ep.7 埋め立て地のモトクロス場〜KDX200
僕はバイクの動画を観ていた。
それはアメリカで行われたオフロード車のレースであるモトクロス。
モトクロスのコースは、一周約3km程のコースの中に連続するコブ山(フープス)やジャンプ台、急旋回のターンが必要なコーナーとかが人工的に作られたモノだ。
屋外のオープンスペースだから、乾いていれば砂ぼこりを巻き上げ、雨が降ったり水気を吸えばコースは泥だらけになってしまう。
天気によって様変わりするコース。
だけど砂ぼこりだろうと泥道だろうと、ライダー達はお構い無しだ。
ジャンプしスライドさせ、正に駆け抜ける!
ライダー同士の競り合いも見所!
肩肘張ったライディングポジションが接近すれば、意識的なのか無意識か、ライダー同士の接触も有る!
競い並んで走るライダーが、フープス(連続するコブ山)を抜け、ほぼ同時にジャンプして、揃って先のコーナーへ飛び込む!
見ている方は自然と熱がこもる。
「凄い荒れ地のコースの中なのに、このスピード感!それでレースだなんて!」
泥、ぬかるみ、砂地、轍、ジャンプ!
舗装された路面とは全く違う。
荒々しく、激しく走る為にわざわざ作られたコースだ。
画面の中で競り合いは続く。
競い合う者は隣と肘がぶつかり、大きく差し出した足を起点にバイクをターンさせ、イン側を押えた者がコーナーで相手を抜き去る!
マシンの上で体をぶつけ、コーナーへの優位な位置取りは格闘技を彷彿させる!
競り合う多くのマシンは、泥や小石を巻き上げ、砂ぼこりを大きく広げ疾走する!
知ってはいたけど、ロードレースとは全く血色が違う。
モトクロスは、オフロード用のオートバイを使用して、未舗装の周回コースで速さを競う。
そのコースは、未舗装路のコース上に、ジャンプセクションや急カーブ、フープスと呼ばれる連続した凹凸などのセクションが設けられており、規定時間での周回数と速さを競うスプリントレースだ。
また、モトクロスの本レースでは、スタート地点にバイクが横一列に並び、一斉にスタートして第1コーナーに飛び込んで行く!
それは他のレースでは余り見られない迫力のスタートシーンである。
僕は視線が外せなかった。まさしく画面に喰い付いていた。
深い轍のコースもお構い無しに、泥をまき散らし、後輪なんて左右に暴れたまま、ライダー達は突っ走る!
砂や小石で滑るであろう荒いコースと格闘しながらも、それらを物ともせず、路面を削るかの如くに駆け抜け、荒々しく相手と競り合い、抜き去る!
その迫力に圧倒された。
そして続いて観たのはスーパークロス!
どこかのスタジアム内に作られた特設コースをライダー達が駆け回る。
「うわっ、スゲー!」思わず声が出た。
ジャンプのセクションでは車体が跳び上がり空中に浮く!
スタント走行では、5m 程の高さに届くであろう大ジャンプはピョンピョンと繰り返えされる。
「オフロード車かぁ、、、」
実はオフロード車、トレール車(山道や砂利道と舗装道路を走るバイクの総称)とも呼ばれる車体には、ヤマハのDT50にしか乗った事が無い。
モトクロス競技の車両は『モトクロッサー』と呼ばれ、公道での走行を許可されていない競技専用車両、荒れ地を走るレーサーである。
通常のバイクとは異なり、保安部品であるヘッドライト、ウィンカー、クラクション、バックミラー等は無い。
それは安全性と軽量化の為に取り除かれている。
実際に、ライト部分にはゼッケンプレートが付き、レース中にウインカーを出す機会は無い。
また、不整地でスピードを競う為、前後のサスペンションのストロークが長く、タイヤ(ホイール)は直径も大きくゴツゴツとしたブロックが付いている特徴を持つ。
それは車体全体の背を高くしている。
現在のレースで主に乗られる車両は4サイクルの250cc・450㏄が占める。
以前は2ストローク車が主体であったが、バイクメーカーは排気の規制から2ストバイクの製造から撤退してしまった。
それはレースシーンのレギュレーションを変えるに至る。
レーシングマシンだって一般市販車と同じ会社が造る。
レースシーンは販売車両の開発の側面も持つのだから、市場に出せないマシンを続けて作る事は無くなった。
ヤマハ製のDT50
水冷2ストローク、49ccの単気筒。
前後のタイヤはフロント19インチにリヤ17インチと50ccといえど車格はそれなりに有る。
エンジンも取り扱い易く、車格と合わせて凄く乗り易い。
ウイリーやジャックナイフとか、親父とスタントごっこをした程度。
「そう言えば」
グッチさんの店『モトハウス・グッチ』には、新車のオフロード車が2台並んでいた。
グッチさん、オフロードをやってたりして。
『モトハウス・グッチ』
僕はグッチさんの店に訪れた。
親父の古い知人が営むオートバイショップ。僕が訪れる時は他にお客さんの姿が無い。
それはちょっと他人事ながら心配になる。
「グッチさん、こんにちは」
「おう正雄、今日はどうした?」
グッチさんは明るく僕を迎え入れてくれる。
お店のお客さんとは言えないのに。
「ええ、ちょっとオフ車に興味を持ったので、」
僕は動画で観た、オフロードのレースを話題にした。
「実際にオフロード車は殆ど乗った事が無くって。それにモトクロスコース、あんなにもジャンプとか荒れ地ですか?あんな場所を突っ走るなんて、」
上手く乗りこなす自信が無かった。
それが逆に興味をそそられた事でもあるけど。
「正雄、オフはいいぞぉ~。ちょっとついて来い。」
グッチさんに続いて、店舗の横側になる整備場のもうひとつ奥に倉庫に見える建物に向かった。
『ガラガラガラガラ〜』
グッチさんの手で上げられたシャッターの向こうには、オフロード車が4台、スタンドに乗せられて並んでいる。
「コイツはお客さんの、まあ仲間内のマシンだけど整備兼保管を頼まれているのもある。」
僕達は揃って埃の舞う倉庫の中に入る。
どの車体も全面のフロントライトの替わりに、四角いナンバープレートが付いていて、実際に『20』とか『39』と番号が記されている。
どれも一般公道を走る車体とは違い、モトクロス場を走る事に特化されたレーシングマシンだ。
オフロード車はどれもフレームがハッキリと確認出来、骨っぽさを感じる。
オンロード車に比べその背が高く、細身の車体だ。
この並ぶ4台とは別に、奥の壁際に前後する形で2台のバイクが並べられている。
「この2台は俺のマシンだ。」
グッチさんのオフ車?!
薄暗い中で、僕は2台を順番に見て回る。
並ぶ2台共、一般公道を走る為のナンバープレートは付いていなかった。
「コッチは保安部品を取っ払ったKDX、コッチのXRはオーストラリアのフルパワー仕様だ。」
グッチさんはXR250を得意気に説明してくれる。
「ちょっと古い車体にはなっちゃうけど、当時手に入れるのに少し奮発したんだ。」
XR250は1980年代後半に現れた車体だ。
当時の国内、ホンダの同クラスで発売されていたのはXL250R。
4ストローク、248ccの単気筒。
エンデューロレーサーのXR250が市販車として導入されたモノ。
そして、XL250Rの輸出仕様と言えるのがXR250。
ちょっとややこしい。
「そこは世界のホンダ。整備をすればしっかりと応えてくれる。」
グッチさんは逆輸入車を買ったんだ。
「俺はな正雄、パリダカに出たいと思っていたんだ。」
『パリ〜ダカ』に出場する、砂漠を走る!それはグッチさんの憧れであり夢だったのか。
バイク乗りは夢を持つ。
いつの日にか走ってみたい場所、走りたい道。僕にだってある。
パリダカ、パリ=ダカール・ラリー。今では『ダカール・ラリー』と名称が変わったが。
ダカール・ラリー。1978年から例年1月に開催されているラリーレイド競技大会。
元々はパリ=ダカの通称で呼ばれ、フランスのパリをスタートし、アフリカ大陸のサハラ砂漠を横断し、セネガルのダカールをゴールとして目指す壮大なルート。
過酷な長距離を走りきったマシンは、最期に海岸線を走りダカールのゴールを目指すシーンは美しく感動を引き起こす。
ただ、ダカールラリー、皆が口を揃えて言う『世界一過酷なモータースポーツ』のラリーレイド競技であると。
一日平均500kmを走破し、総距離1万kmを約20日間掛け、道なき道、砂漠のど真ん中を走破する。
この長距離、長時間を走る為に選ばれ創られたバイクが『エンデューロレーサー』。
エンデューロとは、山道や林道などの未舗装路を長時間走り、技術や耐久性を競うモノであり、モータースポーツや自転車競技の耐久レースも行われる。
海外のエンデューロレースはヨーロッパで盛んに行われており、1周が数十kmあるコースも有る。
日本でも全日本エンデューロ選手権として行われているが、開催場所の関係から1周が10km程度のモノがほとんどとなる。
また、エンデューロレースと聞くと耐久レースの様相であったり、クロスカントリーレースと競技としてのバリエーションは豊富である。
エンデューロに使われるバイクは、「エンデューロレーサー」と呼ばれ、モトクロッサーがベースであるが、高い耐久性と大型の燃料タンクを備える。
また、レースによっては昼夜問わず走行したり、公道を走行することも有る為、保安部品が取り付けられているものもある。
一般の人が参加しやすい初心者向けエンデューロレースでは、市販のオフロードバイク(通称トレールバイク)で参加でき、レース内容によって保安部品を外したりして参加をする事が可能である。
また、モトクロッサーとエンデューロレーサーには使用されているタイヤにも違いがある。
エンデューロのコースはモトクロスコースのように整っておらず、石、岩、倒木など様々な障害物を走破するシーンも有る。
その為、モトクロスタイヤよりもブロックの山が低く、どんな路面でも対応でき、整地も走れる様なオールラウンドなタイヤとなる。
「このXRはな、仲間内での耐久レースなんかで乗る。」
仲間内でレース?耐久レース!
「正雄、今度の日曜日にオフ車のフリーの走行会が有るから行ってみるか?」
「いいんですか!」
何というタイミング!何というありがたいお話し!
「ああ、仲間内での走行会だから誰でも走れるぞ。」
うぉー、気持ちが高鳴る!
「正雄のクツのサイズは?」
「26半ぐらいです。」
「よし、」
グッチさんのオフロード専用ウェアのツナギは、さすがに身長が合わず(僕の身長178cmに対して、グッチさんは170cmぐらい)借りられないけど、ヘルメットも貸してくれると。
「グローブはどこかで買って来い。」
グッチさんのお店に置いてあるのは、ちょっとお高いヤツだそうだ。
そっちは本格的にやり出してから揃える物だと。
僕のウエアーに関しては、まあお試しなので、泥に汚れてもいいような作業ツナギを貸してくれると。
もう、手ぶらで来ればいいと言ってくれている。
「この仲間内のフリーの走行会と言っても、一応、ちゃんとしたモトクロスのコースだぞ。」
モトクロスコース?!
「それで正雄、持って行くマシンはどっちにする?」
「いえ、選べないです。どっちがいいのか分からないです。」
「まあ、乗り易さだと2ストのKDXだな。エンデューロ
系が強ければXRだ。」
「まあ、今回のフリーランはレースの設定もされてないし、気軽に周回すればいいだろうから。」
「正雄、KDXにしよう。」
「ぜひっ!」
「オフへの入門として、コースと車体のお試しならKDXが断然入り易いかもな。」
カワサキKDX200
2ストローク200cc、フロントホークは倒立式であり、今に続くフロント倒立ホークの当時の最先端を行っていた。
高いシートポジション、そのシートの直ぐ横にエンジンから伸び上がってきたマフラーのサイレンサーが来る。
「正雄、普通に走ってもジャンプするぞ。」
「本当ですか?!」
配信動画の映像が蘇る。
「一度でも跳べば、病み付きだぞ!」
病みつき?!
あー、次の日曜日か待ち遠しい!
あっ、次の日曜日は瑠璃子とデートだ。
いつでも待ち遠しい日曜日は、瑠璃子との約束をしている、、、どうしよう?
「瑠璃子さん、次の日曜日なんだけど、」
僕の電話の声は、尻すぼみになる。
だって瑠璃子の都合より自分の事を優先させるなんて、、、
凄く言い難い。
「何か用事でも入ったの?」
「う〜ん、」
言い難い。
「ちゃんと言いなさい!」
「あっ、う〜ん、実はさ、」
僕はグッチさんに誘われたフリーの走行会の件を話した。
「私も見に行くわ。」
「屋外の草むらだか、湿地帯?ピクニックみたいなモノね。」
いや、どうだろう?
「瑠璃子さん、いいの?でもそのオフロード場は海に近い埋め立て地で、ピクニックと言えるかどうかは甚だ怪しいんだけど。」
「そんなデートでも良くってよ。」
日曜日の早朝。
僕は瑠璃子の赤いSLで『モトハウス・グッチ』に乗り付けた。
グッチさんは少し驚いたみたいだ。
それは僕が赤いSLで来た事なのか、女連れであった事なのかは分からないけど。
僕はグッチさんに瑠璃子を紹介し、今日同行する了解を貰った。
「しかし正雄に彼女だなんてなぁ〜、それもこんなに美人で、それに大き、、、ああ、済まない。」
グッチさんが瑠璃子に向かうと、グッチさんは少し見上げる格好となってしまう。
「私が高身長なのは父譲りですから。ですからどう思われましたとしても、私が気にする事はございません。ですのでグッチさん、お気になさらずに。」
「ああ、こちらこそ。いゃさぁ、佐原さんと並ぶにはオレは釣り合わないってな。」
うぐっ、グッチさん僕も釣り合ってません。
瑠璃子は日本人の女性に比べ高身長である事を気にしない、外国の血は入っているけど、日本人だけど。
むしろ親から受け継いだ事だと胸を張る。
そう、胸を張る、、、グッチさんが「大きい」と思わず漏らしてしまったのは、瑠璃子のバストの事だったりして。
グッチさんのロングのハイエースにKDXを積み込む。
僕の着替えとか、お借りする用具や用品、簡単な工具セットの入った工具箱。
日除けのタープにベンチとか折り畳み式のテーブル。
ちょっとドコに行くのか怪しくなる。
「ガソリンは危険物だからな。仲間が現地で準備してくれている。」
グッチさんからバイク『仲間』、いい響だ。
ピクニック気分の瑠璃子は、カバンやバスケットをSLからハイエースへと積み込んでくれた。
運転席でグッチさんがハンドルを握り、瑠璃子は助手席に。
僕は真ん中にある補助席に座り、決して広くは無い運転席に三人して横並びに座る。フロントガラスには三人の並んで座る姿が映る。
僕と瑠璃子は密着状態。
「何だかバイクを積んでどこかに走りに行くなんて、ワクワクします!」
こんな経験は初めてだ。
「サンデーレースや草レースに参加する人達って、こんな気持ちなのかなぁ。」
いつか僕も自分のバイクを積み込んで、レースとかサーキットも走ってみたい。
「今から出発するけど、佐原さん?瑠璃子さんでよかったかな?」
「ええ、どちらでも構いません。」
「ちょっと先に言っておくけど、今日行く場所は余りキレイとは言えない。」
フリーの走行会が行われるモトクロス場は、海に近い埋め立て地。
『美しい景観』なんかは期待しちゃいけないのかも。
「それと少し匂いがね、臭く感じるかも知れない。」
今から向かう埋め立て地は、湿気の多い泥水に覆われている。
水ハケの悪さは、溜まり水が悪臭を放つ場所も在るのだと。
「あと、トイレね。在るにはあるけど、清潔だとは言えない。」
「それでも大丈夫?」
瑠璃子みたいなキレイなお嬢さんが行く様な場所では無いと、遠回しにグッチさんは言っているのだろう。。
屋外と言えど、ピクニックの気分だったら、それは台無しになっちゃうかも。
「グッチさん、この目で見てもいない事に対して私はとやかく言えません。」
「とにかく連れて行って頂いて、、、どんな感想を持つのかは今の段階ですと誰にも分かりませんね。」
瑠璃子はグッチさんに微笑み掛ける。
瑠璃子は、、、強い!
でも大丈夫かなぁ。僕も今日行く埋め立て地のモトクロス場が、どんな所なのか分かりません。
モトハウスグッチから海が近い埋め立て地のモトクロス場までは、1時間半程掛かる。
途中でコンビニに寄ってグッチさんの喫煙タイム中に、飲料品やお菓子を買い込み、トイレも済ます。
しばらくすると、潮の香りが伝わって来た。
「ああ、海の近くまで来たのね。」
「正雄さんと海には行った事が無いわね。今年は一緒に行きましょう。」
いえいえ、プールも行った事はございません。
海、当然瑠璃子の水着姿!
「何?」
「いや、うん、瑠璃子はどんな水着を着るのかなぁって」
まだ想像する前なんですけど。
「実は水着って持っていなくって、中学生のスクール水着以来着た事が無いのよ。」
高校生の時に、体育の水泳の時間が無かったって事?
思い返せば、中学生の体育の時間に水泳の授業は毎年あった。
でも、僕が高校の時の体育の時間に、3年を通して(途中で転校したけど)プールの授業は1回か2回ぐらいしかやらなかったかも。
高校の時の女子がどうだったかは、気にもしてなかった。
部活の後、夕方のプールにサッカーパンツ一丁で皆んなで飛び込んで、体育の先生にドヤされたなぁ〜
汚い格好で入るなと。砂や汚れを落としてから入れと、寛容な先生だった。
「そうね、今度付き合って貰うわぁ」
「何を?」
「当然水着を買いに行く事よ。」
「えぇ~」
「何よ」
「いや、」
女性の水着売り場なんて、何だか目のやり場に困りそうだし、僕が場違いな事間違い無し。
到着すれば、既に多くのワンボックスや、軽トラとかが並んでいて、日除けのテントやベンチなんかも多く設営済み。
まるでオートキャンプ場やバーベキューの様相だ。
家族連れの姿も多い。
僕は何処に来たんだ?
車を停めれば先ずは僕達も日除けのタープを張った。
その下に折り畳み式のベンチやテーブルにクーラーボックスを出した。
グッチさんの各種用品の準備も万全だ。
「瑠璃子さんはこの下に入っていて。」
日焼けを気にする女性に対して、グッチさんの気遣いだ。
僕はグッチさんとKDXを降ろし、工具箱(重い!)、その他モロモロの物を降ろす。
瑠璃子は折り畳み式のテーブルを広げ、ベンチの配置を整える。飲み物とかを並べてくれていた。
そしてベンチに座ると、テニスシューズと靴下を脱ぎ編み上げのサンダルに履き替えた。
「瑠璃子、用意周到だね。」
続けて瑠璃子は日除けクリームを取り出した。
今日の瑠璃子の出で立ちは七分丈のサブリナパンツ(お尻とモモは密着)、長袖のポロシャツとスポーティだ。
それと、SLの大きくはないトランクから取り出した大きな麦わら帽子。黄色いリボンが凄く可愛い。
履き替えた編み上げのサンダルと合わせて、リゾート気分のお嬢様が出来上がっていた。
だけどゴメン、この埋め立て地のモトクロス場は、何だか荒れた場所でリゾート地とは程遠い。
「正雄さん、このクリームを塗っていただけません?」
僕は瑠璃子のうなじから背中の上の方辺りに日焼け止めのクリームを塗った。
このまま手の平を服の中まで突っ込みたい衝動を抑えて。
グッチさんには羨ましそうに見られてしまった。
なんかすっかりバーベキューでも始まるのか?いや、パドックが出来上がった。
「瑠璃子さん留守番をお願い。ちょっと受付けをしてくるよ。」
僕とグッチさんはKDXを押しながら受付に向かった。
「瑠璃子さんをひとりで残して大丈夫かなぁ」
「変なゴロツキとか出るんですか?」グッチさんのバイク仲間?
「いゃさぁ、トイレの場所を教えてなかったし」
なるほど。
「それと正雄も見たかも知れないけど、家族連れも多い。至って平和な寄り合いだよ。」
「それよりも正雄、」
「はい、」
「どこで見つけた?」
「佐原って、あの大きな家か?」
「どうして日本語ペラペラなんだ?」
グッチさんに瑠璃子の事を詰問されてしまった。
受付だとか言う場所が遠く感じる。
「グッチ、来たな。」
「ああ、受付ごくろうさん。」
「コッチは?」
「ああ、俺の知人の息子さん。今日オフデビューなんだ。」
「それはそれは、楽しんでくれよ、」
受付で参加者名簿に記入して、参加費を支払い、次に小さなローリ車に向かった。
そこでKDXのガソリンを足してもらった。
「グッチ、こちらの方は?」
「ああ、忠男の息子だ。」
「忠男の〜!そうかそうか、」
親父の知人?友人?
「草刈正雄です。よろしくお願いします。」
「草刈くん、ウチのスタンドにも来てよ。給油代は要らないよ。」
「いえいえ、そんな、」
嬉しい申し入れだったけど。
だけどオヤジの知人か友人に会う。
グッチさんの時もそうだったけど、何だか不思議で新鮮な驚きを感じた。
でも、僕がどういった態度をすればいいのかの戸惑いと困惑も有るけどね。
「正雄、ガソリンの持ち運びは基本NGだ、危険物だからな。」
「だからこうしてガソリンを調達している。スタンドのコイツを取り込んだんだ。」
「今日は?」
「今日は裏方だよ。」
「そうか、済まんな。よろしくな。」
「グッチ、来たか。」
「グッチ、遅かったな。」
グッチさんは多くの人と挨拶し言葉を交わし、僕の事を紹介してくれた。
「グッチさんのトコの美女、あれ誰です?」
グッチさんのお仲間、年齢幅も広ければ、人数も多い!
「グッチと仲良くしとかないと、(この場所で)マシントラブルをみてもらえないからな。」
「いや、お前がトラブっても知らんぞ。それに有料だぞ。」
グッチさん、頼れる男なんだ、カッコいい。
「正雄、先ずはコイツだ。」
僕達のブースだかパドックに戻り、グッチさんが取り出したのは2ストオイル。
2ストローク車はガソリンとオイルが混合されて圧縮され、スパークコイルで爆発される。
ガソリンと2ストオイルが混ざって燃焼されれば、マフラーから白煙となって噴き出される。
「コイツのオイルタンクは取っ払っちゃってるからな。」
グッチさんはそう言うと、ガソリンタンクのキャップを開け、測られた少しの2ストオイルを注ぎ込む。
「そして、こうだ」
グッチさんは車体を揺らし、ガソリンタンク内でガソリンと2ストオイルを混ぜ出した。
「混合比率が有るからな、天候に左右されるけど、基本は規定値を守る事。」
オイルの混合比率が多いと、燃焼不良や場合によっては点火プラグが被ってしまう。
逆にオイルが少ないと、エンジンの焼き付けに繋がってしまう。
『パパーン!』
「よし、」
グッチさんのキック一発で、KDXは甲高い排気音を出し、白煙を立てた。瑠璃子ちょっと驚いたかも。
「マシンの準備はオッケーだな。」
各所の整備は済んでいるとの事。
「じゃあ正雄、オレ達の準備だ。」
僕達は(一応)車の陰で着替えを済ませた。
僕はちょっとヨレてしまっている布ツナギにグッチさんブーツという出で立ち。
このモトクロス用のブーツが以外と硬くて重くて驚いた。
つま先には足先の保護用に金属が打ち付けられている。
グッチさんはモトクロスのウェアーにブーツもグローブもカッコいい!プロテクターも着けてる。
ちょっと見違えた!
「正雄、俺のお古でボロいかも知れないが、プロテクターを着けてくれ。」
僕はグッチさんからモトクロス用のプロテクターを渡された。
胸と背中に装備して、プロテクターに体を挟まれたみたいだ。
「用心に越した事は無いが、コースを走る上でのマナーだと思ってくれ。」
「自分の身を守る物には変わらないが、ノーヘルで裸のライダーが隣を走ったらどう思う?」
ちょっと面白いかも。
「一緒に走る者が怖くてやってられないよ。オフは転倒するし、怪我もする。だから一緒に走る者に変な気遣いをさせない事もコースを走るマナーだよ。」
「はい。」
面白いと思った自分が浅はかでした。
「よし正雄、俺が先に行って来る。まぁコースに挨拶とコースの状態を見て来るよ。」
グッチさんが白煙を上げ、コースに飛び出して行くのを見送った。
目の前には次々と多くのマシンが通り過ぎて行く。
KDXと同じ様な2スト車両が走る。
2スト車の新車販売は無くなり、公式のレースでも走れない。
フリーの走行会だからなのか、4スト車両の方が多い中でも今日は仲間内でのフリーラン。何にも縛られない中で2スト車が引っ張り出されているのだろう。
けたたましく甲高い音を立てるレーサーも混ざっている。
排気量もバラバラだろう、コース内は無差別的にマシンが混ざり駆けて行く。
「瑠璃子、驚いた?」
瑠璃子の大きな麦わら帽子、似合ってる。
「先ずはバイクを始動させた時の音。それと皆が走る音。」
瑠璃子は2スト独特の甲高く、うるさい排気音を間近で聞いたのは初めてだろう。
「それとこの場所」
モトクロス場は僕も初めて来たけど、コース周辺は背の高い雑草に覆われていて、コース上にも小石よりも少し大きく感じる石が転がっている。
コースの外も決して褒められる様な姿はなく、波打つ地面はデコボコで、硬い石の地面の横にはぬかるんだ場所があったり、ただの荒れ地と変わらない。
動画で観たコース全体とはその景観は全く違い、それは整備された競技場だったから。それに比べちゃうとこの場所は、もっと雑に荒れているモノであった。
「そうね、オートバイの音はスゴイのね。うるさいわ。」
瑠璃子はそう言いつつも微笑んでいる。
「それとこの場所。ピクニック気分なんて微塵も感じられない酷い場所。」
ありゃ〜、予想はしてたけど瑠璃子からの厳しい感想。
瑠璃子には不釣り合いな場所。
もう帰りたくなっちゃったかな?
「でも、いいんじゃない?この場所はうるさいオートバイを走らせる為に作られた場所。」
「だから郊外で、周囲に迷惑は掛けず、わざわざ皆さんはやって来る。ココは思いっ切りやれる場所なのね。」
「見た目だけね。考えや想いは陸上競技場やサッカー場と変わらないでしよ。」
わぁ〜瑠璃子、寛大だ。
戻って来たグッチさんの下半身とマシンには、いきなり多くの泥が付いていた。
「今週始めの雨の影響か、ぬかるみと轍が深い。ちょっと初心者には難しい所も有るぞ。」
初心者。そう、僕はこんなにも本格的なオフ車もそのコースも初めてだ。
「正雄、一周目は先ずは無理せずに慣れろ。」
その初心者には難しい場所かあ、どんな難しさなんだろう。
「それで2〜3周はしてこい。」
僕はグッチさんから細かなアドバイスを簡単に受ける。
「ジャンプの前は前方を確認しろ。前走者にぶつかるなんてご法度だぞ。それで真っ直ぐに必ずケツから降りろ。」
周囲を走る皆さんの方が熟練者達だから、僕が気遣いする必要も無いとも言ってくれた。
「正雄がマナーや誰かの走りがどうとかを気にしてる間にブッチギられてるぞ。」
「よし正雄、行ってこい!」
初めてのモトクロス場、初めてのモトクロッサー、僕はグッチさんに送り出される。
コースの出入り口であり、一種のピットスペース場所への出入口となる場所へ進み、左からの車両が来ない事を確認してコースに入る。
オフロードのコース、舗装なんてされていない土と砂、それに小石と泥の道。
でも、思いの外普通に走れる。デコボコタイヤのお陰かな?
先ずはどんな所、どんなコースを走るのか、一回りします。
少し進めば先に見えるのは、コース幅いっぱいに横長のコブで仕切られた小山、それがジャンプ台。
流石にジャンプが出来る程のスピードには乗っていないので、コブを乗り越える様に進む。
『パパンッ!パーン!』
甲高い音が迫って来たかと思えば、白煙を吐きながら見事なジャンプで僕を飛び越す様に追い越して行った。
「ほぇ~、ジャンプスゲーな!」
そんな他の人達に抜かれながらも、気にせずに僕が進むコースにそれは現れる。
「轍だ!」
轍に向かえば、動画で観たハードなコース状況から、ハイスピードで突っ込むには少しの恐怖を感じてしまう。
あの(動画の)モトクロスコース程ではないけど、ココの轍に作られた溝は10cm以上の深さを持つモノも有りそうだ。
それが何本も、まるで波打つ大蛇の背が所狭しとひしめき合い、僕の進行を待っている。
『ガゥッ、グガ、グガッ』
恐る恐る入った轍にリアタイヤは取られ、車体を滑らす!
「わっとととと、」
前輪と後輪がそれぞれ違う轍の溝にタイヤを取られ、僕のマシンの向きは斜めになってしまった。
僕は思わず減速し、両足で地面を蹴りながら轍を抜ける。
「こんなコースを?!」
この轍の地面は、硬い泥と軟らかい泥が混ざり合い、タイヤによって深く削られ溝が増す。
低速で進んだ僕は、波打つ轍にタイヤが嵌まってしまった格好だった。
後輪に限らず、当然前輪とハンドルも取られてしまう。
「こんな、、、道やコースって呼べるのか?」
僕は少し呆れていた。そこに後続から迫る誰かのマシンの排気音が迫って来た。
『バゥ!バゥバゥバゥバゥ!』
リヤタイヤは泥を跳ね上げ進ん行く。
僕がへっぴり腰で抜けた轍を躊躇もせず、轍を削りその溝を深くするかの如く、難無く抜けて行ってしまった。
「スゲー」
でもどうやった?
僕はマシンから降りると(スタンドが無いので、斜めに倒した状態)、轍コースの手前まで歩いて戻った。
次の音がやって来る。甲高い音!多分2ストのレーサーだろう。
轍手前で若干の減速はあっても、速度はそのままに、リヤを左右に大きく振りながらも、これまた難無く抜けて行った。
「皆んな上手いなぁ〜」
暴れるバイクという鉄馬を見事な手綱捌きで地面を削り取ってしまった!
でも、何かが掴めた。
跳び込む度胸とは違う。乗車姿勢とアクセルワーク、何より重心移動。そして、押さえ込む。
「次の周回で確かめよう。」
その他のコース全体を見回しながら進んでも、10cm程の深い溝が多く刻まれているコース、90度以上に巻き込むコーナー、連続するジャンプ台、デコボコの小山が続く、、、
注意深く、でも大胆に行かないと何処であれハンドルとリヤタイヤはコースに巻き取られてでもしまいそうだ。
そして全く同じラインで進んだとしても、コースは刻一刻とその姿を変える。
それはライン上に他の誰かのマシンに通過されたなら、地面は掘られ削られ、別の溝が生まれる。
例え一本の短いストレートだとしても、前周で通り過ぎたコースとは違っているだろう。
これがモトクロスコース、難敵だ!
だけど僕はワクワクしてしまう。
この難敵を(グッチさんの)バイクでジャンプやターンのコーナーリングをこなし、攻略し走り切る。
コースとセクションのレイアウトは憶えた。
そしてぼんやりと、僕を導く何時ものラインも見える。
まあ路面の状況が変わる中でも、次の周回で走るイメージが掴めたから何とかなるだろう。
よし、やってやろう!
「瑠璃子さん、正雄が来るよ。」
「えっ、どうして分かるんですか?」
「正雄はこのコース、マシンすら初めてだ。様子見でゆっくり行けとは言っていたが、まぁ戻って来ても良い時間だ。それと、」
「それと?」
「瑠璃子さん、音だ。」
「私にはどれも『パーン』だとか『ボフボフ』だとかで聞き分けられません。」
「それはそんなモノさ。正雄か乗ってるのは俺のマシンだから、尚更分かるよ。」
「ほら来た!」
「正雄ー!、どうだあー?!」
グッチは通り過ぎる正雄に大きな声を掛けた。
「うんグッチさん、分かったよ!」
正雄も大きな声で応え、左手を振り駆け抜けて行った。
「アイツ、何が分かったて言うんだ?」
さあさあ!
「よし、次の一周!」




