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僕の気まぐれな神官さま  作者: もちぴー
第一章 恵与の国編
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十日目_マシューの戦い

 大部分の衛兵がトロールたちから民間人を守っている中、ベラトル含む数名の衛兵たちはジェマの傭兵団と戦っていた。


 自分の元に投げられた短剣をギリギリの距離で避ける。短剣はそのままブーメランのようにクルクルと回って持ち主の手元まで戻って行った。


「なかなか当たらないねえ」


 この男、名をガスパールと言う。衛兵たちの中でも要注意人物と噂されていた男だ。ヴィッケの言うことを信じるならば、今回の事件の犯人でもある。絶対に逃すわけにはいかない。


 短剣から繰り出される剣戟を、構えていた剣でなんとか払い落とす。全て間一髪だ。気を抜いたら刺されて終わりだろう。この男、傭兵なだけあって異様に腕が立つ。


 ガギンと強く剣を弾き返し、ゆっくりと一歩下がる。


 ――瞬間、後ろからの微かな気配を感じ身体を反転させた。迫る短剣を避け切れずに腕に鮮やかな血が散る。


「クソッ、変な武器使いやがって」


 ガスパールの扱う武器は特殊だった。一見普通の短剣に見えるが、柄に輪が付いている。変形するらしく、くの字に曲がると、ブーメランのようにベラトルの周りを飛び回った。こんな武器は見たことがない。


「首を狙ったんだがなあ。アレを避けるのか。ここの衛兵は質が高いねえ」


 こちらも幾つか攻撃を当てていると言うのに、ガスパールは飄々とした態度を崩さない。周りの衛兵たちも手こずっているようで、完全にベラトルたちが劣勢になっていた。


 トロールたちから民間人を護らなければならないというのに、犯人であろう傭兵団も未だに捉えられていない。ベラトルは己の不甲斐なさから、唇を強く噛み締めた。


 主犯者であろう目の前の男だけでも捕えなければ。ベラトルが一歩踏み出そうとしたところで――――ぐらりと身体が傾いた。


「……あ?」


 ドサリと自分の身体が地面に落ちる音がした。グラグラと頭が揺れる。状況が理解できない。そんなベラトルに、ガスパールがゆっくりと近づいて来た。


「コレ、実は毒が塗ってあったんだねえ」


「……は、」


 声が上手く出せない。頭が上手く回らない。反り返った刃のその先がベラトルに向けられる。もう避けることはできない。


「がす、ぱーる……!」


 ――もう終わりだ。


 そう思った瞬間、広場の一角が大きく輝いた。カーンカーンと聞いたことのない鐘の音が響き渡る。


「……なんだ?」


 この場所からでは、壊れた建築物が障害となって光の発生源が視覚できない。ガスパールが訝しげな顔をして歩き出したその瞬間、煌めく光が二人の頭上に輝いた。


「貫け! 光の矢・見習い位ルクス・ディヴィナ・ノビス!」


 咄嗟にガスパールが後ろに飛び退き、瓦礫を盾に身を隠す。ガスパールがさっきまで立っていた場所から追いかけるように、地面に数本の光の矢が突き刺さっていた。


「お前が、ガスパール……!」


 怒りに燃えた青年の顔。知っている。この街の鐘番であり、神官見習いの青年、マシューだ。


「ああ? 神官見習いのお坊ちゃんが、俺になんのようだい」


「お前はカティの仇だ!」


「あー、あんた、もしかしてそばかす坊主のお友だちか? そりゃ逆恨みってもんだ。窃盗未遂程度の罪で吊るしたのはそちらさんだろう?」


「黙れ! 僕はお前を許さない!」


 青年が祈る様に手を合わせると、頭上に数十本の光の矢が現れる。神術の中では中級に分類される、魔を滅する光の矢。光り輝くそれは、容赦なくガスパールに降り注いだ。


「んっとに危ねえな!」


 壁面を盾にガスパールが逃げ回る。ギリギリ掠りはするものの、あたらない。散らばる瓦礫がマシューの邪魔になっていた。


 何度も攻撃を繰り返しているうちに、段々と生成される矢の本数も減っていく。数分もすれば、マシューの顔に疲労が浮かんできた。


「そろそろマナも切れてきただろう。その歳にしては良くやった方だ」


 マシューの様子を見て隠れる気がなくなったらしい。堂々と歩いてくるガスパールに向かいマシューが最後の矢を繰り出す。それをガスパールは、短剣で弾く様に叩き落とした。


「お前なんて……テオドラさんがいれば……!」


「そうだよ。テオドラが真正面から出て来たら流石に敵わない。でも奴さんは結界術で身動きがとれない状況だ。そうだろう?」


「……、」


「ヴィゴールは政治力は高いが戦闘能力はない。衛兵も優秀だが凡人の域を出ない。それぐらいはちゃんと調べてるんだよ」


 人当たりのいい笑顔を浮かべながら、ガスパールがゆっくりとマシューに近づいてくる。マシューが落ちていたベラトルの剣を拾い、構えた。


 傷だけならばガスパールの方が多い。しかし、接近戦でマシューに勝ち目はない。


「にげ、ろ、マシュー……!」


 瞬きの間に近づいて来たガスパールの短剣が、マシューの剣を叩き落とした。衝撃に尻餅をついたマシューに短剣が振り下ろされるその刹那――天を穿つ様な、凄まじい打撃音が聞こえて来た。


 ガスパールがそれに驚き、マシューから視線を逸らす。次の瞬間、巨大なトロールの身体が、ゆっくりと地に倒れ伏した。


 何が起こっている? ベラトルはなんとか状況を把握しようと、動かない体を叱咤し周りを見回す。トロールたちが注目する視線の先に、一人の少女が佇んでいた。


 スラリとした長い足に、ピンクブロンドの美しい髪。少女の身体は、不思議なきらめきを纏って輝いている。


「マーヤちゃん……?」


 そうだ。少し印象は異なるが、あれはカティを捕まえた旅の少女ではなかっただろうか。


 少女が自分の身体ほどもある大きな足を遊ぶように蹴ると、トロールの身体が面白いほど簡単に倒れた。数匹のトロールが少女に向かい一斉に棍棒を振り上げる。少女は襲いくるトロールの中を、凄まじいスピードで颯爽と駆け抜けた。


 トロールたちが少女を追いかける中、皆呆気に取られて固まってしまっている。


 一匹のトロールが咆哮を上げながら、少女に向かい棍棒を振り下ろした。緩慢な動作にも関わらず、少女は避ける素振りも見せない。


 ――危ない! ドズンと鈍い衝撃音が響き渡る。華奢な少女が肉塊に変わる絶望がベラトルを襲った。


 しかしその想像は裏切られる。


 砂埃が舞う中現れたのは、巨大な棍棒に打たれてもなお悠然と立っている華奢な少女の姿だった。


「……はあ?」


 ガスパールの怪訝な声。ベラトルだって身体が動いていれば同じ声を出しただろう。それぐらい、目の前にあるのはありえない光景だ。


 少女は棍棒からトロールの身体に駆け上がり、そのまま宙を舞う。ヒラリと高く空に飛び上がり、宙返りをしてトロールの頭を蹴っ飛ばした。


 バゴォン! と凄まじい破壊音があたりに響く。トロールの身体が地面に沈み、大量の砂塵があたりに舞った。


 巨大なトロール相手に、たった一人の少女が武器もなく圧倒するその姿。ありえない。そう思い、しかしそれを否定する。


 ベラトルは知っている。この世には超常の力を持つ存在がいることを。


 別のトロールが棍棒を振り回し、少女を倒そうとして仲間であるトロールの頭を殴りつけた。その間にも、少女は色んなトロールの上を遊ぶようにぴょんぴょんと移動している。その度にトロールが別のトロールを傷つけ、遂には盛大に仲間割れを始めてしまった。


 少女を見ながら、ガスパールが面白くなさそうな声を出した。


「あーあ、たまに居るんだよなあ、ああいうバケモノが」


「マーヤちゃんは、バケモノなんかじゃない!」


 ガスパールの呟きを、マシューが声を荒げて否定する。そうだ。バケモノなんかじゃない。


 人間離れした圧倒的才能。この世には、神に愛された超常の力を持つ存在がいるのだと聞いたことがある。少女はバケモノなのではない。その存在を、神に愛されたのだ。祝福されし、奇跡の存在なのだ!


「そうだぞ。バケモノなどではない。あの子は神に愛されたのだ」


 いつの間にかベラトルたちの横に、黒い神官服を着た男が立っていた。ガスパールは神官の言葉を鼻で笑うと、手に持った短剣をクルクルと回している。


「……神ねえ。単純にマナが多いだけだろう」


「よく知っているね。そうだよ。あの子はマナ総量がとても多い」


「常人の10倍か? 20倍か? なんにせよ、それぐらいの奴は戦場に行けばたまにいるもんだ」


 ガスパールは、どうしても神を否定したいらしい。その言葉に、神官が考えるように顎に手を置いた。


「そうだな、マーヤのマナ総量は――」


 少女がそのスラリと長い足を垂直に上げると、トロールの巨体が宙に蹴り上げられる。それだけでも驚嘆に値するのに、少女は高く飛び上がり、トロールの巨体の上で宙返りをした。そのまま脚を鎌のように振り上げる。


「――およそ常人の3000倍」


 瞬間ガゴン! と凄まじい音を立てて砂埃が舞った。


 もうもうと立ち込める砂塵が薄れていくと、次第に目の前がひらけていく。ベラトルの目の前で、トロールの巨大な身体が硬い地面の下に沈んでいた。


 ベラトルを含む全員が固唾を飲んで見守っている。全てのトロールが地に倒れ伏した時、顔を上げた少女の表情に、ベラトルたちはただ釘付けになった。


「笑ってる……」


 まるで誕生日プレゼントをもらった子どものような無邪気な表情。何故だろう。ベラトルはそれを、美しいと思った。


「純粋なマナ量だけならば、初代巫女であるアニカに引けを取らない。愛の神ティスティスは、あの子に強大なマナに見合ったマナ回路をお与えになった。それがあるべき形だと判断したのだろう。本当に、お優しい方だ」


 神官の言葉に同意するように、小動物がぷきゅんと鼻を鳴らす。それに少女が気がつくと、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


 彼女は倒れるベラトルとガスパールを見比べて、楽しそうに小首を傾げる。


「ねえ、おじさんは悪い人なんでしょう?」


「はは……勘弁してくれよ。バケモノの相手なんておじさんはごめんだね」


 ガスパールが降参とばかりに手を上げる。短剣が地面に落ち、ガチャンと鈍い音を立てた。


 ――瞬間、少女が腕を上げて何かを捉える。スラリと長い指の先には、ガスパールが使用していた短剣が握られていた。


「これ、なに?」


 柄についた輪っかに指を入れ、少女がプラプラと短剣を揺らす。ガスパールがそれを見て、ギョッと目を見開いた。


 マシューに肩を貸してもらい、ゆっくりと立ち上がる。ガスパールの毒は即効性が強かったが、どうやら持続時間は長くないらしい。


「事前に短剣を投げて、君を狙っていたんだろう」


 白旗をあげたフリをして攻撃するなど、卑怯者のすることだ。四人の視線に晒されて、ガスパールは観念したとばかりに高く両手を上げた。


「降参! 今度こそ本当に降参だよ!」


 ガスパールに続いて、降参を始める傭兵たちの腕を縛り上げる。ホッと胸を撫で下ろすベラトルの横で、少女は少しだけ残念そうな顔をした。

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