ep.3 お母様との対面~瑠璃子の秘密
「瑠璃子のお母さんに会う〜?!」
唐突で突然だ!
交際相手の親に会うなんて、結婚の許可を貰いにとか、結婚の報告する時なんじゃないのー!?!
「ええ、母が向こう(オーストラリア)では、娘はボーイフレンドを母親に紹介する事は慣例だって言うのよ。」
「お母さんって、日本の方だよね?」
「ええ、向こう(オーストラリア)にも住んでいたなんて聞いた事は無かったけど。」
日本であってもそんな習慣だか慣例って無いだろう?
「正雄ゴメン!妹も私も母には逆らえなくて、」
妹さん居たんだ。
だけど瑠璃子が逆らえないなんて、だいたい長女っていうのは、その家の女王様みたいな存在とか聞くけどなぁ。
「それで、娘がお母さんにボーイフレンドを紹介するって、どれぐらいのタイミングで、でもそんな慣例って実際に有るの?」
聞いた事が無い。でも、西洋文化を持つ人達はそんなシーンがあったかもなぁ〜と、何かの海外ドラマか映画のワンシーンを思い浮かべてしまう。
「さあ、私が知らないだけかも。」
やっぱり、僕が知らないだけか。
でも紹介するって、何歳ぐらいの時の交際で、どんなタイミングなんだ?
それこそ肉体関係をもってからだとしたら、娘さんを手籠めにした事を報告する様なモノじゃんか!
恐ろしい〜
「それでぇ、私が言うのも何だけど、母は厳しい人なの。」
「えっ厳しいって?」
「“厳格”って言葉が似合いそうな、曲がった事、意に反する事は許さない、そんな人かしら。」
瑠璃子から伝わる『育ちの良さ』が日本人のお母さんの“躾”からだとしたら納得する。
「それじゃあ、」
僕は全くダメじゃん。
うわぁ~何か弱ったなぁ。
瑠璃子が僕を彼女のお母さんに見せたら、、、釣り合い無さ過ぎる。瑠璃子の隣に並び立つ様な男では無い。
こんな僕を連れて行ったら、お母さん倒れちゃうんじゃないかなぁ。
「そ、それで、何か準備する事は?」
手土産って、何を持って行くべきだろう?やっぱケーキとか?
「母は見繕ったり飾ったり、おベッカなんかも嫌う人なの。着飾るのもどうかしら。だから普段通りのあなたのままでいて欲しいの。」
「普段通りって、」
僕は自分の姿を見下ろした。
だけど流石にジャージ姿じゃマズイだろう。
「正雄、お詫びとお礼も兼ねて、靴とズボンを買ってあげるから、今から出掛けましょっ!」
あー、何だか大変な事になりそうなんだけど、だけど瑠璃子、妙に嬉しそうだなぁ。
瑠璃子が嬉しかったら、それが全てと言っていい、けどね。
僕たちは瑠璃子の車(瑠璃子のお父さんの)で、郊外のショッピングモールに向かった。
瑠璃子の赤い車は、メルセデス製のSLタイプのオープン。
ガッチリとしたスポーツタイプの車体でツーシーター。
こんな車を買う人の気がしれないよ。
だけど瑠璃子はこの大きな車体を難無く乗りこなす。そこはアスリート気質を持っているからなのか。
いや、男勝り。
「何よ?」
「いや、別に」
僕の思いや考えは、直に瑠璃子に見透かされる。気がする。
元々住んでいたこの町の近くだと、知ってる誰かに出会いそうだし、、、それにまだ、瑠璃子と一緒に歩いている所を見られる自信は無い。一生無いかも。
それに僕がいない間に、郊外型のショッピングモールが出来た事を知ってどんな所なのかな、と行ってみたいとも思っていた。
瑠璃子の案内で向う事にした。
広い駐車場、なのに車はいっぱいに停まっている。
車は駐車場の係員に誘導されるまま、難無く駐車出来たけど(瑠璃子はバック駐車も楽々とこなした。)、だけど建物からは大分遠い位置になっちゃった。
「へぇ~、こんな所が出来ていたんだ。何かひとつの町というか、商店街だね。」
そんな感想を話す、僕は単なる田舎者丸出しだ。
大きな建屋の下で多くのお店が軒を並べる、この大型のショッピングモールを瑠璃子と揃って歩くと、、、人が多い!今日は何かのお祭りか?!それか特別なイベントが開催されてるのか?!
「アレックス、今日は何かのイベント事と重なっちゃったのかな?凄く人が多くて、」
真っ直ぐになんて歩けない。人を避けながら、反対側のお店を覗くにも人混みを掻き分けないと。
「今日は土曜日だし、こんなモノじゃないかしら。日曜日だったらもっと多くの人が訪れているのかも。」
これで普通なの?!
それとやっぱ、周囲の視線が瑠璃子に向っていると思ってしまう。
気のせいか、いや、ほら見てる。皆んな見てる。目で追ってる。
日本人男子は西洋人の女性に弱い。
今日の瑠璃子の出で立ちは、足と腰のラインがクッキリとするスリムジーンズに明るい色のカーディガンを羽織っている。
瑠璃子は若く美しく、その上ナイスバディだ!
見ない方が可笑しいよ。だけど隣に居る僕がこれだけ感じるのだから、本人はもっと、
「正雄さん!」
「えっ?」
「靴屋さんとズボン、どちらから伺いましょう。」
「でも、何か悪いなぁ。」
「何が?」
「だって瑠璃子だって学生だし、瑠璃子のお小遣いを僕に使うだなんて」
「これも先行投資に成るのかしら?」
そうであって欲しい。
「正雄がお金の事で気を病んでいるのは分かるわぁ。でも、私の気が済まない。お願い、そうさせて。」
そんな顔で言われちゃうと断われないよ。
加藤が断れなかったのが分かる。
ここから飛び降りろと言われても、飛び降りちゃうかも知れないや。
先ずはズボンを見る事にした。
入ったお店はアメカジ風の売り場面積の大きなお店。
高い所に皮ジャンが飾られていて、カッコいい上着も多く並んでいる。
バイクに乗る時に着たいと思う上着が多く吊られていて、目移りしちゃう!
あっ、MA−1タイプのジャンバーが欲しい!
「正雄の好みの色は?」
「えっ、あっと、」よそ見してた。
好きな色だったら瑠璃子の髪の色、あっ違った。
「うーん、青色系か、紺色が好きだな。ジーンズともダブっちゃうけど、そんな色の服が多いよ。」
「知ってるわよ。」
「ちょっと気分を変えてみるのはどう?」
「ほら、この赤とか」
「赤いズボンなんて派手過ぎて無理です。」
それを瑠璃子の家に履いて行き、お母さんにお会いする勇気が僕には有りません。
「白や黄色とかの淡い色だと食べこぼしとかで直に汚しちゃうだろうし。」
ケチャプとかソースにカレーとか。ああ、麺類の汁も。
凄く気にしてるハズなのに、決まって垂らしたり、飛ばしたりしちゃうんだよな。
それに何処でも余り気にせず座っちゃうからなぁ。
「どう思う?」
瑠璃子が差し出したのは、濃いグレーの下地に、少し太目の紺色ストライプが幾つか入っズボンだった。
「僕の服のラインナップには無い感じ(そもそもラインナップの呼べる程の、、、)。よくよく見ると、派手だと思うけど、瑠璃子さんの見立ては?」
「スラっと見えていいかと思ったの。正雄って意外と足が長く見えるから。」
意外って、、、そりゃあ瑠璃子のスタイルに比べちゃうと。
でも、ちょっとだけだけど、ほんの数センチだとしても、僕は皆より足は長いんです!
続いてよし、靴だ、、、だけどどれも、高っかぁ〜!
「革靴は止めよう。」
「どうして?」
「だって履く機会少ないだろうし、靴も直に擦ったりぶつけたりして、傷付けちゃうかもと思うから。」
「全く、正雄は何処に住んでいるのよ、山の中?」
かも知れない。
バイクのシフトチェンジで左の甲は痛んじゃう。
「それに高過ぎる。学生身分には分相応じゃ無いな。」
なんか、このショッピングモールのお店、何処も高値に感じてしまう。
僕が家族と買い物していた、大型スーパーや専門店とは血色が違うと感じてしまう。
田舎者だから?
瑠璃子はクレジットカードで支払いを済ました。
未成年なのに、家族からカードを持たされているんだ!スゲーな!
「瑠璃子さん、ありがとう。お誕生日のプレゼントとクリスマスが一緒に来た!」
ふたつの買い物袋を下げた姿なんて、スーパーでの買い物以外初めてかも?
「どういたしまして。」
「でもやっぱ、何か悪いなあ」
瑠璃子がクレジットカードで支払った額は、僕の仕送りの中から捻出する小遣い分を軽くオーバーしていた。
このショッピングモールのお店、どこも高くない?
「正雄、私のお願いを聞いてもらうんだから、これぐらいはさせて。お礼も兼ねてよ。」
「それだと僕が今後瑠璃子に何も頼めなくなっちゃうよ。」
「いいのよ、気にしないで。何時も通りでと言ったけど、ジャージ姿だと正雄も流石に誰かの家には行き難いでしょ。」
「ジャージ以外の服も持ってます。」
ジーンズにシワシワになっちゃってるチノパンも有ります。
「あらゴメンなさい。」
「何だか嬉しいわぁ。」
「なんでぇ?」
「だってズボンとシューズだけでコーディネートとまでは行かないとしても、男の子の服を選んだのよ。今までに無い体験だわぁ~」
「じゃあ今度は僕が、」
いやちょっと待て。女性の服って幾らぐらいするんだ?
「何?」
「う、あー、その内、僕も瑠璃子の洋服を選んでみたいなあ。」
「今から?」
僕はブンブンと頭を振った。手元にも、先立つ物も持ってません。
「その内、ね。」
「でもさ、ココはお店が多いから、ちょっと覗いてみたいな。」
女性の服が幾らぐらいするのかの調査も兼ねて。
「そうね、行きましょう。」
このショッピングモールは、、、ブランド物のお店が多く並んでいる。と思う。
見たことも聞いた事も無いお店は(読めもしない!)、多分全てブランド物のお店なんだろう。
「あー、瑠璃子って、着ている服でこのショッピングモールの中にお店ってある?」
「特にブランドは拘って無いし、服は何時も母と買いに行くわぁ。」
「お母さんと買いに行く店って?」
「さぁ、何時もついて行くばかりだから。」
「あ、正雄、このお店は母と来た事が有るわ。」
店名、、、読めない。
「お店の名前が読めません。」
“厳格”だと言う、瑠璃子のお母様が選ばれる店、そんな風に思ってしまった。
「別にいいんじやない、入りましょ。」
僕が躊躇する暇を与えず、瑠璃子は僕の手を取り、ズイズイと店内に入ってしまった。
何か、気が引けてしまう。僕なんて、敷居が高く場違いで身分違いな場所なのに!
「どう?」
「これは?」
「こっちは?」
瑠璃子は試着なんてしなくても驚く程どの服、どの形、どの色でも似合ってしまう。
軽く頭に当てた帽子でさえ、瑠璃子に誂えられた物に見えてしまう。親バカ、いや、恋人バカ。
瑠璃子、楽しそうだ。
洋服を選ぶ女性って、独特の楽しみ方を持っているのかなぁ。
「どれもお似合いになられます。」
店員さんの言葉が社交辞令だとか、おべっかなんかに聞こえない。
いや、僕が麻痺しているのか、僕が瑠璃子贔屓し過ぎなのか?恋人バカ再び。
でも、瑠璃子が楽しそうだから、いいや。
「アレックス、テンションが高いんだけど。」
「だって、母と来ているのでは無いのよ。」
でも、店員さんの目が気になってしまう、どうせ冷やかしだろ、と。
「正雄さん、これなんてどうかしら?」
瑠璃子は淡くグリーンなのか、不思議と綺麗な色合いのスーツ?を胸の前に合わせている。
ビシッとカッコよく着こなす瑠璃子の姿が見える。
あー、だけど彼女の胸が収まるのかは微妙だ。
それで、お値段はと、、、!
「ご試着なされますか?」
うわー、店員さん来た!スミマセン、僕では無理です!
「今日は母と一緒ではないので、見せて頂く事とします。ゴメンなさい。」
「いえ佐原様、もっと見てやって下さい。」
えっ?
「アレックス、常連客?」
「違うわよ、一度ご厄介になっただけよ。」
一回買い物しただけで、お客さんの名前なんて覚えているなんてモノなの?
「あー、正雄の変な懸念。こちらはお洋服のプロなのよ、例え一度であってもお客さんの名前は覚えているものよ。ねっ、桐山さん。」
「いえいえ、佐原様は特別です。」
瑠璃子が特別なのは分かる。でも、
この店員さんに名札は付いていない、、、瑠璃子こそ、もしや瑠璃子って、人の名前を覚える天才なの?!
「瑠璃子って、人の名前を憶える天才だったりする?」
この前も、僕が知らない高校の先輩を苗字で呼んだ。
「そんな事は無いわよ。」
「でも一度お会いした方、言葉を掛けて下さった相手の事は憶えてるわね。普通じゃない?」
僕はどちらかと言うと、人の名前と顔を憶えるのは苦手な方。
面と向かって知らない誰かを見るなんて気が引けちゃうし。
だけど瑠璃子は対面した相手を憶えてしまう、、、それって、瑠璃子に告白して来た星の数程の相手の事も、同じ様に憶えていたりするのだろうか。
聞けない、、、でも瑠璃子なら、あり得る。彼女の優秀さの一面なのだろう。
翌日に瑠璃子の家に伺った。
最寄りの駅からは徒歩で10〜15分ぐらい。近くもなく、遠くも無く。
買って貰い新調となったズボンと靴を履いて向かった。
まあ正直、靴は馴染むにはまだちょっと硬いけど、それにちょっと高かったけど。でも凄くいい感じ!
スボンも、格好良くない?いいんじゃない?
瑠璃子の家、皆んな知っていた。
僕と同時期に中学校に通っていた男子は、瑠璃子の家の前を一度は通る事が必須科目だったから。
いや、一度だけで済ませたヤツ居たのか?
「こんにちは、本日はお招き頂きましてありがとうございます。」
「何のセリフの棒読みなの?」
「ちょっと考えて練習して来たのに。」
「正雄らしくないわぁ〜」
「あっ!」
「どうしたの?」
「手ブラだ。」
すっかり忘れていたと言うか、その気が無かった、、、あー失敗。
「学生の身分でそんな事気にしないの。お土産なんて手にして来る方が変よ。」
そうなのかなぁ〜
案内されたのは、敷地の奥。瑠璃子の家は大きかった。
道路に面した間口は、周囲の家に比べるとニ軒分の幅が有る。
僕は一度だけ、中まで入った事があったけど、、、驚いた。
一度だけ訪問した時は、逃げる様に少し慌てて(娘さんといたしました!なんて堂々と出て行くヤツは居ないだろう)、周りを見てなかったけど。
瑠璃子の部屋があったのは、離れみたいな家屋だったんだ、、、だけど普通の家のサイズ。で、奥にこんな立派な母屋が有るだなんて!
大きな家、御屋敷?
手入れのされてる庭も広い!
シャッターが閉まってる、余裕で車が4台ぐらい入りそうな大きなガレージも在る!
あの中に、この前言っていた瑠璃子のお父さんの赤いバイクが有るのかな?
航空写真を見ておくべきだった!
ビックリしちゃったし、唖然ともした。
瑠璃子、本物の金持ちの家の子なんだ。
立派な扉を開き、玄関へ入る。
玄関ホールも広い!僕の下宿先の部屋ぐらいある!
「こんにちは、」
流石に使用人なんかは居ないみたいだけど、出迎えは無し。
瑠璃子が言っていた、家政婦さんも今日は居ないのかな。
「さっ、上がって、」
「うん、お邪魔します。」
脱いだ靴はキチンと揃えて、お行儀良く。
「あっ、」
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ。」
あちゃ〜、靴下穴空いてた。
つま先の親指の“芽”と、踵は擦り切れててスケスケだ。
勧められたスリッパを履いてしまえば分からないので、なんとか難を逃れた。
案内された居間には、既にお母様がいらっしゃられていた。
凛とした姿。
「ようやくお会い出来ましたね、草刈正雄さん。」
「こんにちは、初めまして草刈正雄と申します。本日はお招き頂きましてありがとうございます。」
ふぅ〜緊張するぅ〜、でもなんとか丸暗記したセリフは言えた。一段落。
「まったく正雄さん、何のセリフなの?」
「えっ、いや、まぁ」
それにしても、瑠璃子のお母様、スッゲー若っかー!
僕と同じ年の子を持つお母さんとしては、、、自分の母親と比べちゃうと、、、
瑠璃子と同じクラスだった中学2年生の時の授業参観日に、お母様いらっしゃってました?
「どうかしまして?」
「いえ、瑠璃子さんのお姉さんかと思ってしまいました。凄くお若いので、正直驚きました。」
「あら、その若さでお上手な事。ですが何も出ませんよ。」
瑠璃子はお茶の準備だと、席を立った。
いや、待ってよ!そんないきなりお母様と二人っ切りにさせるなんてぇ〜!
「さて、先ずは言わせてもらいます。」
「はい、」
えっ、何?
「貴方は、瑠璃子の髪を切った張本人。」
えー!何で?どうして?!
「高校への進学時です。」
ああ、高校に進学して、高校での彼女を初めて見た時、瑠璃子は髪を切っちゃってた。
凄くショックを受けた記憶が蘇る。
でも、それが何で僕のせい?
「高校への進学について、私はあの子に別の学校を勧めました。ですがどうしても嫌だと。」
「あの子があんなにも逆らうなんて、反抗期が始まったのかしらと思ったけど」
瑠璃子、お母様には逆らえないって。
「原因は貴方でしたの。」
えっ?何で〜
「瑠璃子は決意を見せるだと申し、髪を切りました。」
「何がそこまでと、逆に思わされましたけど。」
「後で知る事になりました。後々問い詰めましたら、あなたが通う高校に行く為だったと。」
「私は瑠璃子の髪が好きなのよ。」
お母さんも僕と同じ性癖?
「それからはとやかく言いはしませんでしたけど、私は少し体調を崩しました。」
「あー、何か済みません。」
「ですが翌々聞きますと、当時の貴方は知らぬ事。瑠璃子がひとり勝手に走っていただけでしたなんて、」
「ですので、貴方にどうこう申す事はお門違いかと。ですが、言わずにはいられない私も理解して下さい。貴方が原因でした事もご自覚してほしいです。」
だけど、何で僕が瑠璃子が髪を切っちゃってた原因だったのか分からないんだけど。
「は、はい、、、ですが、お母さん、僕も瑠璃子さんの髪は好きです。だから僕だってあの姿を見た時はショックを受けました。あ、済みません。つい」
あー、いきなりマズかった。口答えしちゃった。
「では、痛み分けとしまして、このお話しはここまでで良いですね。」
「はい。」
いいも悪いも、出しゃばってしまいました。反省。
「改めまして、私は貴方にお礼が言いたい。」
「お礼って?何のですか?」
何かしたかなぁ。
瑠璃子のお母様は、座り直すかの様に、背筋を伸ばした。
「この通りです。」
瑠璃子のお母さんは、深々と頭を下げた。
「いや、ちょっと止めて下さい。」
身に覚えが無い。
「当然、瑠璃子の事です。」
瑠璃子のお母様は語り出した。
「以前お医者さまからの診断を受けました。」
「はっ?」お医者さんって?
早くも妊娠させちゃったぁ?!
「瑠璃子は、、、少し男性恐怖症を含めました人間不信より対人恐怖症に近づく傾向を顕してしまいました。」
違った!けど、そんな、まさかっ?!いつ?
「カウンセリングを受けておりました期間もございます。」
「人間不信など、年齢とは関係無い事を知り、私も驚きと恐怖を感じずには居られませんでした。」
「中学校に上がり暫くの後です。あの子、瑠璃子は上手く声を発せられなくなったと申しましょうか。」
「草刈さん、当時の瑠璃子とお話しした事はございましたか?」
衝撃だった。
今の彼女は饒舌と言える程、良く話してくれる。たけど確かに、中学2年生の時に同じクラスになれたけど、彼女の“声”を覚えていない。
瑠璃子は何時も皆んなに囲まれる様に、その中心だった。だけど彼女から何かの話しを積極的にしていたイメージは無い。
1年生の時、揃って陸上部に入った時、自己紹介をした時から、高校2年生のあの校門近くで声を掛けられた時までの瑠璃子の“声”の記憶が無い。
そうだ、中学生の頃の彼女の声の記憶が無い。
僕は彼女の容姿、彼女の髪ばかりを見ていたから。
「幼少の頃のあの子は男勝りとでも言いましょうか、しょっちゅう妹を泣かせては走り回り、明るく、少し行き過ぎな点はございましたが活発で、、、」
今現在の瑠璃子じゃん。
「お薬を頂いておりました、定期的なカウンセリングを受け、ですが結局の所、自身での改善、解決策は本人次第だと。」
「ましてや我が娘の事、ですが親として何も出来る事はございません。無力である私は涙を流し、我が子を見守る事しか出来ませんでした。」
「この様な病理、精神状態であれば、一般的でありましたら不登校となる事はお医者さまより聞かされておりました。」
「ですがあの子は一日足りと休まずに、学校へは通い続けてくれました。」
「中学校、そして高校への進学。」
「私は母親としての戦いの日々だったと言えましょう。ですが、これといった対策も、あの子の親で有りながらも出来る事はございません。」
「ただただあの子が学校へと行く意思を示す限り、私は送り出す事しか出来ませんでした。」
「親であるのに無力と葛藤です。先程、戦いと申しましたが、何も出来る事も無いまま、日々は過ぎました。」
「中学、高校など、青春を謳歌すべき季節をあの子、瑠璃子は過ごせていませんでした。」
そんな事だったなんて!
今の瑠璃子からは微塵も感じられない。いや、それは中学生の時も高校生の時だって!
そんな事を抱えていたなんて、、、僕の方こそ無知であり無力だった。
彼女の事が知りたかった。
でもそんなの表面的で、僕は瑠璃子を見ていなかった。
「草刈正雄さん、貴方です。」
えっ、僕が原因?!
「ある日、瑠璃子は自分から相手に話し掛けたと。」
「色々とアプローチの方法を私たち二人で考えましたのよ。」
人間不信は、少しづつ人との関わり合いを増やし、人との関係性を馴染ませて行くのが精神科なんかの治療方法だとか、何かで見聞きした事はあったけど。
「女同士での作戦会議。その時間は、親子としてではなく女同士での会話。瑠璃子が顔を上げ、言葉を発する時間でもありました。」
「アプローチ、作戦と言いますと?」
「草刈さんの記憶に残っておりませれば、、、お財布を忘れた、ですよ。」
「えっ、あー!」
僕が瑠璃子から声を掛けられ、内容はどうあれ、初めてと言える会話らしかった事。
『どうやらお財布を忘れちゃって』
僕の記憶にしっかりと刻まれている。今の僕たちのスタートの瞬間!
「その日を境に、それこそ憑き物が取れたかの様に、あの子の表情が変わりました。
それは生き返った、生まれ変わったとでも申しましょうか、幼き日の明るいあの子に戻りました。」
「たったひと言、極僅かな時間であれ、それに依り我が子が還って来た。ただ言葉を掛けただけ、ですが言葉に依った結果。言霊ですか、それは内容では無く、発する者の意思であり意義であるのだと感じぜずにはいられませんでした。」
瑠璃子は言った『言葉でもって』と。
瑠璃子のお母さんの表情が変わった。
「それから少し大変だったんですよ。」
何だか嬉しそうだ。
「なんと言いましょうか、将棋とすれば、次成る指し手が見出せず、次のステップと成りましょうか、先へと進めない。」
「私たちの作戦会議は続きました。」
「私は少しズルですかね、匿名ではございましたが学校側へ働き掛けを行いました。注文を着けた、が適当かしら。」
「もしかして、早く帰れと。」
「まあ、ご想像におまかせします。」
2年生の一学期の中間テストの後、学校側から帰宅時間を早める為に、部活を切り上げる時間を早める様にとの御達しが出された。
理由としては、夜道の帰宅中の危険回避と部活の顧問の先生の就業時間を早める為に。
だけどそれは、瑠璃子のお母さんの鶴の一声か、その注文が影響していたんだ。
「ですけど僕は何も関係出来ず、瑠璃子さんの力になる事など何もしてません、出来てません、、、気付いてあげられなかった、、、瑠璃子さんが本来持つ強さではないのでしょうか。」
いや、彼女は自己肯定感が凄く低くいのだろう。
可愛い、かわいいと言われて来たと、でも自覚も無く、自分自身はそうとも思わず、、、もしかしたら、孤独を感じていたのかも知れない。
「確かに中学校からは瑠璃子さんと3年間同じ中学校です。クラスは違いましたが。ですけど僕は高校は瑠璃子さんと半分、一年半しか同じ学校へは通えませんでした。その上クラスも違ってましたし。」
「貴方が高校2年生の二学期より転校されました事は存じております。」
「貴方が居なくなってしまった。私の懸念は再び、再熱と申しましょうか、ですがどうする事も出来ません。」
「あの子は、瑠璃子はそれでも通学を続けてくれました。貴方がそこに居なくとも、学校へと行かなければ、貴方に関して知る手立てが無かったからでしょう。」
「あの子は自分の脚で立ってくれた。切っ掛けはあなた、草刈さんです。なんとお礼を申せばいいのか。」
「いえ、、、」
僕は何もしていない。
「草刈さん、貴方が許して下さる限り、これからもあの子、瑠璃子の事を見てやって下さい。」
「、、、はい、」
僕はなんとか返事を絞り出した。
胸が苦しい。
瑠璃子とは、彼女が許してくれる限りずっと一緒にいたい。僕からお願いしたい。
だけど、あの明るい彼女にそんな時期があっただなんて!
自分の事を珍品だとか、差別的に感じてしまうとか言っていたけど、それでは済まされない!
どうしてあんなにも淡々と軽く聞こえる様に言えたんだ?
瑠璃子の、、、彼女自身が持つ、強さなんだろう。
「草刈さん、あの子には口外を控えて下さいね。」
「僕がとやかく言う事では無いです。ですが、瑠璃子さんにそんな事があったなんて、、、そんな一面と言うか、それを知った事は何か大きく感じます。そして理解してあげたいです。」
『やあ、今帰り?』
蘇る。
鮮やかに、強烈に!
瑠璃子はあの時の、あのひと言を発するまでに、どれだけの時間を費やし、そして辿り着いたのだろう。
あれは、彼女の“告白”であったのかも知れない。
あの時、僕はもっと何かが出来なかったのか?
僕に出来る事なんて知れてる、、、だけど、いや、彼女の事を知ってあげる事が出来なかった。
そして彼女は辛い日々を過ごしていたんだ、、、
僕は、涙を流してしまった。
「それでは、ご内密にお願いしますよ。」
僕が涙を流したのに、瑠璃子さんのお母様、明るいなぁ。
「貴方は相手を真っ直ぐに見るのね。」
「そう言われますと、お恥ずかしいです。」
「貴方のお母様は、どんな方なのでしょうか?」
「母ですか、母は厳しかったです。あー、今も変わりませんね。」
「厳しい?何についてでしょう?」
「うーん、特に食事に関しては、ですね。」
「お箸の持ち方使い方、お茶碗の持ち方から始まって、食事中の姿勢や態度。好き嫌いするな!犬食いするな、口を開けるな、良く噛め、3つ持つな!とか、テレビはご飯の後!とか、良く叱られました。」
「ああ、すみません、お恥ずかしい。」
「凄く立派なお母様ですね。私は娘たちにそこまで言えてません。甘やかし過ぎたのかしら。」
母の事を褒められ、嬉しかった。
「何のお話し?」
瑠璃子がティーカップの乗ったトレイを抱えて現れた。
ようやくと言うか、やっと来てくれた。
「あなたとお付き合い頂くなんて、草刈さん、瑠璃子ってワガママでしょ。そう育ててしまったのは、私なんですけど。」
「あー、いえ、まだまだ瑠璃子さんを知るには、僕は未熟者です。」
瑠璃子の持つ多くの面。それをこれから知って行きたいと思う。
「あなた、草刈さんの前では猫を被っているわね。」
「そうよ~三毛猫、黒猫、シャムネコ。虎も猫ね。」
あっ、“虎”が瑠璃子にしっくりと当てはまってしまうのは何故だろう。
「何よ?」
「いや、別に」
瑠璃子の過去の一部を知る事になった。
だけど、まさか、そんな事が有っただなんて!
僕は、、、瑠璃子に近づきたい、瑠璃子を知りたいと思っていたのに、、、全く何も見えてなかった。
僕自身が無知で無力で、、、無能だ。表面的な事柄しか見れていない、ちっぽけなヤツだった。
でも同時に、僕はすっかり瑠璃子のお母さんに値ぶまれている事も感じる。
そりゃそうだろ、こんなにも美しく可愛い娘が連れて来た相手は、、、僕では役不足な事がヒシヒシと感じる。
「草刈さん、お聞きして宜しいかしら?」
「ええ、何でしょう、」
「人と人が付き合うにあたり、何が大切だと思われます?もしくは貴方は何を大切にします?」
うわっ、まさか問答を受けるだなんて!
参ったなこりゃ、確かお母様は見繕ったり、飾ったりする事を好まないって、滅多な返事は出来ないぞ。
う〜ん、どうしょう、ピンチ!
まあ、元々格好つけたり、洒落た事も言えないからなぁ。
人と人、僕は友達との事ぐらいしか分かんないよ。
「ええ、えーと、そうですね。僕にも少しですが友達と呼べるヤツがいます。あっ、人がいます。そいつと、、、その方と過ごす時は、肩肘張らず、言いたい事を言い合える、、、それは嘘や隠し事をお互いが持たず、でも、相手を尊重できたらいいなぁって思います。」
「相手を想う気持ち、そこには貴方と言う人間を知る、ヒントが隠されているかの様ですね。」
「50点、としておきましょう。」
「50点ですか。」
50点、どうにか半分か。でも、
「瑠璃子さんの、お母さん」
「何かしら」
「僕は100点を貰える様に成れるのでしょうか。」
「100点など、直ぐにでも取って貰わないと困るわぁ。ですが、貴方の事、貴方自身の努力は必要でしょ。」
「はい」
「ですけど、」
「はい、」
「私の満点は10,000点ですよ。」
役不足!僕は撃沈した。
僕は瑠璃子が運転する、車の助手席に座っている。
何だかんだで、撃沈だった。
「瑠璃子のお母さん、若くて、凄くステキな人だ。」
「あー、ゴメン。瑠璃子のお母さんのお眼鏡には適わなかったみたい。」
子供扱い、いや、そのまんまじゃん。
「そうかもね〜」
でも瑠璃子、何でそんなに機嫌がいいの?
「50点だってぇ〜、でもそれの満点が10,000点だなんて!50点なんかじゃ、有って無い様なモノだよ。」トホホ
「母の言う事を鵜呑みにしちゃダメよ、」
「母は冗談好きなんだから。」
「そうなの〜そんな感じは無かったけど。」
「多分今頃、あなたのあの時の顔を思い出して、ほくそ笑んでるわ。してヤッたりと。」
「正雄は凄く良かったわぁ」
「利害関係が無い中で、飾らず、見栄を張らず、嘘を付かず、取り繕う事も無く。
それは人が人として、付き合う上での最低限で最高な事よっ!」
利害関係有るんだけどなぁ。瑠璃子にも、お母様にも嫌われちゃったら。
「正雄は加藤君と、他の友達ともそうではなくて?友達や仲間って呼べる相手はその関係性が出来てなくて?」
「う〜ん、そうかも知れないけど、瑠璃子のお母さんはもっと違う事、違う感覚と態度を持てと言われた気がするんだ、、、」
「それで、瑠璃子は僕に何点、危ねえ、100点を満点だとしたら何点付けてくれるの?」
お母様からの点数は無いに等しい。
娘の隣に立つには役不足。
「そうねぇ〜70点!」
及第点だとしても微妙だなぁ。
「なんで満点じゃ無いの?」
「だって今満点だったら、後は減るしか無いじゃないの。」
そうかも。
「だから私から100点取れる様に精進しなさい。」
「そう言う正雄は私に何点付けてくれるの?」
「あっ、う〜ん、、、じゃあ99点。」
「何で100点じゃ無いのよー!その1点の不足は何が不満なの?」
「いや、瑠璃子今言ったじゃん、100点満点だったらこの先減るばかりになるって。」
「あら、100点になったら次は200点、300点と、加算してくれたらいいじゃないの。」
さっきの僕に対しての点数の基準と違う〜お母様と傾向が似てる〜
ああ、でも僕は瑠璃子には無限に点数を加算して行きたい。そう、続けて行きたい。
「じゃあ、やっぱ100点!」
「当然ねっ。」
「それで瑠璃子はネコなんだね。」
「そうよぉ〜ゴロニャ〜ン」
かわいい!
「こんなに可愛いニャンコだったら飼いたいよ。」
「ホレ、良し良し。」
「ガオー!カオガォ!」
「あははは、何で突然トラになるのっ!」
瑠璃子は“虎”がシックリ来ちゃう。
「ガオガオー!」
そのまま瑠璃子に押し倒されてしまった。
「がぁ ぉ。」
ああ、瑠璃子が虎であっても構わない。好きだ。
僕らはそのまま抱き合った。
「あーなんだか早く家に帰りたくなったわぁ。早く母の顔が見たいわぁ。」
それにしては、随分ゆっくりしちゃったんだけど。
「こんな風に思うのは何年振りかしら。」
瑠璃子が何だか穏やかな顔をしている様に見えた。
「では正雄さん、精進しなさい。」
「はぁ〜い。」
「お母さん、どうだった?」
「まあまあ、物怖じせず、真っ直ぐで、中々の好青年です事。」
「でしょ〜」
「ですが、穴の空きました靴下での訪問は減点対象ですね。」
「ウソッ!気付かなかったわ」
「まあそれも、あの人のお人柄。飾らずに何時もの気持ちで来て下さったと思えば、プラスマイナスはゼロとしましょう。」
「今度、靴下を買ってあげたいわぁ」
「あらあら瑠璃子、手を焼かすのね。若くって羨ましいわあ、私がもう少し若ければ、」
「若かったらどうするの?」
「草刈さんを誘惑しようかしら?」
「どうぞどうぞ。」
「あなたのその自信、何処から来るのかしら?」
「だって正雄は私に夢中だって言ってくれた。私にゾッコンだわ。」
「あらあら」
「そうでないと、私はお付き合いなんてしません。」
「瑠璃子の方がゾッコンなのかしら。」
「何のお話し?」
「瑠璃子がね、彼氏を紹介したい、彼氏に会えって。」
「ちょっと強引だったのよ。」
「お姉ちゃんの彼氏?恋人?」
「そうよぉ〜、おませな華でも、まだちょっと早いかしら。」
「私もお会いしたい!次は何時来られるの?」
「まぁ、その内にね。」
「なんだかツマラナイ。お姉ちゃんばかり何時もズルわぁ。」
正雄の訪問は、今の佐原家にひとつの風を吹かしたのかも知れない。
父が不在の佐原家であったが、佐原家の食卓は何時も以上に華やいだ。




