十日目_ルウとテオドラ
カリスの街の中心に位置する大聖堂。その奥にある執務室で、忙しなく仕事をするテオドラを尻目に、今日も謎の神官が自由を謳歌していた。
「どうだ? お香の効果は出てきたか?」
「ぷる」
お香を炊いて、テオドラの顔にパタパタと風を送ってくる。その風景を小動物が真剣な表情で見守っていた。
「今度はなんなんですか……」
これに一体なんの意味があるのだろうか……。この男、最初に出会った時からこの調子だった。正直テオドラには神官ルウの行動が全くわからない。
「顔色が前より悪くなっている。ちゃんと眠っているのか?」
「ぷる」
「……あなたに心配されなくとも、自己管理ぐらいできています」
本当に、人のことをよく見ている男だ。最近は寝つきが悪い日が続いていた。それもこれも、原因は先日の件が発端だ。
「そういえば、カティという少年の極刑の許可を出したらしいな」
「……ああ、貴方も高台のあれを見たのですね」
その質問に、やっぱりきたかと心を構える。神官長になって初めてする大きな決断がアレとは、正直テオドラも少し参ってしまっていた。
罪人の処遇は基本的には街に駐在している兵士団が決めている。しかし、極刑を行うかどうかの最終決定権は神官長にある。
「出しましたよ。神の法がそうしろと言っている。神ベスタウの教えに則ればそれが正しい」
「窃盗で極刑にまでなったのは随分と久しぶりらしいな。ここ15年なかったとか」
「ヴィゴールが神官長でしたから。彼は時折……神に忠実でないところがある」
神官ヴィゴールは極刑を嫌がる節があった。それがなぜか今まで疑問に思っていたが……自分がその立場に立ってみればわかる。人の命を断つ決断をするというのは、あまりにも重い。
「ジェマと交渉しなかったのか? ジェマが許せば無罪にもできただろう。カティはまだ若く、更生の余地も充分あった」
「……だがそれは神の法に忠実ではない」
「ジェマが許さなかったか。まあそうだろうな」
カティは小さい頃から知っている青年だ。今回の件で極刑にするには余りにも惜しい。もちろん無罪になるようにジェマに頼み込んだ。……結果はああなってしまったけれど。
神官ルウと話していると、まるで心を読まれているような気分になる。
「……カティ本人の希望でもあります。あの子は自分自身に絶望していた」
「思春期にはよくあることだよ。人生経験の浅さゆえに考え方が極端になりがちだ」
「ではどうすれば良かったのですか!? ヴィゴールは私に神官長の座を譲り実質引退してしまった!」
気がついたら、立ち上がりバンと机を叩いていた。驚いた顔でこちらを向くマシューに、ハッとなり静かに座り直す。恥ずかしい。自分もまだまだ精神修行が足りていない。
神官ルウが不思議そうに首を傾げてテオドラを見た。
「なぜそこでヴィゴールが出てくる?」
「……ヴィゴールは優秀です。政治にも深い理解があった」
「しかし街の評判はお前の方がいいようだ」
「彼は自分が嫌われる事を厭わない。例え人にどう思われようと最善であると判断した行動をする」
「否定はしないのだな」
「真実です。しかしそれはただの役割分担だ。代わりに私が街の皆の相手をしている」
「では守銭奴、というのは誤りか?」
「ヴィゴールは献金の殆どを街の修繕費に充てています。この街の聖堂が立派に保全できているのも、正門の橋の安全が常に保証されているのも、白く青い街並みが美しく保たれているのも、全てヴィゴールのおかげなのです。彼はお金の大切さを誰よりも理解している」
「否定はしないのだな」
「……信仰だけではままならないことも多い。私は彼からそれを教わりました」
テオドラは神に忠実だ。しかし人の世はそれだけではままならないことも多い。実際に神官として働く中で、ヴィゴールのやり方に感心させられることもあった。
「ヴィゴールはお前にとっていい教師だったようだ。そんな男が次の神官長にお前を選んだのだから、間違いないだろう」
「……私は、神官長の器ではないのです」
「なぜそう思う」
「カティだって救ってあげられなかった。何をやっても空回りばかりしている。私は彼のように上手くできない」
まるで泣き言のような言葉が口から滑り落ちてくる。マシューもいる場で、こんなことを言うべきではない。そう思っているはずなのに、今のテオドラには止めることができない。
「仕事量が追いついていないのだろう。人を増やせばいい」
「マシューにも手伝ってもらっていますが……専門的な仕事ばかりなのです。マシューに預けることはできない」
そもそもマシューはまだ神官見習いだ。神官としての修行を優先させるべきであって、政治の仕事に時間を割くわけにはいかない。
それにマシューは、先日カティの件があったばかりだ。気にしていない風に振舞っているが、あまり無理をさせるわけにはいかないだろう。
「今まではどう回していたのだ。ずっと問題なかったのだろう?」
「今まではヴィゴールがほとんど一人でやっていたことです。私ができないと言うわけにはいかない」
ヴィゴールは優秀だ。今までも理解していたつもりでいた。だが同じ立場になってみれば、その責任の重さ、業務の複雑さは想像以上で、彼の優秀さを嫌というほど思い知らされた。
テオドラの話をうんうんと聞いていた神官ルウが、パッと顔を上げる。名案を思いついたと言わんばかりの表情に、少しだけ嫌な予感がした。
「なるほど……つまりヴィゴールがいればいいのだな」
「え?」
「叔父のテオラが亡くなったことを気に病んでいるのかと思っていたが、ヴィゴールがそばにいない事が原因だったのか」
「いや、叔父が亡くなったことは気にしていますよ。しかし叔父とは子供のとき以来会っていないので、悲しいですがそれだけです」
テオドラの叔父であるテオラは先月強盗に会い亡くなったばかりだ。これでテオドラの親類と呼べる相手はほぼ居なくなってしまった。
というか、なぜそんなことを知っているのだろうか。神官ルウにそんな話をしたことは一度もない。
「ああ、ああ、分かった。理解した。なんだ、それを早く言いなさい。まったく、お陰で的外れな事をしてしまっていた」
「ぷるぷる」
「…………何をしようとしているか分かりませんが、無理ですよ。私も引き留めたのです。しかしヴィゴールの意思は堅かった」
テオドラだって、神官を辞すと言ったヴィゴールを止めなかったわけじゃない。なぜあんなにヴィゴールが頑なだったのか、テオドラにはついぞ理解できなかった。
「ダメかどうか、やってみなければ分からないだろう?」
勝ち気な表情だ。まるで自分にできないことなどないと言わんばかりの。
神官ルウはそう言って、肩に小動物を乗せ颯爽と扉から出て行った。
「ダメだった」
「秒で帰ってきた……」
首都に出かけていたヴィゴールも、今日の昼にはカリスに帰ってくると聞いていた。どうやら神官ルウはちょうどよく会えたらしい。おかげでびっくりするぐらい早く帰ってきた。
「あんなに冷たい目で見られたのは先日のシャニ以来だ」
「結構最近ですね」
「本当だ」
「ね」
神官ルウの言葉にマシューが真顔で相槌を打っている。なんでマシューが神官ルウと親しげに会話できているのかテオドラには全くわからない。もしかしたらマシューは大物なのかもしれない。
「お菓子をあげるから帰ってくれとも言われてしまった。私を子ども扱いするとは全くもって腹立たしい。なあぷぷる」
「ぷる!」
「あ、これ結構美味いぞ」
「ぷるぅ」
「面白過ぎる」
マシュー貴方相槌間違ってますよ。真顔のまま、神官ルウと一緒に沈んでいた小動物の様子を眺めている。どんな気持ちで神官ルウに接しているのかと思っていたが、どうやら面白がっていたらしい。やっぱり大物なのかもしれない。
楽しそうに笑うマシューに、心の中でほっと息を吐く。先日の件があってから、ずっと心配していたのだ。内心を見せない心の強い子だが、その顔はうそではない。
「腹立たしいじゃないですよ。そもそも貴方の言動、不審者過ぎるんです。それじゃあ真剣に話なんて聞いてもらえませんよ」
小動物と会話しながら歩いているところも不審者ポイントが高い。それを婚約者と言い張っているところなどはもう目も当てられない。
「そんなことないと思うが」
「そんなことありますね」
「なんだと……!?」
「ぷる……!?」
マシューの真顔の言葉にルウの瞳が驚愕に見開かれる。どうやら本当に己が不審者だという自覚がないらしい。もしや本当に真性の変態なのだろうか?
「そもそもなぜ、貴方はそこまで私に構うのですか」
この男のせいで今日は仕事の進捗も散々だ。自然にため息が溢れる。そんなテオドラの気持ちなど知らないとばかりに、ぷぷるを撫でながら神官ルウが楽しそうに笑った。
「フフ……それは内緒だ」




