↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顔を替えられたら、宿敵の社長が独占で守る  作者: zhaozhao


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/45

第31話 因果、断つ

 本物の答えが出た瞬間、天地が静まる。


 八本の白燭が、同じ刹那に一斉に消える。


 闇が轟と落ち、轟と炸ける——裂け目だらけの古い銅鏡が、長い、嘆息のような唸りを上げ、鏡の門が大きく開く。緑の螢光が鏡から溢れ、水のようで、火のようで、夏の夜の野原で何千何万の蛍が同時に飛び立つみたいだ。


「違う——!!」


 桑婆が凄まじい叫びを上げる。


「間違えた! 答えが違う——因果が、断たれた!」


 緑の光が陣の中央で旋回し、凝り、それから、二つに分かれる。


 一筋の緑が、陣の中の涙で濡れた顔を包む。光の通るところ、皮肉の下で無数の細かなものが目覚め、帰位する——神楽檀の眉目、神楽檀の骨、神楽檀の二十六年、一寸ごとの光陰だ。緑は優しく、拒めず、本体へ沈んでいく。帰り人が故郷の川へ沈むみたいだ。


 皮は旧主を覚える。


 覚えるのは皮ではない。人心だ。


 もう一筋の緑は、見えない影を巻き上げる——凄まじく、未練に抗い——まっすぐに香月潤の膝前の黒い漆の木箱へ投じる。箱の中、紅い紐に巻かれた一寸の元の皮が轟と自ら燃え、幽かな緑の火が上がる。


「ああ————!!」


 火の中から、香月潤の、胸を裂く悲鳴が来る。


 緑の焰がますます旺くなり、その一寸の元の皮を引きに、朱砂の陣の縁で編み直し、形を戻す——骨、血肉、皮、一寸ずつ成る。しばらくして、焰が消えた場所に、裸の影が縮こまっている。端正な顔、痩せた肩、「香月潤」の、三ヶ月ぶりの顔だ。


 彼女の殻が、その一寸の引きから、因果に返された。


「門を——破れ——!」


 稲垣剛の怒号が夜を裂く。轟と一声、院の門が撞かれ、実弾を込めた警官が潮のように入る。懐中電灯の光が庭を交錯して掃く。消えた八本の白燭、亀裂の銅鏡、陣の縁に崩れ、塊になって震える黒衣の老女、灰の傍に縮こまり、頭を抱えて呟く見知らぬ女。


「助けて……」


 香月潤は、自分の顔を上げ、涙が横に流れる。


「香月潤です……私は、香月潤です……」


「手錠を。」


 朱砂の陣の中央、跪いて座っていた影が、ゆっくり、ゆっくり、鏡に貼った左手を下ろす。


「姉さん……」


 門の口、神楽湊は砕かれた板の脇に立ち、前へ出られない。


 その背を見て、涙が顔をぐちゃぐちゃにする。似ている。似すぎている——だが「似ている」に一度、騙された。怖い。


 その影が、ゆっくり振り返る。


 燭は消えている。警官のライトだけが顔に落ちる。顔色は紙のように白く、鬢は乱れ、みっともない。だが彼を見る目——十九年、おむつが外れたころから、自分より高くなるまで見てきた、あの目だ。


「この臭い小僧。」


 口を開き、声は嗄れてほとんど聞こえない。だが口角は曲がる。


「泣くことないだろう。」


 神楽湊が全身を震わせ、それでもその場で震えている。


 彼女は手を伸ばし、掌を開く——掌が上、五指が開く。姉弟の、小さいころからの約束だ。試験に落ちたら手を出す。いじめられたら手を出す。両親が逝ったとき、十三歳の彼は、この掌に顔を埋めて一晩、泣いた。


「熱い。」


 神楽檀は低く言う。


「触って。」


 少年の涙が堤を切る。よろよろ駆け寄り、その手を掴む——温かく、力があり、生きている。


「姉さん——!!」


 十九歳の大男が地に跪き、顔を掌に埋め、三歳の子みたいに泣く。


「姉さん……毎日、呼んだ……六十三日、呼んだ……聞こえたか……」


「聞こえた。」


 神楽檀はもう片方の手で弟の頭を抱え、髪を一撫で、一撫でする。自分の涙も落ちる。


「一声ずつ、全部、聞こえた。」


 塀の際、氷室硯は影の中に立ち、動かない。


 燭の残り火の中のあの人を見る。弟を抱く姿を見る。蒼白い横顔に縦横の涙を見る——八年だ。討論の台上で万丈の光だった彼女、交渉卓で一寸も譲らなかった彼女、祭壇の写真で静かだった彼女、そして今、劫を生きて弟を抱いて泣く彼女。


 一歩ずつ歩き、目の前に立つ。


 神楽檀は顔を上げる。


 四目が合う。千の言葉が喉に詰まり、出口に残ったのは一句だけだ。


「来てくれた。」


「来た。」


 氷室硯はしゃがみ、視線を同じ高さにする。声がひどく嗄れる。


「すまない。六十三日、遅れた。」


 真っ赤な目を見て、神楽檀はふと笑う。涙はまだ頬にある。


「遅くない。」

「ちょうど、間に合った。」


*


 夜が明けるころ、パトカーが桑婆と香月潤を路地から出す。桐島陽は賃貸で同時に捕まり、園田健はケアセンターの執務室で、稲垣剛が自ら手錠をかける。


 神楽檀は氷室硯の外套を羽織り、弟と並び、坂をゆっくり下りる。


 東が白み、朝の光が雲の後ろから満ち、足元の、今目覚めた街に落ちる。川を渡る橋の車が密になり、都心のガラスが一棟ずつ点く。いちばん高い棟の頂に、「神楽グループ」の文字が朝日の中で光る。


 あの位置を、六年、守った。


 十六で母を失い、二十で父を失い、同年、神楽を継いだ。六年、取締役会の表の槍、商いの裏の矢、資金が切れた深夜、一人で書類にサインして夜を明かす未明——この街を、守った。そして過ぎた六十三日、自分の身体のいちばん底に閉じ込められ、誰かがそれを一把の火で焼こうとするのを、目を開けて見ていた。


「姉さん、」


 神楽湊が視線の先を見る。


「何を見てる。」


 神楽檀は目を戻し、弟の髪を揉む。


「私の街だ。」


 言う。


「よかった。失ってない。」


 朝の光が顔に落ちる。蒼白く、疲れている。だが初めて、完全に、徹底的に、自分のものだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。