エピローグ 旅立ち
あれからしばらく経って、街の復興もそれなりに進んできていた。あの日くぐった大きな門の前で、旅用のリュックを背負い直す。空には晴天が広がっていて、雲一つない。絶好の旅立ち日和だろう。
「マーヤ、本当に行っちゃうの? ずっと住んでて良いのよ」
「ありがとうシャニ、でも、僕行くよ」
この街で、知らないことをたくさん知った。今までもいろんな国を旅したけれど、僕は今まで表面しか見ていなかった。だから、今度はもっといろんなことが知りたい。
シャニが髪を結んでいたリボンを解くと、長く美しい赤い髪がふわりと風に舞った。手に持ったリボンを、僕の髪に結んでくれる。
「小さい頃、カティに誕生日プレゼントでもらったの」
「え!? それは……!」
もらえないよ。そう言おうとした僕の身体を、シャニがめいいっぱい抱きしめた。
「連れて行ってあげて。貴方の旅に」
「……うん」
背に腕を回すと、柔らかい温もりに、心がギュッとなる。
名残惜し気に離れれば、シャニが僕の顔を見て笑った。
「ふふ……マーヤったら、出会った時は私より小さかったのに」
「成長期なんだよ」
愛の祝福を受けた僕の身体は、本来あるべき形に治ったらしい。僕の身長は、シャニより大きくなっていた。
「もし帰りたくなったら、いつでも帰っておいで」
「おじさん、ありがとう」
優しい言葉に、胸がじんわりと温かくなる。一度は大事なものを全部失ってしまったけれど……みんなのおかげで、僕は立ち直ることが出来た。
マシューとクロテアはお仕事があるから、昨日のうちにさよならを済ませている。今日のお見送りはシャニとおじさんだけだけど、やっぱり離れ難い。
僕とシャニが名残惜し気に話している横で、黒い神官服を靡かせて、ルウが颯爽と歩いてくる。その後ろに、テオドラとヴィゴールが小走りでついて来ていた。(ちなみに、ぷぷるが頭の上でキメ顔をしていた)
なんだろうと思って横目でそれを見ていると、人混みが開けた門の前で、立ち止まり二人に向き直る。
「ルウさん、なんですか用事って。私にも仕事が――」
「テオドラ、顔色が随分と良くなったな。元気になったか?」
いきなりの質問に意表を突かれたのだろう。テオドラが目を丸くする。その後ヴィゴールを横目で見ると、複雑そうな顔でポリポリと頭を掻いた。
「え? まあ、おかげさまで……」
「ふふ、そうかそうか。元気になったか」
テオドラの回答に満足そうに頷くと、ルウは腰にかけた分厚い本を取り出し、ペラペラとめくり出した。一体今度は何をする気なのだろうか。
みんなが不思議そうに見守る中で、それは起こった。
「神ベスタウよ!」
ルウの一言を起点に、突然風が巻き起こる。シャニの長い髪がぶわりと宙を舞い、驚いた人々が小さく悲鳴を上げた。
「貴方が私たちに託した願いは今果たされた! 故に、私たちに貴方の慈悲を与えたまえ!」
まるでそれに応えるかのように、大きな美しい紋が三人の頭上に浮かび、光輝く。
「願うものは、プルンネル・ティスティスと!」
「ぷる!」
ぷぷるがルウの肩の上で、ピッと小さな手を上げる。ルウはそれに小さく微笑むと、さらに空に向かって続けた。
「この私ルゥール・ヴィリーシャとの、婚姻の推薦状である!」
その言葉の終わりに、風が一層強くなった。紋を中心に竜巻のように風が集まっていく。
何が起こるのかと戦々恐々としていると……期待とは裏腹に、その勢いがフッと止まった。
竜巻が止んだ後には、一枚の用紙だけが空に取り残されている。唖然として見上げていると、それがヒラリとルウの手元に舞い落ちていった。
一体さっきのはなんだったんだろう。不思議そうに顔を見合わせるテオドラとヴィゴールを無視して、ぷぷるとルウがその紙に勢いよく顔を近づけた。上から下まで内容をじっくり読み込むと、しばらくして、二人は満足そうな顔で笑い合った。
「ぷるんねる……? もしかして、神獣プルンネル!?」
「はは……まあ、ただの獣ではないとは思っていたが……」
驚いて尻餅をつくテオドラに、ヴィゴールが手を差し伸べて立ち上がらせた。そんな二人の前で、ルウとぷぷるがフフンと胸を張る。
「なんだ、気が付かなかったのか? 伝承そのものの美しい姿であろう。なあぷぷる」
「ぷる!」
「ああ、確かに言われてみれば……」
「ヴィゴール! 私を置いてこの男と仲良くするのはやめてください!」
「ええ……」
謎の怒り方を見せるテオドラに、ヴィゴールが困っている。いつも人々の手本になるような振る舞いをするテオドラにも、子どもっぽい部分があるらしい。
「ははは、では、この街での用事も終わったので私はもう行く。世話になったな」
「神官ルウ、そしてプルンネル様。あなた方にお会いできたことを光栄に思います」
「神官ルウ、貴方が神ベスタウから受けた依頼は……聞かないことにします。プルンネル様も、少しの間でしたが、ありがとうございました」
ルウが二人を背にして、颯爽と歩き出した。その姿を眺めていると、クルリと僕の方に向き直る。
「マーヤ、何をしている? 早く来なさい!」
「ええ!? 僕!? なんで?」
突然名指しされて、驚いて飛び上がる。呼ばれた意味がわからずオロオロしていると、その反応にルウが不思議そうな顔をした。
「お前、私に手紙と硬貨を渡したではないか」
「渡したけど……」
それって今の状況と関係あるの? 理解できないという顔をルウに向けると、呆れたような顔が返ってきた。
「お前、手紙の内容を知らないのか? あれは、お前の面倒を見てくださいという内容の嘆願書だ」
「ええ!?」
「私はそれに承諾した。だからさっさと私について来なさい」
頭に浮かんだ人形のような姿の双子を思い出す。それが本当だったとしたら、僕は、みんなに――
「ぷるー?」
ぷぷるの呼ぶ声に、ハッとなり走り出す。途中で振り返って、シャニたちに大きく手を振った。
「じゃあね! シャニ! おじさん!」
「マーヤ、ソイツに変なことされたらとっちめるのよ!」
シャニの言葉に吹き出してしまう。最後の最後までルウのことが苦手なんだな。
これでもう心残りはない。ルウに向かって一目散に走り出す。大きな門を潜ったところで、街の鐘がゴーンと鳴り響いた。
「あ、お祈りの時間」
マシューが鳴らしているのだろうそれは、まるで僕の旅路を応援しているようで。なんだか少しだけ元気が湧いてくる。
「ふふ……今日の鐘は、いつもより少しだけ早いな」
「ぷきゅん」
ルウが小さく呟いた言葉に首を傾げる。もしかして僕が出発する時間に合わせてくれたとか? ……いや、流石にそんなわけないよね。
「ねえ、次はどこに行くの?」
「それはついてからのお楽しみだ」
「ぷる!」
手を伸ばすと、ぷぷるが小さな手でハイタッチしてくれる。これから先は一人じゃないと思うと、嬉しくて足がスキップしてしまう。
二人と一匹の新しい旅立ちに、僕は期待に胸を膨らませた。
マーヤの恵与の国での冒険はここまでになります。
読んでいただきありがとうございました。
(あと一話だけその後の話がちょっとだけあります。)
第二章は出来たらそのうちまた上げようと思います。




