だった。


「新しい訓練を試すということは、君たち以外の生徒にも結果を背負わせるということだ。訓練が成功する可能性だけでなく、途中で起こり得ることにも目を向けなければならない」


「そのために、学院の監督を求めています」


 アレクシスが答えると、教授は小さくうなずいた。二人が責任から逃れようとしているわけではないことは理解している。それでも、その理解が結論を変えることはなかった。


「君たちの考えは間違っていない。だが、私にはその訓練を安全だと判断するための知識がない。分からないものを、教員という立場だけで許可することはできない」


「記録を継続し、異常があれば即座に中止します」


「異常が起きてから止めるのでは遅い場合もある。君たちを怖がらせたいわけではない。ただ、生徒を守る者として、見通せない危険を見過ごすことはできないんだ」


 ハインツ教授は資料を丁寧に揃え、ルカの前へ戻した。研究そのものを笑うことも、二人の試みを無駄だと切り捨てることもなかった。ただ、自分には引き受けられないと、誤解の余地がないように伝えている。


「私は力になれない。だが、相談したことまで間違いだったと思う必要はない。異なる専門を持つ先生なら、別の見方をするかもしれない」


 二人は礼を述べ、研究室を後にした。扉が閉じる直前まで、ハインツ教授は生徒を送り出す教師の顔を崩さなかった。ルカは返された資料を鞄へ収めると、足を止めずに次の研究室へ向かった。


     ◆


 二人目に訪ねたのは、魔力器官論を専門とするベルン教授だった。研究室には書物と資料が隙間なく積み上げられ、机の正面に置かれた椅子にも古い論文が載せられていた。ベルン教授はそれらを片手で床へ移し、座るよう促すこともなく説明を始めさせた。


 ルカが記録を取り出している間も、教授は落ち着きなく指先で机を叩いていた。アレクシスの魔力量が増加したと聞いても表情を変えず、訓練内容の説明には何度か鼻を鳴らした。興味がないというより、自分の考えに合わない話を聞かされること自体が不快であるらしい。


「この訓練は、エドガー・エインズが残した記録を起点にしています」


 祖父の名が出た瞬間、机を叩いていた指が止まった。ベルン教授は眉間の皺を深くし、ルカを睨むように見据える。その変化はあまりに露骨で、アレクシスにも話の行方が決まったことが分かった。


「エインズの孫か」


「はい。祖父の仮説をそのまま信じているわけではありません。俺たちが確認した現象と照らし合わせて――」


「帰りなさい」


 ルカの説明を最後まで聞かず、ベルン教授は椅子の背へ身体を預けた。差し出された資料へ目を向けようともせず、面倒なものを早く視界から消したいと言わんばかりに手を振る。


「まだ記録を見ていません」


「見る必要がない」


「祖父が過去に何を言ったかではなく、今の結果について話しています」


「言い方を変えても同じだ。死んだ理論を掘り起こし、今度は孫が学院へ持ち込んできた。それだけの話だろう」


 ルカの表情から感情が消えた。反論を抑えているのは明らかだったが、ベルン教授はそれを気にする様子もない。自分が判断を下した以上、相手が何を言おうと時間の浪費にしかならないと考えているようだった。


「祖父の研究と俺たちの記録を、同じものとして扱う理由を聞かせてください」


「私が君に説明する義務はない」


「資料に目を通した上で断ることもできないのですか」


「くどいぞ。君の祖父もそうだった。自分が納得するまで、相手にも同じ話を聞かせ続ける」


 ルカの手が資料の上で強く握られた。ベルン教授はようやく紙へ視線を落としたが、内容を読むためではなかった。机の上から退けるように、指先でルカの側へ押し返す。


「その名を掲げる研究に、私は関わらん。次に来るときは、別の用件を持ってきなさい」


 アレクシスは資料を取り上げ、ルカが言葉を返す前に扉へ向かった。ここで何を言っても、研究の話には戻らない。退出の挨拶をしても返事はなく、背後ではすでに別の書類をめくる音がしていた。


     ◆


 三人目のクラウス教授は、約束の時刻になると研究室の扉を開け、二人を中へ通した。室内は書類の位置から椅子の角度まで整えられており、壁際の棚にも分類札が隙間なく並んでいる。教授自身の姿勢も服装も乱れがなく、二人が着席すると同時に砂時計を逆さにした。


「面会は二十分だ。要点から話したまえ」


 ルカは余計な前置きを省き、訓練の内容と学院へ求める協力を説明した。クラウス教授は資料を受け取り、記録の順序、測定方法、訓練時間について短い質問を重ねる。聞き方は鋭かったが、相手を試すための質問ではなく、必要な情報を不足なく把握するためのものだった。


「参加者の募集、訓練場所の確保、測定器具の使用。それに教員の監督を求めるということだな」


「はい」


「却下する」


 答えは資料を読み終えた直後に返された。ベルン教授のような嫌悪も、ハインツ教授のような迷いもなかった。定められた基準へ照らし合わせ、不適格と判断したものをそのまま告げただけの声だった。


「理由を伺えますか」


「君たちの研究は、現時点で学院の正式な研究計画ではない。したがって、研究設備を割り当てる根拠がない」


「正式な計画にするため、教授の協力を求めています」


「順序が逆だ。設備や人員がなければ成立しない計画を持ち込み、その不足を学院に補わせることは認められない」


「では、最低限の訓練場所だけでも――」


「最低限を決めるのは申請者ではない」


 クラウス教授は資料の一頁を指先で示した。そこには測定器具の使用を前提とした記述があり、場所だけを得ても十分な観測ができないことはルカ自身が書いている。譲歩を引き出すために条件を変えれば、研究計画そのものが崩れると見抜かれていた。


「自分で必要だと記した条件を、許可を得るためだけに削るべきではない。研究を始めたいという願望と、研究を成立させる手順を混同するな」


 厳しい言葉だったが、声を荒らげることはなかった。クラウス教授は書かれている内容だけを根拠とし、アレクシスの家名にも、学院第二席という肩書にも触れない。誰が提出しても同じ基準で判断することが、その人物にとっての公正なのだろう。


「必要な条件を自分たちで整えた上で、改めて申請しなさい。それができないなら、この研究を学院で行う段階ではない」


 砂時計の砂はまだ残っていたが、面会はすでに終わっていた。クラウス教授は資料を返すと、次の予定が書かれた手帳を開く。二人も食い下がることなく立ち上がり、研究室を後にした。


     ◆


 その後も、二人は魔法科の教授を訪ね続けた。最後まで話を聞く者もいれば、面会を断る者もいた。アレクシスの名があれば扉を開かせることはできたが、学院の設備と生徒を預ける段階になると、誰も協力を引き受けなかった。


 翌日には、講義の合間を縫って別の研究室を回った。三日目の午後には、長期不在の者と学院運営のみを担当する者を除き、訪ねられる魔法科教授は残っていなかった。ルカが用意した資料は角が擦れ、何度も開かれた表紙には細かな折り目がついていた。


 最後の研究室を出た頃には、窓の外が夕暮れに染まっていた。二人は魔法科棟の入口まで戻り、柱の脇に置かれた長椅子へ腰を下ろす。授業を終えた生徒たちが通り過ぎるたび、話し声と足音が高い天井へ反響し、やがて建物の外へ消えていった。


 アレクシスは教員名簿を開き、訪問済みの印が並ぶページを見直した。探し方を変えれば、まだ話を持ち込める相手はいるかもしれない。しかし魔法科の中から研究を監督できる教授を選ぶという方針では、これ以上の候補は残っていなかった。


「次は副学院長へ申請する」


「教授を一人も立てられない申請が通るわけがない」


 ルカは長椅子へ座ったまま、床へ視線を落としていた。反対するために口を開いたのではなく、自分が避けてきた選択を認めざるを得なくなったようだった。しばらく組んだ両手を見つめた後、深く息を吐く。


「……ヴィオラ・シュタイン教授を訪ねる」


 アレクシスは名簿から顔を上げた。聞き覚えのない名だったが、ルカは説明を急がなかった。口にしただけで決断を後悔しているように眉を寄せ、鞄の中へ資料を押し込んでいく。


「解剖学の教授だ。魔法には興味を示さなくても、未知の器官なら話を聞く」


「それほど見込みがあるなら、最初に訪ねるべきだった」


「興味を持たれない可能性はない。だから避けていた」


 ルカは膝へ手を置き、重い身体を持ち上げるように長椅子から立ち上がった。魔法科棟の出口へは向かわず、普通科棟へ続く渡り廊下を見据える。残された手段を選んだというより、自分から厄介事の中へ踏み込む覚悟を決めた顔だった。


「学院じゃ、解剖中毒で通ってる」


 それ以上の説明をせず、ルカは渡り廊下へ歩き出した。アレクシスも教員名簿を閉じ、その後を追う。日暮れの光が差し込む廊下の先で、普通科棟だけが別の学院であるかのように、静かに二人を待ち構えていた。


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