第13話 宿敵同盟
郊外、埃っぽい小さな庭。
中に竹の笊がいくつか立ち、色の暗い薬草が干してある。空気に苦く腥い匂いが漂う。屋内の灯は昏く、角机の茶はもう冷えている。
桑婆は机の向こうに座り、銅銭と清水の碗をゆっくり収め、濁った目を上げて香月潤に落とす。
「言え。」
声は嗄れている。
「お前は、いったい何をした。」
香月潤は向かいへ座り、眉を寄せる。
「どういう意味です。」
「普通の換面なら、ここまではならない。」
桑婆は見る。目が探る針の二本みたいだ。
「皮が旧主を覚えるのも、ここまで凶いのは、四十年やって初めてだ。」
「執念が深すぎる。お前たちのあいだに、かなり深い因果があるはずだ。」
香月潤は冷笑する。
「因果? 彼女の話が聞きたいんですか。」
桑婆は答えず、机の粗陶の壺を上げ、自分に冷茶を注ぎ、聞く体勢だけ作る。
背もたれへ凭れ、数秒黙って、ふと笑った。
「神楽檀ね……あの人生は、確かに劇的だ。」
「十八で、両親が事故で死んだ。会社の古参、遠縁の親戚、一団が取り巻き、血の匂いを嗅いだ狼みたいだった。誰もが終わったと思った。青二才の娘に、何が守れる。」
「結果は?」
一拍置き、指が無意識に机をなぞる。
「誰もが彼女を憐れみ始めた。取締役会も、メディアも、社内も——『神楽の娘は可哀想で、健気だ』。」
「二十で正式に会社を継いだ。古い狐みたいな親戚が権を奪おうとすれば、一人一人、撃ち返した。監査、通報、株主総会。手を出せば中へ入れる。最後は本当に勝った。綺麗に勝った。」
桑婆が茶杯を上げる。
「感心しているように聞こえる。」
香月潤の顔色が、一瞬で沈む。
「感心?」
低く笑い、刺がある。
「何が感心ですか。生まれた時点で、多くの人間が一生涯届かない位置に立っていた。親が会社を残し、友が回り、社員が信じて従う。転べば、世界が助けに来る。」
「弟まで……」
止まり、目が複雑だ。
「小さい頃から神みたいに祀っていた。何をしても正しく、一言が他人の十言より効く。」
「私は?」
声が低くなる。
「父は酔えば私を借金のカタにした。十六から働き、皿を運び、チラシを配り、学費を貯めた。隣に立てば、誰もが先に彼女を見て、隣の私を見る——ああ、神楽檀の友人、と。」
桑婆がゆっくり訊く。
「だから、羨んだのか。」
「していません。」
猛然と顔を上げ、答えが速すぎて、自分まで一瞬呆ける。
部屋が数秒、静かだ。
目を伏せ、声を緩める。
「不公平だと思っただけです。なぜ。なぜ彼女は争わずに、愛され、護られ、奉られる。私は命を削っても、影に立つことしかできない。」
「大学二年、取り立てが学校まで来て、三百万円。」
声が低くなる。
「彼女は一本の電話で片付けた。目も瞬かない。誰もが義侠だと言い、私が運がいいと言った。」
「あの夜、何を考えていたか、分かりますか。」
「皿を一万五千時間運んで貯める金を、彼女は三秒で片付けた。片付け方があまりに軽く——野良猫を追い払うみたいに軽かった。」
「彼女の好意は施しです。善良は見せびらかしです。完璧なほど、私が笑い者に見える。」
桑婆が茶杯をゆっくり回す。
「だから、一切が欲しい。」
「一切が欲しい。」
香月潤は目を上げる。
「あの位置に立つ人間が、なぜ彼女で、私ではいけないのか、見せてやりたい。」
桑婆は長く見て、ふと訊く。
「殺したのか。」
身体が強張る。
「していません。」
桑婆が笑う。皺が全部寄る。
「娘、嘘をつくとき、目が左へ行く。」
顔色が冷える。
「試さないでください。今の問題の解決だけ、教えてください。」
「解決?」
冷茶を一口。
「前回言った。——皮を着こなせ、と。」
「昨日また出ました。」
見つめる。
「数時間、完全に記憶がない。書類を動かし、決定を変えた。次は? 次は奪い返して、返さないのでは。」
茶杯を置き、濁った目に抜け目なさが少し透ける。
「なぜ戻れるか、私には分からん。だが一つ、婆には見える——強く戻りたがるほど、手放せないものがある。」
「死人に未練はない。未練のある魂だけが、家へ帰る道を見つける。」
眉を寄せる。
「どういう意味です。」
「つまり、」
一字ずつ。
「人は殺せて、念想は殺せない。念想が落ちた場所から、這い上がる。」
「ではどうする。念想を一つ一つ壊す?」
「壊す?」
老人は首を振る。
「念想は、壊すほど固くなる。一分動かせば、一寸、深く刺さる。」
「唯一の法は、自分で手を放させることだ。」
香月潤は黙った。
頭の中に、少年の顔がゆっくり浮かぶ。
神楽湊。
あの臭い小僧は鋭すぎる。先月、神楽檀の顔とサインで、自分の手で精神病院へ送った。主治医の園田健には百万円を渡した。診断は口述だ。認知機能の混乱、被害妄想、同一性の障害。
監視画像まで自分で選んだ。湊があの日カフェ前の街灯に凭れていたのは、神楽檀へ電話していた——十七回かけて、一度も通じなかった。そのまま四十分、立っていた。
画像には異常など映っていない。だが妄想だと言った。
攻撃行動もある、とも言った。実際は、差し向けた二人に抑えられたとき、二度もがいて「離せ」と叫んだだけだ。
それから隔離室へ閉じ込められた。ハロペリドール、一日二回。園田が裏で言った。最初の一週は反応が大きく、三日吐いて、痩せ細った、と。
当時は聞いて、痛快だった。根を断ち、終わりだと思った。
今思えば、根を断ったのではない。神楽檀の執念に、油を一桶かけたのだ。
携帯を出し、画面に二秒指を止め、桑婆の口座へ三百万円を送る。
続けて園田のチャットを開き、指が速い。
【今夜、転院。治療を強めて。】
【協議はサインして送ります。】
数秒後、相手。【承知。】
それを終え、立ち上がり、庭の隅の半人分の銅鏡の前へ歩く。
鏡はよく磨かれ、今の顔を映す——冷たく精緻で、誰もが信じる顔だ。
「戻りたい?」
鏡の自分を見て、ふと笑う。
「夢でも見てろ。」
手を伸ばし、鏡面をゆっくり撫でる。戦利品を撫でるみたいだ。
「神楽檀、見せてやる。」
「会社は、代わりに回す。弟は、代わりに『世話』する。好きな男は、代わりに——手に入れる。」
「死んだなら、戻るな。」
「お前よりうまくやれるところを、見せてやる。」
銅鏡は冷たい。奥の笑顔が少しずつ広がり、どう見ても、自分のようではない。
後ろで桑婆が携帯を収め、濁った目を細め、背を見る。檻へ一歩ずつ入っていく鳥を見るみたいだ。




