359-神鳴るところに
“雷精”のオルドドンナ。
僕が知っている雷使いの中でも、最も身近な魔法少女。ただの雷ではなく、青色の雷っていう魔法現象をビリビリ引き起こして、よく停電を招いていた。
彼女の速度は魔法少女の中でも一位二位を争う速さ。
光速だとか雷速だとか、そんなので競い始めるの本当にやめてほしい。二次災害が起こるんだよ。走るだけで変な衝撃波ブッパすんのやめてほしい。いやほしかった。
喧嘩っ早くて、人並みに正義感があって、男前で、速さ自慢のヤンキー雷娘。
あいつの速さには結局勝てずじまい。雷になることで、凄まじいスピードを得るっていう理屈で速さ自慢してたんだけど、それがまぁ頭痛くて。
なんで雷になって人型保てるのー、とか。
なんで雷になって自我保てるのー、とか。
そもそも雷になるってなにー、なにそれー、えっ知らん無理無理無理、とか。
魔法理論的な説明がないのが嫌だ。物質変換の応用だと断言するのは簡単だけど、そこに制御とか精密性とか色々組み合わさって漸く完成するのが、人体の雷化だ。
電位差による放電、光と音を伴う放電現象。
科学的に分解すればもっと語れるが……他の魔法と軽く比較してみても、雷になるなんて技巧は頭おかしいぐらい頑張っても難しい高等技術になる。
それを平然とできるのが、本当によくわからない。
今目の前でそれをやってのけているアルフェルは、まあ歴戦の雷使いな上に、宇宙人だからそういうのができてもおかしくないよねってことで目を逸らす。
……なんで将星最強と同じことができんだよあいつ。
実姉だからって習得してみせたカドック先輩もヤバい。僕がある程度お膳立てした上、見様見真似で調整したとはいえだ。
……まぁ、なんていうの。ここまで語ってなんとなーくわかっちゃったかもしれないけどさ。
僕、雷になれないんだよね。
肉体を気体にするとか、霧散しちゃう系はかなり無理筋なんだ。どうにも意思が四散して、どう頑張っても元には戻れなくなりそうな予感しかしない。
悪夢のボディを手に入れたからってそれは変わらず。
苦手意識は払拭できず、【悪夢】という不定形のそれを人の形に落とし込んでいるのが今の僕なのに、雷とか霞になるってのができそうにない。
魔法と一体化するっていう前提はクリアしてるけど。
それはそれ、これはこれ。慣れそうにないし、無理なら無理で切り替える。
ハァ……こっちも雷になればアルフェルへの干渉が少し楽になるかなって思ったけど、そうでもないか。楽な道が一個途絶えたってことで、この案は棄却。
素直に雷を纏うなり、魔法を組み合わせるしかない。
今のところ、速さの背比べで戦ってるからね……片方が速度を上げたら、もう片方も速度を上げる。いたちごっこみたいな感じだけど、お互いの最高速度を自己更新し続けてるようなものだ。
生憎、アルフェルの最高速度は知らないが。
現状確かに言えることは、今の僕は自己ベストをずっと更新し続けているから……然程文句はない。無いけども、一々超えてくるのやめてほしい。
目が回りそうだよ。
以上、言い訳タイム終了。
以後、僕と天魚の和気藹々とした一歩も譲らない戦いをお楽しみください。
「天雷魔法ッ!」
「月魄魔法ッ!」
星天を貫く裁きの雷に、殺意を滲ませた蒼い月の輝きをぶつけて、相殺。威力は五分五分、範囲では天雷に劣るが技量でカバーできる。うん、大丈夫。
両手足を雷に変えたアルフェルの動きを完全に読む。
関節の可動域を大きく逸脱した雷も、僕の手にかかれば重傷で済む。
すごく痛い。
「くふっ、痛覚が麻痺しとるんじゃったか?どうじゃ儂の天雷は。意外と響くじゃろう」
「意外って言葉の意味を調べ直せ」
雷直撃は普通に痛いだろ。痛覚が麻痺ってるとしても、ダメージ無効とかそんなんじゃないんだからさ。あと雷の上位互換に、意外って言葉は適切じゃないんだわ……
そう愚痴りながら、悪夢を帯びた月の光を連発。
雷は物理的に掴めないし、攻撃できないけど。悪夢っていう毒を忍ばせれば、事実はひっくり返る。そうあるべき概念は汚染され、雷は、僕の中では物体となる。
……雷魔法を共鳴させれば、もっと簡単に触れるようになるかもだけど。悪夢を使った方が、アルフェルは不利になるからね。
「ふっ!」
ひらりひらりと、海の中を泳ぐように。天魚は悪夢から踊るように身を守る。空間を引き裂くように放った光は、一つも被弾してくれない。
こちらも天雷を避け切るが、それでは意味が無い。
威力は十分。殺意は既に溢れている。足りないのは……圧倒的な、速度。攻撃の出力をもっと速く、アルフェルの動体視力を超える速度で放たなきゃ。
全身を巡る魔力を加速させて、効率も上げて……
雷速で突っ込んで、アルフェルとのすれ違い様に魔法を突き刺す。
「ぬおっ!?」
「チッ……ポーズだけの驚き顔なんざ、誰も欲しくないんだけど?ふざけてる?」
「そうカッカするでない。何かしら反応は欲しいじゃろ」
「うっざ」
悪夢の影響で雷化は解除される……なんて腹積もりは、あっさり無意味となった。僕が貫通属性の魔法を放ったというのに、アルフェルは貫けなかった。
何故なら、彼は自らの意思で身体に穴を空けたから。
自由自在な天雷の肉体は、別に人型を保っていなくてもいいらしい。網のように広がった雷体は、月魄の殺意など意にも介さない。
ムカつく。
「ハァ……まぁいい。次だ」
手札の多さで僕に負ける要素はない。宇宙規模で見れば地球なんてちっぽけだ。辺境の惑星にあった魔法なんて、彼からすれば矮小もいいところかもしれない。
魔法の数でも、質でも、宇宙のそれには及ばない。
いや、質はどうだろ。【悪夢】との戦いに特化した影響なのか、全ての魔法には浄化の特性が伴っている。それが戦闘にどれだけの影響を及ぼすのかは……僕が言う必要はないか。
でも、そんな魔法共であっても……僕が使うからには、何の問題もない。
「押し通る」
アルフェルを囲うように魔法陣を展開。複数の魔法を、同時または逐次放つ集中攻撃。物理接触は意味無いかなと想定して、使ったのはどれも触れない魔法ばかり。
極光魔法・虚無魔法・重力魔法・夢幻魔法・波動魔法。
他にも展開して、合計12の魔法陣がアルフェルを囲ってぶん殴る。
───魔加・十二連光
力作の複合魔法と比較するのは烏滸がましい……なんて程度の規模の魔法。ただただ精密に。相手の動きそうな、若しくは動くであろう位置を予測する演算機能を載せた、ただそれだけの砲門。
魔加合一の前段階とでも思ってくれれば。
周囲を魔法陣に囲まれたアルフェルは、逃げもできずに砲撃を食らう。
「綺麗じゃのぉ〜。じゃが、それだけじゃ」
───天雷魔法<アダドバウル>
余裕に満ちた顔で、アルフェルは全方向に雷撃を放つ。荒々しい暴力的な雷鳴は、絶え間なく放たれた僕の魔法を撃ち落とし、相殺し、そのまま勢いを止めずに、魔法陣に着弾して……貫き、破壊。
ゴロゴロと空間を揺らしながら、十二連光は決壊。
耳を掠めた雷撃を無視して、魔法陣を破壊された事実を静かに眺める。顎に手を添えて、小首を傾げ、反撃の雷を極小の魔法障壁で受け止めて防御。
うーん、成程。成程ね。
「ふぅん…」
「お主は演技でも良いから顔に出せ。かわいい儂が悲しくなってしまうじゃろう?」
「キッショいなぁ。自己肯定感爆高かよ」
「何を今更!」
的確に、冷静に、完璧に。動きに一切の無駄がなくて、全てが計算されている。
その所作には一瞬の感動と、尊敬の念すら覚える。
そりゃ千年以上も現役張ってるんだ。これぐらい動きが洗練されるのは当たり前なのかもしれない。今もだって、僕の眼球を貫こうと、手を鋭く伸ばして飛んできたし。
僕の反応速度よりも速いけど……まぁいいや。
そのまま、無防備に。アルフェルの刺突を見送って……笑う。
「ッ!?」
驚きに目が見開かれる。
どうせ躱されると思っての刺突が、僕に届く、寸前に。アルフェルの雷化した身体に───結晶の塊のような槍が突き刺さった。
ちょうど、彼の腹を貫いて。
雷になって霧散するよりも速く、隠匿されていた魔法が固定する。
「これは……ぐっ!?」
珍しく苦悶の声を上げるアルフェル。腹に刺さった槍を力強く握り締めても、虚空から生えた槍は微動だにせず。空中で、最強の将星を固定する。
あぁ、惜しかったな。てか、これで吐血しないのか。
そう残念に思いながらも、僕はアルフェルの頬を両手で触る。射止められても必要以上に藻掻かず、冷静に状況を見極めている姿勢、洞察眼には年の功を感じるよ。
頬を掴んで、顔を突き合わせる。
特に意味はないけど、ピンク色の瞳を凝視して……手で直接悪夢を流す。
「がっ!?お、お主!?」
「ダメじゃないか。僕を相手取る時は、僕がどんな魔法を使ってくるのか……自分の想像力を働かせて戦わないと、身体がもたないよ?」
「カ、カカッ!無理強いが酷いのぉ!で、今何しとるのか聴いてもいいか?」
「脳みそに悪夢をダイレクトアタック」
「あかんやつ!」
無視魔法で雷化を無視。
裁縫魔法で肉体を空間に縫い止め。
宝石魔法で作った槍に月魄魔法を潜ませ、更に影魔法で存在感を限りなく薄めて。
最後は、偏在魔法でそこに出現させるだけ。
アルフェルの固定に成功した僕は、彼の脳に直接悪夢を流し込む。彼の雷化を阻害する為に……あわよくば、命を落としてくれと思いながら。
ただし、相手は僕よりも歴の長い戦士。
危機を悟って転移しやがった。空間に置き去りになった宝石の槍には、血が一滴も滴っていない。慌てた雰囲気で僕から遠ざかった彼は、穴のない腹をやさしく摩る。
……裁縫魔法でも、転移は防げなかったか。
確実に殺すなら、魔力操作を阻害する魔法も組み込めば楽だったね。
「全く、油断ならぬ女子じゃのぉ」
「……悪夢を分解したか。速いな」
「そりゃあのぅ。これでも、お主より長い時間を悪夢との戦いに割いとるんじゃ。対処法は既に持っておる。まぁ、お主らの女王規模の悪夢と会ったことはないがのぉ」
「そうそう出会えないよ、あんなの。一匹で十分」
「カカッ、お主が言うと重みが違うのぉ……では、再開と行こうかの」
「いいよ」
雷による分解。悪夢どころか呪いまで分解できるって、結構な無法っぷりだけど……それでも全部じゃない。まだ悪夢は残留している。してるけど、しててもいいって判断できるぐらいの量。
……起点には使えないかな。
でも、別にいい。また触れちゃえば、悪夢を増幅させてやればいい。
バチバチと音が鳴る。雷鳴が轟く。僕もまた、青い雷を全身に纏う。
金帝の雷と月青の雷が、分子雲領域に再度炸裂して。
───そして、この瞬間。彼女に施した全ての工程が、完了したことを察し。
笑みを深めた。




