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僕の気まぐれな神官さま  作者: もちぴー
第一章 恵与の国編
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五日目_泥棒

 図書館で絵本を読んだ後、僕は街の散策に出ていた。露天で品物を見たり建物の造形を観察したり、カリスの街は見るものに飽きない。流石観光都市といったところだろうか。


 大通り沿いにある洋服屋さんの前で、僕はふと足を止めた。


 僕は洋服を一着しか持っていない。それも、男物のべリスのおさがりだ。今はシャニに服を借りて着ているけれど、いつまでもこのままではいけないだろう。


 ショーケースに入れられた可愛い女性ものの服。デザインがすごく好みだ。欲しいなあと思って見ていたけれど、値札に書かれた数字を見てぎょっと後ろに下がった。


 銀貨12枚……とてもじゃないが僕が買えるような値段じゃない。……一旦服のことは忘れたほうがよさそうだ。


 その後も、いろんなお店を見て回った。買わなくても、見ているだけで結構満足するものだ。そんな風に過ごしていたら、あっという間に日が暮れて来た。


 ぐーっと伸びをして、息を肺の中に大きく吸い込む。そろそろ宿屋に帰ろうかなと思ったところで、突然男性の悲鳴が聞こえて来た。


 泥棒だ! と叫ぶ声の中を、帽子を目深に被った男が鞄を抱えながら走っていく。無理矢理雑踏を掻き分けて行くから、弾かれた人たちが小さな悲鳴を上げていた。


 反射的に走り出していた。広場にある大きな円形の花壇を挟んだ向こう側を、犯人が猛スピードで走って行く。花壇が邪魔だ。このまま普通に走っているだけでは、絶対に追いつけない。


 グッと脚に力を入れて、タンッと大きく飛び上がる。久しぶりの空だった。浮く感覚が気持ちいい。


 三メートルほど空を飛び、花壇中央の女性の像に一瞬手をつく。グッとスナップを効かせれば、そのまま宙返りをして花壇を飛び越えた。


 着地の反動を利用してそのまま駆け抜ける。そのスピードに周りの人間がどよめく声が聞こえた。それを無視して走っていたら、泥棒がまた雑踏の中に紛れ込む。


 頭のいい泥棒だ。このまま走って追いかけても見失ってしまうだろう。


「ちょっと、上通るね!」


 露天の屋根に飛び乗り、壊さないように飛び移る。上から見れば見失うこともない。


 露天の並ぶ終わり、雑踏の抜ける先に先回りして待ち伏せし、泥棒が走ってきたところを脚を蹴って転ばせた。そのまま両腕を纏めて、背中で掴めば確保完了だ。


「捕まえた」


 瞬間、ドッと歓声が湧き上がった。顔を上げれば周りに人だかりが出来ている。その中を掻き分けて、鞄の持ち主であろう、見知らぬ青年が走って来た。


「どうもありがとうございました。主人の大事な薬が入っていたので、どうしようかと」


「ううん、荷物は全部ある?」


「はい。荷物はこれだけです」


 青年が鞄を持ち上げると、長い袖が少しだけ捲れた。その先に鞭で打たれたようなみみず腫れが見える。それに一瞬気を取られていると、青年が慌てたように鞄を抱え直した。


「すみません、主人が薬を飲む時間が迫っているので、これで失礼します! お礼はまた後ほど……!」


「あ、うん」


 なんだか忙しい人だったらしい。その青年を見送って、駆け寄って来た兵士に泥棒を受け渡す。兵士が早く歩けとドンと男の背中を押すと、帽子の隙間から見たことのあるソバカス顔が一瞬見えた気がした。


 薄い黄色の髪に、ソバカス顔の優しい青年。一瞬、カティの顔が頭に浮かぶ。


「よお嬢ちゃん、随分と運動神経がいいんだな」


 ポンと肩を叩かれて、ハッとなり背後を振り向く。そこには、腕に傷のある大柄の男が立っていた。街の人と違ってズボンを履いているから、きっと街の外から来た人なのだろう。


「え? まあ、うん……」


 なぜいきなり声をかけて来たのだろう? 不審に思い距離を取ると、それに気がついて、面白そうに口角を上げて笑った。


「だが石像の扱いには気をつけるんだな。もし足で踏んでいたら、お嬢ちゃんが罪に問われるぞ」


「えっそうなの!?」


 男が広場の大きな花壇に視線を送る。そこには先ほど僕が飛び越えた、綺麗な女性の像があった。


「確か……アニカって名前だったか?」


「それは……だめだね」


 絵本でも読んだ。アニカは神ベスタウの特別な人。その人の像を足で踏んで許されるわけがない。正直上を飛び越えたのも不敬だったのでは? 自分がしたことに、今更になって焦りが湧いてきた。


「この街の連中は神とやらに忠実だからな。下手な事をすると直ぐに首が飛ぶ。言動には気をつけろよ」


「うん、ありがとう」


 どうやら親切な人だったらしい。僕は街のルールを知らないから、教えてもらえるのはありがたい。警戒してしまったことを申し訳なく思う。


 もう少し話がしたいと思ったが、親切な人は、さっさと人混みの中に消えてしまった。なんだか不思議な人だったな。


 先程の窃盗犯については、いくらなんでも勘違いだと首を振る。気を取り直して、僕は宿屋に走って戻った。



「マーヤ、貴方泥棒を捕まえたんですって!?」


「なんで知ってるの!?」


 宿屋についた瞬間、シャニにいきなり肩を掴まれた。まだなにも言っていないのに、なんでもう知っているんだろうか? そう不思議に思っていたら、シャニがそれに胸を張って答えた。


「隣の家のおばさまから聞いたのよ!」


 …………この街、もしかして行動が筒抜けなのでは? これは確かに、言動には気をつけた方がいいかもしれない。


「まったく、この街で泥棒をするなんて命知らずもいたものよね。一体どこの誰なのかしら」


 カティかもしれない。そう喉元から出そうになって、その言葉をギリギリで飲み込む。だって、優しい彼が泥棒なんてするわけがないから。


「あはは……帽子を目深に被っていたから、顔は見ていないんだ」


「そうなの? まあきっと、外から来た誰かね。街の人間なら、そんな愚かな事絶対にしないもの」


 確かにあの泥棒も、街の人とは違う服装をしていた。街の住民は、みんな三本線の入ったスカートを着ているから直ぐに分かる。泥棒をしなくてもみんなが生きていけるなんて、本当に豊かな街だ。


 シャニが落ち着いてきたところで、話しながら椅子に座る。シャニの淹れてくれたお茶を口に含めば、豊かな香りが口内に広がった。


「泥棒にあった人にお礼を言われたよ。身なりのいい服を着た、黒髪の男の人だった。主人の薬を運んでるって言ってたよ」


「主人? それは多分、ジェマのところに奉仕に出てるクロテアね」


 クロテア……その名前に聞き覚えがある。確か前に話題で出ていたはずだ。


「それってこの間シャニたちが話してた人?」


「あら、よく覚えていたわね。そう、私たちの幼なじみよ」


 やっぱりそうだ。仕事が忙しいから断られたと言っていたのは、あの人のことだったのか。


「今日も忙しそうにしてたよ」


 クッキーを摘みながらなんとなしに発言したら、シャニがバンと机を叩いた。その音にびっくりしていると、シャニが興奮したように話し出す。


「ジェマにこき使われているのよ! ジェマのヤツ、ちょっと金持ちだからって調子に乗ってさ。クロテアも碌な扱いを受けていないのよ!」


 一気に捲し立てたかと思ったら、グイッとお茶を飲み込んで息を吐いた。シャニって本当に忙しいよね……。


「辞められない理由でもあるの?」


 この豊かな街で、そんな仕事をしなければならない理由とはなんだろうか。僕の言葉に、シャニは少しだけ悲しそうな顔をした。


「……クロテアのお母さんがね、病気なの。その薬代を稼ぐんだって言っていたわ」


「そっか」


 人には人の事情があるものだ。親の価値を僕は分からないけれど、クロテアにとってそれはなくてはならないものなのだろう。


「ジェマのところ、憎らしいけど給金だけは高いのよ。輸入品の薬だから、どうしてもお金がかかるんですって」


「そういえば、お金持ちなんだっけ」


「街一番の資産家で、石造りの大きい家に住んでるわ。金貸しを生業にしているらしいけど、あんまり良い噂は聞かないわね」


 シャニが眉間に皺を寄せて、憤慨するように腕を組む。どうやらジェマという人を嫌っているのは、シャニだけではないらしい。


 噂とはなんだろうと首をひねれば、シャニが続きを話してくれた。


「ジェマが護衛につけている傭兵がいるんだけど、そいつらの態度が最悪なの。早く出ていって欲しいってみんな思ってるわ。それに……」


「それに?」


「先月隣街で強盗殺人があったんだけど、その犯人と繋がっているんじゃないかって噂があるの」


「ええ!?」


 それが本当だったら、とんでもない犯罪者だ。驚いて大声をあげる僕に、シャニがシーっと指を口に当てた。


「ただの噂よ? 証拠があるわけじゃないの」


「そ、そうだよね。ごめん」


 噂が本当だったら、シャニがクロテアをそのままにしておく筈がない。


 顔を突き合わせて話をする僕たちを見て、奥で作業をしていたシャーベスおじさんが呆れたような顔をした。


「おいシャニ! 変な噂話してるんだったらこっち手伝え!」


「はーい」


「あ、僕もやるよ!」

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