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僕の気まぐれな神官さま  作者: もちぴー
第一章 恵与の国編
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三日目_ジェマの屋敷

 迎えの馬車から足を下ろせば、この街では珍しい石造りの豪邸が目の前に現れた。豪華な門を潜れば、扉の前に豪邸の主人である男と、使用人の青年であるクロテアが立っている。二人の前まで近づいて、ヴィゴールは深く頭を下げた。


「今夜はお招きありがとうございます、ジェマ殿」


「いえ、いえ、そんな恐縮なさらず。会えて嬉しいです神官ヴィゴール」


 ジェマ……数年前に他国から移り住み、この国では珍しい金貸しで財を成した男。横柄で気が短いが神への信仰心は強いらしい。小太りの男が恭しくヴィゴールに頭を下げた。


「しかし神官ヴィゴール。貴方は本当に正確で、完璧だ」


「いえ、迎えの馬車を頂きましたから。ジェマ殿のおかげです」


 ジェマは几帳面だった。待ち合わせに来るのが早くても遅くても大層嫌がる。その正確さ故に商売でも大成したのだろうが……それに付き合うのは少しだけ億劫だった。


 いつも通り屋敷の中を案内され、来客用の部屋に通される。席についてから周りを見回すと、そこにはいつもと違い、見慣れぬ顔が一つあった。


 作り物のように整った容姿に、特徴的な白い髪。見た目の割に存在感がないから、一瞬気が付かなかった。


「……そちらの方は」


「初めまして神官ヴィゴール。私の名前はルウ。愛の国の使者だ」


「これはこれは遠くから……大変だったでしょう」


 まるで彫刻が喋ったような違和感に襲われ、それを振り払う。愛の国といえば東大陸にある大国だ。何故そんな神官が西大陸の小さな街にいるのだろうか?


「神官ルウとは、私が外遊から帰って来る途中に偶然一緒になったのです。神官ヴィゴールと親交があるとお話ししたら、是非お会いしたいと仰いまして。ご一緒して大丈夫ですかな」


「問題ありませんよ」


 仕える神は違えど、同じ創造主を崇める神官だ。共に食事をとるのに否と言うことはない。


 恐らく、神官長であった自分に会ってみたかったという所であろう。可哀想な話だ。ヴィゴールは数日前に神官長を辞めている。そんな自分に会っても、なんの意味もないというのに。


 真っ黒な神官服を着た男の肩に、黒い毛玉のような謎の小動物がぴったりと引っ付いている。なんとなくそれを目で追っていると、ぷるっと小さな鳴き声をあげた。


「ジェマ殿のおかげでこの街の設備もだいぶ整える事ができました。住人も皆感謝している事でしょう」


「ああ、そうですか。私の献金を有効に使って頂き神官ヴィゴールには感謝の念に耐えません。世の中には献金を自分のポケットに仕舞い込んでしまう不届きなヤカラもいると聞きますから。しかし神官ヴィゴール、貴方は違う。清廉な貴方になら安心してお金を預けられる」


「恐縮ですな。私はそこまで美しい人間ではないですよ」


 豪華な食事に舌鼓をうちながら、ジェマの話に相槌を打つ。


 この男の教会への献金額は街でも随一だ。無碍にするわけにはいかない。誘いに応じるのもヴィゴールの仕事の一つだった。


 献金額に応じて信者の扱いを変えるヴィゴールに白い目を向けるものもいるが、教会とて善意だけではやっていけない。


「そういえば……先月隣街で強盗殺人があったのですが、犯人がまだ捕まっていないのです。ジェマ殿もしばらくはお気をつけください」


「それは恐ろしい。ありがとうございます神官ヴィゴール。私も気をつけます」


「この街で一番財を持っているのはジェマ殿ですからな。特に以前見せていただいた……」


 そこでふと、部屋の中の物が以前と変わっている事に気がついた。ジェマがいつも大事そうに飾っていたある物が存在していない。


「ジェマ殿、飾っていた宝石はどうしたのですか?」


「な、なんの話でしょう?」


「以前飾っていた六角星の壁飾りです。もうすぐ全部揃うと先日仰っていませんでしたかな」


 原初の六柱の神をイメージした幾何学模様の壁飾りを思い出す。あれは中々に美しかった。中心に嵌める創造主を冠する宝石だけがずっと見つからず、先日やっと見つけたと喜んでいたのを思い出す。


「あ、あれですか。ええ、ええ、覚えていますとも! しかし、少し事情があってしまっているのです」


「そうなのですか」


 ヴィゴールが屋敷に来るたびに自慢をしていたのに、心変わりでもしたのだろうか? 不思議に思っていると、神官ルウが何かを含んだように微笑んだ。


「そういえば、強盗殺人の被害者は宝石コレクターだったと聞いているよ。貴殿の探していた最後の一個を持っていたかもしれないのに……残念だなジェマ殿」


 喉に食べ物でも入ったのであろう、ジェマがゴホゴホと咳き込んでいる。側に控えていたクロテアが水を差し出せば、一気にそれを流し込んだ。


「え、ええ! それはすごく残念です。し、しかし神官ルウ。最近この国にやってきたというのに、随分とお詳しいのですね」


「ああ、この国の事を教えてくれる方がいるのだ。その方はとてもおしゃべりが好きだから、色々な事を教えてくれたよ」


「その、おしゃべりな方というのは……」


「ジェマ殿、それは貴方もようく知っている方だ」


 ヴィゴールの目の前で、ジェマの顔がだんだんと青くなっていく。ナイフとフォークが皿と擦れてガチガチと不快な音を立てていた。


「……ジェマ殿?」


 心配して名前を呼ぶも、ジェマの呼吸が荒くなっていく。ガチャガチャキーキーと不協和音が耳にうるさい。


「ジェマ殿、大丈夫ですか?」


 そういえば、ジェマは持病を持っていた筈だ。鐘の刻限にいつも薬を飲んでいた事を知っている。立ち上がり、ゼイゼイと息をするジェマの肩を叩けば、ジェマの身体が揺れてガタリと椅子から転げ落ちた。


「ジェマ殿!」


 倒れたジェマに、クロテアが駆け寄っていく。心臓に関わる病気だとは聞いていたが、実際に見たのは初めてだった。


 上半身だけ起き上がらせて、クロテアが手に持った薬を差し出した。


「ジェマ様、薬を……」


 瞬間、バシンと大きな音がする。平手打ちの音だと理解した時には、クロテアが頬を押さえてよろめいていた。ジェマがクロテアを叩いたのだ。


「い、いらん! まだ、時間では、ない!」


「……申し訳ありません。しかしお身体が……」


「薬は、決められた時間に、決められた量飲まなければならぬ。正確で、完璧でなければ……! お前は何度言ったら覚えるのだ!」


 ジェマが手に持った杖を振りかぶり、クロテアの身体を何度も叩く。あまりの暴挙にヴィゴールは咄嗟に二人の間に割って入った。


「おやめなさいジェマ殿!」


「はあ……はあ……申し訳ない神官ヴィゴール。お見苦しいところをお見せましたな」


 ジェマが目配せをすると、その身体をクロテアが支えて立ち上がる。恰幅のいいジェマを支えるには、細身の青年には少しばかり辛そうに見えた。


「申し訳ない御二方。今宵は気分がすぐれぬ故、失礼いたします。後の事は使用人に言いつけておきますので、どうぞごゆっくりしていってください」


「私たちのことは気になさらず、どうかお大事にしてください」


 ジェマが自室に消えた後、長居は無用と席を立つ。玄関まで見送りについてきたクロテアを前に、ヴィゴールは足を止めた。腫れた頬。見えない服の下にも、きっと痣があるのだろう。クロテアのことは幼少期から知っている。どうにも痛そうで見ていられない。


「クロテア、もし働くのが辛いならジェマの使用人など直ぐに辞めなさい。働くところぐらい、私が斡旋してやる」


「ヴィゴール様……ありがとうございます。ですが気遣いは無用です。ここの使用人ほど賃金の高い仕事はこの街にはないのですから」


「……病気の母親のためか」


 その言葉に、クロテアは何も答えなかった。クロテアには病気の母親がいる。高い薬を使いなんとか延命しているが、恐らく長くはないだろう。


 ヴィゴールにも、救えるものと救えないものがいる。それぐらいの分別は弁えているつもりだ。


「ヴィゴール様、私は大丈夫です。神ベスタウが見ていてくださいますから」


 純粋に瞳を輝かせ、祈るポーズをとったクロテアの姿を直視できずに目を逸らす。ヴィゴールはそんな己の行動を心の中で酷く恥じた。


「そうか……そうだな」


 こういう時、祝福でも授けるのが神官として正しい行いなのだろう。しかしヴィゴールにはそんな気はとうてい起きなかった。本当に自分は神官失格だ。だからこそ自分は、神官長を辞めたのだ。


 クロテアに別れを告げ馬車に乗り込む。扉が閉まり、馬車が走り出してしばらく経っても、腫れた頬の記憶が頭から離れなかった。


 向かい側に座っていたルウが、面白いものを見たとでもいうように笑っている。


「フフ……神官ヴィゴールは随分と噂と違うようだ」


「噂とは……どんな噂を聞いたのですか」


 自分の噂などどうせ碌なものではない。ルウから出た言葉は、想定していた通りのものだった。


「金に溺れ信徒を助けぬ愚か者と」


「それは正解です。私は金を払う者を優先する。先程だって、ジェマを咎める事をしていないでしょう?」


「それはそうだ。お前はジェマとクロテア、どちらにも良い顔をした」


「否定はしません」


 言葉とは裏腹に、神官ルウの声には咎めるような色はない。この男はジェマの暴挙にも眉一つ動かさなかった。何を考えているのかわからない、気持ちの悪い男だ。


「神官ルウ、貴方はなぜ私に会いたかったのですか? 私がもう神官長ではないことも知っていたのでしょう」


 話をしてみれば、神官ルウはこの国の情報を詳細に知っていた。ならば数日前にテオドラが神官長となったことを知らないわけがない。


「そうだ。そしてお前は、神官という立場そのものを辞めようとしている」


「……そんなことまでご存じだったのですか」


 それを話していたのは神官仲間にだけだ。最も、おしゃべりなマシューが言いふらしていてもおかしくはないけれど。


「なぜ辞めるのか聞きたかったのだ」


 その質問は、ヴィゴールが辞職を決意してからというもの、神官仲間から幾度となく聞かれたものだった。


「理由など一つだけです。私よりも神官テオドラの方が神官長に相応しい」


 いつものように、いつもと同じ返答をする。しかし神官ルウは、それに納得がいっていないようだった。


「なにも神官そのものまで辞める必要などあるまい」


「私が残れば神官テオドラもやり辛いでしょう。こういう時は、跡を残さずキッパリと辞めるべきなのです」


「そういうものか」


「ええ、そういうものです。明日巫女様にも、そう伝えに行くつもりです」


「む……では首都に行くのか」


「はい。一週間ほどでしょうか」


 神官ルウは、眉間に皺を寄せながらも、それ以上言及してこなかった。ヴィゴールの言い分にも一理あると思ったのだろう。渋い顔をする神官ルウの頭の上で、それを真似るように小動物が眉間に皺を寄せている。なんだか面白い光景だ。


 ……そういえば、神官ルウと出会ってからずっと気になっていた事がある。


「神官ルウ。貴方の出身は遥か遠い東の国の筈。何の為にこの街に来たのですか」


 言うべきか迷ったのだろう。その質問に神官ルウは少しだけ逡巡する。ヴィゴールが見つめていれば、その後ゆっくりと口を開いた。


「願いを叶えに」


 紡がれた言葉に、ヴィゴールは驚いて目を見開く。


 願いの代行。それは数多ある神官の仕事の一つ。しかし願いの代行ができる神官は、数が非常に限られている。今の一言だけで、目の前の男の位が分かるほどに。


「それは……誰の、願いなのですか」


「……それは、内緒だ」


「ぷる!」


 男の言葉に同意だとばかりに、小さな獣が鳴き声を上げる。唇の先に指を当て、内緒話をするように、神官ルウは薄く微笑んだ。

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