生成条件
三度目の成長が確認された翌日から、アレクシスは維持訓練を中止した。
期間は一週間。授業や学院で定められた実技はこれまで通り行うが、低出力魔法の長時間維持と、魔力を大きく消耗する自主訓練は禁止された。
「分かってはいたが、何もしないというのは不快だな」
「授業には出ているだろ」
「あれを訓練と呼ぶのは、教員に対する侮辱だ」
ルカは聞かなかったことにして、停止期間初日の数値を記録した。
訓練を止めて三日目、魔力の回復速度が僅かに低下した。翌日も数値は下がり、五日目には以前より低い水準で止まる。マギコアそのものは小さくなっていないが、新たな成長も見られなかった。
一週間が経過しても、測定器の針は動かない。
「訓練を止めたからだろう」
「成長する時期が偶然途切れただけかもしれない。再開後に同じ順序で変化が出れば、訓練との関係はさらに強くなる」
翌日から、二人は維持訓練を再開した。火球の大きさ、維持時間、消費する魔力量は、すべて停止前と同じ条件に揃える。
「炎よ」
アレクシスの掌に、小さな火球が灯った。一週間空いた程度で制御が乱れることはなく、炎は揺らぎもせず定められた大きさを保っている。
「出力が高い。下げろ」
「この程度は誤差だ」
「結果が出始めたからこそ、条件を乱すな」
アレクシスは不満そうに眉を寄せながらも、火球へ流す魔力を僅かに絞った。
再開から三日目、回復速度が上がり始めた。六日目には停止前の水準へ戻り、その後も緩やかに伸びていく。一方、マギコアの測定値は動かなかった。
十日目、十二日目、十五日目。
回復速度だけが先に上がり、マギコアは沈黙を続ける。
そして、再開から十七日目。
訓練前の測定で、針が昨日までとは異なる位置で止まった。
ルカは何も言わず、測定器を交換する。二度目も同じ位置を示し、時間を置いた三度目も変わらなかった。
「増えたな」
アレクシスの声には、確信があった。
ルカは停止前後の記録を並べた。維持訓練を始めると、回復速度が上昇し、遅れてマギコアが成長する。訓練を止めれば、回復速度が低下し、成長も止まる。再開すると、再び回復速度が上がり、その後にマギコアが成長した。
同じ順序が繰り返されている。
「これで認めるか」
「低出力魔法の維持訓練が、回復速度とマギコアの成長に関係している可能性は極めて高い。お前一人の結果ではあるが、偶然で説明するには揃いすぎている」
初めて、ルカがはっきりと認めた。
アレクシスは満足そうに息を吐き、今後も同じ訓練を続ければよいと結論づけた。しかし、ルカは訓練条件を書いた紙を机へ置く。
「効果があることは分かった。だが、今の方法が最も効率的とは限らない」
「二時間かけて魔力の八割を消費する。十分な負荷だろう」
「その負荷が必要かどうかも分かっていない。火球の大きさ、維持時間、消費する魔力量、訓練の頻度。今まではすべて同じにしていたから、この訓練に効果があることは分かっても、何が成長を引き起こしているのかまでは分からない」
「魔力を消費することではないのか」
「それなら、お前のマギコアはとっくに成長している」
アレクシスの眉が僅かに動いた。
これまで彼が行ってきたのは、限界まで魔力を使い切り、回復を待って再び使う訓練だった。学院で教えられる、ごく一般的な鍛錬法である。それを何年も続けてきたにもかかわらず、ここ半年のマギコアはほとんど変化していない。
「旧来の訓練が無意味だったとは言っていない。一年時、お前のマギコアは明確に成長している。少なくとも、最初は効果があったはずだ」
「ならば、なぜ止まった」
ルカは答えず、机に並べた記録へ視線を落とした。
「何か考えているな」
「考えているだけだ。記録も根拠もない」
「それでも構わん。話せ」
「嫌だね。ただの思いつきを、仮説のように扱いたくない」
アレクシスはしばらくルカを見据えた後、机に広げられた訓練記録へ目を落とした。
「では、貴様は何を基準に次の条件を決めるつもりだ」
「それは――」
「火球を大きくするのか、維持時間を延ばすのか、訓練の頻度を変えるのか。選ぶ条件によって、これから数週間の実験結果が変わる。にもかかわらず、判断の根拠を被験者である私に伏せたまま進めるつもりか」
ルカは口を閉ざした。
「私は貴様の思いつきを事実として扱えと言っているのではない。何を疑い、何を確かめようとしているのかを話せと言っている」
「聞いたところで、まだ何も証明できないぞ」
「分かっている。だが、貴様一人の頭の中だけにある考えを理由に、私の訓練条件を変えさせることは認めん」
アレクシスの言い分は正しかった。
実験を始めた頃なら、ルカが条件を決め、アレクシスが従うだけでもよかった。だが今では、アレクシス自身も測定値を読み、条件を揃える意味を理解している。何も知らせずに従わせるには、研究へ深く関わりすぎていた。
ルカは記録の端を指で押さえ、短く息を吐いた。
「仮説ですらない。今ある結果を見て、そうかもしれないと思っただけだ」
「それでいい」
「よくないから黙っていたんだ」
そう言いながらも、ルカは紙の上にマギコアとマギベインの名を書いた。
「魔力を使い切る訓練は、この二つへの負担が大きい」
小さな円と細い管を描き、その隣に、より大きな円と太い管を加える。
「マギコアが小さく、マギベインも未発達なら、使い切る魔力量も少ない。訓練で傷んだとしても、元に戻すために必要な力はそれほど大きくない」
小さな円と細い管には小さな傷を、大きな円と太い管には大きな傷を複数描き加える。
「だけど、器官が発達すれば、使い切るために流す魔力も増える。マギコアもマギベインも、それだけ酷使される」
「修復に必要な力も増えるということか」
「そうかもしれない」
ルカは断定を避けるように言葉を選んだ。
「仮に第三の器官が存在し、魔力を生み出しているとして、その働きが消費した魔力の補充だけでなく、傷んだ器官の修復にも使われているなら、マギコアやマギベインが発達するほど修復へ取られる分は増える」
アレクシスは紙に描かれた二つの図を見比べた。
「やがて、成長に使われる分と修復に使われる分が釣り合うというわけだな」
「そう考えれば、旧来の訓練が最初は効き、途中から頭打ちになることを説明できる」
「十八歳前後で成長が止まるという定説が間違っている可能性があるわけか」
「そこまで話を広げるな」
ルカは即座に制した。
「今の話には、記録も実験も足りていない。第三の器官が修復に関わっている証拠もなければ、魔法器官が訓練のたびにどれほど傷ついているのかも分からない」
「だが、次に何を調べるべきかは見える」
アレクシスは紙に書かれた二つの器官を指した。
「魔力を大量に消費せず、マギコアとマギベインへの負担を抑えた状態であれば、魔力器官は成長するのか。違うか」
ルカはわずかに目を見開いた後、記録用紙へ視線を戻した。
「……それを確かめる。結果が同じなら、この思いつきを検討する材料にはなる」
ルカは紙へ二つの項目を書き込んだ。
一つは、魔法を長時間維持すること。
もう一つは、魔力を作り続ける状態を保つこと。
「魔法を維持する時間そのものが重要なら、回復量に関係なく、長く使うほど効果が高くなる。だが、第三の器官が魔力を生成し続ける状態が重要なら、火球の大きさも、八割まで減らすことも本質じゃない」
「要点をまとめて、端的に言え」
「消費と回復が釣り合う程度の魔法を維持する。マギコアを空にせず、マギベインにも大きな負担をかけず、それでも魔力だけは作り続けさせる」
アレクシスは、二人が最初に行った賭けを思い出した。
小さな火球を維持しながら、ルカは消費した魔力をほとんど同時に補っていた。魔力の総量は減っていない。それでも身体は、絶えず魔力を生み出していた。
「貴様が賭けで行っていた状態か」
「それに近い。俺は一年時の頃からこの手の賭けを継続して行ってきた。マギコアが今も成長していることと、回復速度の速さに関係があるのかもしれない」
ルカ自身、マギコアは大きくない。それでも魔力の回復は速く、成長も止まっていない。生まれつきの体質によるものか、日常的に魔力を生成し続けてきた結果なのかは、まだ分からない。
「次は、同じ状態を私で作るのだな」
「火球を小さくして消費と回復の差を縮め、その代わり維持する時間を延ばす。まずは今の倍だ」
「四時間か」
アレクシスの眉間に深い皺が刻まれる。
「効率の良い訓練を探しているのではなかったか」
「短時間で終わることだけが効率じゃない」
アレクシスはしばらく考えた後、授業中にも維持できるほど火球を小さくするよう要求した。四時間も訓練場で炎を眺め続けるより、日常動作と並行して行った方が合理的だという。
「教師に見つかるぞ」
「制御を乱さなければ問題ない」
「そういう問題ではないと思うが」
「効率の話をしている」
ルカは呆れながらも、新しい記録用紙へ「日常動作と並行して維持できるか」と書き加えた。
これまで二人が調べていたのは、訓練によってマギコアが成長するかどうかだった。その答えは、すでに出ている。
訓練を止めれば成長も止まり、再開すれば再び動き始める。
次に解き明かすべきなのは、成長の方法ではなかった。
魔力は、いつ生み出されるのか。
何をすれば、その働きは続くのか。
まだ存在すら証明されていない器官の働きを、現れた結果から探り出す。
二人の研究は、ようやくその段階へ進もうとしていた。




