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僕の気まぐれな神官さま  作者: もちぴー
第一章 恵与の国編
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六日目_クロテアのおうち訪問

 今日は泥棒から薬を守ったお礼をしたいと言うことで、クロテアのお家に招かれていた。細身の服を着た小綺麗な青年が、扉を開けて迎え出てくれる。


「すみませんマーヤさん、お待たせしましたか?」


「ううん、僕たちも今来たところだよ」


「女の子を待たせるなんてダメねクロテア」


「先に来て待ってるぐらいじゃないと」


 僕の後ろからヒョッコリと顔を出したシャニとマシューに、クロテアが面食らった顔を向ける。……幼なじみだっていうから問題ないと思って連れて来たんだけど、もしかして迷惑だったろうか。


いたずらが成功したといわんばかりにはしゃいでいる二人に向かい、クロテアがジトリという視線を向けた。


「シャニ、マシュー、なんでお前らがいるんだよ」


「ふふ、マーヤは私のところに泊まっているのよ」


「僕はただの付き添い」


「別にいいけど、こんなに大勢の食事は用意してないぞ」


 少しだけ困ったように頭を掻くクロテアに、シャニが持ってきていたバスケットを差し出す。中からは、美味しそうな焼き菓子の匂いが漂っていた。


「お父さんがベリータルトを焼いてくれたの。お裾分けのベリージャムも持ってきているから、みんなで食べましょ!」


「ベリータルト……ああ、もうそんな時期か。いつも悪いな」


「僕も秘蔵のチーズを持ってきたよ。みんなで食べよう」


 二人の言葉に、クロテアが少しだけ嬉しそうな顔をする。それを後ろから見ていたルウが、ウンウンと頷いた。


「うむうむ、若人が仲良きことは素晴らしきかな」


「…………この人は誰?」


「…………さっきそこで会ったんだけど、ついてきちゃったのよ」


 ルウとはここに来る道中偶然に会ったのだ。ぷぷるがベリータルトに興味を抱いたらしい。ジイっとバスケットを見ているから、つい一緒にと誘ったのだ。


「神官が勝手についてくるとかそんな事ある?」


「ごめんねクロテア。ルウとぷぷるは僕の知り合いなんだ。迷惑はかけないから、一緒にいいかな?」


「ぷる!」


 ぷぷるの愛らしい返事に、クロテアの表情が少しだけ和らぐ。それを見たシャニが、クロテアの背中をグイグイと家の中に押し込んだ。


「立ち話もなんだし、早く中に入りましょ! 久しぶりにクロテアのおばさまにもお会いしたいし!」


「なんだかお礼というより、持ち寄りのホームパーティだな……」


 クロテアの家はこの街で一般的な作りらしい、二階建ての小さな一軒家だった。一階のリビングにある長机に座って、みんなで一緒に食卓を囲む。


「すみませんマーヤさん、お礼と言ったのに碌なものをお出しできなくて」


 クロテアがスープの入った木の器と、焼いたパンを僕の前に置いてくれる。ソーセージと大きめに切った野菜の入ったスープは、とても美味しそうだ。お礼を言って一口口に含むと、野菜の仄かな甘味が伝わってくる。


「このスープ、とっても美味しいよ。あと、ずっと気になっていたんだけど……僕に敬語は使わなくて良いよ」


 シャニとマシューには気安い感じなのに、なんだか僕には他人行儀だ。もっと仲良くなりたいと提案したら、クロテアはそれにゆるく首を振った。


「それはできません。マーヤさんは恩人ですから」


 どうやら真面目な性格らしい。少しだけ残念に思っていたら、シャニがグッと身を乗り出した。


「ところでクロテア、ジェマからのお礼はないのかしら?」


「確かに。盗られそうになったのはジェマの荷物だったんだろう?」


 シャニとマシューがウキウキした顔で室内を見回している。そんな二人の様子に、クロテアは呆れたようにため息を吐いた。


「なんにもないよ。今回の件は俺が悪い。ジェマ様にもそう言われてる」


「なんだ、つまんないの」


 どうやら興味を失ったらしい。ぶーたれるシャニの横で、切り替えの早いマシューがベリータルトを美味しそうに頬張った。


「カティも来られれば良かったんだけどな。あいつ昨日から姿が見えなくてさ。おじさんもどこに行ったか知らないって」


 その台詞にドキリとした。だって、あれはカティなんじゃないかって、その疑問を肯定されたような気がしたから。


 そんな僕の心を知ってか知らずか、シャニがバンと音を立てて立ち上がった。


「そういえば聞いてよ! 隣の家のおばさまが、クロテアの荷物を取った犯人、カティじゃないかって言うのよ! 私、そんなわけ無い! って大声をだしてしまったわ!」


「はは、そうだよな。僕もその噂は聞いたけど、そんなわけ無い」


「本当にな。カティがそんな事するわけない」


 口々にそんなわけがないと言うシャニたちに、そうだと信じたい自分がいる。信じたい。だからこそ、その台詞の違和感を僕はスルー出来なかった。


「…………犯人は捕まったのに、誰だかまだ分かっていないの?」


 普通は直ぐにわかる筈だ。特に窃盗未遂なんて軽い罪、場合によっては直ぐに解放されていてもおかしくはない。


 僕の戸惑いにシャニたちが不思議そうな顔をする。少しだけ静寂が広がった空間に、ややあってルウが口を開いた。


「この国では犯罪を犯したものが捕まった場合、贖罪期間という猶予期間が二日ほど設けられる。その間は犯人の詳細は被害者にしか伝えられない。この期間に罪を悔い改め赦しを受けると、罪はなかった事にできる」


「えーと?」


 どうやらこの国には、僕の知らない法があるらしい。つまり、どう言う事だろうか。理解力のない頭でグルグルしていると、ルウがぷぷるにベリータルトを食べさせながら、さらに続けて教えてくれた。


「この場合被害者はジェマだな。犯人の正体はジェマにのみ伝えられ、ジェマが犯人を赦せば無罪となる。赦さなければ……恐らく極刑だな」


「極刑!? ジェマは貴族か何かなの!?」


 ただの窃盗未遂に極刑なんて大袈裟すぎる。驚いて立ち上がったら、シャニがアハハと笑い声を上げた。


「ジェマが貴族なわけないじゃない! マーヤったら笑かさないで!」


「この国では身分制度は存在しないんだよマーヤちゃん。神ベスタウの下に、全ての人間は平等なんだ」


「それならなんで……」


 身分制度のある国で、王侯貴族のものを奪ったとかなら極刑というのも理解できる。けれど、そうではないという。僕の知らない理を、当然のような顔でみんなが話している。まるで足元が砂に埋まっていくような、そんな不快感が止まない。


 シャニがハッとして、僕の手をとった。恐らく不安な僕の心を汲み取ったのだろう。


「安心してマーヤ。ここ20年ぐらいは窃盗による極刑は無いのよ」


「そう、なんだ……」


 それなら今回も極刑ということはないのだろう。ホッとする僕の横で、マシューがベリータルトをほっぺに詰め込みながら、得意げに胸を張った。


「そりゃそうだ。ヴィゴールさんが神官長だったんだから。殺すぐらいなら労役でも科した方が国の為だってね」


「……ほんと第一に金よね。神官長が神の教えに背いて良いわけ?」


 本当にシャニはヴィゴールのことが好きではないらしい。批判的なシャニの言葉に、マシューはやれやれと首を振った。


「ヴィゴールさんは現実主義者なんだよ。まあ、今はテオドラさんが神官長になってるから、今回はどうなるか分からないけど……」


「マーヤさんを怖がらせるようなことを言うな!」


「イテッ!」


 クロテアがマシューの頭をバシッと叩くと、ドッと笑い声が広がった。少しだけ暗い雰囲気だったのが、いつの間にか明るくなっている。


 僕の知らないことがまだまだいっぱいあるみたいだけれど、今気にしても仕方がない。今は忘れて楽しく過ごすことに集中しよう。そう思い、みんなで楽しく笑い合っていたら、カタリと二階の扉が開く音がした。


「クロテア、誰か来ているの?」


 女性の声だ。なんだろうと思い視線を向ければ、細身の女性がゆっくりと階段を降りてくる。途中身体がぐらついたのを、クロテアが咄嗟に支えに走った。


「母さん、寝てて良いって言ったのに……」


 母さん……ということは、この細身の女性はクロテアの母親ということだろう。少しやつれたような顔つきで、座っている面々をぐるりと見回している。僕と目が合うと、ぱあっと顔を明るくした。


「もしかして息子の言っていたマーヤさんかしら。随分と可愛らしい方だったのね」


「ど、どうも、こんにちは!」


 どうやら認知されていたらしい。名前を呼ばれたことに驚くと同時に、失礼があってはいけないとガタリと立ち上がる。そんな僕を見て、クロテアのお母さんはクスクスと小さく笑った。


「ふふ、こんにちは。その節は息子が大変お世話になったようで……本当にありがとう」


「ええと……うん、どういたしまして」


 クロテアを助けたのは本当だ。変に否定するのも違うだろう。素直に肯定する僕の横から、シャニとマシューが順々に話しかけた。


「おばさま、体調は大丈夫なの?」


「顔色があんまり良くないみたいだけど……」


「ええ、大丈夫、けほっ」


「無茶するなよ。もう寝てろって」


 どうやら具合はあまり良くないらしい。咳き込んでしまったお母さんを見かねて、クロテアが寝室に戻るように促している。


 一連の流れを見ていたルウが、ボソリと何かを呟いた。


「愛され病か」


 瞬間クロテアの目が見開かれ、ルウの方をばっと向いた。


「神官様は、母の病が分かるんですか?」


 その質問に、ルウが目だけでクロテアを見る。今の一言で、クロテアの雰囲気が明らかに変わった。全員がルウを見つめる中、一拍置いて口を開いた。


「分かるよ」


 なんて事のないような軽い返事。緊迫する空気の中、ルウはいつも通りベリータルトをぷぷるに食べさせている。なんだか居た堪れなくなって、横から口を出してしまった。


「ルウはお医者さんもしているの?」


「昔の神官は医者も兼ねていたからな。少しばかりの知識はある」


「適当言ってるんじゃないの? 大きな街のお医者様でも分からなかったのよ」


 クロテアのお母さんは、そもそも病名がわかっていなかったらしい。シャニの言葉に、ルウがフォークをぶらぶらさせてフフンと鼻を鳴らした。


「私の主神は愛の神だ。愛に冠することならそこらの医者よりよほど詳しい。それに、愛され病は医者ではなく、本来神官の領分だ」


 僕にはどちらが正しいか分からない。でも、ルウは博識だから、知っていてもおかしくはないと思う。


 クロテアがルウの前に出て、深々と頭を下げた。


「神官様……失礼を承知でお願いします。母を診ていただくことはできないでしょうか」


「クロテア!」


 シャニが非難の声を上げて、ガタリと立ちあがる。それをマシューがまあまあと椅子に座らせた。


 真剣な表情で見つめるクロテアに、ルウがフォークをカタリと置いて立ち上がる。


「一食分の礼だ。看てやろう」


 その一言に、クロテアは再度深く頭を下げた。


「あ、ありがとうございます!」

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