異世界生活一ヶ月と二週間、銀の相棒と木の剣
一ヶ月が過ぎた。この世界での暮らしは、もはや日常だ。
薪集めも食料調達も、森と川という恵みのおかげで以前ほど苦ではなくなった。火起こしだけは、ノヴァの魔法に頼らず自分の手で行っている。石を擦り合わせる反復動作は、手首を鍛え、単調な動きに体を適応させるための修行だと考えているからだ。
三週間前、ノヴァと一緒に魚を食べてから、俺はさらに過酷な鍛錬に身を投じた。
朝の基礎運動に加え、剣を振るい、剣を手に走り続ける毎日。ノヴァたちと遊ぶ時間も削り、ひたすら筋肉と対話した。おかげで腕は見違えるほど逞しくなり、今や剣を保持することは呼吸をするのと同じくらい容易なことになっていた。
そして今日、俺は例の「サクラ色の本」を再び開いた。
三週間、狂ったように剣を握り続けたことで、ようやくその第一歩の意味が解りかけてきたからだ。
**【第一節:休眠打破】**
*「視界の隅で微かに震える蕾が、誰にも気づかれぬ間に、鮮やかな緑へと芽吹くが如く」*
つまり、敵の油断を突き、意識の外から一撃で仕留める超高速の抜刀術。
単純だが、失敗すれば隙だらけになり、自分が終わる。まさに背水の陣の技だ。
俺は、一ヶ月間この地獄を共にしてきた相棒を引き抜く。刃には無数の傷が刻まれている。
「シルバー……。tier 1の報酬じゃ足りないくらい、お前には世話になってるな」
俺はこの剣を『シルバー』と名付けた。ボロボロの家の中で、唯一輝いて見えたあの時の衝撃を忘れないために。
大樹に向かい、腰を深く落として構えた。
「――休眠打破!」
ガキィィィン!
凄まじい衝撃が全身に伝わる。だが、大樹の幹はびくともせず、シルバーが激しく震えただけだった。
その後も、二週間、俺は死に物狂いで振り続けた。汗で柄が滑り、筋肉が悲鳴を上げても止めなかった。だが、シルバーの刃はさらに欠け、寿命が近づいている。
「すまねぇ、シルバー。俺が未熟なばかりに……」
このままではシルバーが折れてしまう。俺は練習用の「木刀」を作るため、再び森へ入った。
森でノヴァの一家に出会い、少しだけ言葉を交わす。彼女は相変わらず無表情だが、俺の話を静かに聞いてくれている気がした。
数時間かけて手頃な落ち木を五本確保した頃には、空はオレンジ色に染まっていた。
ノヴァたちの元へ戻ると、子供たちはまだ元気に走り回っていた。その姿に、疲れ果てていた俺の心に再び火が灯る。
俺が火床を作ると、ノヴァは何も言わず魔法で火を灯してくれた。
「……本当に便利な魔法だな。俺も使えればいいんだが」
暗くなった森を帰るのは危険だ。俺は今夜、ここで彼らと共に過ごすことに決めた。
焚き火の前で、俺は木刀作りを始めた。
皮を剥ぎ、繊維を傷つけないよう慎重に削り出す。刃を薄く、先端を鋭く。少しでも力を入れすぎれば失敗作になる。集中力と体力を削る作業だ。
ようやく一本完成したとき、俺は誇らしさで叫びたくなったが、眠る子供たちのために声を飲み込んだ。
夜のノヴァは昼間より鋭い。その瞳が俺を射抜き、短く鳴いた。
「……休めってか? あと二、三本は作りたいんだが」
抵抗してみたが、ノヴァは強引に俺を焚き火から遠ざけ、子供たちの隣へ追いやった。その頑固さに負け、俺は横になることにした。
夜の森は冷える。ジーンズとシャツ一枚の俺には厳しい寒さだ。
ふと目を覚ますたび、そこには眠らずに周囲を警戒するノヴァの姿があった。
凛としたその背中を見つめながら、俺は抗いようのない深い眠りへと再び落ちていった。




