358-命火を掲げて
「ガハッ───!?」
小惑星帯に、一条の流星が突き刺さる。ユメ色の極光に導かれて、必殺の魔法少女キックをお見舞いされた将星、エルナトが、小惑星を幾つか轢いて木っ端微塵に。
一際大きな小天体に突っ込んだエルナトは、星に亀裂が入るほどのダメージを与えることで、漸く停止した。
土煙が上がり、魔力が光の粒子となって消えていく。
クレーターの中で、指一本も欠損していないエルナトが激しく咳き込む。
エーテたち渾身の必殺技に、エルナトは沈む。ユメ色の極光が齎す浄化作用が、エルナトの魔力の活性化を防ぎ、沈黙を選ばせる。本来悪夢を消し飛ばす光は、悪夢以外の敵相手には、魔力の使用を制限する抑止となる。つまり、今のエルナトは魔法が使えない。力のない、拘束力の高い不可思議な圧によって、魔力を練ることもできない。
……それに加えて、闘神魔法の“宣誓を破った代償”から生じる反動が、あまりにも重い。
ジンジンと痛む胸の陥没痕。
肺と心臓を圧迫した蹴りはかなりのダメージを与えた。並の将星であれば立ち上がることもできない程の、大きなダメージ。流石のエルナトでも、咳き込む形でそれ相応の痛みに悶える。
……逆に言えば、血混じりの咳だけで済んでいるのも、大概おかしいのだが。
「ゴホッ、ゴホッ……あ゛〜、まさか押し負けるたァ……オレも衰えたか…?」
「うおーっ!!」
「あ?」
クレーターから宙を見上げていたエルナトは、勢いよく自分の元に突っ込む気配に気付く。別に、邪魔だと強引に跳ね除けても良いのだが……そんな気にもなれず、無言で突撃を受け止める。
彼女に蹴りを入れた魔法少女の一人、ハニーデイズ。
鬼気迫る顔で近寄ったデイズは、相手が抵抗しないのをいいことに、彼女の右腕に一輪の花を翳す。黄色の花は、エルナトに触れた途端、蔦を伸ばすように腕に巻き付く。
そのまま右腕を拘束し、身動きを取らせない。
魔力封じの鎖と同じ役割の花が、更なる枷として将星を封じ込む。
「ヨシッ!」
「……別に逃げやしねェよ」
「あっ起きてる……え、抵抗しない?見た感じ、まだ全然動けそうなんだけど…」
「ハッ、オレは潔い女なんでなァ…」
「ふぅん?」
花が右腕を捕まえた瞬間、胸周りの痛みが、スゥっ…と引いた。敵に塩を送るような拘束術を鼻で笑いながらも、エルナトは呆れたように目を瞑る。
事実、彼女はまだ動ける。
動こうと思えば、幾らでも。戦うこと自体できないわけではない。それでもされるがままなのは……例え、どんな形であろうと、負けは負けだから。
エルナトは敗北を認めた。
見事、己の渾身を乗り越えてみせた魔法少女に、形だけでも敬意を表する。
あと一歩。あと一歩が届かなかった。その時点で彼女の負けであった。
「───素直に負けを認めてくれるのは、私たち的には、ありがたいことこの上ないわね」
「アハハ、うん。勝てて良かったってヤツだ」
そこに、エーテとコメットも合流。エーテの肩を借りてやってきたコメットは、必殺技で足の骨を折ったらしい。余程の負荷がかかったらしく、なんなら友の分まで痛みを背負ったまである。
エルナトを蹴り飛ばし、その道中にあった別の小惑星に激突した三人。激痛に苛まれたものの、意識を保てたのは幸いだった。
先んじてエルナトの無力化に出向いたデイズと合流し、並び立つ。
「ぽふるん、治して…」
「んなっ!?さっき大丈夫とか言ってたのに!?やっぱり痩せ我慢してたぽふね!?」
「なんとかなるかなって……めっちゃ痛い(泣き)」
「あのさぁ〜」
「おバカ!」
強がっていたコメットを安静にさせ、ぽふるんはすぐに治療を開始。緑色の温光に照らしながら、無抵抗のままでいるエルナトの隣に座らせる。
戦闘は終わったことにしたとはいえ、無警戒で座るのは如何なものか。
「甘ちゃん共め…」
呆れたように呟くエルナトに、エーテは否定できないと苦笑い。別に、彼女たちも何も考えずにそうしたわけではない。エルナトは素直な女だ。殺意には殺意で返礼して、恩には恩に報いる性格だ。負けを認めた以上、ここで突然豹変することはない。そんな人の在り方を、戦いを通して理解したまで。
拘束し監視する必要もある以上、傍に寄るのはある意味当然である。
後は、まぁ……純粋に、エルナトと話してみたかったのもある。
「…あれ?」
そうして対話を、エルナトのことをもっと知ろうと口を開きかけた、その時。エーテは、エルナトの褐色肌に走る紋様のような痕に気付く。
まるで、生きているかのように蠢く紋様。
見るからに不気味な痕を指摘すれば、エルナトはなんてことないように答える。
「あー、さっき宣誓使ったろ?そいつを破っちまった……代償っつーか、そういうのだ」
「あっ、やっぱりそういうのあるんだ…」
「……それ、破ったら死ぬやつ?」
「そうだぜ」
「そうだぜ!?」
「ふぁ!?」
二重にかけた、勝つまで戦うのを止めないという誓約。誓えば絶大な力が手に入る代わりに、破れば最後、天秤に載せられた命が対価として支払われる。
勿論、全てが全てではない。
内容によるが……今回ばかりは、重複させて効力を強めたのがいけなかった。
それをわかった上で戦いに応じたのがエルナトだ。もし負けてしまったら……なんてことは考えない。その思考は戦いを楽しむのに邪魔だからと、欠片も思考に挟まない。
魔法少女との死合を堪能したかったから。
ただそれだけの為に、予め定めた期待値を大きく上回る活躍を見せたエーテたちと、全力で殺し合いをしたかったから。死への恐怖はない。己が持ち得る手札を、余すことなく切ってみせただけ。
引き出し自体はまだあるが、出せなかったのだから話は終わりだ。
……事実、エルナトはまだ戦える。エーテたちが消耗し命を落とすまで、余裕をもって戦うことができる。いくら夢幻三重奏が強力であっても、討伐には至らない力の差が彼女たちの間にはある。
それでも、彼女は───あの攻撃を浴びて、一瞬でも、負けを悟ってしまった。
エーテたちの全力を見て、負けてもいいと、少しだけ。
そして、宣誓魔法はかなり頑固な魔法。その要素を全て受け継いだ闘神魔法の宣誓も、母親のそれと同じく調整が効かない。負けてもいいと、少し思っただけ……たった、それだけの思考でも。
誓いは破られたと見做される。
そこには、あるべき猶予や検討の余地はない。頑固にも程がある誓約によって、紋様という形でエルナトの心身を蝕み、死に向かわせている。
粛々と滅びの運命を受け入れているエルナトに対して、エーテたちは発狂。悲鳴を上げてエルナトの肩や腰、腕に触れて、魔力を流し始める。
ひび割れが始まった身体を、浄化の魔力でどうにかできないかと。
「なにやってんだ?」
「救急医療〜っ!な、なんとかなったりしない!?」
「バカか?意味無ェことすんな」
「死なれたら寝覚めが悪いのよ!なんかこう、浄化パワーなんでもかんでも解決☆とかないわけ!?」
「無茶言わないでぽふ〜!?」
「ひえっ、あっ、チェルちゃん呼んで無かったことに……うわーんどうしよう!?」
「……ハァ」
エーテたちの先輩たちは命の扱いが軽い。生半可な覚悟ではすぐに死ぬ時代だったのもあって、命を奪うことへの躊躇いなど皆無といってもいい。
だが、エーテたちは違う。
最悪の世代とは異なる環境下で、すくすくと育てられた彼女たちは、なるべく人死がないことを望む。生憎、絶対などとは口が裂けても言えないが……自分たちの目の前でみすみすと死なせるほど、彼女たちの心は強くなく。
心血を注いで、宣誓の負荷を和らげようと魔力を流す。
そんな甘ちゃんたちをボーッと眺めていたエルナトは、深い溜息を溢す。
エルナトの溜息にはかなりの呆れと、少しの照れ臭さが混じっていた。なにせ、敵対者にここまで親身になる者と会ったことは一度もない。最初は戸惑いが勝っていたが、こうも甲斐甲斐しく存命を望まれて、嫌になりはしない。
それはそれとして、無意味だからと跳ね除けるが。
「ありがとよ。気持ちだけは受け取っとくわ……わりかし満足できたんでな。テメェらが最期の相手ってのも、まぁ悪くはなかった。楽しかったぜ」
「ッ!ん〜っ!!そういうの、私嫌い!!」
「同じくよ!」
「以下同文!」
「あぁん?」
きっと、尊敬はしてるけど信頼はしていない先輩たちは難色を示すだろうが。ここで見捨てて、後悔したくない。話が通じる相手は、特に。
なにやら満足して逝きそうな雰囲気のエルナトに怒鳴りながら、治癒やら状態保存やらの魔法を試していく。
効果はいまひとつ、だが。
やらないよりはマシ程度だが、紋様の侵蝕は顎下までで停滞している。
エルナトの顔はないでいる。まるで、本当に後悔がないかのような、満足気な表情。
それがなんだか、気に食わなくて。
眉間に皺を寄せたエーテは、エルナトを見下ろすように身体を乗り上げ、寝転ぶエルナトの顔を手で掴み、逆さの状態で目を合わせる。
「あのさ」
「……んだよ。敗けたヤツは潔く死ぬのが美徳なんだぜ?邪魔ァすんじゃねェよ」
「そういうのってさ、勝者の言葉が最優先じゃないの?」
「! あー、そこを突かれたら何も言えねェけどよォ……無理なモンは無理だ。この際諦めろとは言わねェがよォ、オレは後悔してねェんだ。そん時に死が真ん前来たなら、潔く受け入れるってもんよ」
「……ふーん」
納得していない。
できるわけがないとわかりやすく顔で訴えるエーテは、エルナトの頬を持ったまま少し考えて……閃いたと、少し悪意の滲んだ顔で、笑う。
挑発するような顔を、意識して。
エルナトが絶対乗っかるような───“生”にしがみつきたくなるようなことを。
「このまま生きてくれたら、もっと成長した私たちと……それこそ、何回だってぶち当たってあぜてもいいんだけどなぁ〜」
「!」
戦闘欲を刺激する。
魔法少女側から代償をどうにかしようとしても、誓約を破った側が生きる気力を持っていなければ、どうしようもないから。エルナトが一番反応する話題で釣り上げる。
ほんの僅かに、ぴくりと眉が動く。
エーテの思惑をすぐ把握して、コメットとデイズも顔を見合せて、笑う。
「ふふっ、なんだったら、ラピス先輩とライト先輩に約束でも取り付けてあげましょうか?ライト先輩に至っては、中断させちゃったわけだし」
「先輩は多分ゴネるけど、チェルちゃん消しかければ絶対いけると思う!」
「他の先輩たちも巻き込も。火葬しよ」
「それじゃ、ノワ先輩が先陣かしら。どうせラピス先輩が制裁済みでしょうけど……それはそれ、これはこれよ」
「ふふっ、ね、エルナト!ど?多分、いーっぱい楽しめる魔法少女は、まだまだいるよー?」
「ホントに死んじゃうの?」
「これで満足って、本当?」
「後悔しない?」
勝手な取り決めはよくないが、彼女たちがよく知る二人ならば、エルナトとの死闘ならば受け入れるだろうという確信がある。
極光ならば喜んで再開を、蒼月ならば呆れて承諾を。
そんな未来が簡単に思い浮かぶ。
だからこそ、エルナトにとって、その申し出は何物にも代えがたい提案だ。戦いを求める彼女にとって、目の前に吊り下げられた戦闘欲を跳ね除けられるわけもない。
想像する。戦いの道を。まだ、まだ、もっと、もっと。
熱を孕んだ目で、どうよと見つめ返すエーテに、笑って応えてやる。
「ハハッ、ハッハッハッ!」
「そいつァ楽しそうだなァ───そんなら、踏み倒すか。誓いなんざ、クソ喰らえだもんなァ?」
「乗ってやるよ、魔法少女。オレの期待、裏切んなよ?」
誓いを破ることはできない。
それだけの強制力があるからこそ、星を滅ぼせる出力を引き出せるわけだが───そんな前提を、知ったことかとエルナトは嘲笑う。
自分で定めて、履行せずに破る。
なんともまぁ人の悪い、愚者の所業。できないからこそ強かった能力を、エルナトは自らの手で否定する。彼女にとってはオマケもオマケの誓いを、ここで手折ってやる。
道理に反するが、そんなモノ、欲求の前では無力。
機会があるのなら、その日の為に万進するのがエルナトなのだから。
「ククッ、後悔すんなよ?テメェらは、最強のオレを殺す最後の機会を捨てちまったんだ。後になって悔いるなんざダセェこと、すんじゃねェぞ?ぶっ殺すからな?」
「だいじょーぶ!いざとなったら先輩たちに頼るもん!」
「ハッ、お子ちゃまめ」
「子供だも〜ん」
この日、エルナト・アルデバランは大いなる力の一つを失った。否、自らの意思で手放した。
魂に刻まれた固有魔法、その根幹を自ら燃やして。
不遜にも、魔法の分際で主人を殺そうとする力の塊を、焼き尽くした。魔法少女の浄化がなければ、覚醒した力で魂を保護してくれなければ、きっと上手くいかなかった。
闘神魔法は、力の一つを失った。
───誓いを捨てる。即ち、欲望に生きる証明。
あまり大差は見られないが……
弱体化ではなく、新生という形で死の淵より帰還した、暴れ牛の将星は。いつの日か、あわよくばすぐに、強敵と垣間見える未来を待ち望みながら。
「……今なら合法的に蛇野郎をぶん殴れんな。ヨシ、ちと先走ってくるぜ!」
「絶ッッッ対にダメ!!!」
「行動力ッ」
「あーあ」
魔法少女に、降伏した。




