葬儀
あの事件から数日後、雲一つない晴れた日に、葬儀は行われた。
街の一番高いところにある、花畑に囲まれた美しい墓地。綺麗に並んだ24個の墓石の前には、鮮やかなリボンが置かれている。たくさんの人たちが参列する中、葬儀は粛々と行われた。
トロールが門を破壊する音ですぐに敵襲に気づけたから、逃げられた人がたくさんいたらしい。事件の内容からしてみれば、死傷者は驚くほど少なかったそうだ。
けれど、全くいなかったわけじゃない。逃げ遅れて瓦礫に潰された人や、トロールに踏み潰された人、ガスパールの仲間に殺された人もいる。
シャニたちが手を合わせる中、見様見真似で横に並ぶ。幸運なことに、死んでしまった人の中に僕の知っている人はいなかった。
だからだろうか。どうしたらいいか分からない。僕は一体何を祈ればいいんだろう。
テオドラが死者の名前を読み上げる中、ああでもないこうでもないと考え込む。そんな時だ。朗々と読み上げられる名前の中に、カティの名を見つけたのは。
その瞬間、身体が止まった。たった一瞬だ。けれど確かに僕はその名を聞いた。
「ねえシャニ、今、カティの名前が……」
「……首都にいる巫女様からね、神託盤で連絡があったの。カティのお葬式をしてあげなさいって。ベスタウ様が、それを望んでいるって……」
「そっか」
涙を浮かべて微笑むシャニに、胸の奥が軋んだ。それならカティは、神様に嫌われたわけじゃないんだね。
ふと前を見ると、カティのおじさんの大きな背中が、ほんの少しだけ震えていた。
「以上の24名は、神ベスタウ、貴方の元で生まれ育ち、貴方の元で生き、貴方の元でその生涯を終えました。彼らは貴方を愛し、貴方を尊び、貴方を深く敬いました。彼らは誰一人として例外なく、貴方の食卓に招かれるべき者たちです。どうかその魂が、いつまでも貴方のそばにありますように」
死んだ人は、神様の元に帰るらしい。だからカティも、きっとそうしているのだろう。きっと、そうだったらいい。
僕は手を合わせながら、ただそっと瞳を閉じた。
§
あの事件があった日から、復興のためにマシューたちはずっと駆けずり回っていた。この国では神官が政治を担っている。見習いであるマシューに出来ることは多くないが、それでも自分にできることをと必死に動いていた。
作業を終えて帰路につく道すがら、ヴィゴールの後ろに並んで歩く。
「そういえば……ガスパールたちって、結局どうなったんですか?」
事件の次の日に、傭兵団の全員が一斉に姿を消していた。一体どこに行ってしまったのか、誰にも分からない。ふと気になったことを呟けば、薄い頭が少しだけ振り返り、呆れるような視線を向けた。
「神託の内容を覚えていないのか? あの者らは神ベスタウの天罰にあったのだ」
「天罰って、本当にあるんですねえ……」
「当然だ。お前も悪いことをしないよう、しっかり胸に刻んでおきなさい」
ヴィゴールの説教に、はぁいと力のない返事を返す。この人、言うことは最もなんだけど、ちょっと言い方キツいんだよな。シャニに説教おじさんと陰で呼ばれていることは、黙っておいた方がいいだろう。
いつもは面倒くさいヴィゴールの小言が、今は日常が帰ってきたみたいで、悪くはない。
街の復興は本当に大変だ。決定権を持つ人間が少ない所為で、進められないこともある。明日もきっとマシューは、テオドラの代わりに街中を駆け回るのだろう。だから神官を辞めたヴィゴールが、期間限定で復帰してくれたのはありがたかった。
「ヴィゴールさん、しばらくしたら本当に辞めちゃうんですか? もうこのままでもいいのでは?」
「そもそも私はもう辞めているのだ。緊急事態だから一時的に復帰しているだけだ。巫女様にもそう伝えてある」
「えー」
やっぱり、ヴィゴールがいるかいないかでは仕事の進みが段違いだった。長年の経験もあるのだろう。現場を回すための判断が非常に早い。そしてそれが、テオドラに大きく足りないものでもあった。
街の瓦礫の撤去も進んでいる。復興はもう少しかかるだろうが、一旦山場は越えただろう。カティの葬儀だってしてやれた。
だからだろうか、少しだけ気が緩んだのかもしれない。緊張が緩んだ身体に、突然濁流のように感情が押し寄せてきた。
目の前を歩くヴィゴールの背中がぼんやりと滲む。服の端をツイと掴めば、少しだけ厳つい顔が、不思議そうに振り返った。
「ヴィゴールさん……たった一度でいいんです。僕の理不尽をお許しください」
長年マシューたちを見てきたヴィゴールには、表情だけで充分だったのだろう。静かに向き直ると、悔恨の浮かんだ表情でマシューを見た。
「……許そう」
まだ何も話していないのに……その声が、表情が、苦渋に塗れている。本当に、察しの良い人だ。
許しを得たマシューは、ヴィゴールに向かって、小さく口を開いた。
「…………どうして、どうしてカティを救ってはくださらなかったのですか……」
どうしようもないことだ。だってあの時ヴィゴールはこの街に居なかった。カティの件で、ヴィゴールに責任など何一つない。テオドラにだって落ち度はない。全て、カティ本人が招いた事だ。
けれど、感情が湧き出して止まらない。目の前が潤んで、もうまともに何も見えない。いつの間にか瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「あなたなら、あなたがいたら、助かったかもしれないのに…………!」
的外れな叱責だ。けれど、そう思わずにはいられない。ヴィゴールならば、ジェマの説得など容易であった筈だ。ヴィゴールが居たならば、カティが絞首刑にならないように立ち回ってくれた筈だ。神に忠実なテオドラではなく、現実主義のヴィゴールだからこそ、ただ一度の窃盗で未来ある若者を絞首刑にすることを厭んでくれた筈だ。
「………………そうだマシュー。私が悪い。だから恨むなら、私を恨みなさい」
違う。ヴィゴールが悪いなんて、そんなわけがない。死を望むカティを、助けられなかった。説得できなかった。力のなかった自分が、誰よりも一番恨めしい。
「ちが……、あなたは何も……!」
「マシュー、ダメだ。決して己を恨んではいけない」
ヴィゴールは大粒の涙を流すマシューの身体を抱き締めると、その頭を優しく撫でた。涙がポツポツとヴィゴールの肩を濡らしていく。
幼いあの日、みんなで原っぱを駆け回った。
四人がいれば無敵だと思っていた。どんなに困難なことだって、カティの機転と三人の力があれば、大抵の事なら解決できるはずだった。だって、今までだってそうやって生きてきた。だから、これからもそうやって生きていくのだと思っていた。
「カティ……!どうして、どうして……!」
「うん……」
どうしようもないことだ。どうしようもないことだった。
胸に空いた大きな穴は、きっと生涯埋まることはないのだろう。ヴィゴールは震えるマシューの背を、ぽんぽんと優しく叩いた。
まるでそれが、赤子をあやすようだったから。マシューはそのまま、声をあげて泣いた。




