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第4話「チェックメイト」

「サーバーを落とせ!

 回線を抜け!

 今すぐシステムを止めろ!!」


真っ青な顔をした社長が

ディーリングルームになだれ込み、

怒号を飛ばした。


神谷はガタガタと震える手で

メインサーバーの電源ケーブルを掴(つか)み、

力任せに引き抜いた。


暗転するモニター。


甲高いアラート音が途切れ、

室内を重苦しい静寂が包み込む。


「……はぁ、はぁ、止まったか……?」


社長が膝に手をつき、荒い息を吐く。


だが、

神谷の手元にある管理端末の

「確定損益サマリー」には、

すでに刻まれた

絶対的な現実が浮かび上がっていた。


『ID 8042(佐藤 蓮) /

 累計確定利益:8億5,000万円』


「は……8億5千……!?」


社長の目が血走り、

そのまま崩れ落ちそうになった。


アペックス・キャピタルの手元流動性は

約5億円。


8億5千万円の支払いは、

即座に完全な

債務超過(破綻)を意味していた。


「神谷!

 なぜこんな注文を通した!?

 異常取引だろこんなもの!

 すぐに

『システムエラーによる取引無効』

 の処理を行え!」


「し、しかし社長、

 約定処理は正常に行われていて、

 利用規約上は――」


「うるさい!

 会社が潰れるんだぞ!

 不正なアクセスによるエラーだった

 ことにして、

 サトウの口座を凍結、

 利益を全額没収しろ!

 急げ!!」


社長は

神谷の胸ぐらを掴み上げて叫んだ。


なりふり構っていられない。


顧客の口座を一方的に凍結し、

利益を「なかったこと」にする――

悪徳業者が追い詰められた時に

使う最後の暴挙(悪あがき)だった。


神谷が引きつった顔で

口座凍結の操作を行おうとした、その時。


事務所のファックスが、

甲高い音を立てて紙を吐き出し始めた。


同時に、

社長と神谷のスマホ、

そして会社の代表メールアドレスに、

一斉にメッセージの通知が届く。


件名:

『アペックス・キャピタル株式会社

 代表取締役および取引担当者様』


神谷は震える指でメールを開いた。


差出人は「佐藤 蓮」。


『貴社におかれましては、

 今般の取引に関して

「システムエラーによる約定キャンセル」

 および

「口座凍結」の措置を

 検討されていることとお察しいたします。


つきましては、

事前に以下の資料を

ご確認いただけますと幸いです。


過去30日間にわたり、

貴社が当方の口座を

「Bブック(呑み行為)」へ指定した

内部操作ログ


本日の取引において、

貴社サーバーが正常稼働しており、

インターバンクとの遅延を利用した

正常な市場取引である証明データ

(タイムスタンプ付き)


貴社が公式HPにて提示している

「スリッページ・約定拒否ゼロ保証」

の規約スクショ


なお、

当方が貴社取引画面を録画した

完全な証拠動画、

および上記データにつきましては、

本日午後9時31分をもって、

金融庁および証券取引等監視委員会、

ならびに

顧問弁護士団へ自動送信されております。


もし当方の口座に対して

不当な取引無効化、または

利益の未払い等の措置をとられた場合、

即座に

業務停止命令および金融商品取引法違反

(不当な顧客不利益行為・

 呑み行為の不当運用)による

刑事告発の手続きへと移行いたします。


貴社の選択肢は以下の2つです。


【A】当方の指定口座へ

8億5,000万円を遅滞なく振り込み、

破産手続きへ入る。


【B】取引を無効化し、

金融庁の立ち入り検査と行政処分を受け、

社会的信用を失った上で破綻する。


ご連絡をお待ちしております。』


「あ……あぁ……」


社長の手から、

ファックスの用紙が

ハラハラと舞い落ちた。


逃げ道は、最初から存在しなかった。


注文を認めれば即座に倒産。


拒否すれば行政処分と刑事告発、

そして逃げられない裁判で完全敗訴。


二重の仕込み――

完璧なチェックメイトだった。


「俺たちは……

 カモを狩っていたんじゃない……」


神谷はガタガタと歯を鳴らしながら、

力なく床にへたり込んだ。


「最初から……

 オオカミの口の中に、

 自分から飛び込んでたんだ……」


数日後。


アペックス・キャピタル株式会社は

破産申請を行い、

その歴史に静かに幕を下ろした。


社名は

悪質な「呑み業者」の典型例として

金融業界の裏歴史に刻まれることとなった。


都内の静かなカフェ。


佐藤 蓮は、

タブレット端末に表示された

「アペックス社 倒産」の

ニュース記事を眺めていた。


向かいに座る女性エンジニアが、

アイスティーを飲みながら微笑む。


「お見事でしたね、佐藤さん。

 アペックス社から差し押さえた資金、

 無事に指定口座へ満額着金しましたよ」


「ああ。

 自腹を切って撒いた200万の撒き餌も、

 ちゃんと

 大きな利息をつけて戻ってきたな」


佐藤は静かに端末を伏せると、

自分のコーヒーカップを手にとった。


「市場の不備を利用して

 初心者から金を巻き上げる悪徳業者は、

 まだ山ほどある。……次へ行こうか」


「はい、ボス。

 次のターゲットの『Bブック設定』、

 もう確認できてますよ」


窓の外には、

どこまでも広がる東京の街並み。


カモの皮をかぶったハンターは、

静かに笑みを浮かべ、

次の獲物が待つ暗闇へと

歩みを進めるのだった。

読んでくださりました方々に篤くお礼申し上げます。

ありがとうございました。

ブックマーク登録、ありがとうございました。

評価ポイント、ありがとうございました。

リアクション頂きまして、ありがとうございました。


9/24 19:40 に第2部 第1話を投稿します。

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