十日目_ガスパール
カリスから少し離れた深い森の中。鬱蒼と生い茂る樹々により、光が遮られた地面は湿り気を帯び、苔が生えている。歩く度にぐじゅりと鳴る地面を踏みしめて、ガスパールたち傭兵団は森の奥に進んでいた。
「あいつら飛竜なんてとんでもない弾持ってやがった。あんなの勝てるわけがねぇ」
「まあ、雇われる相手を間違えたな」
ガスパールたち傭兵団は、カリスに来る前は他国の戦争に駆り出されていた。しかし自分たちの陣営の劣勢に気がつき、敗残兵となる前に抜け出してきたのだ。
所詮雇われの身である。雇用主との間にあるのは金銭的取引だけで、命を賭けて戦い抜く義理などない。
敗戦というのは手痛いものだ。前金はもらっているが、基本的には戦の活躍によって報奨金を貰う契約だ。負けてしまえば、雇用主から金銭を受け取れなくなってしまう。
皆故郷から出稼ぎで傭兵になった。飢えた家族が待つ中、なんの成果もなくこのまま帰るわけにはいかないだろう。ガスパールの元にはそういう人間が集まっていた。
「しかしジェマの奴、予想外に金を出し渋りましたね」
「まあ、あまり期待していなかったさ。2000万エピー取れただけでも儲けもんだろう」
一億エピーという大金。ジェマが言った、換金に時間がかかるというのは噓ではないだろう。
だが、このままズルズルと時間を延ばせば、ジェマは必ずガスパールたちに対して打開策を練ってくる。だから、これ以上待つつもりはなかった。足りない金は、別で用意する必要がある。
「なんだ、いやに機嫌が良いな」
「へへ、分かりますか? これが上手くいったら故郷の子どもに美味しいもんを食わせてやろうと思って」
「俺は嫁に装飾品でも買って行こうかな」
「俺はお袋に美味いもんを喰わせてやりてぇなあ」
これからする事で、きっと街の住人の大勢が死ぬだろう。それなのに皆、己のする事にまるで悪意を抱いていない。皆自分とその周辺さえ幸せならば、それ以外がどうなろうと関係ないのだ。
お前たちは悪党なんだぞ。そう言えば、きっと否定するのだろう。家族のためだ、そんな風に綺麗事を並べ立てて。
しばらく進めば、目的地が見えてくる。鬱蒼と茂る樹々の間から、巨大な洞穴がポッカリと顔を覗かせていた。
「団長、本当にやるんですか?」
「ンー? なんだ、街一つやるのに怖気付いたか? 今までも村単位なら何度かやっているだろう」
敗残兵に村が襲われるのは良くある話だ。ガスパールの部下の中にも、それで故郷を失った者がいる。弱い者が奪われる。それは自然の摂理だ。
「いや、まあ、はい……。この国の神様は、随分と国民を愛していると聞いたものですから」
「なんだお前、神様ってのを信じてるのか」
「あんなの迷信に決まってるだろ?」
皆のからかい混じりの声に男が少しだけムッとした顔をする。どうやら本気で神とやらの存在を信じているらしい。よくそれで傭兵なんぞやる気になったものだ。
そんな風に雑談をしていると、様子を伺っていた部下が戻ってきた。
「団長、トロールが出てきました!」
その声に、団員の視線が洞穴を向く。先行部隊の炙り出しが成功したらしい。トロールがのっそりと穴の中から姿を現した。
大きい。以前実験した個体の倍はあるだろう。恐ろしい巨体を持ったトロールたちが、モクモクと煙る穴の中からゾロゾロと姿を現した。
青金石には、特定の音を共鳴させることで魔物を引き寄せ操るという稀有な力がある。ガスパールは特殊な加工が施された台座に青金石を乗せると、さらに特殊な加工を施した棒、ビーターで青金石を軽く叩いた。
キーンと金属が響くような高い音が空気を振るわせる。その瞬間、トロールの大きな目がぐるりとこちらを向いた。
「青金石でそのまま誘導しろ。慌てるな、ゆっくりでいい」
「は、はい!」
青金石の台座を高く掲げ直す。トロールたちは大きく咆哮を上げると、ゆっくりとこちらに歩き出した。
青金石はただの綺麗な宝石ではない。その希少さと性能から恐ろしい程の高値で取引されていた。
一般的に装飾品で使われるダイヤなどとは違い、青金石は市場に出回っていない。
ジェマは高を括っていたのだろう。流れ者の傭兵なんて分際が、宝石の価値に気がつくはずがないと。ゆえにジェマはガスパールのような身分もよくわからない男の話に乗ったのだ。
しかしガスパールはその価値を知っていた。青金石は、魔物を引き寄せるという効果から戦争でたまに使用されることがあるからだ。
気が付いてからは早かった。ガスパールは持ち主を殺して宝石を奪い、その足でジェマに交渉に行った。『一億エピーで取引しよう』と。
鬱蒼と茂る森の中を歩いていると、遠くに開けた道が見える。どうやらもうすぐ街に着きそうだ。
トロールたちは攻撃する素振りを見せず、従順にガスパールたちについて来ていた。怖いぐらいに誘導は順調だ。
青金石があれば今後の傭兵仕事の役に立つな、なんて上機嫌に思っていたら、先程の若い男が声をかけてきた。
「団長は神を信じていないのですか?」
先程神の存在を否定された事が余程納得いかないらしい。この世界の人間は、生まれた時から神の存在を信じるように教育されるから、その反応は至極当然だった。
「さあなあ。本当に神様が居るってんなら、俺は神様を軽蔑するよ」
「何故ですか?」
「だって俺みたいな悪党を、野放しにしてるんだからな」
神に祈るなんて、馬鹿みたいだ。ガスパールは神に祈りながら殺された人間を腐るほど知っている。
あらゆる人間を踏み躙り、そして糧にして生きてきた。けれど未だにガスパールには天罰が降っていない。
「団長は悪党なんかじゃないですよ。俺たちの地元のために、すごく考えてくれる」
「おいおい、これからトロールに街を襲わせようってんのに悪党じゃないだって? 勘弁してくれよ」
これが悪党でないというなら、一体なにを悪党と言うのだろうか。ガスパールには理解できない。
「それは……! 俺たちの地元のためですから、仕方ないです」
仕方がない、仕方がないねえ……。
ガスパールは少しだけ歩みを緩め、空を見上げた。夕日が差し込んだ森の中に、トロールの低い唸り声が響いている。何もかもが、ひどく遠く聞こえた。
「そうだなあ、仕方がない」
そんなわけがあるかよ。
自分たちが生きるためなら他人を踏み躙ってもいい。これは生きるためだから、しょうがないことだ。反吐が出るくらい最高な考え方だ。
しかし、この青年が特別なわけではない。むしろ普通なのだ。人間とはそういう生き物なのだ。
人間なんて、全員悪党だよ。
そう思い、しかし口にせずにただ微笑む。
美しい装飾が施された台座の上で、青金石がほのかに淡く光っていた。




