世界征服と、世界一平和なお茶会
「魔王クロノ様が、全人類の代表者を招いて『パーティー』を開催される」
その通達が世界各国へ届いた瞬間、あらゆる国家の指導者たちに激震が走った。
『パーティー』という名の親睦会。しかし人間側にとって、それは拒否権など一切存在しない、人類の命運を賭けた『最終踏み絵』に他ならなかった。
「お召し物に不備はないか!? 遅参などすれば我が国ごと消滅するぞ!」
「献上品は世界最高の品を揃えたか!? クロノ様のお気に召さねば、その場で即刻処刑だと思え!」
開催当日、ダンジョン『混沌の深淵』の入口には、青ざめた顔で正装に身を包んだ国王、皇帝、大司教、そして勇者レオンまでもが一堂に会していた。全員が武者震いならぬ恐怖の震えを止められず、生きた心地のしないまま決死の覚悟で歩みを進める。
――だが、彼らがダンジョン最深部『玉座の間』へと足を踏み入れた瞬間、目の前に広がっていたのは予想を絶する光景であった。
「あ、みんな来てくれたんだね! いらっしゃい!」
そこには、冷酷非道な魔王の玉座など存在しなかった。
クロノのスキル『領域最適化』によって完璧な快適性と美しい装飾が施された、温かな木漏れ日の差し込む広大なガーデンテラス。
長テーブルには、世界中から届いた最高級の紅茶と、クロノがお手製で焼き上げたクッキーや焼きたてのケーキが綺麗に並べられていた。
「さあさあ、遠くからありがとう! 立ち話もなんだし、座ってお茶でも飲んでよ!」
屈託のない笑顔で席を勧めるクロノ。
その背後には、かつて世界を滅ぼしかけた『終焉の魔女』セレスが優雅にお辞儀をし、『武神』グラディウスが満足そうに腕組みをして控えている。
(な、なんだこの空間は……!? 殺気が……一切ない……!?)
(馬鹿な……我々を圧殺するための処刑場ではないというのか……!?)
諸国の王たちは動揺し、おそるおそる提示された席に着いた。
勇者レオンもまた、固い表情のままカップを手に取る。一口含んだ瞬間、レオンの目が見開かれた。
(美味しい……! 身体中の疲労と、心の傷が……優しく解きほぐされていく……!?)
「どうかな? 実は僕、ダンジョンの中に引きこもってたから、外の人たちとこうやって仲良くなりたかったんだよね。いつも美味しいものを届けてくれてありがとう!」
クロノが素直な感謝を口にすると、国王や皇帝たちの心に雷が落ちたような衝撃が走った。
(そうか……! このお方は……最初から我々と争うつもりなどなかったのだ……!)
(圧倒的な力を持ちながら、それを誇示して虐殺することもなく……ただ世界が平和で、綺麗で、美味しいものに溢れることを望んでおられたのだ……!)
自分たちが勝手に怯え、勝手に挑み、勝手に自爆していただけだったのだと気づいた瞬間、国王たちの目から感動の涙が溢れ出した。
「クロノ様……! 我々の愚かさをお許しください……! 本日より我が国は、クロノ様の慈悲深き御心に従い、世界の平和のために尽力することを誓います!」
「我が帝国もです! クロノ様の望む『清らかな世界』のため、全土の清掃と治安維持に全力を注ぎます!」
次々と起立し、感涙しながら深々と頭を下げる世界の指導者たち。
「えっ……? うん、みんなが仲良くしてくれるならそれが一番だよ!」
クロノは事情がよく分からないまま、みんなが笑顔になってくれたことを純粋に喜んで頷いた。
それから、数ヶ月後――
世界から戦争、貧困、そして街のゴミすらもが綺麗サッパリと姿を消した。
諸国は争うことをやめ、「いかにクロノ様のお気に召す美味しい特産品を作るか」「いかに自国を美しく保つか」を競い合うようになり、歴史上かつてない大繁栄の時代が訪れていた。
そして、『混沌の深淵』最深部。
「ふぅ……今日も平和だなあ」
ふかふかのソファに深々と腰掛けたクロノは、セレスが淹れてくれた紅茶を一口すスり、幸せそうに溜息をついた。
「クロノ様、本日は人間たちの連合国より『世界平和達成の報告書』……ではなく、今月の『世界最高峰スイーツの詰合せ』が届いておりますよ」
「本当かい!? 嬉しいなあ! 最近外の人たちが本当に親切で、世界ってこんなに温かい場所だったんだね」
「ふふ、ええ。すべてはクロノ様のあふれんばかりの『慈悲』のおかげでございます」
セレスは穏やかな笑みを浮かべ、傍らに立つグラディウスと静かに頷き合った。
(一滴の無駄な血も流さず、恐怖ではなく『幸福』によって世界を完全に統括された我が主……。まさに絶対の支配者……!)
配下たちが深い忠誠と感銘に胸を打たれているとは露知らず、クロノは届いたばかりのケーキをフォークで突きながら、呑気に笑っていた。
「よし、明日もみんなでダンジョンのお掃除をがんばろうっと!」
レベル1の最弱ダンジョンマスターによる、無意識で平和すぎる世界支配。
世界は今日も、彼の手の上で最高に平和で穏やかな時を刻んでいくのであった――。




