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僕の気まぐれな神官さま  作者: もちぴー
第一章 恵与の国編
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一日目_恵与の国

前方を大きな川が流れ、街を囲むようにその周りをぐるりと山が聳え立っている。大きな橋の先には立派な門と白い塀が見下ろしていた。


「これが恵与の国の端っこにあるカリスだよ。ここなら神官に会えるだろう」


「おじいちゃん、送ってくれて本当にありがとう!」


「ああ、良いってことよ。それじゃあ、坊主……じゃなかった、嬢ちゃんも元気でな」


「うん!」


 馬車を乗せてくれたおじいちゃんに、大きく手を振ってお別れをする。その姿が見えなくなったところで、頬を叩いて気を引き締めた。これから僕は本当に一人だ。しっかりしないと!


 ……そう気合を入れたものの、僕は一人キョロキョロと落ち着きのない仕草をしていた。検問官のお兄さんに全身を検査されたあと、通行証を貰うために張り切って列に並ぶ。僕以外は商人や地元の人と思われる人が多かったから、少しだけ肩身が狭かった。


 自分の順番が来ると、飛び出すように受付の前に駆け寄っていく。目深に被った帽子の下から、好奇心の抑えきれない瞳で目の前に座る男を見た。


「名前と身分証。あと信仰証な」


「え? あっと……名前はマーヤ。身分証、持ってない。信仰証も……」


 信仰証というのは、何処の神様を信仰しているかを示すカードだ。国を跨って使えるから、関所がある場所では大体提示を求められる。


「んん? なんだ、無くしちまったのか?」


「えっと……そうみたい?」


 本当は、そんなもの最初から持っていない。けれどそれが一般的ではないことを知っているから、曖昧に笑って誤魔化す。


「それなら金が必要だぞ。100リボン。払えるか?」


「リボン……エピーでもいい?」


「ああ、今の相場なら125エピーだな」


 そう言えば、前いたところから国境を越えているんだった。リボンは恐らく恵与の国の独自通貨だろう。国ごとに通貨が違うなんてまったく不便でしょうがない。


 皮袋を開き、中に入っていた25枚をそのままジャラリと机の上に出す。自分で提案しておいて何だけど、僕には125エピーがどれぐらいかわからない。


「これで足りる?」


「そうだな……」


 関所のおじさんが、お金を見て思案げな表情をする。不安げに見つめていれば、おじさんは口角を上げると、よし、と明るい声を出した。


「少し足りないが、まあいいだろう。オマケしてやる」


「やったあ!」


 オマケしてくれるなんて、ラッキーだ。自分の名前入りの通行証を受けとって、大きな声でお礼を言う。僕はそれをなくさないように鞄の中に大事にしまい、門の中に駆け込んだ。



「すごい……」


 塀を超えた先には、見たことのない真っ白な街が広がっていた。


 地面から建物まで、真っ白な土でできている。住居は白い泥を練った四角い形をしているらしい。大きな四角形が街の中に沢山溢れていた。


 住民は裾に三本ラインの入ったワンピース型の衣装を身につけている。若い少女から老人まで、着るものは老若男女で差がないらしい。


 下を向けば、煤けてボロボロな自分の服が目に入る。なんだか恥ずかしい気持ちになって、僕は少しだけ身を縮めた。


 帽子越しに頭のリボンを触れば、少しだけ心が落ち着く。


「まずは、泊まるところだよね……」


 初めて一人で訪れる地に少しだけ足がすくむ。キョロキョロと街を見回して歩いていると、突然頭が軽くなった。


 何が起きたかわからない。気が付けば頭の上から帽子が消えている。ピンクブロンドの髪が、パサリと肩に落ちた。


「やっぱり女の子だった!」


「え?」


 その声に驚いて振り返る。視線の先で、赤色の長い髪の毛をリボンで結んだ少女が、楽しそうな顔で笑っていた。


「ごめんなさい、つい気になっちゃって」


「そ、そうなんだ」


 帽子を持ったまま、僕を見てくふくふと笑っている。随分と人懐っこい、明るい子だ。けれど少女の考えが分からなくて、少しだけ戸惑う。一体僕の何が気になると言うのだろうか。


「僕に何か用?」


「旅人さんよね? 私の名前はシャニ。宿屋の娘なの。そして今、絶賛お客様を探し中!」


 なるほど、どうやら営業中だったらしい。きっと門を潜って入ってくる旅人を狙い撃ちしているんだろう。随分と仕事熱心なことだけれど、僕を狙ったのは正直ハズレだ。


「僕の名前はマーヤ。それは……嬉しいけど、お金があんまりないかも」


 何を隠そう、僕にはお金がない。先ほど関所で払ったので、ほとんどの路銀を使ってしまったのだ。


「だから出来れば、泊まりで働かせてくれるところを探しているんだけ、ど!?」


 僕の話が終わる前に、ガシリと両手を掴まれる。何かと思えば、シャニがズイと身を寄せて、キラキラとした瞳で真っ直ぐに見つめてきた。


「それなら一層私のところに来て! 人手が足りないぐらいなの!」


「そ、それならお世話になろうかな……?」


 シャニの勢いにのけぞっていると、それに気がついたのかパッと手を離した。恥ずかしそうにコホンと咳払いをして、サッと右手を差し出してくる。


「改めまして、よろしくねマーヤ」


「うん、よろしくシャニ!」


 シャニの右手に、壊さないように恐る恐る左手を合わせる。握手をした瞬間驚いたように目を丸くするシャニに、しまったと思い手を離した。


「ごめん! 痛かった!?」


「ううん、でも、マーヤって力が強いのね。ちょっとだけ驚いちゃった」


 どうやら痛かったわけではないらしい。内心ホッとしながらも、僕はシャニの台詞に苦笑いで返した。



§



 シャニに連れられて街の中を歩いていく。家の壁も電灯もはてや犬まで、街の中はどこを見ても真っ白で、なんだか面白い。ゴミもあまり落ちていない。相当統治がいいのだろう、随分と清潔感のある街だ。


「ここはどんな街なの?」


「恵与の国の南西にある街カリスよ。人口500人程の都市なの」


「四角い神様がいるところでしょ?」


「そうよ! 四角い身体に黄金の瞳! 恵与の神ベスタウを信仰しているから恵与の国。マーヤったら、意外と物知りね」


「以前友だちになった女の子が教えてくれたんだ」


「そうなのね」


 シャニがへえと感心したように頷く。白い建物の間をぬって歩きながら、あれこれ質問をしていると、今度はシャニが僕に質問をしてきた。


「ところでマーヤはなんでこの街に来たの?」


「それは……」


 自分でも、なんでこんなことになったのか分からない。本当なら、僕は今も雑技団の仲間たちと一緒にいたはずだった。


 今更そんなことを考えても仕方がない。頭を振って暗い気持ちを振り払う。


「神官に会いに来たんだ。僕、その人に届けなきゃいけないものがあってさ」


「神官に会いに来たの? それなら聖堂に……あ、テオドラ様!」


 シャニが突然走り出した。なんて忙しない子だろう! 急いで追いかければ、優しげな風貌の男の元で足を止める。その男の背中には、街の中でもことさら大きな四角い建物が鎮座していた。その上には、人の身長よりも大きな鐘が付いている。


「こんにちはシャニ。今日も元気そうですね。そちらは……」


「マーヤ、です。今日この街に来たんだ、です」


 神官と話すのはほとんど初めてだから、少しだけ緊張する。そんな僕を見て、目の前の男――テオドラは優しげに微笑んだ。


「ふふ、敬語が苦手なら使わなくても大丈夫ですよ」


 柔和に微笑む顔に、質素だが品のある白い神官服がよく似合っている。ひどい態度を取られないとわかって、僕は少しだけ肩の力を抜いた。


「マーヤがテオドラ様に用があるんですって」


「おや、私に何か用でしょうか」


「あ、えっとね……」


 鞄の中から手紙と、鞄のほとんどを占めていた皮袋を取り出す。コレのせいで、道中かなり重かった。


「手紙を読める神官に、これを渡せって言われたんだ」


「これ、お金? 凄くいっぱいあるけど……」


 シャニが覗き込むと、皮袋の中身がジャラリと音を立てた。中身のコインを数枚拾い上げて、テオドラが不思議そうに首を傾げる。


「いろんな国の硬貨が入っているようですが、なぜこんなに?」


 お金の価値を知らないから、僕ではこの皮袋の中身にどれぐらいの価値があるのか分からない。でも、大した額にならないことは僕にでもわかる。だって価値があったら、僕なんかには預けないからだ。


 テオドラが封筒から手紙を取り出す。簡素な手紙に目を落とすと、みるみる眉間に皺が寄っていった。


「ふーむ……これは私では読めないですね……」


「えっそうなの?」


「共通文字に近い気はするんですが、どうにも……」


「物知りのテオドラ様にも読めないなんて、一体何処の誰が書いた手紙なの?」


「僕の仲間……だった人が書いた手紙なんだけど……」


 綺麗なブロンドを靡かせる双子の女の子を思い出す。一方的に追い出されたのに、まだあの場所を恋しいと思う気持ちがあった。


「申し訳ないが、次の仕事があるからもう行きます。最後に祝福だけ捧げましょう」


 テオドラが手を伸ばし、僕とシャニのおでこに手を添える。するとシャニが、手を合わせて目を瞑った。慌てて真似をするようにポーズを取れば、優しい声が聞こえてくる。


「シャニ、マーヤ。貴方達二人に、幸運があらんことを」


 触れた部分が、仄かに温かくなった。祝福なんて受けたのは初めてだから、少しだけ心臓がドキドキする。


「テオドラ様にも幸運があらんことを」


「あ、あらんことを!」


 礼儀知らずと思われなかっただろうか? 僕の反応にテオドラはクスリと笑うと、最後に一礼して去って行った。

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