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「じゃあそのミナって子は、俺たちの訓練方法まで正確に言い当てたっていうわけか」


 旧研究棟の一室でルカが言った。机の上には、これまでの訓練記録をまとめた帳面が何冊も広げられている。向かいに座るアレクシスは腕を組み、昨日起きたことを思い返しながら険しい表情を浮かべていた。


「正確に、というほどではない。だが弱い魔法を継続することと、私の魔力量が増加した時期を結びつけていた。何も知らされていない人間の推測としては、十分すぎるほど核心に近い」


「以前、お前の魔力量が増えていることにも真っ先に気づいたんだろ。成績は下位でも、魔法を見る目だけなら学院の上位連中より優れているのかもしれないな」


「少なくとも、秘術だの霊薬だのと騒いでいる者たちよりは自分の目で考えている。だからこそ、無視して済ませられる相手ではない」


 ルカは興味深そうに帳面の端を指で叩いた。ミナという女子生徒自身に関心を持ったというよりも、外部の人間がどこまで自分たちの研究へ近づけたのかを測っているようだった。


「それで、本人には何と答えた。まさか、質問されたまま黙って帰ってきたわけじゃないだろうな」


「その場では何も答えていない。確証もない段階で、他人にも同じ効果があると伝えるわけにはいかん」


「冷たい対応だけど、まあ、判断としては妥当だな。せっかく噂じゃなく観察から答えへ辿り着いたんだから、少しくらい褒めてやってもよかったのに」


「褒めれば余計な期待を持たせるだけだ。それに問題はミナ一人への対応ではない。一人が訓練方法へ辿り着いた以上、同じように気づく者が今後現れないとは限らん」


「今のところ、毎日見物に来ている連中から二人目が出るとは思えないけどな。あいつらはお前の指先を真似すれば成長できると本気で考えていそうだ」


 ルカの口元には笑みが浮かんでいたが、アレクシスは応じなかった。学院の生徒たちを侮っているわけではない。大半が噂へ流されているとしても、その中にミナのような人間がもう一人いれば、それだけで秘匿は崩れる。


「情報がこれ以上広まらないよう、対策を取る必要がある。訓練の意図まで知られれば、不完全な形で真似をする者も出るだろう」


「情報が漏れたわけじゃないぞ。帳面を盗まれたわけでも、俺たちの会話を聞かれたわけでもない。お前が毎日似た訓練を続け、その結果として成長しているから、見えるものを材料に推測された。それを防ぐなら、情報ではなくお前自身を隠すしかない」


「ならば訓練場所を変える。人目につかず、長時間魔法を使える場所を新たに探せばいい」


「今使っている訓練場も、以前はほとんど人が来なかった。お前を目当てに人が集まり始めただけだ。場所を変えても後をつけられれば同じ結果になるし、急に姿を消せば、秘密の訓練場所があるという噂を自分から補強することになる」


「場所が問題なら時間を変える。早朝なら訓練場を使う者も少なく、今よりは監視されにくい」


「食事に霊薬を混ぜているか確かめるためだけに、お前が口へ運ぶものを眺め続ける連中だぞ。何人かは睡眠を削ってでも見に来る。それに毎朝決まった時間に姿を消せば、次は後をつけるための当番まで組み始めるかもしれない」


「ならば夜間に行えばいい。学院の規則に触れない範囲であれば、日中より人目は避けられる」


「夜ごと人目を忍んで行われるヴァルハルト家の暗黒儀式か。今ある噂より見栄えがいいから、翌朝には学院中へ広まるだろうな」


「貴様は対策を考えているのか、それとも新しい噂を作りたいのか、どちらだ」


「対策を考えた結果、どれも今より面白い噂を生むと言っているんだ。お前が不機嫌になるところまで含めれば、悪くない案ではあるけどな」


 アレクシスはルカを睨んだが、まともに取り合うだけ無駄だと判断して次の案を考えた。場所も時間も変えられないのであれば、外から見える訓練内容そのものを曖昧にするしかない。


「同じ魔法を長時間使い続けるから目立つのであれば、途中で別の魔法を挟む。通常の訓練に見えるよう内容を分散させれば、目的までは見抜かれにくくなる」


「生成を継続させることが目的なのに、余計な魔法で消費を増やせば条件が変わる。見せかけのために訓練効率を落とすだけでなく、これまで取った記録との比較までできなくなるぞ」


「外から見ても影響が分からない程度に調整すればいい。条件が多少変わるとしても、改めて記録を取り直せば済む」


「秘匿のためだけに、これまで絞り込んだ条件を崩すのか。しかも新しい訓練に効果があるか確かめる間にも、お前を見ている連中は減らない。対策として得るものより、研究上失うものの方が大きい」


 アレクシスは反論せず、机上の帳面へ目を落とした。魔力の消費量、回復速度、訓練時間、損傷の有無。それらを同一条件で比較したからこそ、生成量とマギコアの成長に関係があると判断できた。外野の目を欺くために条件を崩せば、これまでの検証そのものが意味を失いかねない。


「では私と貴様が別々に行動する。二人で訓練を続けていることが疑いを強めているのであれば、少なくとも貴様の治療術が原因だという噂は弱まるはずだ」


「俺がいなくなれば、今度はヴァルハルト家の秘術だけが残る。噂の種類が一つ減っても、お前が成長し続ける限り、注目そのものは消えない。それに俺がいなければ、訓練中の変化を記録する者がいなくなる」


「訓練後に私自身が記録すればいい。多少の誤差は出るとしても、何も残らないよりはましだ」


「出力を維持しながら経過時間と消費量を測り、変化が起きた瞬間まで正確に覚えておけるなら試してみればいい」


 そこまで言われれば、アレクシスにも無理があることは分かっていた。訓練中の本人には気づけない変化を外から観測するために、ルカが記録を担当している。アレクシス一人ですべてを担うとなれば、研究の精度は確実に落ちる。


「一時的に訓練を止め、噂が収まるまで待つという方法はどうだ。成長が止まれば、連中の興味もいずれ別の対象へ移るだろう」


「以前の中断実験で、訓練を止めれば生成量の増加もマギコアの成長も止まると確認したばかりだ。今さら同じことを噂を消すために繰り返すのは本末転倒だろ」


「分かっている。現実的な選択肢ではないからこそ、最後まで挙げなかった」


 アレクシスは苛立たしげに椅子へ座り直した。場所を変えても追われ、時間を変えても勘ぐられ、訓練内容を偽装すれば検証条件が崩れる。二人での行動をやめれば観測の精度が落ち、訓練そのものを止めれば成果まで失われる。


「隠す方法がないなら、適当な噂を一つ認める手もある。秘術でも霊薬でも、もっともらしいものを正解ということにすれば、答えを得たと思った連中は多少静かになるかもしれない」


「ヴァルハルト家の名で虚偽を事実として認めれば、その噂は学院の外まで広がる。後から訂正したところで、家が秘術を隠すために嘘をついたと受け取られるだけだ」


「だったら俺の家に伝わる治療術ということにすればいい。平民の医者の家系なら、どれだけ怪しい話を付け加えられても困るやつはいないだろ」


「貴様自身の名誉を何だと思っている。面白いという理由だけで、得体の知れない施術を行う人間になろうとするな」


「俺は噂で名誉が傷つくとは思っていないし、すでに似たようなことを言われている。まあお前は、名誉云々だけじゃなくて、虚偽によって事態を収めること自体が気に入らないんだろ」


 アレクシスは否定しなかった。根拠のない噂に苛立っている本人が、新たな虚偽を流して外野を操るのでは何も変わらない。仮に一時的に静かになったとしても、成果が伸び続ければ、やがて嘘では説明できなくなる。


「理論として公表してしまうというのはどうだ。これまでの記録を示せば、根拠のない憶測は収まる」


「不完全な段階で公表すれば、知識のない者が勝手に真似をする。出力や時間を誤れば、マギベインへ負担をかける可能性もある以上、現時点で公表するという選択肢はなしだ」


「だが伏せ続けても、見える範囲の情報だけで訓練の目的へ近づいたものもいる。今後、同じ推測をする者が現れれば、正しい条件を知らないまま試す可能性はむしろ高くなるだろう」


 議論は再び同じ場所へ戻っていた。情報を隠せば噂と推測が増え、説明すれば不完全な理論が独り歩きする。虚偽を流せば混乱を招き、何もしなければ訓練場へ人が集まり続ける。


「結局のところ、秘匿するのも公表するのも現実的じゃないってことだな」


 そういってルカは開いた帳面へ視線を落とした。指先で数ページをめくり、アレクシスの成長記録と中断期間の変化を順に追っていく。部屋にはしばらく紙の擦れる音だけが続いた。


 やがて、その指が一つの記録の上で止まった。


「なあ、いっそのこと発想を転換するっていうのはどうだ」


 アレクシスはルカの表情を見た。先ほどまでの皮肉混じりの笑みとは異なり、何かを思いついた時にだけ浮かべる、明らかに企みを含んだ顔だった。


 ルカは帳面を閉じると、ニヤッと笑った。


被験者(モルモット)を増やそう」

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