十一日目_天罰
ガスパールたち傭兵団は、捕えられたのち、体を縛られ広場に拘束されていた。衛兵たちが、ガスパールたちをどうするかテオドラと話し合いを始める。
「全部で傭兵団は16人です。拘置場に収容できないため、現在は全員こちらに」
「そうですね……収容場所を探さないと。別の街に移送するのも視野に入れましょう」
どうやら傭兵団全員で、拘置場の収容人数をオーバーしてしまっているらしい。牢に入れることが出来ないが、そのままにするわけにもいかないのだろう。
一人の年若い衛兵が前へ出て、ガスパールたちをキッと睨んだ。
「アイツらは重犯罪者です! 収容などせず、さっさと絞首刑にしてしまえばいいのでは?」
なかなかに過激な意見だ。だが、合理的だと思う。若い衛兵の意見に、テオドラは緩く首を振った。
「いいえ、贖罪期間があります。どんな犯罪者にも、それは平等に与えられねばなりません」
そうだ。この国には贖罪期間が存在する。全く馬鹿馬鹿しい制度だと思うが、その制度があるおかげで、ガスパールたちが助かる可能性が格段に上がっていた。贖罪期間の間に、仲間が助けに来ればこちらのものだ。
何も正面からテオドラやあの少女とまたやり合う必要なんてない。さっさと逃げるだけならばどうにでもなる。
「まったく馬鹿な奴らだねえ」
「なに、一生懸命やっているのだ。そう言ってやるな」
ボソリと呟いた独り言に、何やら返事が返ってくる。驚いて声のする方を振り向けば、喫茶店のテラスで黒い神官が優雅に寛いでいた。黒い毛玉がパフェを目の前にぴこぴこと謎の踊りを踊っている。その横で、例の少女が嬉しそうにパフェを頬張っていた。
テオドラはその姿を一瞥すると、ゴホン咳払いをしてまた衛兵に向き直る。どうやら見なかった事にするらしい。
「ジェマの方はどうですか?」
「聖堂に避難しているところを確保しました。取調べをしているのですが……自分は被害者だとの一点張りで」
「そうですか……」
神妙な顔をしたテオドラが、ガスパールの方に向き直った。
「ジェマはあなたたちの仲間ですか?」
本当に、真っ直ぐで馬鹿正直な奴だ。ガスパールたちが本当のことを言う保証など何処にもない。ガスパールにはジェマを仲間だと言って、罪を着せることもできるのだ。
意気揚々と口を開いたガスパールに、しかし一人の神官が邪魔をした。
「ジェマは仲間ではないよ。非常事態の鐘の音を理解していなかったのであろう。聖堂に避難して来たのも後の方で、転がるように泣きながら走って来たのだ。それにこんな大それたことをするには、彼奴は肝が小さすぎる」
ジェマにそんな肝はない。まったくその通りで、否定しようもない。神官の言葉に心の中で舌打ちをする。引っ掻き回すのが面白いのに、この神官がいるとどうにも上手くいかない。
「はは、そうだねえ。ジェマは俺たちの仲間じゃないよ」
大人しく本当のことを言えば、テオドラは納得したようだ。また衛兵と顔を突き合わせて、熱心に話し合いを始めた。
その間にも、黒い神官は楽しそうに毛玉にパフェを食べさせている。
「アンタも酔狂だな。他の奴らと違って、どうにも胡散臭い。……本当に神がいると信じているのかい?」
「失礼な奴だな。もちろん神ベスタウは存在する。今も私たちを見守っているよ」
如何にも神官が言いそうな模範解答だ。それに、ガスパールの中の捻くれた心が少しだけ反応した。
「じゃあ質問だ。神さまが居るってなら、どうしてトロールは街を破壊できた? この街の建造物は、ベスタウの形を模している筈だろう? トロールがベスタウを信仰しているのなら、本能的に破壊できない筈だ」
ガスパールは今まで、数多くの神官に問いを投げて来た。その誰もが神の存在を肯定し、しかし誰もその存在を証明できなかった。
今までの神官たちと同じく、嫌な顔をされるだろうと思っていたら――予想外に、黒い神官は感心したような顔をガスパールに向けた。
「ガスパール、お前は本当に優秀だな」
「はあ……」
「そう、その通りなのだ。この街の建造物が本当に神を模しているのなら、トロールが破壊できるはずがない。つまりどういうことか分かるか?」
「……それを聞いているんだよ」
「聖典には、神ベスタウは"プレゼントを包む入れ物の姿"であると記載されている。それを人の子は、"プレゼントの入れ物の姿であるから、四角形に違いない"と思い込んだのだ」
「しかし実際は違う。プレゼントの形によって、入れ物の形もまた変わる。つまり神ベスタウの姿は、不定形が正解なのだ。だからトロールにこの街が破壊できた。トロールにとって神ベスタウは四角形ではないからだ」
「ゆえに神ベスタウは――」
話の途中で、黒い神官がふと言葉を止めた。ガスパールの背後を目で追った後、ピンクブロンドの少女に目配せをする。
「マーヤ、シャニが心配しているだろうから、戻って顔を見せてあげなさい」
「はーい」
少女はナプキンで口元を拭くと、軽快な足取りで広場を駆け抜けていく。少女の姿が見えなくなったのを確認して、黒い神官はまたパフェを食べ始めた。
「どうやらお前たちにお客様が来たらしい」
お客様? なんのことかと思っていると、部下たちがガスパールに身を寄せてくる。何かと思い振り返れば、そこには異様な光景が広がっていた。
瞳を真っ赤に光らせたテオドラが、衛兵たちが、じいっとこちらを見つめている。
「団長、コイツらなんかおかしい……!」
「まあまあ、慌てるな」
この国には贖罪期間がある。どんな重犯罪者に対してもそれは変わらないはずだ。
ガスパールが思考しているその間にも、何処からともなく住民たちが現れ、無言でテオドラたちの輪に加わっていく。
いつの間にか広場には、溢れるほどの人が集まっていた。テオドラが芝居がかった動きで、大きく手を広げて言う。
「与えるものには」
「「「「恩恵を。」」」」
「奪う者には」
「「「「最悪の罰を。」」」」
「与えるものには」
「「「「恩恵を。」」」」
「奪う者には」
「「「「最悪の罰を。」」」」
日常の中に潜む凶器が、人々の手の中で鋭く光っている。ハサミにカミソリ、フォークにナイフ、たくさんの刃物たちが陽に照らされてキラキラと光っていた。
怯える部下たちが身を寄せて来て少し苦しい。
「捕まった受刑者には必ず贖罪期間が二日間与えられる筈だ。お前たちはベスタウに逆らうのか?」
贖罪期間の間は、如何なる理由があっても犯人を傷つけることは許されない。"無実"になる可能性があるからだ。それは、どんな重犯罪者にも適用される。事実テオドラは、先ほどまでガスパールたちにも適用されると言っていたばかりではないか。
「そ、そうだ! お前ら神の掟に逆らうのか!?」
「お前、立派な神官さまなんだろう!?」
焦った部下たちが、口々にテオドラたちに声をあげる。しかし目の前の民衆は、全く意に介していないようだった。
何が起こっているのか分からない。ガスパールが咄嗟に黒い神官を見れば、それに気付いたのか、ゆっくりとパフェを食べる手を止めた。
「贖罪期間は神ベスタウが決めたルールではないよ」
「……どういうことだ」
「贖罪期間とは神ベスタウの掟と人間の倫理的な集団生活を両立させるために人間自らが決めたルールの一つだよ。奪う行為をした者を全て極刑にするのは道義的に見て"やりすぎ"だからだ。主に軽微な罪を犯した人間を救うための救済措置として機能している」
「例えば――カティ・フラム、とかな」
黒い神官が、スプーンをぶらぶらさせて得意げに笑っている。それに黒い毛玉が、マナーが悪いとばかりにペシリと手を叩いた。
民衆がフラフラと近づいてくる。一人の女性が、部下の腕に向かって、勢いよくフォークを振り落ろした。
「ぎゃあ! くそ! やめろ!」
「いやだ! 痛い! 痛い!」
何かが肉を切り裂く音と、部下の悲鳴が聞こえてくる。それなのに目の前の神官は、美味しそうにパフェを食べていた。
「そもそもの話、この《奪う者》というのは千年戦争の折に神ベスタウが記した言葉で、初出は聖典の――」
「御託はいい! この状況の結論を話せ!」
怒ったようなガスパールの言葉に、黒い神官は少しだけムッとした表情をする。拗ねた子どものように、パフェのアイスにスプーンを突き刺した。
「神ベスタウの奪う者にただの窃盗犯は当て嵌まらない。カティを極刑に処す必要などなかったのだ。まったく、人の子は神の教えを直ぐに曲解するからいけない。実に嘆かわしい」
どうやらこの神官、どうでもいい話が好きらしい。そうしている間にも、ガスパールの周りにもジリジリと民衆が迫って来ていた。こんな神官の話を聞いている暇などない。しかし、この状況の本質を理解する為には、どうしようもなく聞いておかなければならない気がする。
「チッ、ベスタウの言う奪う者、とはなんだ!」
「……簡単な話だ。この大地を守護する神ベスタウから奪う者。つまりそれは、侵略者を意味する」
パフェに向かっていた神官の瞳が、ガスパールの方を向いた。子どものように楽しそうに笑うその顔を見た瞬間、ガスパールは自分の置かれている状況の意味を、ようやっと理解した。
先程までアイスに刺さっていたスプーンが、ゆっくりとこちらを指し示す。
「――そう、お前たちのことだよ、ガスパール・ベスティン」
真っ赤な目をした少女がナイフを振り上げる。咄嗟に腕で庇うと、ザクリと自分の肉を抉る痛みが身体を貫いた。
「グッ……!」
「ぎゃあ! ああ! 痛い! 痛い!」
「あぐっ! ひぃ! やだぁ!」
「「「「奪う者には最悪の罰を。」」」」
「「「「奪う者には最悪の罰を。」」」」
「「「「奪う者には最悪の罰を。」」」」
「「「「奪う者には最悪の罰を。」」」」
「「「「奪う者には最悪の罰を。」」」」
「「「「奪う者には最悪の罰を。」」」」
「「「「奪う者には最悪の罰を。」」」」
「「「「奪う者には最悪の罰を。」」」」
「「「「奪う者には最悪の罰を。」」」」
フォークが、ナイフが、鋏が、色んなものが身体に突き刺さる。部下たちの悲鳴が耳にうるさい。血飛沫が舞った。まるで地獄絵図だ。
けれどガスパールの瞳は、今までで一番煌めいている。まるで飛び出したいほどに、心がどうしようもなく歓喜している。
小さい頃、ずっと思っていた。どうして良い人が損をするんだろう。どうして神様は悪い人を野放しにするんだろう。どうして神様は苦しむ人を助けてくれないんだろう。
だからガスパールは信じるのを止めた。神などいないと言い切った。救わない神など、いないものと同義だからだ。
だけれどどうだろう。今この瞬間、悪人である自分は断罪されようとしている。民を思う神によって、罰を受けようとしている。
神ベスタウは、悪人から、愛する民を救おうとしているのだ。
「ああ、すげぇなあ……。神様って、本当にいたんだ」
ガスパールは、ただ万感の思いで、その光景を見つめていた。
「ガスパール・ベスティン。蛇神の領地の端にある、小さな農村に生まれる。ガレスとパールを親に持つ三人兄弟。10歳の誕生日に村狩りにあい、両親兄弟を失う。20歳の時に幼なじみのエレスと結婚、23歳で子エレガスをもうける。25歳の時に、街に出稼ぎに出ていた間に友人に妻子が殺される。その後傭兵となり、各地を放浪し今に至る」
黒い神官が本をなぞりながら、人間には読めるはずがない文字を朗読する。ぷぷるが本を見つめながら、肩の上でぷるっと小さく鳴き声を上げた。
「ふふ、とんでもない悲劇だ。だが――そんなことはもう、どうでもいいか」
分厚い本が閉じられる。黒い神官は、興味を失ったようにその場に背を向けた。
地面はおびただしい血で溢れている。悲鳴はもう、聞こえない。




