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追放

「まぁや、おきて」


 トントンと肩を叩かれる衝撃に意識が浮上する。自室のベッドで目を覚ますと、目の前にはフロロースの幼い顔があった。


「えっと……うん……って、え?」


 気づけば、フロロースの手に鋏とピンクブロンドの髪の束が握られている。手で触って確認すれば、長かった髪が肩あたりでバッサリと無くなっていた。


「な、なんでこんな事……!」


 いたずらにしたってやり過ぎだ。客前に出るという仕事をしている性質上、見た目というのは大事なのだ。僕のピンクブロンドの長い髪は、お客さんに評判が良かった。


 なんで急にこんな事をするんだろう。どうして、と問い質そうとした瞬間、ドアを開けて美しいブロンドの少女が入ってきた。


「いつまで寝ているのこのノロマ! 早くこれに着替えて降りてきなさい!」


 マリーが僕に向かって、抱えていた洋服を投げつけた。驚いて広げれば、見たことのある見た目をしている。カーキ色の地味な服。少し薄汚れていて、男の汗の匂いがうっすらとする。


「え? これってベリスのじゃ……」


 そう思ったが……二人の様子を見るに、ただ事では無い。少し汗臭くて嫌だが、急いで着替えて寝室を出る。


 この街の拠点として借りている大きな一軒家は、作りが古いらしく、歩く度にギシギシと廊下が鳴った。不安な気持ちを抑えてマリーの後ろについていく。その背中は、何を考えているのか分からなかった。


 一階のリビングに降りれば、団長のザントとエリーが座っていた。


「マーヤ、お前は今日でお役目御免だ。今までご苦労だったな」


「……えっと、それってどういう……」


「そのままの意味よ。貴方は今日で退団。晴れて自由の身ってワケ」


 ジュースについたストローを、マリーがつまらなそうにクルクルとイジっている。その顔は、どこかそっぽを向いたように外を見ていた。


「なんで、いきなり……」


「いきなりじゃないわ。前からずっと考えていたもの」


 その言葉に、驚いてエリーの方を向く。ずっと考えていたって、どういうことなんだろう。


「マーヤ、ここは貴方が居るべき所じゃないの。すぐに出て行きなさい」


 どうして、そんなことを言うんだろう。僕のいるべき場所は、みんなの所なのに。僕はみんなの、仲間なのに……!


「僕、なんだってするよ! ここに置いてよ……!」


「…………マーヤ、俺を困らせないでくれ」


 ごねる僕を見て、ザント団長が困ったように頭を抱えた。そんなのおかしい。だって僕が一番、困っているのに。


「……でも、僕……!」


「いい加減にしてよ!」


 マリーの鋭い声がリビングに響く。その顔は、いつも通りの怒った表情。けれどなぜか、その時の僕には、それが傷ついたような表情に見えた。


「あのね、ここはアンタみたいなお荷物を養うほど余裕はないの。ヘマばかりして、ろくに演技もできない。挙句領主の機嫌を損ねるなんて……! この雑技団を潰したいの!?」


「ちが…………!」


 違う。違うと断言できる。だからこそ、それを言われたら僕は否ということが出来なかった。


 胸の奥が、ぎゅうと締め付けられるように痛い。みんなに迷惑をかけていたのは分かっていた。分かっていたけれど、それでも……。


「マーヤ、もう一度言うわ。貴方の居場所はここには無いの。出て行きなさい」


 いつも淡々としたエリーの冷たい声。臓腑が凍えるようだった。冗談なんかじゃ無い。みんな本気なんだ。


「………………分かった」


「荷造りはもう済ませてある。持っていけ」


 ガシャリと机に物が置かれた。僕の物が詰まったリュックの横に、見慣れない袋が二つと封筒が置かれる。


「この金は退団祝いだ。それとこっちは……預け物だ。この国以外なら何処の教会でもいい、手紙を読める神官に持って行ってくれ」


 ただ無言で、コクリと頷く。みんなと居られないなら、もうどうでも良かった。何かが込み上げてきそうになって、それをグッと堪える。


 馬車乗り場に行けば、開けた場所に様々な大きさの馬車が停まっている。退団祝いでもらったお金で何処まで行けるだろう。何に乗ればいいのか分からずウロウロしていると、突然べチャリと体に何かがぶち当たった。


「何これ? くさっ!」


 臭いと感触からして動物の糞だろう。驚いて固まっていると、追撃とばかりにまた糞の塊が身体に当たった。投げられた方向を向けば、バケツを持ったベリスとスエンプが見える。


「早く遠くへ行っちまえ!」


「キキィ!」


「ちょっと……!」


 どうやら犯人は二人だったらしい。ぐわりと身体の奥から苛立ちが込み上げる。なんで僕がこんな目に遭わなきゃならないんだろう。投げられた糞を避け逃げる二人を追いかけようとすれば、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえて来た。


「まぁや」


「……! フロロース……」


 振り返れば、フロロースが立っていた。仮面越しに僕の目を真っ直ぐに見て、フロロースは言った。


「早く何処か遠くへ行って。そして帰って来ないで」


「……!」


 それだけ言って、パッと駆け出して行く。咄嗟にそれを追いかけた。なんで僕の髪の毛を切ったの。なんでそんな意地悪をするの。それが聞きたくて、走る。けれど人混みの多さに、見失ってしまった。


「……坊主、こりゃひでぇ格好だな」


 ハッとなり隣を見れば、山羊を乗せた馬車を引いた初老の男性が立っていた。辺りを見れば、他に馬車は見られない。どうやら馬車乗り場から離れたところに来てしまったらしい。


「あはは……馬車に乗ろうと思って来たんだけど、ちょっと、意地悪されちゃって」


「そうなのか。坊主の行き先は何処なんだい」


 どうやら男と勘違いされているらしい。確かに今着ている服は男物だし、切られてしまった髪も帽子で隠している。ぱっと見るとそう思うかもしれない。だが、わざわざ訂正することでもない。


「何処でもいいんだ。神官がいる街なら」


「それなら乗って行くかい? ワシは恵与の国の方に行く予定なんだ。あそこら辺は神さんに熱心だからな。何処の街に行っても神官がいるぞ」


「ほんと!? ……あ、でも僕、服がドロドロだ……」


「安心しな。同乗者は山羊だからな。むしろ綺麗じゃ無い方がいいまである」


 荷馬車を指差しウィンクをするおじいちゃんに、ぱあっと目の前が明るくなる。どうしようかと思っていたが、世の中には良い人がいるものだ。


 おじいちゃんの手を掴んで、僕は大きな声でお礼を言った。


「それなら乗りたい! ありがとうおじいちゃん!」


 ゴトゴトと揺れる馬車に乗って街を出る。馬車が峠を越える時に、遠くに小さく街が見えた。


 煉瓦造りの、赤褐色に染められた均整の取れた美しい街。さっきまで僕はあの街に居たんだ。


 山羊がムシャムシャと僕の髪の毛を食べている。そんな事も構わずに、僕はただ蹲って、嗚咽を漏らさないように、必死になって口を塞いだ。

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