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僕の気まぐれな神官さま  作者: もちぴー
第一章 恵与の国編
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三日目_孤児院での勉強会

孤児院は街の大通りを真っ直ぐに進んで、さらに右奥にずっと進んだ場所に位置していた。きちんと街で管理しているらしく、建造物も他の住居と見劣りしないキレイな作りだ。


 門を開けて庭に入れば、青空の下並べられた椅子にたくさんの子どもたちが座っていた。その風景をシゲシゲと眺めていると、こちらに気がついた初老の女性が歩いてくる。


「いつもありがとうシャーベス。シャニも来てくれて助かるわ」


「気にするな。持ちつ持たれつさ」


「こんにちは! 院長先生!」


 前を歩いていた二人が女性に挨拶をしている。どうやらこの人はこの孤児院の院長先生らしい。出遅れた僕が後ろで様子を伺っていると、ふと男の声が聞こえて来た。


「宿屋の仕事もあるだろうに、精が出るなシャーベス」


「これはこれは……ヴィゴール様もいらっしゃっているとは珍しい。お忙しくされているのでは?」


 孤児院の中から歩いて来たのは、昨日も会った、白い神官服を着た壮年の男の人だ。シャニがそれを見て、小さな声でゲッと呟いた。


「神官長の座はもうテオドラに譲っているからな。最近は自由にしている。それよりも……」


 ヴィゴールの顔がグルリとシャニを向いた。その瞬間、シャニの顔が盛大に引き攣った。


「人の顔を見てゲ!? とは随分と礼儀がなっていないなシャニ」


「嫌味ったらしいこと言わないで! ちょっとびっくりしただけよ!」


「こらシャニ! すみませんヴィゴール様」


「子どもは元気な方が良い」


 おじさんが申し訳なさそうに頭を下げると、シャニの頭を小さく小突いた。


 痛い! と文句を言うシャニに少しだけ笑ってしまう。本当に表情がクルクルと変わるなあ。


 そんな風にみんなのやり取りを見ていたら、ふと院長先生と目があった。そういえば挨拶がまだだったと気がついて、慌てて頭を下げる。


「あ、こんにちは!」


「こんにちは、貴方のお名前は?」


「マーヤ、です! えっと、ここに来れば勉強が出来るって聞いて……」


 台詞の途中でガバリと両手を握られた。びっくりして固まっていると、院長先生の顔がズイッと近づいて来る。凄く嬉しそうな瞳がキラキラと僕を映しこんだ。


「まあ! 勉強会の参加者ね! 大歓迎よ。さ、こっちに来て!」


「じゃあマーヤ、頑張ってね!」


「う、うん!」


 なんだか歓迎されてしまった。院長先生に引っ張られるまま子どもたちの元まで歩いていく。後ろの空いている椅子に座ると、横に座っていた女の子がきょろりと僕の方を向いた。


「お姉ちゃん、初めて見るね」


「うん。初参加なんだ。よろしくね」


 このような勉強会は初めてだから、少しだけ緊張する。院長先生が黒板の前に立つと、ざわめいていた子どもたちが静かになった。


「まずは先週の振り返りです。この世界の成り立ちについて勉強しましたが、皆さんちゃんと覚えていますか?」


 この世界の成り立ち……確か、何処の国にも共通の神話があったことは知っている。あまり興味がなかったから、詳細な中身はよく知らないけれど。


「皆さんの中で、この世界は誰が作ったか分かる人はいますか?」


「はい! 創造主様です!」


 1人の子どもが元気よく手を上げる。それに院長先生は笑顔で頷いた。


「その通りです。この世界の主である創造主がこの世界を創りました。では神とは何か分かる人はいますか?」


 ……あれ? 神と創造主ってもしかして違うの? 混乱している僕を尻目に、先ほどとは違う子どもが手をあげて、意気揚々と答え始めた。


「はい! 創造主が創りし子供たちのことです! 創造主はこの大地を統治する為に神に土地を与えました!」


「よく復習していますね。その通り、神は創造主の御子であり、この大地の管理者のことです」


 ………………そうなんだ? 全然知らなかった。小さな子どもたちが習っているということは、多分これは世の中の常識なのだろう。もしかして僕って、自分の想像以上に無知だったのかもしれない。


「では皆さん、我が国が存在する大地を管理している神の名前はなんですか?」


「「「恵与の神ベスタウ!」」」


 これは僕にも答えられた。自分の知っている事が出ると少しだけ嬉しい。ニコニコとしていたら、院長先生の目が僕の方を向いた。


「マーヤさん、貴方は他の国からいらっしゃったと聞きました。他にどんな神がいるかご存知ですか?」


「え!? えっと…………愛の神……とか?」


 突然の質問に狼狽えて、咄嗟にルウの顔を思い出す。僕の答えに院長先生は、満足そうに頷いた。


「まあ素敵! 愛の神ティスティスは千年戦争を終わらせたと言われる素晴らしい神です。神ベスタウとも友好関係を結んでいます。皆さんも覚えておきましょうね」


「知ってる! 絵本に出てくる神様!」


「孤児院にもあるよ!」


「愛の獣プルンネルを作った神様!」


 どうやら有名な神様だったらしい。子どもたちが嬉しそうに話している。


 千年戦争……そういえば、ルウが銃について説明していた時に出てきた言葉だ。戦争を終わらせた神様の使いが、よりによってあんな変な人だなんて……世の中は分からないものだな。


 そんな事を考えていたら、別の内容が始まっていたから、慌てて視線を黒板に戻した。


「復習も済んだ事ですし、今日はマナについて学んでいきましょう」


 院長先生が黒板に絵を描いた。人の形をしたものの周りを覆うように、薄い膜が描かれている。


「マナとは魂から溢れる力のこと。生命力とも言いますね。この世界に存在する生き物は、必ずマナを持っています」


「院長先生! マナは僕たちにもあるんですか?」


「もちろん! このマナというものは、私たちにとってかけがえのないものです。このマナが少ないと、病気になったり、弱ったりします。最悪死んでしまうこともあるでしょう」


 カツカツと音を立てながら、黒板に倒れた人形が描かれた。目に見えないものの話だから半信半疑だったけれど、こうして図で示されると少しだけ実感が湧いてくる。


「逆にマナが多い人は、恵まれた人です。そういう人には、他の人にはない、特別な能力があったりもします」


 特別な能力……。思わず自分の手のひらを見下ろしたが、当然何も見えない。僕にも特別な才能が有ったらよかったのにな。


「このマナは私たちと神を繋ぐ糸でもあります。私たちが神に祈ると、このマナが神の元まで立ち登り、神と私たちとを繋げるのです」


 人形の頭の上から細い糸のようなものが描かれる。院長先生はチョークを置くと、芝の上に歩いて行った。


「皆さんこちらに来て下さい。実際にマナを感じてみましょう」


 呼びかけに従い子どもたちが立ち上がる。院長先生の指示に従い全員で手を繋ぐと、大きな輪っかができあがった。僕だけ他の子たちより大きいから、一箇所だけぼっこんとしている。


「目を瞑り、神ベスタウに祈ってみましょう。貴方達の頭のてっぺんから、細長いマナが立ち昇っていきます。私たちは神に自分のマナを献上する事で、神と繋がる事ができるのです」


 えーと、ベスタウ様、今日はとってもいい天気ですね! 僕、恵与の国が大好きです! …………祈るって、結局どうすればいいのだろう。ずっと見様見真似でしてきたけれど、結局本当はどうするべきなのかよく分からない。


 うんうんと一人で唸っていたら、お祈りの時間は終わっていたらしい。いつの間にかみんなが僕のことを見ていた。


「ねえ院長先生、お姉ちゃんから、なんだかおっきな気配がするの」


「俺も感じた。すげぇ大きな何かがある感覚」


「僕も!」


「私も感じた!」


 少女の言葉に、みんなが口々に賛同を返す。だけど、僕にはみんなが何を言っているのかさっぱりわからない。


「…………それは、みんなより僕の背が大きいからじゃない?」


「そんなことないよ!」


「そういうことじゃないの!」


「ええ〜?」


 絶対そういうことだと思うけど……そんな僕と子どもたちのやり取りを見て、院長先生がクスクスと笑っていた。


「もしかしたらマーヤさんは、人よりマナが多いのかもしれないですね」


「お姉ちゃん、良いなあ!」


 絶対勘違いだから、羨望の眼差しで見られても困ってしまう。自分を特別な人間だなんて思ったことはない。


 院長先生がパン、と手を叩くと、ざわめいていた子どもたちが静かになった。


「今日の勉強会はここ迄です。それでは最後に、みんなで神ベスタウの言葉を復唱して終わりにしましょう」


 神ベスタウの言葉! きっと素敵な言葉なのだろうと少しだけワクワクする。だから、優しい院長先生の口から紡がれた言葉に、僕は少しだけ驚いた。


「与えるものには恩恵を。奪う者には最悪の罰を。」


「「「「与えるものには恩恵を。奪う者には最悪の罰を。」」」」


 優しい人たちの口から出たとは思えない、なんて強い言葉だろう。少しだけ呆気に取られていたら、ポンポンと肩を叩かれる。


 どうやら炊き出しが完成したらしい。振り返れば、美味しそうな匂いが漂うお皿を持ったシャニが、にっこりと笑っていた。



§



「マーヤ、勉強会はどうだった?」


「うん、楽しかったよ。世界の成り立ちなんて僕知らなかった。みんな当たり前に知っていることだったんだね」


 勉強会の終わりに、隣に座っていた女の子が貸してくれた本を見る。そこには小さな女の子と一匹の大きな犬が描かれていた。


「アニカと犬のペロね。この国の代表的な絵本よ」


「この本を貸してくれた子と同じ名前だ」


 僕は字が読めない。だからこの子の本を借りたって、読むことができない。困っているうちに、アニカは他の子供たちの方に走って戻って行ってしまった。


 困った顔をしている僕を、シャニが覗き込んでくる。好奇心旺盛な瞳がいつもキラキラと輝いていた。


「もし読めないなら、私が読もうか?」


「え、いいの?」


「もちろん!」


 どうやら察してくれたらしい。シャニは一見強引に見えるけれど、ちゃんと人の事を見て接してくれている。優しい人だ。


「ありがとう、すごく助かるよ!」


 そんなことを話していたら、シャニのお父さんの腕がヌッと伸びて来る。それに一瞬固まっていたら、頭をガシガシと撫でられた。


「知らないことはこれから覚えればいい。遠慮せずにウチにいなさい」


「うん……」


 撫でられた頭が温かい。なんだかこそばゆい気持ちになる。少しだけ浮き足立って歩いていたら、道の先に見知った顔が見えた。


「あ、ルウ!」


 今日は随分といい日だ。早足で近づくと、ルウもこちらに気がついたのか足を止めてくれた。


「ねえ、ルウに会いに行ってもいい?」


「もちろん。大体図書館か聖堂にいるから、会いに来るといい」


「ぷる!」


「やった!」


 ルウの肩にいるぷぷるが手を上げたから、こちらも手を上げて挨拶を返す。ちらりと見える肉球がぷにぷにと可愛くて、つい顔が緩んでしまう。そんな僕に、ふとルウが思い出したように口を開いた。


「それよりマーヤ、お前に伝言を預かっているんだ」


「伝言?」


 この街に僕の知り合いなんかほとんどいない。不思議に首を傾げれば、ルウは少しだけ口角を上げて笑った。


「"ようこそマーヤ、今日は本当に良い天気だね"」


「うん、そうだね……?」


 一体誰からの伝言なんだろう。なんでもない挨拶みたいだけれど、この街で僕のことを知っている人なんてそう多くない。ルウに誰からかを聞こうとした瞬間、遠くでシャニに名前を呼ばれた。


 ……まあ、いいか。急いでシャニたちの元に走って戻る。僕はそれ以上、考えない事にした。

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