タイトル未定2026/11/03 16:47
栞はそれまで以上に楽しい心地になった。
破壊的ではない、創造的な喧騒。新年幕開きに破壊もないですから! そんな話を梓朗にした。
喧騒から少しずつ遠ざかる小径で梓朗は、破壊したのは去年までをだなと、静かに答える。どうでもいいような口ぶりだった。
やがて徐々に、石畳と靴のかかとが鳴らし合う音が聞こえるようになった。耳を澄ませばかろうじて、あの喧騒に手が届く。
百年以上モノの建物の向こうから零れる光、反対側の空は黒い。夜だったことを思い出していた。
忘れていたはずはないが意識してはいなかった。一年の中で最もないがしろにされている夜かもしれない。有耶無耶のうちに終わる夜。
シャンゼリゼの光の中に居続ければきっと、彼らが夜を知ることはない。
「先輩、道わかって歩いてるんでしょ? 私は全然わからなくなったけどね」
「わからなくなったわけではなく、わかっていた時などないんだろう。当てにしてない。したこともない」
手を繋いだままだった。
今日はスゴイ。ニューイヤーのキスをいただき、手を繋いで歩いてる。
石畳から昇る冷気、天から降り積もるような夜気。寒いはずなのに感じていない。息の白さも嘘みたい。そんな寒さはここにはないのに。巨大なスタジオセットみたいだ。
「梓朗先輩」
今日なら怒られないかもしれない。栞は猫のようにすり寄った。怒られた経験があるわけではなく、怒られるかもしれないと思い、試してみたことはなかったのだ。
「好きです」
それは何度か言っていた。何度か。何度も。乙女の思い詰めた告白とはほど遠いふざけた状況・口調・態度ではあったけれど、気持ちはふざけていたわけではない。
梓朗はそれを聞くたびに、ほぼ一律のトーンにて、
「あぁ」
と応え、顔をそらしたり、話を続けたり、他のそれまでやっていたことに戻ったりしていた。今はたまたま戻るべき、考えごとや話や仕事がなかったからだろう。
「オレも」
言った。事もなげに。
「ええええっ?」
撥ね除けられたり引き抜かれたりしなかったのに、栞は自分から離れてしまった。
一気に二メートル五十センチ。そしてじりじりと数値上昇中。妖怪と対峙する術師のように、構えて距離を取ろうとしている。
聖なる静寂の街角に声は響いた。石の壁が独特の反響を聴かせてくれる。栞の、うわ言めいた言葉だろうと。
「なにそれ! いつから? なんで? どうしてそんなことに?! なんですかそれ。なにそれーっ」
白い息をまき散らかして騒ぎ、最後はつぶやきになった。そこだけはやけに、乙女っぽかったかもしれない。
「……どうして?」
「おまえ、面白いなぁ」
梓朗は心から、そう言った。




