第21話 自ら傷を剥ぐ
澄江商会の年末晩餐は、臨江のホテル澄江閣、最上階に置かれていた。
クリスタルが宴会場を白昼のように照らし、衣の香りと鬢の影、杯が行き交う。
「神楽檀」が墨緑のベルベットのロングドレスで演壇へ上がったとき、満堂の喧騒はごく自然に静まった。
「皆様、こんばんは。」
灯の下に立ち、微かに含み笑い、声は急がず、遅れない。
台下には澄江の商界の半分が座っている。視線は全部、彼女に集まる——この顔の主は二十六歳、権を握って六年、内憂外患の神楽を、澄江でいちばん安定した看板にした。
この歳、この位置。それ自体が、伝説だ。
「神楽が今年出した答えは、在席の皆様もすでにご覧の通りです。」
手を上げ、背後の大画面に年度のデータが点く。
「ですが、申し上げたいのは数字ではありません。申し上げたいのは、六年前、私が神楽を継いだ、あの一日です——」
語りは、上手い。
危地を受けた話、腕を断って生きた話、取締役会の疑いに一人で兆円規模の会社を肩に担いだ話。情感のところで目尻が微かに赤くなり、声はちょうどいい詰まり方をし、ちょうどいいところで収め、強靭な笑みへ変わる。
台下、拍手が雷のようだ。
「いい! よく言った!」
主卓の白髪の老人がいちばん先に立ち上がって手を叩く。商会会長、神楽家と二代交わる駒井恒だ。
老人は隣の手を引き、感慨が深い。
「征一郎兄さんが天でご覧なら、檀の今日の姿に、安堵するだろう。この子は、父親の当年より、さらに出色だ!」
周りが次々に唱和する。称賛が潮のように、台上の人間へ押し寄せる。
香月潤は拍手の中央に立ち、深く礼をする。
顔を上げたとき、そこにあるのは完璧な謙遜と感動だ。自分だけが知っている。胸の心臓がどれだけ速いか——興奮ではない。狂喜だ。
彼らが褒めているのは、私だ。
駒井伯父さんが褒めているのは私だ。身代百億の古い狐たちが立ち上がって手を叩くのは、私のためだ。神楽檀の父の友人、神楽家の世交、澄江でいちばん口が辛い一群——彼らが今、仰いでいる人間は、私だ。
晩餐が半ばを過ぎ、彼女はグラスを持ち、一人、テラスへ空気を吸いに出る。
川風が烈しく、長い髪を上げる。後ろの宴会場の喧騒はガラス戸の向こうで、遠く、ぼやける。
香月潤はグラスを欄干に置き、対岸の万家の灯を見て、ふと笑う。
笑いは軽く、遅く、それからガラス戸の自分の影に向かい、声なく、一字一字、口を作る。
「神楽檀、聞こえるか。」
「お前の父の友人が、今褒めている人間は、私だ。」
ガラスの影は、花のように笑う。
その影を長く見つめ、何かの反応を待つ——自分でも、何を待っているか分からない。
心臓がもう一度痙攣することかもしれない。闇の中のあの人間が、怒ってぶつかってくることかもしれない。
だが、何もない。心臓は平稳に打ち、身体の中は一面、静かだ。
その静けさが、かえって不安だ。
「怒らないのか。」
影に向かい、口を作り続ける。
「恨まないのか。お前の位置を占め、お前の拍手を受けた——神楽檀、お前の誇りは。」
影は、ただ笑う。
夜風が鬢の髪を舞い上げる。香月潤は急に寒くなった。その寒さは脊椎の隙間から滲み、血に沿って全身へ流れる。いきなり振り返り、動作が大きすぎて、肘が欄干のグラスを倒す。
脚付きグラスが落ち、テラスの石に砕け散る。
酒が飛び、暗い赤の血だ。
「神楽社長?」
給仕が音を聞いて駆け寄る。
「大丈夫ですか。」
「大丈夫です。」
香月潤は一歩退き、破片を避け、顔の笑みはもう掛け直してある。
「手が滑りました。片付けをお願いします。」
早足で宴会場へ戻り、あの煌びやかな灯火へ再び溶ける。誰も見ていない。身側に垂れた左手の指先が、制御できずに軽く震えていることを。
テラスの外の夜空の下、あのガラス戸、影が消えた場所に、一対の目があるみたいだ。層になった闇を通し、冷たく、彼女が去るのを見送っている。
*
宴会場の隅で、氷室硯はグラスを置いた。
今夜は招かれて出た。最初から最後まで、演壇へ一歩も近づかず、人混みの外に立ち、台上のあの人間が万丈の光を放つのを見ていた。
講演は精彩だ。精彩すぎて……隙がない。
だが氷室硯の眉は、寄れば寄るほど深い。隣の倉橋慎に向き、低く言う。
「今夜の講演の映像、一部取れ。」
「氷室社長、この講演に、何か問題が?」
「問題は、大きい。」
台上の馴染みの顔を見て、声が氷のように冷たい。
「六年前、神楽檀が会社を継いだくだりだ。取締役会の逼宮を話し、『七人の取締役が連名でプロの経営者の導入を求めた』と言った。」
「事実ではありませんか。」
「事実だ。だが、当事者だけが知る事実だ。」
氷室硯は一字一字言う。
「当年の連名の手紙を、神楽檀は執務室で焼いた。原件を見た人間は、世界に彼女自身と、七瀬星蘭と、風を見た俺だけだ——あの日、ちょうど神楽へ協業の話に行っていた。」
「彼女が、この話を口にするはずがない。胸のいちばん痛い刺だ。七人のなかに、二十年『叔父さん』と呼んだ人間がいる。」
台上、笑みが完璧な女を見る。目の底の最後の温度が、褪せきる。
「原稿がどれだけ綺麗でも、ある傷は、本尊が、剥きたくない。」




