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僕の気まぐれな神官さま  作者: もちぴー
第一章 恵与の国編
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四日目_絵本の意味

 昨日の絵本が引っかかって、頭の中でグルグルしている。そんな僕は、ルウに会いに聖堂まで足を運んでいた。執務室の扉を叩いて静かに入れば、テオドラとマシューが仕事をしている姿が目に入る。机の周りは書類が積み上がり、室内はごちゃごちゃと物が散乱していた。


 その中に綺麗な細工が施された大きな台を発見して、引き寄せられるようにそっと近づく。大きな四角形の台の上に紙が乗せられ、その上に一本針が垂直に置かれている。一体なんの機械だろうかと観察していると、マシューが声をかけてくれた。


「神託盤だよ。首都にいる巫女様が神託を受けたら、その機械を通して伝えてくれるんだ」


「へえ……この紙に何か文字が書かれるの?」


「うん。まあ、滅多にあることじゃないんだけどね」


 それにしても綺麗な細工だ。きっと職人が作ったのだろう。さすが聖堂だなあなんて感心していたら、視界の端に目的の人物が映りこんだ。どうやら目的の人物は、優雅にソファで横になって寛いでいたらしい。通りで入った時に姿が見えなかった筈だ。


 …………テオドラとマシューは忙しそうにしているのに……これは……いいのだろうか?


「ねえルウ。なんでソファで寝てるの?」


「それはもう、ここでじっとしていてくれと頼みこまれたからだ」


「……誰に?」


「テオドラに」


 涼しい顔でそう答えるルウの横で、ぷぷるがこくこくと頷いている。なるほど、なんかやらかしたんだな。


「ねえルウ。アニカと犬のペロって絵本を知ってる?」


「ああ知っているよ。この国の代表的な絵本だろう」


 当然のように答えるルウに感心する。ルウは僕が今まで出会った誰よりも博識だ。


 横になっていたルウが、僕を見てソファに座り直した。スペースが空いたので、その横にそっと腰を下ろす。


「じゃあさ、ベスタウに祈ったのに、どうしてペロは死んでしまったの?」


「そうだな……マーヤ、お前はなんでだと思う?」


 質問をしたのに、問いを返されて少し面食らう。少しだけ考えてみたが、結局何も思い浮かばなかった。


「わかんない。シャニはこの世には悲しい事があるって教えてくれる教訓だって言ってた」


 だけど、その回答には何故だか納得がいかなかった。あの絵本は、もっと根本的に違うことを言っているように思えたから。


「ふむ……その解釈を否定する気はないが……私の考えは少し違う」


 どうやらルウも違う意見らしい。どんな答えがもらえるのかと期待していたら、ルウは忙しそうに仕事をしているテオドラを指差した。


「神官テオドラに聞いてみるといい。きっと素晴らしい模範解答が聞けるから」


 どうやらルウからは教えてくれないらしい。仕方がないので渋々テオドラの元に歩いていく。


 仕事で忙しい中、邪魔をするようで申し訳ない。思い切って質問してみたら、テオドラは嬉しそうに笑い出した。


「ハハハハ! 確かにそう言った教訓と受け取ることも出来るでしょうが、私の考えは少し違います」


「というと?」


 どうやら本当に解釈が違うらしい。素晴らしい模範解答とは、一体どんなものだろうか。興味津々に身を乗り出すと、テオドラは大事な話をするように、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「神ベスタウはアニカを試したのです。大事なものを失っても、神ベスタウを愛せるかと」


「ええ!?」


 理解できない回答に、眉間に盛大に皺が寄る。それが本当なら、神ベスタウはなんて意地悪なのだろう!


 驚く僕を尻目に、テオドラはとつとつと語り出した。


「私にも大好きな両親がいました。優しくておおらかで……私には勿体無いぐらいとても素敵な両親でした。だから、不治の病で二人を立て続けに失った時、足元が崩れ落ちるような絶望を感じました。でも、私の信仰心は衰えなかった。むしろ大きくなったとさえ言える…! 試練を乗り越えたからこそ、私は今神官としてここに立っているのです!」


 テオドラの演説に、マシューが小さくパチパチと拍手を送っている。驚いていないあたり、もしかしたらよくあることなのかもしれない。


「マーヤさん、神は立ち直れないほどの試練を人には与えない。とてもお優しい方なのですよ」


「へ、へぇ……」


 両親の命と引き換えに信仰心を試すなんて正直ドン引きだ。テオドラの回答と比べたら、シャニの回答が常識的過ぎて輝いて見える。


 僕には恵与の神は早かったようだ。すごすごとルウの元に帰ってくると、そんな僕を見てルウが少しだけ笑った。


「どうだった? なかなか刺激的でエキサイティングな模範解答だったろう」


「意味わかんないよ。大好きな人とられてニコニコしてるなんてどうかしてる」


 ぶーたれる僕を見て、ぷぷるがぷきゃきゃと楽しそうに笑っている。抱き上げて腕の中に閉じ込めれば、フワフワの感触が気持ちいい。


「ベスタウは悪い神様なの?」


「そんなことは無いよ」


 即答だ。でも、僕には納得できない。それが顔に出ていたのだろう。ルウが起き上がって、僕の眉間をコツンと人差し指で優しく突いた。


「私が思うに……恐らく間引きも兼ねている。だから対象に母親が多いのだ」


「それってどういうこと?」


「人の子の数を管理しているんだよ。200年前にここら辺の人口が爆発的に増加したことがあってね。そのせいで食糧難に陥ったのだ。人の子同士の争いはそれはもう激しかったと聞いている。きっと神ベスタウは、それを気にしているのだろう」


 確かにシャニも、カティも、お母さんがいなかった。食べ物がないととても苦しい。争いを起こさないためだと言われれば、真っ向から否定することも出来なくなってしまった。


「神ベスタウは本当に人の子が好きなのだな。ここまで現世に干渉する神というのも珍しい」


「じゃあ、良い神様なの……?」


 とてもじゃないがそうは思えない。そんな僕を見て、ルウは楽しそうに笑った。


「ふふ、マーヤ、それはお前が自分で決めなさい。定住地を持たぬお前には、信仰する神を選ぶ権利がある」


「信仰する神様……」


 そんなこと、考えた事もなかった。この世界では神を信仰する事が普通だけれど、僕の仲間たちは神が嫌いな人が多かったから。


「定住する人は信仰する神様を選べないの?」


「定住する者はその土地の守護神を信仰対象にしなければならない」


「それは義務ってこと?」


「義務ではなく礼儀だよ。その土地に住むことを許してくれたことへの感謝があれば、土地神を信仰することは当然だ」


「ふーん……じゃあ、定住者がその土地の神様を信仰しなかったらどうなるの?」


 今日の僕って、ちょっと面倒くさいヤツかもしれない。子どもみたいな疑問に、ルウは至極真面目に答えを返してくれた。


「覚えておきなさいマーヤ。国民の大多数が神を敬う心を失った国は、ただ一つの例外なく全て滅びた」


 その言葉には、冗談とは思えない重みがある。ちょっとした気まぐれでした問いを、僕は少しだけ後悔した。

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