三日目_洗濯物
宿屋の朝は早い。今日も朝から大忙しで、沢山のシーツをシャニと二人で洗濯していた。
「マーヤのおかげでお昼前に干し終わったわ。一人だとなかなか厳しくて」
「お役に立てたなら良かったよ」
確かにこの量を一人で洗濯するのは骨が折れるだろう。真っ白な地面に真っ白なシーツが沢山たなびいている。青い空がきれいだ。心地よい風にグッと伸びをしていれば、お昼の時間になったのだろう、ゴーンと鐘の音が鳴り響いた。
シャニの見様見真似でお祈りをすれば、ぐうとお腹の音が鳴る。お祈りの時間にお腹の音を鳴らすなんて行儀の悪い奴だと思われただろうか? 恥ずかしくて身を縮こませていると、シャニがそれを見てクスクスと笑った。
「もうすぐお昼ご飯だけれど、ちょっとお菓子休憩しましょうか」
「やったあ!」
今日はとても天気がいい。洗濯物を干している横で、シャニお手製のパウンドケーキを頬張った。ドライフルーツがいっぱい入っていて、いろんな味がしてとても楽しい。
「そういえば、マーヤはどうしてこの街に来たの?」
「うーんとね……」
別に後ろ暗いことがあるわけじゃない。でも、なんとなく話しにくくて、なんと言ったらいいか分からずにモゴモゴしてしまう。
シャニの好奇心いっぱいの瞳が僕を見ている。なんとか話し出そうと口を開いた瞬間、ビュウと強い風が一帯を通り抜けた。シャニのキレイな長い髪がぶわりと流れていく。
「きゃっ!」
干していたシーツがバサリと空に舞い上がった。まずいと思ったけれど、急なことに手が届かない。それは風に乗って流されると、ぶわりぶわりと屋根の上に消えていった。
「やだ、屋根の上に乗っちゃった!」
シャニの宿屋は二階建てでそれなりに高さがある。側面はつるりとしていて引っ掛けるものもない。
何かないかと宿屋の外周をぐるりと周ると、壁に沿って生える一本の細い木を見つけた。これだけでは普通の人間には登れないだろう。だけど、僕にはこれぐらいあれば問題ない。グッグッと足を伸ばし準備運動をする。
「マーヤ、何をするつもりなの?」
「シーツを取ってくる。シャニはそこで待ってて」
「どうやって?」
不思議そうな顔をするシャニを背にして、助走をつけて壁を蹴り上げる。隣の細い木に足を引っ掛けてタンッタンッと駆け上がれば、あっという間に家の天辺に辿り着いた。
落ちているシーツを拾い上げて、屋根からぴょんと飛び降りる。アクロバットをしていた癖で、クルッと一回転して、スタッと地面に降り立った。
「シャニ、シーツ取ってきたよ!」
役に立てたことが嬉しくて、勝手に頬が緩んでしまう。シーツをシャニの前に出せば、彼女は目を点にして僕を見ていた。
……もしかして僕、何かしてしまったんだろうか? 屋根に土足で上がるのは厳禁だったとか? 女の子なのにはしたないと思われたのかもしれない。
「……シャニ?」
不安になって名を呼べば、ガッと勢いよく両肩を掴まれた。
§
「ほんっとにすごいわマーヤ!」
「シャニ……褒めてくれるのは嬉しいけど、その話今日で4回目だよ」
「だって本当にすごいんだもの!」
シャニとおじさんと僕の三人で食卓を囲む。お昼ご飯を食べながらも、シャニの話は止まらなかった。どうやら生来のお喋りらしい。出会ってから今まで、いつも楽しそうに何かを話している。
「まるで曲芸師みたいだったって、隣の家のおばさまも褒めてたわよ! 空をピョーンと跳んでいるみたいだって!」
「う、うん。ははは……」
曲芸師だからね……。シャニのその言葉に愛想笑いを返す。
どうやら隣の家の人にも見られていたらしい。今更になって、自分の行動がなんだか恥ずかしくなってきた。確かに演技としては人に見せていたが、普段の日常を見られるのとはまた別だ。
「もしかして何か芸事をやっていたのか?」
「あー……」
おじさんの指摘に逡巡し、ゆっくりと口を開く。昼間にシャニにも聞かれたことだ。隠しておいても仕方がない。
「アクロバットを少しね。ここに来る前は雑技団に所属していたんだ。あんまり上手くないからクビになっちゃったけど……」
「まあ、そうなの……曲芸師の世界って厳しいのね」
「あはは……まあ、そんな経歴だから学校にも行ったことがないんだ。字も読めないしね」
自らの教養のなさをわざわざ伝えるなんて馬鹿のすることだ。マリーだったらきっとそう言うだろう。でも、この人たちに強がってもしょうがない。
シャーベスおじさんは少しだけ考える仕草をすると、立ち上がり何処かへ歩いていく。食堂にある掲示板のところで足を止めると、紙を一枚外して僕の前に持って来た。
紙には小さい子が描いたのであろう、子どもたちが遊んでいる可愛らしい絵が描かれている。字が読めないから、何のチラシかは分からなかった。
「今日の午後に孤児院の勉強会がある。参加してみるか?」
「え? なあにそれ」
「週一で孤児院の先生が子どもたちに勉強会を開いているのよ。歴史や文化が主だけど……学校気分は味わえるかも?」
「ま、内容は子ども向けになっちまうがな」
僕はこの世界について知らない事が多過ぎる。子ども向けならそれこそ行ってみたい。そう思ったけれど、安易に言うことはできない。だって僕は部外者だから。
「……迷惑じゃ無いかな?」
不安そうに見上げた僕の頭を、シャーベスおじさんはポンポンと撫でてくれた。
「どうせ孤児院には炊き出しで行くんだ。子どもが一人増えたって文句は言われねぇだろ」
「そうよマーヤ、私も一緒に出るから!」
それは心強いけど……そう言ったシャニを、おじさんが呆れたような顔で見た。
「いやシャニ、お前は炊き出しの手伝いだぞ」
「えー!」
学がない事は、僕の中で大きなコンプレックスになっていた。それを笑わずに受け止めてくれた事が嬉しくて、心が温かくなっていく。
「おじさん! 僕参加してみたい!」
「おう。好きなだけ勉強してこい」
僕の言葉に、何故かシャニがヤッターと腕を上げる。シャニはどうして僕のことに一喜一憂するのだろうか。不思議な感覚だが、不快ではなかった。
「よし! 決まりね! 早速準備しなきゃ!」
食器を流しに片付けて二階に上がる。午後の準備をする為に、僕はシャニの後をついて行った。




