七日目_聖堂からの景色
シャニには最近、どうしても我慢ならないことがあった。彼女には最近大好きな友人ができた。明るくて元気で運動神経が抜群。少しだけ恥ずかしそうにはにかんで笑うところが本当に可愛らしい。そんな彼女が最近、身分不詳の不審者に入れ込んでいるというではないか。
シャニは正直物で、真っ直ぐな性格をしている。悪く言えば直情的で、気が短いとも言うかもしれない。とにかくシャニは、友人が不審者を信じて頼っていることに我慢がならなかった。
マシューに断りを入れて聖堂奥の執務室に入れてもらう。探していた不審者は、ベランダの椅子に寝そべって、可愛い毛玉と楽しそうにジュースを飲んでいた。
「ペテン師」
「なんだ、藪から棒に」
「テオドラ様から聞いたわ。住民票を見たんでしょう。クロテアのおばさまの名前もそこから? 神官の立場を使って個人情報を調べるなんて、やっぱり信用できない。クロテアはあんたに感謝していたようだけど、私は簡単には騙されない」
いきなり詰め寄ったシャニに対して、不審者――神官ルウは目を丸くする。その後口角を上げて、小さく笑った。
「プライバシーの侵害とでも言うつもりか? フッ、コンプライアンス違反を咎められると私は弱い」
「ぷる!」
ぷぷるがルウの白い頭の上で、ぴょこりと小さな手を上げた。もしかして同意しているという意味なのだろうか? とても可愛らしいが……今はそんなことにかまっている暇はない。
「マーヤにももう近づかないで。どうせ暇つぶしに相手をしているだけなんでしょう?」
これ以上友人が不審者に入れ込むのを回避しなければならない。シャニの発言に、ルウは形の良い片眉を上げてこちらを見た。
「それはできない。私は献金を受け取ってしまった」
「献金って……あの大量にあったコインのこと? あれに価値なんてあるの?」
入っていたのは銅貨ばかりだった。他の国の貨幣のことはあまり知らない。けれど、汚れた麻袋に入ったあの硬貨たちが、高価なものだとはシャニにはとても思えなかった。
「まあ、確かに端金だ。金銭的な価値はそれほどないな」
「じゃあ別にいいでしょう?」
「こだわるな。お前にとってマーヤは先日知り合ったばかりの他人だろう。何故そこまで構うのだ」
呆れるようなルウの表情にシャニの顔がムッとしかめられる。感情が直ぐに顔に出てしまうのはシャニの癖だった。
「他人じゃないわ! 友だちよ! 友だちを心配するのは当然だわ!」
シャニはあの何処か抜けている少女が心配で堪らないのだ。読み書きも計算もできない。素直な性格故にきっといつか騙されてしまうかもしれない。と言うか今がまさにそうだ。
「フフ、友愛か。それは美しい愛だな。嫉妬してしまうぐらいに」
「そういうところがキモいわ」
なんでも知っているような顔をして、優しい言葉を吐く。相手の弱みに付け込んで、いつの間にか大事なものを奪っていってしまう。詐欺師の常套手段だ。一体この男の言葉にどれだけ真実があるというのだろうか?
「キモ…!? お前、私のことが嫌い過ぎだろ。ちょっと傷ついたぞ」
「そんなこと知らないわよ」
神官ルウの頭の上で、ぷぷるが一緒にショックを受けている。ずっと思っていたが、人間の言葉を理解できるのだろう。随分と知能が高い動物だ。
「とにかく、マーヤにはもう……」
シャニが詰め寄ろうとした瞬間、それを遮るように一筋の風が吹いた。燃えるような赤い髪がぶわりと広がるのを腕で抑える。ルウが立ち上がり、ベランダの柵の向こう側を何処か上機嫌に見つめていた。
「ここは眺めがいい。街を一望できる」
「………………そうね」
陽に照らされた美しい横顔は、まるで絵画を見ているようだ。
正直シャニの中では、彫刻のような顔が喋るのは美しいよりも先に気味が悪いが勝った。そんな異様な風貌をしているのに、異様に影が薄い。それが輪をかけて奇妙だった。さらに連れている小動物と婚約しているとか正気の沙汰ではない。もう不審者としか思えない。
けれど実際に話をしてみれば、穏やかで優しい雰囲気が伝わってくる。シャニの態度の前でも余裕を崩さないその姿に、なんだかだんだんと気が削がれてしまった。
一緒に並んで景色を見れば、眼下に美しい白い街が広がっていた。その光景に少しだけ見入ってしまう。
青さの残る白は太陽の光に青い影を作った。それは神ベスタウを讃える色。この世で最も尊い色。
「あの無精髭が生えた徴税官の男、たまに正門側の右下にある家の花壇に水をやっている。あそこはあの男の家なのか?」
「ヴィッケの話? 右下の家って……アル爺の家かしら。っていうかよく見えるわね。どんな視力してるのよ」
確かにこの場所は街を一望できるが、正門の方は人が豆粒にしか見えない。シャニからすればどれがヴィッケかも分からなかった。だが、小さな街だ。誰が何処に住んでいるかは大体把握している。
「ボケた爺さんが住んでるのよ。代わりに水やりをしているなんて、最近はいい事もちゃんとしているのね。前は酷く評判が悪かったのに」
「ほう」
ルウの顔がシャニの方を向いた。興味深そうにこちらを見ている。続きを話せという事なのだろう。別にこの程度、世間話の範囲だ。隠すことでもない。
「ギャンブル好きでいつも人にお金をたかってた。横領していた疑惑もあるのよ。家を調べたけど証拠は無しで一旦保留」
「よく徴税官なんぞやらせているなあ」
「ぷる」
それには同意だ。実際シャニ自身もヴィッケの再雇用を聞いた時には耳を疑ったものだ。
「お金の計算がすこぶる早いのよ。毎月変わる通貨の変換レートの計算を苦もなくできるから適任らしいわ」
「ものは使いようか。しかしあまり……ふふ、まあやめておこう」
なにがそんなに面白いのだろうか。シャニが白い目で見つめる中、神官ルウが遠くを眺めながら、くつくつと笑った。
気がつけば、あれほど張り詰めていた気持ちが随分と和らいでいた。この男と話していると、気が削がれてしまうのが自分でも分かる。嫌いなはずなのに、妙に居心地が悪くない。それがシャニにはどうにも癪だった。
そんな時だ。マシューが焦った顔で呼びに来たのは。




