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夜澄みの蒼月、闇堕ち少女の夢革命  作者: 民折功利
月下星王大戦

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345-キャンパス上の異化狂信


 いつの間にか、彼はいた。


「───Bonjour、麗しき戦乙女たち。お邪魔するよ」


 民族衣装をその身に纏った何某は、礼儀正しいお辞儀を披露する。まるで舞台の上にいるかのような錯覚をさせる身振り手振りで、魔法少女たちの視線を奪う青年。

 彼の手から垂れる黒い絵の具は、あまりに禍々しく。

 魔法少女たちの反応速度を凌駕する速度で、セチェスの身体を奪い取り、左手で抱き、右手から絵の具を垂らして染め上げる。


 突然現れた金髪の美丈夫に警戒しながら、ブランジェは溜め息を吐く。


「一息つく暇もくれないかぁ……で、お兄さんは誰かな?新聞で見た覚えはあるけど、さ」

「あぁ、失礼。名乗るのが遅くなった。私はラカイユ……銀河を股にかける、しがない芸術家であり、将星。君たち夢星同盟の敵さ。この突然の介入、横取りするような形になってしまったこと、どうか許してくれると嬉しいな」

「ふぅん?」


 ラカイユ・パレット。

 魔法少女三人と異星人の警戒の視線を浴びていながら、澄ました顔をしている彼は、彼女たちと鯨王セチェスとの戦いを、途中から観戦していた。

 極黒恒星の裏世界、異空間から。

 魔法少女が応援に来たタイミングから、ずっと。一つの作品を鑑賞するような赴きで、セチェスに手を貸すこともなく、芸術観察も兼ねて、ただ見ていた。

 その事実を、ラカイユは隠さない。


 ───地球の夢にいたもう一人の自分が、死んだことを感じ取りながらも、平然と。

 美しいモノだけを、その目に焼き付けていた。

 最も己を感動させたチェルシーを見る目に、相変わらず狂気が宿されている。


「ッ、見捨てたってことかよ……いや、それより!テメェなにやってやがる!!」

『絵の具責めなんて、斬新な拷問だね』

「論点ズレてんだよアンタも!」

『えっ?』


 セチェスへの所業、現在進行形でなにかよからぬことを実行しているラカイユにリュカリオンが怒り、フルーフが少しズレた回答を投げ付ける。

 粘性のある液体は、墨汁もかくやの黒々しさ。

 匂いなどから絵の具であると、魔法によるモノだとは、簡単にわかるものの……死に体の仲間に、それをしている理由がわからない。


 既に、セチェスの全身は絵の具に埋もれて、元の素肌は見えやしない。口の中、傷口にまで浸透しているようなのだが、咳き込む様子も痛みに呻く様子もない。

 生きている筈なのに、死んでいるようで。

 痙攣一つしない、横抱きにされた黒塗りの老王を、彼は丁重に扱う。


「ふふっ、セチェス王は使うのに都合が良くてね。別に、亡くなっていても構わなかったのだけど……成る可く生き地獄にはならないよう、最大限の配慮をするとも」

「答えになってないんだよなぁ〜……で、何する気?」

「そう急かさないでくれ、地球の天使。私はただ、陛下に勝利を捧げる為に動いているだけさ。多少、自我を出しているけれども、ね?」

『……頑張った重傷者を使うとか、ドン引きだけどね』

「おっと、それに関しては弁明のしようがないな。ただ、本当に悪意はないんだ……それだけは、理解してくれると嬉しい」

「どうだか」


 責めるような視線も、咎めるような言葉も、ラカイユは何処吹く風。至って平静に、優男の爽やかな笑みのまま、魔法少女たちの詰問に受け答えする。

 セチェスを利用する罪悪感は、そこにはない。

 元より狙ってはいた。セチェスならば、黒い絵の具にも適応できると信じていた。それ故の、この凶行。そこには何の悪意もなく、殺意や敵意といったモノもない。

 本当に、セチェスのことを信頼した上での、これ。

 何処までも自分勝手に、自分の狂気の器に成れることが最善だと宣う。


 確実に気が触れている発言に、チェルシーは顔を顰めて喉を唸らす。


「んんぅ……ヤバい人…」

「そうだぜ。将星になる前からヤベー噂しかねェ、それも大半が事実っつーヤツだ。下手に関わってもロクなことがねェ、ってレオードさんも言ってたぐらいだ」

「うーわ、絶対めんどいヤツ……」

「ふふっ、そんな警戒しないで欲しいのだけど、まぁ……無理そうかな?」

『そりゃね』


 魔法少女たちは、ラカイユからセチェスを奪取できるか考えるが、すぐに無理だと結論付ける。ラカイユの手から垂れる真っ黒な絵の具を見て……これでもかと脳が警鐘を鳴らすから。

 光を反射しない濃艶な黒。邪悪にも思える、死の闇。

 何処かで見たことがあるような───そう錯覚するのもおかしくない、馴染みのある闇の色。

 一番最初にそれに気付いたのは、チェルシー。

 凝視した真っ黒な絵の具が、何を由来としているのか、理解してしまう。


「……それ、悪夢…」


 真っ黒な絵の具───その正体は、【悪夢】。この中で最も【悪夢】の身近にいるチェルシーだからこそ、誰よりも早く気付けた。

 気付けてしまった。

 絵の具塗れのセチェスの末路を、彼女の聡明な頭脳は、否応にも想像させる。青ざめた表情で、信じられない者を見る目で、ラカイユを見る。


 正解を当てられても尚───ラカイユは、好青年めいた笑顔のまま。


「Exactly!!その通りだよ、猫の乙女。私の魔法で悪夢を絵の具に変えて、ストックしていてね……まぁ、絵の具にする過程で、大分変質してしまったのだけど」

「……絶対ろくでもない奴…」

「安心してくれ。ただ、汚染と侵蝕を繰り返す、絵の具の異形に変えてしまうだけさ」

「安心とは」


 語るに曰く。

 ラカイユはかつて、独断で【悪夢】を絵の具に変えて、培養することに成功した。その過程で、従来の【悪夢】と似ているようで似ていない、全くの別物に成り果てたが、そこはあまり重要ではなく。

 この絵の具を使って、ラカイユは多くの芸術を作った。

 常人では受け入れられない“美”だとしても、己の美徳に従って製作……


 数多くの知的生命体を黒く染め、その在り方……変化に美を見出した。


「私は知っている。人は皆、心の中に獣を飼っている……獣性と言ってもいい、普通は忌避される在り方を。だが、どうしても私は、その獣性を悍ましく思えない。むしろ、美しい筈だと。それも、見てみたいと思う程に、ね。

 君たちにもあるだろう?

 “やってみたい”。チープな想いではあるけれど……私はそれを形にしたまで」


 滔々と語りながら、闖入者は左手に抱いていた真っ黒な絵の具の塊を、虚空に投げ落とす。

 辛うじて人の形を保っていたそれは、徐々に変形。

 ブクブクと音を立てて、絵の具が蠢き、中に包み込んだ犠牲者を蝕む。


 その光景を見下ろしもせず、ラカイユは魔法少女たちを真摯に見つめ、語る。


「絵描きの魔法。それが私の固有魔法でね?普通とは違う特別な効果を持った絵の具を作り、操り……好きなように塗り替える。今使って見せた<破滅の黒/フォールン>は、塗り潰した対象の隠された獣性を表面化させる」

「改めて教授するが、悪夢の怪物化とは、似ているけれど別物なんだ」


 獣性の発露。

 それ即ち、元の原型を留めない、怪獣となって終わると言うこと。


 ラカイユの目的は、獣性を曝け出した世界。隠すことも恥じることもなく、ただ、心の赴くがままに行動し、獣となった異形たちが跋扈する世界。

 ありのままに、あるがままに蠢く、歪な理想郷。

 夢想の先にある“美”を見たいが為に、ラカイユは既存の世界を滅茶苦茶にする。絵の具に塗りたくられた怪物が、己の獣性に従って暴れ回る……原始的で、狂気的な破滅の世界を、この目に。


 その為に将星となった。戦争を理由に、合法的に死体を集めて黒塗りにする。生きていようと、気絶しているか、抵抗力が低下していれば全て塗り潰せる。素体の生死など絵の具には関係ない。自我を持った黒が全てを支配する。

 間違った理想であることはわかっている。

 わかった上で、ただ、見たいが為に実行する。

 魔法少女という可憐な戦乙女も染めれれば……きっと、世界の色彩はより美しくなる。彼女たちの獣性が形になる光景も、見てみたい。


 だからこそ、これ幸いにとセチェスを利用して、狂気で塗り潰す。


「ッ…」

『今手出しするのは悪手だ。もう、どうしようもない……相手のペースに合わせるしかない状況だ。わかってるね、リュカくん』

「わかってるけどよッ…」


 救出は不可能。

 芸術家が織り成す地獄の始まりを、彼らはただ見ていることしかできない。


 虚空の下、蠢く黒い液体。膨張するそれが、先程戦ったヴュートンヴァールを遥かに凌ぐ巨体、魔星古城を容易に呑み込めるサイズ感の、絵の具の厄災……

 幸いだったのは、セチェスの意識が無かったこと。

 もしも、意識が覚醒した状態で呑み込まれていれば……生き地獄に陥っていたであろうことは、想像に難くない。あまりにも悍ましい末路だが……ラカイユに選ばれたのが運の尽き。


 厄災が芽吹く。色付いた破滅、星空の闇よりも濃い闇が蠢動していき……


「さぁ、御照覧あれ───題材は、クジラの王。新生せし王獣の誕生を、その目に」


 産声が上がる。


ボォォォォェェェェェェ───…


 魂に響く重低音。ヴュートンヴァールが神聖な獣なら、こちらは完全に邪悪な魔獣……クジラの形を保ちながらも絵の具でドロドロと溶ける、醜悪な生命体。

 異臭がしそうだが、不思議と無臭の、毒々しい黒鯨。

 悠然と宙を泳ぐ黒鯨は、頭上からの視線など意に介さず回遊して……彼の軌跡、通り道となった空間を、真っ黒に侵蝕していく。


 黒鯨の通った軌跡から、恒星異空間が漆黒の絵の具へと染まっていく。


 同時に───虚空に開いた穴から、予め異形化していた絵の具の怪物たちが。ゲメル・マーラー星律芸術団の一員であった者たちの成れの果てが、出現する。

 仲間さえも、全て。

 芸術家としてのラカイユの同志たちは、彼の狂気により全滅した。


 深淵の絵の具が、恒星異空間を我がモノにせんと領域を広げていく。


「ッ…」

「なんじゃ、ありゃ…」

「今の彼らは源さ。これから、恒星異空間は絵の具に沈み崩壊する。星辰の魔法的繋がりよって維持されているこの空間そのものを、真っ黒に染め上げて……ふふっ、さぁ、破滅はすぐそこだよ。楽しみだね!」

「全然。悪いんだけど、共感できる要素はないかな」

『うーん、ノーコメント。でも、まぁ。このタイミングでやらかしてくれたのは、正直助かったかな。殺すのを悩む必要がなくなるから、ね』

「…うん」

「ほう?」


 絶句する魔法少女たちを他所に、喜悦の笑みを浮かべて祝福を上げるラカイユ。だが、一同の中でフルーフだけが驚嘆するだけで終わり、それ以上感情を揺れ動かさない。

 それどころか、今やってれてよかったと鼻で笑う。

 何故ならば、これで殺す口実ができた。万が一生かして失敗する未来は、もう訪れない。ラカイユ・パレットなる狂人の抹殺は、絶対。

 戦士の誇りを失い、穢されたセチェスが……伴星を一つ捕食しているのを見下ろして。オマエを殺すという殺意を明瞭に、正義感を振り翳す。

 わかりやすい敵だ。

 殺さなくてならない敵の出現は、難しいことを考えずに済むのだから。


「んー、まぁ。厄介な敵の相手は慣れてるし。いい感じにぶちのめしちゃおっ」

「ナメた真似してくれやがって……赦さねェ!!」

「全部消しちゃって、お爺ちゃんのこと、ちゃんと弔ってあげないと…」


 戦意を高める一同は、義憤に燃える。

 確かに、セチェスは敵ではあったが……ここまでされる謂れは無いだろう。将星として、敵として、彼は最後まで戦ったのだ。

 鬱陶しくはあったが、それで扱き下ろすような相手でもなかった。


 次はオマエの番だと堂々告げられるのも、癪に障る。


 ……そんな彼女たちの輪から、一人ズレて。セチェスの犠牲に一切心が揺れ動いていない、ポーズだけの呪い師が口を挟む。


『そういえば、一つ。さっきから見てて、聞きたいことがあったんだけど』

「なにかな?」


 実はフルーフ、ラカイユを一目見た時から、とある点が無性に気になっていた。バケモノたちの大合唱をBGMに、霊体の人差し指を突き付ける。

 魔性を宿した紫の瞳は、ラカイユの中を見る。

 病的なまでに整った美形ではなく……その内面を、ただ見つめる。


『私は魂が見れるんだけどさぁ……今の君、なんか二つに引き裂いてるみたいに見えるんだけど。それ、何?どうせなんだから、教えてよ』

「!」


 フルーフの視界に映るラカイユの魂は、まるで、真ん中から破られた紙のように、雑に真っ二つにされた状態で、欠けていた。

 引き裂かれたまま、その形を変えることなく。

 ラカイユの歪んだ半月は、見るに堪えないドス黒い光を発している。


 そう指摘されたラカイユは、驚いたろうに目を見開き、そして、笑う。


「ふふっ……素晴らしい目だね。その状態から採取できる方法があるのか、試してみたいモノだが……うん。まずはその指摘に答えようか。確かに、私は魂を二つに割いた。でもそれは、つい数日前の話でね。私は今、精神と肉体、そして魂を引き裂いた、分裂状態なんだ」

「そんなプラナリアみたいな…」

「おや?そんな生き物がいるのかい?会ってみたいね……おっと、話が逸れたね」


 ラカイユ曰く。

 地球侵攻の為、単身夢の世界に潜り込むようリブラから命令されたラカイユは、その任を快く承諾。承諾した上で彼はこっそり、リブラにも内緒で禁術を発動。

 後日、片道切符で夢の世界に送り込まれる前に……

 ラカイユは自らの肉体、精神、そして魂を二つに分割、再構築することで自分自身を二つに分けた。精神が歪んでおかしくなるのは当然な禁術だったが、元から狂っているラカイユは代償を踏み倒した。

 地球行きのラカイユは、高度な隠蔽術を何重にもかけてリブラの目を誤魔化し、気付かれることなく夢の世界へ。もう一人のラカイユ、つまりこの場にいる彼は、裏世界で息を潜める形で、誰にも気付かれることなく恒星異空間に潜伏していた。


 成功確率一割以下の奇跡を乗り越え、二人になることで暗躍していたラカイユ。

 単独行動の成果は、今結実する。


「は?地球行ってんの?」

「そうだとも。とはいえ、だ。どうやらもう一人の私は、志半ばで死んでしまったらしい……やることはやってからではあるものの、ね。地球の守護者たちがどんなものか、この目で見ておきたかったよ」

『ふーん……後で感謝しないとなぁ。ったく、薄気味悪いヤツだよ、本当』


 死んだことはわかっているが、その過程、結末に至るに何があったのかまでは、こちらのラカイユもわからない。視界や思考の共有、死んだ後の情報伝達ができれば、話は早かったのだろうが……その術式を組み込むには、時間が足らなかった。辛うじて、死によって生命活動が停止したことだけは伝わるようにできたが……それだけだ。

 とはいえ、わかっていることはある。

 地球の侵攻は現在進行形で続いていること。使徒たちが暴れ続けていること。細工をしていたダラコイルの亡骸が猛威を振るっていること。

 そして。


 本命があるとするならば───ここにいるラカイユが、まさにそれ。


「きっと、あちらの私は美しいモノを見たのだろうね……ここで死んでもいいと思えるぐらい、美しいと認められるなにかを。少し、羨ましいね。入れ替わりたい気分だ」

「気色悪ぃな、マジで」

「いやぁ〜、その。そんな恋する乙女みたいな顔するの、やめてくれませんか?」

『マジトーンで草』


 ラカイユは死なない。

 本当に美しいと思った上で、負けを認めてもいいような終わりが来る、その時まで。もう一人の自分が潔く死ぬ。その理由は、己の美的感覚が満たされた以外有り得ない。

 羨ましいことこの上ない。

 美しいモノを見て、美しいモノに心を囚われて、最期は蹴散らされたい。


 芸術を作ることも、芸術の礎になることにも……全てにラカイユは心を弾ませる。

 勝っても負けても、どちらでも彼は満足できる。

 真っ二つに裂けたことで、実力も二等分になったが……それでも十分、苦戦を演じないことはできる。もう一人の自分と違い、ここはホームグラウンド。絵の具に落とした仲間もいるのだ。全てを呑み込み、侵蝕し、理想の果てを作り上げるまで……


 狂気の色、ラカイユ・パレットの躍動が止まることは、ない。


「成程ねぇ……どっちにしろ、殺す理由は増えちゃった。地球を滅茶苦茶にしようとかさぁ……これはもう、殺して成敗するしかないみたいだね」

『そうだねぇ……これ以上盤面を引っ掻き回されちゃあ、溜まったもんじゃない』

「美しかろうが醜かろうが、心底どうでもいいぜ」

「そんな尺度で測れる程、人って単純じゃない。だから、全力で否定する」


 火に油を注がれた魔法少女たちは、目の前の怪物を必ず殺さなくてはと決意する。

 生かしておく未来も、和解の道も用意しない。

 故郷を襲った敵に、報いを。自分の欲求の為に、全てを滅茶苦茶にする異常者に。

 裁きの鉄槌を。


「ふふっ、いい殺意だ!いいだろうとも!さぁ、私と共に踊ろうじゃないか!そして、見せてくれ……君たちの美。終わりを奏でるその時の、美しい最期を!!」

「君たちは、一体何色なのかな?」


ヴォォォェェェェェ───…


 絵の具に溶け落ちていく世界との戦い───総力戦が、開幕する。


次話の主役はリリライ

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