四日目_ベリー狩り
聖堂を出て、僕は駆け足で街の奥にある森に向かっていた。今日は昼過ぎからシャニたちと約束をしていたのだ。ルウに話を聞いてから向かおうと思っていたら、思ったより時間を食ってしまった。神様の話に夢中になっていて、気がついたら随分と長い時間話し込んでしまっていたのだ。
「あ、きたきた! マーヤこっちよ!」
「遅れてごめん!」
手を振るシャニの元に走って合流する。僕の後ろからヘロヘロとついてくるマシューを見て、シャニとカティが目を丸くした。
「ま、マーヤちゃん足早過ぎ…………」
「マシューもついてきたの?」
ゼイゼイと息をするマシューに、シャニが不思議そうに声をかける。どうやらマシューは誘われていなかったらしい。
「マーヤちゃんがジューンベリー狩りだっていうからさ。僕のことも誘ってくれればいいのに」
「だってテオドラ様が忙しそうにしていたんだもの。仕事の方は大丈夫なの?」
「大丈夫……じゃないかもしれないけど、正直見習いの僕に手伝えることってそんなにないんだよね」
へへへと頭を掻くマシューを、シャニが呆れた顔で見ている。一人準備していたカティが、用意した籠をマシューにも手渡した。
「それならテオドラ様に美味しいジャムでも持って行ってやろうぜ」
「さすがカティ、分かってるね」
「まあ、そうよね。来ちゃったものはしょうがないしね」
気の置けない会話に、三人の仲がとても良い事が伝わってくる。そんな人がいるって素敵だなあと、僕はシャニを羨ましく思った。
「さあ、摘むわよ〜!」
真っ赤なベリーをたくさんつけた木を前に、シャニが気合を入れている。僕以外の三人は、ベリーの前で真剣な表情をしていた。
「去年は負けたが……今日は負けないからな」
「はん、言ってなさいカティ。今年も私の勝ちよ」
「カティは器用だからな。量はシャニが多くても、カティが採ったベリーは見た目が綺麗だ」
どうやら毎年誰が一番ベリーを摘めたか競争をしているらしい。火花を散らすカティとシャニを尻目に、マシューが手早くベリーを摘んでいく。
「マシュー、あんたどっちの味方なのよ」
「さあね。っていうか、今年はクロテアも誘ってないの?」
「クロテアは誘ったわよ。でも仕事だって。ジェマのところの使用人なんて、早く辞めちゃえばいいのに!」
「事情があるんだ、仕方ないよ。シャニだって分かってるだろ?」
「待って、クロテアは誘ったのに僕は誘ってないのおかしいよね? そういう事されると泣いちゃうよ?」
「それは別にいいでしょ」
「よくないよぉ!」
どうやら三人にはもう一人幼なじみがいるらしい。雑談をしながらもその手は猛スピードでベリーを摘んでいく。
一方僕はというと――一人ベリー摘みに四苦八苦していた。
赤く小さな実を見様見真似で優しく摘んでいく。さくらんぼみたいな小さな実を掴むと、ぷちゅりと中身が弾ける感覚がした。
………………また失敗しちゃった。
三人を見れば、手で掬うように綺麗にベリーを摘んでいる。きっと難しい行為ではないはずだ。それなのに、僕の手のひらはベリーの果汁で真っ赤になっていた。
「ちょっとマーヤ、どうしたの!?」
「…………上手く摘めない……」
悲惨な状態の僕の手を見て、シャニが驚いたように声を上げる。悲しい気持ちをそのまま声に出したら、カティがそれに声を上げて笑った。
「ハハハ! 俺も最初の頃はそうだったよ」
カティが笑いながらこちらに歩いてくる。カティはこの中で一番背が高いから、距離が近づくと少しだけ見上げる形になった。
「実の部分を掴むから潰れるんだ。ジューンベリーは、ヘタの部分を爪で摘んで上に引っ張ると綺麗に取れる」
カティが緑のヘタの部分を摘んで引っ張ると、ぷちりと綺麗に身が外れる。僕の手のひらに、潰れていないベリーの身が二つコロンと転がった。
「すごい!」
「凄くないよ。マーヤにもできるさ」
カティの真似をして、今度は実に触らないように緑のヘタを爪で掴む。少し力を入れれば、ぷちりと音がして綺麗なジューンベリーが収穫できた。
「ほらできた」
「えへへ、ありがとう! カティが教えてくれたおかげだよ」
「どういたしまして」
褒められたのが嬉しくて、つい顔が弛んでしまう。シャニにも見せようと振り向いたら、そこには予想外に頬を膨らませたシャニが、こちらをジッと睨んでいた。
「…………カティの女ったらし」
「は? なんでそうなるんだよ」
なんでシャニは機嫌が悪くなっているんだろう。でもきっと、僕のせいだよね? どうにかしようと声をかけようとしたところで、マシューに肩をポンポンと叩かれた。
「アレはマーヤちゃんのせいじゃないから気にしないで。ただの夫婦喧嘩だから」
「「夫婦じゃない!」」
二人の声が全く同時に重なった。……なんか本当に、気にしなくてよかったみたい。マシューは僕と目が合うと、やれやれといった風に肩をすくませた。
ベリーを上手く摘む方法も教えてもらったし、後はひたすら摘んでいくだけだ。無心に作業をするというのは結構楽しい。
籠にも随分とベリーが溜まってきたので、休憩とばかりに体を伸ばす。その時になってやっと、目の前の風景が変わっている事に気がついた。
しばらくジューンベリーを取るのに夢中になっていたら、シャニたちの姿が消えている。どうやら随分と奥に入ってしまったらしい。焦って周りを見回せば、少し遠くに薄い色の髪が見えた。
あれはきっとカティだ。ホッと息を吐いて近づけば、独特の香りが鼻をくすぐる。なんだろうと思えば、カティがタバコのようなものを吸っているのが見えた。
でも、この匂いはタバコじゃない。だって僕は知っている。
「ねえ、それって"天使の雫"だよね」
「……! マーヤ、知っているのか」
「カティはどこか病気なの?」
それは薬だ。傭兵とかが怪我の痛み止めに使っている、とんでもなく強いやつ。そしてその依存性から――一般での流通が、ほとんどない幻覚剤。
「いや……まあ、そうだな」
カティが僕の質問に、明らかに目を泳がせた。恐らくカティ本人も、この薬が良くないものである事に気がついているのだろう。
少しだけ躊躇ってから、覚悟を決めて口を開く。昔の事はあまり思い出したくない。でも、言わないわけにはいかなかった。
「常用するのはあんまり良くないんだよね? 僕の昔の仲間も、それで酷い事になってた。眠れなくなったり、手が震えたり……最後は悪いことをして、捕まっちゃったんだ。カティも癖になる前に、やめた方がいいよ」
「あ、ああ。気をつけるよ」
お節介かもしれない。でも、カティは僕に優しくしてくれたから、危ない目にあって欲しくない。
カティが吸っていたものの火を消して、皮のケースに仕舞い込む。その瞬間後ろから、シャニの大きな声が聞こえてきた。
「あー! マーヤいた!」
「お、カティもいるじゃん」
「ちょっと、なんで二人っきりでいるのよ! マーヤに変なことしなかったでしょうね!?」
どうやら探させてしまったらしい。シャニがプリプリしながら近づいてくる。それにカティが呆れたような顔をした。
「はあ? そんなことするわけないだろ。一緒に居たのは偶然だよ」
「そ、そう? それならいいんだけど……」
なんかシャニって、分かりやすいよね……。マシューもそう思ったのだろう、人懐っこそうな顔で、くふくふと笑いながら二人を見ている。
「シャニ、少しは素直になった方がいいんじゃない?」
「うるさいわよマシュー!」
「いった! ほうりょくはんらい〜!」
マシューのほっぺたを抓るシャニの元に、カティと一緒に合流する。
僕はカティが震える手を隠したことに、気が付かないフリをした。




