第32話 いいわ……通りすがりじゃない
調書は、まる二日かかった。
市警察の小さな取調室で、神楽檀は六十三日のすべてを、ありのまま、話した。
三ヶ月前の「慈善晩餐」のあとの途切れから、闇の中の六十三日、儀式の夜の三問三答まで。
記録する若い警官は三頁目で筆を止め、顔を上げ、幽霊を見たみたいな表情をする。
稲垣剛は横に座り、手を振る。
「ありのまま書け。」
こうして調書は、二つの版になった。
一通は暗号の完全な一件。書庫のいちばん奥に封じ、番号の横に「機密」の朱が押してある。
もう一通は対外の版だ。香月潤、女、二十六歳、城南の蠱の桑某、パパラッチの桐島某と共謀し、整形、催眠、薬物による支配などの手段で神楽グループ会長に成り代わり、グループ資金二百八十億円の詐欺を図った——証拠は確かな、鎖は完全。
「不本意だろう。」
稲垣が対外の版を渡し、サインを求めるとき、息を吐く。
「真相は書けない。書けば上は信じないし、法廷でも枝が横に出る。」
神楽檀はペンを受け、てきぱきサインする。
「稲垣隊長、不本意ではありません。彼女が欲しかったのは私の身分、私が欲しいのは彼女が法に服することです。どう書くかより、どう裁くかです。」
古い刑事は彼女を見て、ふと分かる。なぜ氷室硯のような人間が、「宿敵」を八年、守ったのか。
*
旧宅へ戻った最初の夜、神楽檀は眠れなかった。
悪夢ではない。見知らぬ感じだ。自分の寝室に横たわり、馴染みの天井を見て、全部が本物ではない気がする。未明の三時、起きて下り、裸足で冷たい大理石を踏み、浴室の鏡の前へ行く。
鏡の人は、自分だ。
手を上げ、顔を撫でる。それからこの六十三日の習慣で、心臓を感じる——
平稳で、力があり、一下、一下。
「痛くない。」
鏡に向かい、低く言う。
闇もない。隔膜もない。底から来る、もう一人の悪意もない。この身体の中は静かで、自分だけだ。
洗面台を支え、ふと泣く。泣き終え、笑い、笑い終え、また泣く。狂ったみたいだ。
下りて水を汲むとき、冷蔵庫が見える。
扉に付箋が一枚。黄色い、角が巻いている。字は湊のだ。画がひどく重い。書く人間が自分に勝とうとしているみたいだ。
【姉さん、牛乳、飲んで。】
日付は、「事」の三日目だ。
神楽檀はその付箋を掴み、冷蔵庫の前に、長く、長く立つ。
のち、七瀬星蘭が教えてくれた。この六十三日、湊は松山で罪の証拠の本を一冊、書き切った。この馬鹿が外へ出されて最初にしたのは、家の全部の部屋を調べ、毎日手が触れる場所に、こういう付箋を貼ることだった。冷蔵庫、玄関、書斎のランプ、浴室の鏡の脇。
「あいつは、言いました。」
七瀬星蘭は目尻を赤くする。
「姉さんが戻ったら、闇が怖いかもしれない。家が分からないかもしれない。どこへ歩いても、家の人間が待っているのが見えるように、と。」
*
旧宅の最初の食事は、神楽檀が自分の手で作った。
六十三日、香月潤はこの家に住み、ほとんど火を入れていなかった。神楽檀はエプロンを締め、冷蔵庫の中外を一度整え、四品に汁を作る。甘酢スペアリブ、青菜炒め、茶碗蒸し、きくらげの和え、わかめと桜えびの汁。どれも家庭の味で、湊が小さいころから食べてきた味だ。
湊は俯いて食べ、食べながら涙が碗へ落ちる。
「熱い?」
神楽檀は眉を上げる。
「うん。」
少年は顔を上げない。
「熱い。」
「嘘つけ。」
ティッシュを押しやり、自分もスペアリブを一箸。酸と甘が舌先で解け、目を細める——生きた。本当に生きた。味がする。碗の縁の温度が触れる。向かいであいつが貪るように食べるのを見られる。
これが、人間だ。
食事の半ば、呼び鈴が鳴る。
氷室硯が門外に立ち、赤ワインを二本提げ、スーツの上着を腕に掛け、珍しく落ち着かない。
「通りすがりだ。……いいわ、通りすがりじゃない。七瀬が、今夜旧宅へ戻ると言った。それで……」
「入って。」
神楽檀は体を開く。
「ちょうど、飯が残ってる。」
食卓に一人増え、空気が微妙に熱くなる。湊は口では丁寧だが、目は氷室硯と姉のあいだを往復し、「何もかも分かってる」顔だ。神楽檀にテーブルの下で踏まれて、ようやく大人しくなる。
食後、湊は「自分から」二階へ宿題をやりに行く。居間に二人だけ残る。
神楽檀は氷室硯に茶を注ぎ、ふと口を開く。
「あの日、祭壇で。七瀬が全部、教えてくれた——三度、行って、『死んだのは彼女じゃない』と言った、と。」
茶杯を握る手が、一拍止まる。
「ああ。」
「皆が霊前で泣いていた。取締役会はもう後継を話し、弁護士まで遺産の洗いを始めていた。」
神楽檀は彼を見る。
「あなただけが、死んだのは彼女じゃない、と言った。氷室硯、もし間違っていたら。もし私が本当に死んでいたら。なぜ、あんなに確信できた。」
居間が静かだ。全面ガラスの外、庭の金木犀が夜風にさらさら鳴る。
氷室硯は長く黙る。
「希望だ。」
ようやく口を開く。声はとても軽い。
「あの日、祭壇に立って写真を見て、自分に言った——お前が死んだと認めれば、この先は後悔しか残らない。八年、一句も言わなかった後悔。『宿敵』を口実に、いちばん近くに隠れて、一歩も前へ出なかった後悔。」
「だから、騙されてもいい。最後が空でもいい。皆に狂っていると言われてもいい——」
顔を上げ、まっすぐ目の中を見る。
「お前であってほしい、と思った。」
希望だ。騙されてもいい、お前であってほしい。
神楽檀は彼を見る。心臓のどこかが、ぐしゃりと柔らかい。
「氷室硯、」
低く言う。
「茶、冷めた。継ぐ。」
立ち上がって湯を取りに行き、振り返るとき、口角の曲がりに、自分でも気づかない。




