「勘違い」が招く世界と同盟
勇者レオンの完全敗北――その衝撃的な一報は、瞬く間に世界中へと駆け巡った。
神聖極光斬すら「ただのそよ風」へと変えられ、一切の抵抗を許されずにひれ伏した人類最高の英雄。
この決定的な事実は、諸国の王や大司教たちから「戦って勝つ」という選択肢を完全に奪い去った。
「もはや武力による対抗は不可能である」
聖王国の会議場に集まった諸国の指導者たちは、青ざめた顔で緊急首脳会談を開いていた。
円卓を囲むのは、かつて世界の覇権を競い合っていた国々の王や皇帝たちだ。だが、今の彼らにかつての威厳はなく、全員が冷や汗を流しながらガタガタと震えている。
「魔王クロノの機嫌を損ねれば、我が国など一瞬で灰燼に帰すぞ……!」
「だが、あの男は何を望んでいるのだ!? 領地も金銀財宝も要らぬと言い、王宮に乗り込んできては銅貨一枚で肉串を買っていくだけ……不気味すぎる!」
誰もが絶望的な沈黙に沈む中、失意から立ち直った勇者レオンが重々しく口を開いた。
「……奴の真意は、我がこの目で確かめてきた」
レオンの言葉に、全指導者の視線が集まる。
「クロノという男は、我々が必死に築き上げた文明や武力など、まるで路傍の塵ほどにも気にしていない。奴が求めているのは……『清潔な環境』と『穏やかな日常』、そして『美味しい食べ物』だ」
「な……なに?」
「奴は街道で清掃作業を行っていた。そして、我の全力の攻撃を『騒音』として消し去ったのだ。つまり……我々が生き残る道はただ一つ。奴の『日常』を一切害さず、むしろ至高の奉仕によって奴を満足させること以外にない」
レオンの言葉に、諸国の王たちはハッと目を見開いた。
「そうか……! 奴は力で我々を服従させるのではなく、自発的に平伏させることを狙っているのだ!」
「何という深謀遠慮……! 直ちに世界中の超一流シェフを集めよ! 国王直属の清掃特務部隊を結成し、クロノ様のお通りになる道を常に清めるのだ!」
こうして、人間たちの生き残りをかけた国家規模の「献上作戦」が開始された。
一方、ダンジョン『混沌の深淵』最深部――
「うわあ……! 今日もすごいたくさん届いてるね!」
クロノは、玉座の間に山高く積み上げられた豪華な贈り物や高級食材の数々を見上げて、目を輝かせていた。
世界各国の特使たちが連日のようにやってきては、「日頃の感謝の印に」と最高級の肉や果物、さらには洗練された日用品やインテリアを置いていっていたのだ。
「クロノ様、本日は隣国の帝国より『極上竜肉のロースト』と、隣の聖教国より『神聖樹の綿で織られた絨毯』が届いております」
セレスが優雅にお辞儀をしながら、目録を読み上げる。
「みんな本当に優しいなあ! この前の掃除のお礼なのかな? 外の世界の人たちって、なんて義理堅いんだろう」
クロノは感激しながら、さっそく届いた高級肉を口に運んだ。
「美味しい……! ダンジョンの中に引きこもっていた頃とは比べものにならないよ!」
「ふふ、クロノ様がご満足いただけているのなら何よりでございます」
セレスは穏やかに微笑んでいるが、その背後に控える第2軍団長グラディウスと視線を交わし、深く深く感服していた。
(……恐ろしいお方だ。自ら手を下すことなく、世界中の人間どもを自発的な奴隷へと変えてしまわれた)
(うむ。恐怖で支配するのではなく、『恩恵を与える存在』として君臨することで、反逆の意志すら芽生えさせぬ完璧な支配。これぞ真の王の姿よ……!)
配下たちが勝手にクロノの深謀遠慮に感涙しているとは露知らず、クロノは呑気に食後の紅茶をすするのだった。
「ねえ、セレス。こんなに親切にしてもらえるなら、いっそ世界中の人たちと『正式にお友達』になりたいな」
「お……お友達、でございますか?」
「うん! 国の代表の人たちを集めて、みんなで仲良くパーティーでも開こうよ!」
クロノのこの軽い提案が、諸国にとって「人類の存亡を賭けた最後の大踏み絵(全土服従の儀式)」として伝わることになろうとは、まだ誰も知る由もなかった。




