タイトル未定2026/11/03 16:49
質問には一つも答えない。面倒くさい。答えようとしたらこんな夜を、それだけで消費してしまう。
そんな気分にはなれなかった。いつから? どうして?
語れば長い話。けれどその話の中の大半を、栞は共に過ごしているのだ。
今になってそんな質問が飛んでくることが意外であり、驚いている栞が梓朗には本当に面白かった。どの段階でどこにこれを取りこぼして来たのか。これを。
「これ」とは栞のことだけど。
「ほら」
三メートル近く遠くに居る栞に向けて、梓朗は手を
①突き出した
②差し出した
③差し伸べた
――見たままであれば①だろう。梓朗の心情であれば②。栞サイドに立ちこれを見れば、崖っぷち落ちかけているところに現れた救助の手くらいに感じると思う。だから③。
しかし待ちかねていたはずの縋りつくべき手を目の前に、栞はなにかを躊躇っていた。差し伸べられた黒い手を見つめ、ちら、と梓朗の顔を見る。
「なにをたくらんでいる間なんだ? これは」
「もう少し喜ばせていただきたくて。生の手で、いいですか? いいですよね。いえ、もう素敵に幸せなんですけれど、もう少しくらいいいかなぁと思ったりして」
「おまえがそれを始めたら際限知らずじゃないか。自分の基準がどこを取ってもどこかはおかしいって自覚――なんてそんなものがあるわけないんだよな」
話しながら答えを自分の中に見つけてしまったので、途中から諦めの着地。
梓朗は手袋をはずし、栞にそれを渡した。それを片手にきょとんとしている栞の、反対側の手をとる。
「え、外身もくれるの? え、でも片手だけだと使いみちとかあんまりないから、どうせなら両方」
「入れとくとこがないんだよ。持っとけ、落とすな、失くすなよ」
言われて見れば梓朗のコートに、それが入るようなポケットはないのだった。栞はあぁ、と納得して、自分のポケットに入れる。
左の手の外身、黒革の手袋をお気に入りのコートの中に。宝物を隠すようにしまい込んだところで、ぐいと手を引かれた。歩き出しながら――
歩き出しながら、栞は思ってしまった。
「今ちょっと馬みたいだったかも、私」
口に出してしまった言葉なら、後悔しても無駄だ。梓朗はその意味を少し考えたらしい間の後に、
「いいじゃないか。おまえ、似てるよ。馬」
「どこが?! なんで馬? 人ですから、私」
そんなことを言っている時ではなかった。そんなことを話して無駄に時間を使うべきではなかったのだ。
それから二つ三つ角を曲がったところに、魔法のように滞在先のホテルが現れた。




