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僕の気まぐれな神官さま  作者: もちぴー
第一章 恵与の国編
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七日目_拘置場

 日が沈み人の気配が消える頃。雲が星を隠して真っ暗な空を月だけが支配していた。


 今日の拘置場の見張りはベラトルとメッケだ。恵与の国は西大陸の中では格段に治安がいいが、それでも悪いヤツというのはいるものだ。


 各街には訓練した兵士が配備されている。この街にも例外なく10名ほどの兵士が配備されていた。


 最初は僻地勤務かと思っていたが、住んでみればこの街は案外良いところだ。観光都市であるおかげで、物資の流通も盛んだし、何より景観がとてもいい。ベラトルが欠伸を堪えながら突っ立っていたら、ガサリと草を掻き分ける音が耳に入った。


「おい、今なにか聞こえなかったか」


「え? なにがだ?」


 メッケ側の草むらが動いた気がしたのだが……そう思い近づこうとすれば、慌てたメッケに止められた。


「いや、本当に! 本当になにもないから!」


 メッケが明らかに焦ったような顔をしている。不審に思ったが……ベラトルは今拘置場に入れられている少年のことを思い出してピンと来た。


 基本的に窃盗未遂などの軽犯罪は、被害者に許しをもらい無罪とするのがこの国の慣わしだ。今回の少年も今までの例にもれずそうなるだろうと思われていた。しかし被害者であるジェマは、昨日少年を許さないと言って帰って行った。これでは少年は死罪になってしまう。


 最終的な判断は教会側が下すが、先日神官長は神に忠実と名高いテオドラに変わったばかりだ。これが前神官長であるヴィゴールであったのならば、ジェマを上手く説得して労役にでも変更させたであろうが……そのヴィゴールは神官を辞すため、首都にある教会本部へ行ったためしばらくは帰ってこない。


 贖罪期間は今日の深夜0時までであり、とてもではないがヴィゴールは少年の審判に参加できない。テオドラ一人の判断ならば死罪を決定してもなんらおかしくはなかった。


 今回は死罪が決定するのではないか。そんな空気が兵士団の中にも漂っていた。ヴィゴールが神官長であった時期が例外なだけで、窃盗未遂で死罪になる人間は国単位でみれば珍しいことではない。


 他の街からきたベラトルからしてみれば、ヴィゴールのやり方は神に反するのではないかと思うところはある。だが、自分の弟と同じぐらいの年齢の少年が死罪になる可能性があると聞かされた時に、酷く動揺する自分がいたのは事実だ。


 一体なにが最善なのか、ベラトルには分からなかった。


 ベラトルと違いメッケはこの街の生まれだ。カリスは小さな街であり、同年代の子どもは皆顔見知りだろう。メッケが少年を気遣ってなにかしようとしていたとしても不思議ではない。


 ベラトルからしても今回の件は少しばかり思うところがある。事情もなにも聞かずにただ許さないと言い切って帰って行ったジェマに怒りも湧いた。


 だからといって不審者を見逃すわけにはいかないだろう。裏に周り確認しようとしたところで、バスケットを持った赤い髪の少女が近づいてきた。


「こ、こんにちは兵隊さん! お疲れだと思ってベリータルトを焼いてきたんです! お一ついかが?」


「ああ! もらうよシャニ、ありがとう! さあベラトルも一緒に!」


「おー……」


 少女の目がチラチラと動き、明らかに自分たちの背後を気にかけている。やはり誰かが隠れているのだろう。どう考えても共犯だ。


 どうやら不審者の正体は街の子どもたちらしい。……あの少年のお友だちってところだろうか?


 恐らく俺を引きつける役なんだろうなと思いながら受け取ったタルトを一切れ口に運んだら、サクリとした食感にベリーのいい香りが鼻を抜けた。随分と美味しいタルトだ。


 ……本当はいけないんだけどなあ。まあ、このタルトに免じて今は見逃してやるか。


 建物の裏側から聞こえるガサガサとした音を、ベラトルは聞かなかったことにした。



§



 拘置場の裏側、見回りをしている兵士の死角になっている草むらにマシューとクロテアが身を潜めていた。


 幼なじみのシャニが入り口にいる兵士を引きつけている間に、門を潜り建物の裏側にサッと潜り込む。


 こんな事がバレたら間違いなく大目玉だ。しかし三人にはそれをしなければならない理由があった。


 拘置場は堅牢な建物で常に見張りの兵士が駐在している。マシューたちがおいそれと入れる場所ではない。


 だが、知っている。堅牢な建物の裏側、右奥の太くて長い蔦に覆われた一角。いたずら好きな親友が見つけた攻略法。この繁った葉に隠された二階の窓は、鍵が壊れている。


 目を見合わせ、無言で頷く。蔦を辿って、月の明かりだけを頼りに中に侵入する。目的の人物は地下にいるはずだ。足音を鳴らさないように階段を降りれば、月明かりの下鉄格子の向こうにうずくまる親友の姿を見つけた。


「カティ!」


「大丈夫か!?」


 駆け寄れば、生気の無い顔がゆっくりとこちらを向く。いつもの彼からは想像も付かない消沈した姿に、嫌な予感がして心臓が軋んだ。


「マシュー……クロテアも……お前ら、どうやって入ってきたんだよ」


「兵士のおじさんにお願いしたんだ」


「嘘つけ。どうせ裏にある二階の窓からよじ登って入ったんだろ。あそこは鍵が壊れているからな」


 そうだ。そしてそれを見つけてマシューたちに教えたのは、昔のカティだ。けれど、今はそんな話をしている場合じゃない。


「そんなことよりカティ、なんで盗みなんてしたんだよ」


「そうだよ。困っていたなら俺たちに相談しろよ」


 二人の言葉にカティは顔を歪ませて、ぐしゃりと前髪を掴んだ。


「なんでだろうなあ。きっと頭がおかしくなっちまったんだ」


 まるでそれは、泣くのを堪えているような声だった。本当に参っているようだ。マシューとクロテアは互いの目を見合わせて頷いた。


「カティ、ジェマ様に頼んで罪を無くしてもらおう。ジェマ様が盗んでいないと言えば、お前の罪は消えるはずだ」


「やめてくれ……」


「俺もテオドラさんに頼んでみるよ。本当はヴィゴールさんがいれば良かったんだけど……神に忠実なテオドラさんでも、少しぐらい交渉の余地がある筈だ」


「……もう、いいんだ。そんなことしなくて良い」


 どうにか活路を見出そうとする二人の話を、カティが力のない声で否定する。クロテアが鉄格子を強く掴んだ。


「何言ってんだよ! 良いわけないだろ! このままじゃお前死刑なんだぞ!?」


「分かってる!」


 クロテアの大きな声に、カティも声を荒げた。


「そんなこと、分かってるんだ」


 しんと静まる中に、カティの力のない声だけが響く。こんなに萎びた姿は見た事がない。


「どうしちゃったんだよカティ」


「もしかして……よく連んでた傭兵どもが原因か?」


 ジェマが連れてきた荒くれ者の傭兵たち。大人はみんないい顔をしなかった。マシューたちでさえ少し心配していた程だ。


「……気の良い奴らだった。外の国の話を沢山聞かせてもらったよ。俺はこの国しか知らなかったから、凄く楽しくて毎日話を聞きに行った」


 知っている。好奇心の強いカティは外の国の話を知りたがった。幼少期より彼の部屋の壁には世界地図が貼ってあって、三日月型の大きな大陸を旅をする空想に耽っていたことも知っている。


「……タバコをさ、貰ったんだ」


 カティが顔を上げて、マシューとクロテアを仰ぎ見る。その顔は、泣きそうな顔で笑っていた。


「大人みたいでカッコいいだろ? 戦場で怪我をした時の痛み止めにも使うんだと。俺にはその時なんのことかよく分かっていなかった」


「なんの話だよ……」


 マシューには分からなかった。しかしクロテアは、ブワリと髪の毛を逆だてて目を見開く。


「……っ幻覚剤だ! 国で使用が厳重に制限されているヤツじゃねぇのか!?」


 ジワリジワリと心臓に不快感が走る。否定して欲しいというマシューの気持ちとは裏腹に、カティはそれを否定しなかった。


「そこのリーダーやってる……ガスパールって人がさ、毎日一本だけくれるんだ。それが俺は認められたみたいで嬉しくて、俺はどんどんダメになっていった。気がついたらそれが欲しくて欲しくてしょうがなくなってた」


「今だってそうだ。吸いたくてしょうがない。頭がもう、バカになってんだ」


 カティの手が、二人の前にかざされる。その手が、小刻みに震えていた。


「ある日のことだ。もうあのタバコはないって言われた。地の底に落とされたような気持ちになったよ」


「そんな時だ。一人の傭兵仲間の男が教えてくれた。クロテアが週に一度街に来る薬売りから、同じモノを買ってるって」


 とつとつと一人話し続ける。彼は一体今どんな気持ちなのだろうか? マシューには分からない。だってカティは、ずっと笑っていたから。


「……確かに、ジェマ様の調合している薬の中に入っているけど……」


「バカだよな、本当にバカだ。気が付いたら俺はお前から鞄を盗んで走り出してた」


 カティは後悔するように唇を強く噛んだ。唖然とするマシューの横で、クロテアの顔が怒りに燃えている。


「本当だよ。よりにもよってジェマの薬に手を出すなんて……。他の奴の物だったなら、もっと簡単にどうにかできる可能性があったのに。いつもの小狡いお前ならそれぐらい計算できた筈だろ!?」


 確かにそうだ。カティは非常に知恵が回ることで有名だった。ルールの隙を突くのが上手い悪ガキで、そのせいで大人が手を焼いていたぐらいだ。


「……そうだ。俺は狡い人間だ。…………なあクロテア、俺はさ、鞄の中身はお前の母親の薬だと思ってたんだ」


「……っ!」


 その言葉に、二人の目が見開かれる。だって、それじゃあ、カティは。


 クロテアが息を詰める音がした。鉄格子を掴む手が、ぎりぎりと音を立てるほど強く握り締められていく。


「俺はさ、クロテアの事尊敬してるんだ。病気の母親のためにあんな横暴なジェマの下で働いてさ。我慢強くて一生懸命で……なんでも三日坊主でやめちまう俺とは正反対だ。ずっとお前のことを応援してた」


「……そんなこと、知ってるよ」


 カティはお金のないクロテアに、いつも屋台のご飯をオマケしてくれていた。クロテアが食事の面でひもじい思いをしなくてすんでいたのは、ひとえにカティとその親父さんのおかげが大きかった。


「それなのに酷いだろ? 俺はクロテアの母親の薬を奪おうとした。もし失敗しても、クロテアになら許してもらえると無意識に思っていたんだ」


 どうしよう。なんて声をかけたらいいんだろう。一人ついていけずに狼狽えるマシューの前で、カティは頭を抱えて蹲った。


「一人で牢屋に入れられて頭が冷えた時だ。そんな考えが自分の中にあった事に気がついた時は絶望したよ。自分がこんなにも醜い人間だったなんて今までちっとも知らなかった。もうお前たちに合わせる顔がないんだ。俺は愛されてはいけない人間なんだよ」


「カティ! そんなことあるわけないだろ……!」


 反射的に声が出た。頭の悪いマシューにだって、それだけはハッキリと否定できる。そんなことはないと断言できる。


「そうだよカティ! 変なこと言うなよ!」


 クロテアだって、マシューと同じ気持ちだ。カティは二人から逃げるように、また檻の中で蹲った。


「俺は化け物なんだ。醜悪で酷く汚い人間なんだ。こんなヤツがお前たちの友人ヅラして過ごしていたなんて、なんて気持ちが悪いんだろう。許せない。許せないんだ」


「カティ!」


「お願いだ。もう一人にしてくれ。もう死んでしまいたいんだ」


 その台詞に、マシューが己の手を檻に強く叩きつける。ガンと鈍い音が周りに響いた。


「……バカやろう……シャニはどうすんだよ……」


 だってシャニは、カティのことが、小さい時から――


「……………………ごめん」


 絞り出すようなマシューの言葉に、カティはただ小さく呟いた。

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