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過去の仲間たち

それは、少し前に遡る。僕がまだ、小さな雑技団の一員として、働いていた頃の話。


 整備された街路樹に、等間隔で並んだ街灯が昼間でもインテリアのように街に馴染んでいる。レンガ造りの美しい街。その街の一角で、僕たち一座の公演が行われていた。


 大きな玉の上に乗りながら、三本のクラブを自在に操り、美しいジャグリングを披露する小さなピエロ。


 相棒の猿と共に、面白おかしい芸をする猿回しの青年。


 美しいブロンドの豊かな髪に、エメラルドの瞳。人形のような容姿で鏡写しのように踊る双子の少女。


 大の男5人をいっぺんに持ち上げる、力自慢の大男。


 そして最後に、ピンクブロンドの小柄な少女——僕ことマーヤが、颯爽と舞台に現れた。綺麗に宙返りをしながら登壇すると、一礼をする。すると舞台上に、大量の椅子が運ばれてきた。真っ白な椅子が一直線に積まれている。数メートルはあるであろうその上に、僕が軽やかに飛び乗った。そこに下から椅子が投げられる。


 観客が固唾を飲んで見守る中、僕はバランスをとりながらさらに椅子を積んでいった。最後の椅子が積まれようとした瞬間、風に煽られてぐらりぐらりと椅子が揺れる。積まれた椅子が大きくたわんだ瞬間、僕の足元が一気に崩れた。


「危ない!」


 観客が悲鳴を上げる中、僕は軽やかに宙に飛び上がる。ガラガラと椅子が崩れる中、くるくると回転をしながら綺麗に地面に着地をした。瞬間ワッと観客から歓声が湧き起こる。


 その日の公演は、大盛況で幕を下ろした。



「まぁや、すっごいあぶなかった」


「ホント、どうにかなって良かったけど、ヒヤヒヤしたぜ」


 なんとか出番を終えて裏に戻った僕の前に、背の小さな可愛らしいピエロの少年フロロースと、猿回しのベリスが声をかけてくる。猿のスエンプが手を上げたからハイタッチをすると、キキッと嬉しそうな声で鳴いた。


「今日はもう少しだったんだけど……また失敗しちゃった」


「まー今日は仕方ねえだろ。風強かったしなあ」


「おきゃくさん、たのしそうだった、よ!」


「それは良かったけどさ〜」


 やっぱり演技が失敗したことは気にしてしまう。完璧な演技を見せてこそ、日頃の練習が報われるというものだ。


 出番が終わり、舞台裏でダラダラと話す僕たちの前に、ブロンドの髪が美しい、人形のような女の子が現れた。


「マーヤ、ベリス、フロロースも。貴方たち、お喋りよりもお片付けが先よ。今日は夜もあるのだから」


 感情の分からない、平坦な声。聞く人が聞けば冷たいと思うだろう。でも、僕たちはそれがエリーの普段の声だと知っている。


 はーいと返事をして立ち上がり、片付けをする為に動き出す。公演が終わったら直ぐに次の公演の準備をしなければならない。雑技団の一日というのは忙しいのだ。


「おー、じゃあ力仕事頑張るか」


「がんばる!」


「じゃあ僕、まだ残ってるお客さん出してくるよ」


 僕たちの団は6人と一匹で構成されている、小さな雑技団だ。稀に偉い人も来ることがあるが、基本的には市井の人々を対象にしている。そうなると、お客さんの質もピンからキリまであるわけで。


 今日も客席で飲んだくれて眠りこけているおじさんを前に、僕は呆れた視線を向けた。


 足元に酒瓶が三本も転がっている。そんな状態で舞台を見て、楽しいのだろうか? 絶対ちゃんと見てないと思う。せっかく一生懸命練習しているのに、こういう人がいるとちょっとだけ悲しい。


「おじさん、公演はもう終了ですよ〜! 退場をお願いします〜!」


 いびきでかき消されないように、耳元で叫びながらお客さんの肩を軽く叩く。するといきなり、毛むくじゃらの手が僕の腕を掴んできた。


「うわ!?」


 そのまま腕を引っ張られて、酒臭い顔が近付いてくる。近い距離に嫌悪感が湧いて、急いで顔を逸らした。


「ああん? なんだい嬢ちゃん、俺と遊びたいのかあ?」


「いや、だから退場……」


「嬢ちゃんにそこまで言われたら断れねえな。いくらだ? 一晩買ってやるよ」


 そんなこと、言ってないんだけど!? このおじさん、全然人の言うことを聞いていない。


「おじさん、退場の時間だから、帰ってください!」


 今度こそ聞こえるように、おじさんめがけて大声で叫ぶ。おじさんは一拍止まると、やっと言葉を理解したのか、カッと顔を赤くした。


「ああ!? お前俺に命令してんのか!?」


 そんなことしてなくない!? この人モンスター過ぎるよ!


 酔っ払っているからなのか、なぜかおじさんの怒りはエスカレートしていく。大きな手で髪の毛をむんずと掴まれて、根本を強く引っ張られた。痛いしハゲちゃうから本当にやめてほしい。


「命令じゃなくて、帰って欲しいだけなんです!」


「なんで俺が帰らなきゃならねぇんだ!」


 もう終わったからですけど!? おじさんが頭の根っこから髪の毛を掴むせいで、地面と椅子しか視界に入らない。そんな状態で酔っ払いと格闘していたら、ガジャン! と何かが盛大に破れる音が聞こえて来た。


 解放された頭をさすり、久しぶりに地面以外を瞳に入れる。そこには割れた瓶を持ちふんぞり返るブロンドの髪の美しい少女と、倒れ伏す酔っ払いの姿があった。


「マリー、またやったの!?」


「またって何よ。アンタが黙ったままやられているのが悪いんでしょう?」


 エリーとマリーは双子だけれど、大人しいエリーと違ってマリーはお転婆だ。割れた瓶を投げ捨て、悪びれもせずフンと胸を張るマリーに絶句する。


 お客さん、気絶しちゃってるんですけど!


「やられたらやり返しなさい。そうしなければ、私たちは生きていけない。舐められたら全てを奪われるの!」


「え、ええ……」


 何で僕が怒られているんだろうか。どうしたもんかと気絶したお客さんとマリーの間にウロウロと視線を彷徨わせていたら、後ろから壁を突き抜けるような怒号が聞こえてきた。


「マリー、お前またやったのか!」


 ザント団長だ。この雑技団をまとめ上げる団長で、一番偉い人でもある。


 実はマリーのこのような所業は初めてではない。ノッシノッシと近付いてくるザント団長に、マリーが小さく舌打ちした。


「うるさいわね、何か文句があるの!?」


「殴る瞬間、見られてねぇだろうな!?」


「後ろから殴ったんだもの、見られているわけないでしょう!?」


「ならいい!」


 いいんだ!? ザント団長は倒れているお客さんの服を大きな手で掴むと、ポイッと裏路地に投げ捨てた。マリーもマリーだけど、団長も思い切りが良すぎる。


 さて、片付けが一段落したら、みんなで今日の反省会だ。各自机の好きなところに座って、クッキーやキャラメルなどのお菓子を食べながら、各々の感想を言い合う。


「先程は皆ご苦労だったな」


「はい……でも僕、失敗しちゃった。ごめんなさい」


「別に良い。ハプニングはつきものだ。それに客も喜んでいたしな」


 ザント団長は心が広い。団員が何かをやらかしてしまっても、きちんと理由を聞いてくれる度量があった。頭ごなしに怒るような人じゃない。だからこそみんなこの人についてきたんだ。


「でも惜しかったよなー。後ちょっとで成功だったのに」


「すごかった、ね!」


「本番でアレ成功したこと無いじゃない。演目を変えた方がいいわよ。そう思うわよねエリー」


「そうねマリー、でも、場所が限られるから、少しだけ難しいわね。トランポリンでも置ければ良かったのだけど」


 元々得意種目がトランポリンと空中ブランコの僕は、雑技団でも扱いに困っていたと思う。雑技団では大道具を使う演目はなく、できることが限られていたからだ。


「そういえばマーヤ、リボンがずれているわ。直してあげる」


「ありがとうエリー」


 ピンクブロンドの髪に、左右に一つずつついた青いサテン素材のリボン。エリーが昔使っていたのを譲ってもらったものだ。僕が持っている唯一の私物と言ってもいい。


 エリーとマリーが両側から可愛らしくリボンを結び直してくれる。そんな中で、ベリスがうーんと考えていた顔を上げた。


「トランポリン、小型ので良いなら作れねぇかな。ちょっと見てみるわ」


「本当!? お願いベリス!」


 どうやらずっと考えてくれていたらしい。その言葉にフロロースが、こそっとベリスに耳打ちした。


「ぼくもあたらしいどうぐ、つくってほしい、かも」


「えー!? まあこの祭だ、全部作ってやるよ!」


「ヒューヒュー、さっすがベリス!」


「伊達に猿回してないわね」


「それは褒めてんのか!?」


 出来ないことはみんなで共有して、自分たちで改善していく。そうやって、僕たちの一座は続いてきた。僕は仲間のみんなが大好きだった。


 あーでもないこーでもない。話が白熱する中、ザント団長がパンパンと大きく手を叩く。


「お前たち、今日はこの後御領主様の元にご挨拶に向かうんだ。そろそろ準備しろ」


 その一言に、場に白けたような雰囲気が広がる。それにザント団長が、少しだけ呆れたような顔をした。


「はぁい。分かってるわ。目一杯おめかししましょうエリー」


「ええ、そうねマリー」


「ああ〜そうだった、すっかり忘れてたぜ。なあスエンプ」


「キキ!」


 ガックリと肩を落としながら、各自自分の部屋に戻っていく。偉い人への挨拶というのは、どうにも気が重いものだ。


「うう……ゆううつ……」


「あはは……僕もちょっと、憂鬱かも……」


 フロロースは特に人見知りだから、そういう場は辛いだろう。項垂れる背をポンポンと叩けば、お返しとばかりに頬っぺたをムニムニされた。


 お金があったわけじゃない。でも、毎日が楽しかった。だからその時の僕は、あんなことになるなんて、思ってもいなかった。



 領主のための小さな公演。それは領主の家にある小さな議事堂で行われた。どうやらここの領主は敵が多いらしくて、屋敷からほとんど外に出ないらしい。仕事が忙しい中で、息抜きとして呼ばれたのが僕たちだった。


 昼間の会場よりも狭いから、出来ることも限られる。その中で最大限領主を楽しませなくちゃいけない。


 領主と言えば、壮年の男性をイメージするけども……この街の領主は、予想に反して凛とした若い男だった。見るからに上流階級だと分かる服を着こなしている。戦に強い領主様らしくて、街人からの評判も良いらしい。


 この領主の機嫌を損なえば街で営業する権利を剥奪されるかもしれない。僕たちの命はこの領主に握られているのだ。そう思うと、同じ場所にいるだけで手に汗が伝った。


 僕たちザント雑技団は国から国へ渡って営業をしている。お金が溜まったら次の街へ。そしてまたお金が溜まったら次の国へ。そうして僕たちは、つい先日この街へ辿りついた。


 大人数での移動はお金がかかる。この街に来るまでに僕たちはお金を相当使ってしまった。今は毎日の食い扶持を稼ぐ為に必死だ。


 ボソボソのパンに味のないスープ、そして一欠片の干し肉。大した食事も取れない。衣装以外で、ろくな服も持っていない。いつだって金欠だ。それでもお金が溜まったら、きっとこの街を出て行くのだろう。また次の街に行くために。


 賢いやり方では無いのだろう。もっと上手い生き方があるのだろう。でも僕たちは、こんな生き方しか知らないのだ。


 フロロースのジャグリングと、エリーとマリーの劇は問題なく終わった。ベリスとスエンプの猿芸が始まるというところで、それは起こった。


 ベリスとスエンプが舞台に上がると、恭しく頭を下げた。さあ始まるぞ、というところで、領主が飼っているという大型の犬がワンと大きく吠えた。それにスエンプが驚いてベリスの頭に飛び乗る。


 随分と大型の犬だ。狩猟犬らしい。三匹もいるそれが、舞台上のスエンプとべリスに吠えている。どうやらスエンプに興味を持ったらしい。犬たちが、今にも襲い掛からんとばかりに吠える姿は恐ろしい。遠くから見ている僕でさえそうなのだ。舞台上のベリスとスエンプは相当だろう。


 怯えてしまったスエンプを見て、ベリスが団長に目配せした。これでは演技が出来ない。その様子を見ていた領主が、欠伸を堪えながら言った。


「ああ、ああ、もう良い。充分わかった」


 始まる前はシャキッとしていたのに、今は何ともつまらなそうな顔をしている。どうやら領主のお眼鏡には叶わなかったらしい。


「気晴らしに曲芸でもと言われて観てみたが、なんともつまらない。ろくな演者も居ないし、時間の無駄だ」


「御領主様、そう仰らずに……。おっと、お飲み物がもうないですね。マーヤ、おかわりを出して差し上げろ」


「は、はい!」


 失敗が多い僕に課された役目は接待係だ。異国の果物を搾ったジュースを急いで領主の元に持っていく。領主は僕を無視して、舞台の袖に立っていたエリーの元まで行くと、手をぐいと上に引っ張った。驚いてエリーの顔が上を向く。細い身体が無理に引っ張られて、あれではとても痛そうだ。


 苦しそうに顔を歪ませるエリーを見て、領主は今日初めて興味深そうな顔をした。


「へえ、本当に生きているのか。人形かと思ったぞ」


「御領主様、おやめください!」


 演者は身体が商品だ。壊れたら生活ができない。早くやめさせないと!


 急いでエリーの元に駆け寄ろうとした僕は——なんと盛大に、足をもつらせた。


 お盆に乗っていたジュースが空を飛ぶ。それは綺麗に弧を描くと、領主の顔に盛大にぶち撒けられた。


「ご、ごめんなさい…………!」


 急いで頭を下げる。頭の中が真っ白だ。領主はそんな僕を見下ろすと、ゆっくりと微笑んだ。


「いやいや、驚いてしまったよ。服がびっしょりだ」


「すぐにお着替えをお持ちします」


「領主様、ウチのマーヤがとんだご無礼を……!」


 執事の人たちが慌ただしくする中、ザント団長が深く頭を下げる。それを見た領主は、少しだけ面倒そうな顔をした。


「ああ、いい、いい。子どものやった事だ。別に怒っていない」


「何かお詫びをさせてください」


「別にいいが……それではそちらの気が晴れないか」


 何を言われるのだろう。心臓が早鐘のようにドクドクと鳴っている。領主は少しだけ考える仕草をすると、ツイと僕の方を向いた。


「そうだな、お詫びに、君のその素敵なリボンを一つくれないかな」


「マーヤ!」


「は、はい!」


 大事なものだけれど、背に腹は変えられない。急いで片方の髪を解いて、青いリボンを領主に差し出す。領主はそれを受け取ると、笑顔で懐にしまった。


 どうやら厳しい人では無いらしい。領主は髪についたジュースを振り払うように髪をかきあげると、颯爽とその場を後にした。

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