ep.2 僕とオートバイ~正雄の想い
僕の愛車はホンダのVTの250。
正式にはVTZ250と言う車体。
親父がどこかの誰かから譲り受け、持って来てくれた。
VTZ250は水冷4ストロークの二基のシリンダーがV型に組まれ、そのエンジンはフレームに対して縦に配置される事で車体全体をスマートな姿にする。
VT250は、初期型が発売された当時は2ストローク250ccの全盛期で『打倒レーサーレプリカ』を謳い文句に発売された。
4ストロークで250ccだと、物足りなさを感じる人もいるかも知れないが、VTシリーズはバイクとして乗り易い、誰でも上手く乗りこなせるだろう。
それはスムーズなエンジン回転、軽量、取り回しの良さと、日本車の特徴とも言える故障知らずで燃費もそこそこにいい。
そして、バイクが持つ『音がうるさい』イメージが薄い。
なんと言ってもその乗り易さ!
それはセールスにも影響し、シリーズが20年以上続く事となるヒットブランドとなった。
そんなVTの中で僕が乗るのは後期に位置するモデルである。
パワーとしては40pmsと数字から受けるスペックは低く感じるかも知れないが、コイツは下から上まで一気に回る高回転型V2エンジンで、8,000回転以上を回せば伝わる音は中々レーシーで、乗り手をその気にさせる!
250ccのバイクだったら2ストローク車の方が良かったんだけど、そこは文句は言えません。だったら自分でなんとかしろと言われるのがオチだ。
そして親父は誰でも上手く乗りこなす事が出来るだろうコイツを乗りこなせと。
あくまでも車種や品番ではなく、あくまでも個とした単車としての車体特性を把握し、コイツが持つ限界を知れと。
車体が持つ限界、カタログで示される数値と実際に乗って感じる事は別であり、違うと。
確かに、僕がカタログに示されている数字を読んでも、そこからそれが実際にどうなのかは分からないけど。
バイクは速く走る事が全てでは無い。
でも、車体特性と限界ラインを知る事は、速さと安全さを両立させるには必要な事だと耳にタコが出来る程に言い聞かされた。
今も続けているけど。
なんだかんだで、瑠璃子は僕が暮らす男子寮に来てくれる。
でも何時もは健全(?)に、外出してデートをする事も多いよ。
食べ歩きしたり、何かのイベントを覗きに行ったり。映画の趣味は、ちょっと違うかも知れないけど。
だけど瑠璃子と並んで町中を歩けば、何か人目を気にしてしまう事は変わらない。
瑠璃子、目立つから。いや違う。
僕自身が瑠璃子の隣に立つだけの相応しい男である自信が持てていない、、、一生持てないかも。
だから気になってしまう視線は、瑠璃子とお似合いではない、釣り合っていない僕に向けられている、、、と思ってしまうからだ。
そう、僕が釣り合っていない。
そして何より瑠璃子は目立つ。いい意味でね。
まあ、ココ(『青雲寮』の202号室)であっても、同居人達の視線を避けなくっちゃいけないけど。
新入生の分際で『女を連れ込んでいる』所を、なるべく知られない様に。
でも、駐車場に瑠璃子の赤い車が停まっていれば、ちょんバレなんだけど。
そして瑠璃子は流行り物に飛び付かないし、GAL的は行動も見られない。そこは趣味や嗜好の違いなのか、育ちの良さなのかなぁ〜。
でも、瑠璃子の『趣味』って何なのだろう。
女の子って、特別な趣味を持つ生き物なのだろうか?
「ねぇ、正雄っていつもキチンと爪を切っているのね。」
ちょっとドキっとした。
「うーん、ちょっとした癖かなぁ」
僕は爪を切る。
だけど爪切を使うよりも、100円均一で買った爪ヤスリを使う方が殆どだけど。
あれ?いつ見られていた?
「それで?」
「それでって言われても、、、深爪しちゃった後悔もあるけど、あー、チームメイトから、練習の時も試合だって、爪を切っておけって。」
「相手の選手を傷付けちゃうかも知れないけど、はら、相手のユニホームとか掴んじゃう時があったりするから。」
「それで自分の爪を持って行かれちゃうかも知れないからって。」
でも、何時見てたの?変な癖を見付けられちゃった気分。
「僕が爪を切ったり、爪ヤスリを使っていたトコを見られた事は無いと思うけど。」
「あなたの指先を見れば分かるわよ。」
うわ、観察されてた?
「でも、まだ他に何か有るわね?」
えっ、何で分かっちゃうの?!
「えっ、うーん、」
「ダメよ、私に嘘も隠し事もダメ。そうでないと、あなたの全てを受け止めれないわぁ。」
「分かった、言うよ。」
瑠璃子にそんな事を言われなくとも、何故だか僕の考えている事、思っている事は何時も見透かされちゃってる気がするんですけど。
「僕が今サッカーの試合なんてしてないのに、爪を切っているのは、、、」
「なぁに?」
「瑠璃子に触れたいから。瑠璃子に傷を付けない為に。」
瑠璃子の髪に触れて、その髪を傷付けたく無いから。
「そうなの?」
「あー、正直に言う、我慢出来ないんだ。」
瑠璃子のその髪に、触れたいんだ。
「我慢?何を?」
「瑠璃子とシタい。」
「何時もいつも、瑠璃子に触れていたい、瑠璃子を抱きたい。だから指先は注意してるつもり。」
「何か中毒だよ、瑠璃子が欲しい。」
もう止まらない。
「瑠璃子を囲っておきたい。瑠璃子が他の誰かに見られる事だって嫌なぐらいに。」
僕はまだ怯えている。
瑠璃子の隣に僕では無い誰かが立ってしまう事を。
「笑っちゃうだろ、僕は瑠璃子とのセックスに取り憑かれた変態だよ。軽蔑しちゃうよね。」
「もう、、、何時でも言って。変に飾る必要は無くてよ、私もあなたを求めるわ。」
嗚呼、瑠璃子!
瑠璃子は僕を満たしてくれる。
僕は完全に瑠璃子に溺れている。
今や瑠璃子の顔、身体だけに留まらず、、、瑠璃子は僕の事を見てくれている、僕を気に掛けてくれている、、、もうそれは、僕を瑠璃子と言う大海の遭難者にする。
そして僕の性欲の全てを瑠璃子に押し付けている。でも、瑠璃子じゃないとダメなんだ。
女性って、性欲有るのかなぁ。
だけどこの状況はマズイ。
何だかそう思ってしまう。
頭の中は、瑠璃子とスル事ばかり考えてしまう。
若さか?そんな年頃か?いやでもここまでなるか?
瑠璃子の事を想えば、他に何もする気が起きない。学校に行く事は当然だけど、バイトも探さないといけないのに。
嬉しい。だけどマズイ
「瑠璃子とこのまま、ずーと裸で抱き合っていたい。」
「私だってそうしていたいわ。」
「本当?!」
「そうよ。でも、女の子にそんな事を言わすだなんて、あなたって酷い人。」
瑠璃子はそう言いつつも、頬を赤らめた。可愛い。
「だけどこのままだと、何かマズいとも思ってる。」
「学校に行くのは最低限だけど(そうでないと、学費と下宿代を出してくれている両親に申し訳無い)、バイトも探さないと。」
「正雄アルバイトするの?」
「うん、生活費は貰ってるけど、欲しい物も有るし、車の免許用に少し貯金もしなくちゃとも思ってるし。」
自動車免許証は取って無かった。
まぁその内にと思ってて、自動車学校に通う時間が惜しかったので自動二輪免許にした。
免許の取得は親父の(厳しい)指導の元、直接運転免許試験場で受験をした(1回目は学科で落ちちゃった)。
バイクは男の憧れ。
それは一人暮らしやサッカーにも値する。
バイクは親父が見付けて来てくれた、少し古い250ccの4ストローク車であるVTZ250。
元(町中と峠)ライダーでもある父から手解きも受けて来ていたが、無茶な運転するなよと釘も刺されている。
それに我が校は、1、2年生の間は二輪通学はOKだけど、車は通学は禁止。3、4生は自動車での通学が免除となる。
そもそも車なんて買えないよ。保険とか税金とか、車を維持する為の諸経費が色々掛かるって、父に言われていた。
「欲しい物って?」
「新しくジャージを買うかも知れないし、バイクのガソリン代もいる。本(マンガ)を買ったり、何かとお金は要ると思う。」
(行ってみたい場所の為の貯金も考えなくっちゃ。)
「それに大学生になったら、バイトするのは当たり前だと思っていたし、何かを経験するのには手っ取り早く、お金も手に入る。一石二鳥じゃない?」
「私もアルバイトしちゃおうかな。」
瑠璃子のアルバイト姿!
「へぇ~、瑠璃子がやってみたいバイトって、何か有るの?」
「そうねぇ、何かのお店の売り子さんなんてどうかしら?」
「それは何屋さん?」
「パン屋さんなんていいわね。でもフルーツショップとか、ああ、お花屋さんに本屋さん、それにほら、自転車での配達なんていうのもいいかも。凄い、何か夢が広がるわぁ〜」
「瑠璃子の売り子さん、見てみたいけど、お客さんが殺到しちゃいそうだよ。」
「そうかしら?」
「そりゃそうだよ、可愛い店員さんのいる店は直に評判になって、お客さんが殺到するって良く聞くし、瑠璃子のバイト先に僕なら毎日通っちゃうよ。」
ガソリンスタンド間で人気の出た女の子の店員さんの取り合いがあったなんて聞いた事がある。
でも本音を言えば、余り多くの人に瑠璃子を見られたく無い。
「何よ、正雄も可愛い店員さん目当てで、お店を選んだりするの?」
「まぁ、可愛い店員さんが居る事に越した事は無いかも知れないけど、僕は値段重視、お安いトコ。飲食店だったらプラス量。だって、可愛い店員さんを探す必要無いもん。」
「怪しいわぁ」
「そうだっ、一緒にどこかでバイトする?」
「ええ、してみたいわ。だけど、実は我が家ではアルバイト禁止されてるの。」
「そうなんだ。」
大学生なのに?でもそうなんだ。瑠璃子、ちょっと残念そう。
「正雄のアルバイト先、何処になるかは分からないけど、健全な所にしてよね。」
「健全なトコって?」
「繁華街の飲食店とか、危険が伴う作業現場、労働環境が劣悪な所、夜遅くとか翌朝までの不規則な就業時間とか、色々よ。」
『アルバイト・学生可』それと『地域』で検索した。
一概にアルバイトって言っても凄い数!業種と職種も聞いた事が無いのが多く並んでいる。
「どうやって絞ろう?」
「そうねぇ〜、一緒に考えましょ。」
「先ず選ぶとして、やっぱり販売員、それか体を動かす作業かしら?」
「お掃除屋さんが多いな。ハウスキーパーなんてのも在るんだ。瑠璃子の家に掃除しに行ったりして。」
「そうねぇ〜、私の家は家政婦さんが来て下さる時があるから、でも頻繁に誰かにお掃除を頼む程広くは無いわよ。」
「そうかなぁ」
家政婦さんが来るんだ。
「日中の、それもフリーター的なのは無理だろう。」
学校に行かなくっちゃな。
「深夜業かぁ、学校が終わってから、夜まで可とか無いかなぁ」都合が良すぎるか。
「正雄さん、日曜日は?」
「日曜日は瑠璃子に会いたいし、あっ、会ってくれる?」
「平日だって、お互いの時間が合えば」
「ああ、ありがとう。」
「そうなると、やっぱ夕方から夜になるのかなぁ。」
「コレなんでどう?ペットショップ」
「動物は嫌いじゃない。好きだよ、家でも色々飼ってたし。」
「へぇ~何飼ってるの?」
「犬から始まり、小鳥、インコね。それにネコに金魚に亀。クワガタやカブトムシは飼ってたって言えるのかなぁ」
「そんなに沢山?!」
「うん、もっといたけど、でももう今は何も飼っていないと思う」
「やっぱりペットってさ、死んじゃうから悲しいし、可哀そうだから。」
「カブト虫でも?」
「うん、変わらないよ。小学校の3、4年生の頃、ひと夏でクワガタとカブトムシを100匹採る事を目標にしていたんだけど。」
「もう、学校から家に着いたら靴も脱がないで、それこそランドセルを玄関に投げ置いてさ、ビニール袋を1枚ポケットに突っ込んで、直ぐに自転車で出掛けた。」
「だけど4年生の夏の終わり頃にさ、水槽のギリギリまで雑木林の土を入れて、捕まえて来たクワガタを入れていたんだけど、土の中に潜るんだ、やっぱ沢山死んじゃってて、去年もそうだったとフト思い出して。」
「クワガタやカブトムシって死んじゃってしばらく経つと手足、頭とかバラバラになっているんだ。」
「子供心に思った。もしも僕に捕まってなければ、僕が捕まえなければどうなっていたんだ?と。」
後悔だった。
「そのまま水槽を抱えて、重かったなぁ~自転車の荷台に乗せて、手で支えながら雑木林へと向かったんだ。そしていつも取っていた場所、、、だいたいクワガタが集まる決まった木が有るんだけど、、、土でいっぱいの水槽をひっくり返したんだ。森へお帰りって、遅かったけどね。」
「だけどまだ死んでないのも多く居たんだ。それとクワガタかカブトムシのどっちか分かんないけど卵があった。慌ててその木の根元を掘ってさ、素手でね。クワガタの卵だったら、クワガタって、少し朽ちた木に卵を産み付けるんだ。水槽に入っていた土が全部埋まるぐらい穴を掘って、土を戻したんだ。」
「来年の夏に出て来たら、もう誰にも捕まるなよって。」
「それからはその水槽はずーと空っぽ。引っ越ししたから捨てちゃったかもね。」
「金魚や亀も死んじゃった。」
「亀は『万年生きる』って信じていたから、亀も死ぬんだって、唖然としちゃったよ。」
「ペットはさ、大きい小さい関係無いよ。命に違いなんて無いのかも知れない。それは僕がペット達から教わった事かも知れない。」
「だからさ、ペットショップって、ちょっと行きにくいよ。」
「あっ、ゴメン。何か滲ったれで恥ずかしいよ。」
「そんな事無いわぁ、私の方こそゴメンなさい。正雄がそんな想いを持っていたなんて知らなかったから。」
「いいわぁ、私が正雄のペットの代わりになれるかしら?私を囲っておきたいんでしょ、」
うわっ、覚えていた!凄く恥ずかしい事を言っちゃたよ。
「ニャー、ゴロニャ~ン。」
瑠璃子が僕のペット代わりに成ってくれるなんて、、、色々な意味で大変だよ。でも、
「瑠璃子が僕のペット代わりなんて恐れ多い。でも、条件が有るんだ。」
「ペットの条件?」
「うん、なにより僕より先に死なない事。」
「いいわよ、その条件呑むわ。」
「でも正雄さん、私ひとりが残されたら、私はどうすればいいの?」
「そんな時が来たら、、、僕を恨んで暮らせばいい。呪い殺しちゃうぐらいにね。」
「死んだ人は呪い殺せないわぁ。」
「そりゃそっか。」
アルバイト先は、今日の時点では結局決まらなかった。
僕がペットに持つ、悲しい思い出話しをしただけだった。
でも、この世の中には職種、仕事内容、企業、業界、賃金差、労働条件の違いとか時間帯。それは僕が聞いた事も無い、見た事も無いモノによって社会が構成されていて、世界の広がりと動きを感じた。
なんか、それだけでも勉強になった。と、しておきたい。
状況は、、、何か焦る気持ちだけが残った。
「正雄、お金に困る事があったら必ず私に言いなさいよ。つまらない考えを持っちゃダメよ。」
つまらない考えって?
「いや、だけど恋人にお金を工面してもらうなんて、格好悪く無い?」
「違うのよ、お金で格好つけちゃダメ、見栄を張る事は続かないの。いつか私の目の前で正雄の見栄が剥がれ落ちてしまう姿を見たく無いの。」
「それに私は父の知人関係で多くを見て、聞かされてるの。だから約束して。」
「でもそれだと、僕は瑠璃子の体とお金目当てみたいじゃん。」
「それでもいいわよ。」
「なんで、どうして僕に対してそこまで、こんな出来損ないなのに?」
「ほら、あなたの悪い癖。すぐに自分を悪くする。でも、私がそうしたいからよ。」
理由はともあれ、加藤から聞いた瑠璃子の強く聞こえる意思か。
「でもなぁ」
「いいじゃない、私は先行投資と思うわぁ。」
「先行投資って?返せなかったら?」
「一生掛けて返してもらうわよ。」
えっ、それって、
「どう考えてもらってもいいけど、約束してね。」
「うん。」
「そう言えば、正雄さんの趣味って何?アルバイト選びに反映出来ないかしら?」
あっ、瑠璃子の趣味を聞きたかったのに、先を越された。
でも、誰かに自分の趣味について話しした事無かったなぁ。
別段誰かに聞かれた事はなかったし、趣味の“同朋”と呼べる相手にも会った事が無かったかも。
「うんそうだね、サッカーは好きだし、プラモデルにゲームも好きだけど、」
「なんだか男の子が好きそうな事ばっかり」
そこは普通の男の子ですもん。
「趣味って言えるかどうか、何だかんだで一番好きなのはバイク、オートバイだよ。」
「一番好きなのが私じやなくて?」
「あー、瑠璃子は特別だよ!」
「オートバイ、そうなんだ、知らなかったわぁ」
「乗るのも好きだけど、オートバイって意外と古くからあるし、メーカーも製造国も多いんだ。だから車種なんて凄く多いし、排気量の違いによって車体の車格なんかも変わって来る。」
「スタイルやタイプだって、走る場所によって変わるんだ。普通の舗装道路ならオンロード車、荒れ地だったらオフロード車。サーキットを走るレーサーも有ればモトクロッサーに、スタントとかトリッキィなコースを走るトライアラー車とか種類や特殊な特徴を持ったスタイルも沢山あるんだ。」
「バイクの種類、タイプによって乗り方も違いが出るんだ。意識する重心が違ったり、アクセルを開けるタイミングや目線もね。」
あ〜、アレもコレも色々と乗ってみたい!
「へぇ~でも正雄がオートバイ好きだなんて、意外!」
「そぉお?まあ、高校生って何処でもバイク禁止だったり、実際免許も取っちゃダメだったから。」
「別に隠していた分けでは無いけど、ほら、バイクって言うと暴走族とか不良の代名詞的なイメージと言うか変なレッテルを貼られちゃうから。ソコはちょっと気が引けちゃってたのかも。」
「僕がどんなにバイクはいい物で、不良なんかと関係無いって訴えたって、どう捉えるかは相手次第。僕が逆の立場だったら同じだと思うかも知れないし。」
「へぇ~、そんな考え方もあるのね。」
まぁ、瑠璃子はそんな世界とは無縁だろうから。
「免許は大型を一発で取った(学科試験で一回落ちちゃったけど)。親父もそれは自慢していいって。だけど自慢する相手がいない。」
「私に対して自慢してもいいわよ。」
「うん、ありがとう。だけど本当は誰かに自慢する程の事では無いとも思う。」
「この世の中はオートバイやその免許が関係ない人の方が多いだろうし、大学の単位で加点を貰える分けでは無いからね。」
そう、たかだかバイクの免許証だ。特別珍しい物ではないし、誰かに胸を張って言える程の事でも無い。
「だけどね、ほら、オートバイって危ないわ。」
「うん。」
「乗らないでって言いたいけど、ダメでしょ。」
「う〜ん、、、」
「嘘よ、でも約束して、事故を起こさない様に。」
「うん、親父にもクギを刺されてる。バイクで事故るのはライダーじゃ無いって。」
「技量もそうだけと、逃げ場、安全なスペースと予測をしろって、周囲の状況や車体の状態を常に知っておけって。」
「でも転倒するかも知れない。だけど必ず家まで帰って来るのが、僕がオートバイに乗る条件でもある、、、って言われてる。」
「それとバイクで無闇に競っちゃダメだって。やるなら全力で走れる所、サーキットだね。」
「サーキットね、オートバイの競技場ね。テレビでは観た事があるけど、いつか行ってみたいわぁ」
「うん、いつか一緒に行こう。瑠璃子は耳栓を持って行った方がいいかもね。」
(「それと、、、だけど競う時は有るかも知れないとも言われた。でもそれは余っ程の事、誰にも譲れない事だったら、一人の男として思いっ切りやれとも言ってくれている。」)
(「だけど必ず負けるなとも。まあ、そんな事は無いけどね。」)
(「そんな時は『逃げるが勝ち』だよ。」)
「ウチにも父のオートバイがあるのよ」
「へぇ~、どんな?」
瑠璃子のお父さんのバイク!どんなだろう、興味津々だ。
「ちょっと古いのかな?赤色で大きなカバーが付いてるの。」
フルカウルかセミカウル付だからロードレーサーかレーサーレプリカタイプかな?
「それ、今度見たいなぁ」
「いいわよ、今からでも。」
今から瑠璃子の自宅に行くだなんて!心の準備が必要だよ!
瑠璃子のご家族にお会いする事になるだろうし!いやいやいや、待って待って!
「いやいや、また別の機会で。」
「正雄さんの夢は?」
「夢かぁ、一度ぐらいサーキットで走る事は憧れでもあるけど、」
僕の夢、それは有る。
誰にも、親父や母さんにさえ言った事は無い。
「実は何時の日にか、叶うのならマン島を走ってみたい。」
「マン島?」
「そうイギリスにある小さな島なんだけど、その島の一部の道がレースコースになるんだ。」
一般道路が封鎖されて、レースのコースが現れる。
「マン島TTって名前の着いた立派なレース。」
「レースに出場するのは、ライセンスとか大会主催者からの許可というか推薦状が必要で実際のレースに出場する事は無理だと思っているから(職業としてのGPライダーを目指す、とまでは行ってないから。)、一般のライダーが走っていい日が設けられているって。」
その日、イギリスにある小さな島は道路封鎖が行われ島全体がサーキットとなる。
マン島TT。
通常、オートバイのロードレースは、その専用のコースとなるサーキットを走行する。
サーキットを持っている国は世界各国にあり、サーキットを走行すると聞くと、先に自動車レースのトップカテゴリーであるF1GPを想像するかも知れない。
ヨーロッパの遊園地は日本と違い、特定の地域、土地に固定された物ではなく、各地を移動し巡業する物が多かった時代があった。
開催地が変わるF1GPは、その移動式遊園地にちなんでF1サーカスと呼ばれる。
マン島TTレース
歴史は1907年が第1回目に開催され100年以上続く歴史は古いオートバイのレースである。
レースの場所はイギリスの北東部に位置するマン島の公道が使われる、
一周約60kmに設定されたコースに219のコーナーが有り、それを6周する。
平均速度は200km以上とも、最高速度は340kmを記録した事もある。
生身の人間が単身オートバイに跨り、そのスピードで公道を駆け抜ける。
世界一危険と言われるレース。
凶人達の狂想曲(ハイスピードレース)だ。
現代的な建物の並ぶ街中のセクションを駆けるとライダー達は加速する。
超高速で樹木のトンネルを抜け、田園風景の田舎町中を行き、山岳部のセクション(舗装された道路)を疾走する。
テレビや配信の動画を観ると、まるで別世界での出来事、映画やゲームの中で繰り広げられる非現実の事では無いのかとの錯覚さえ感じてしまうかも知れない。
見る者を圧倒し熱狂させる。
転倒やクラッシュとの紙一重を綱渡りの如く、ライダーは疾走する。
事実、クラッシュによる死傷者も多く出ている。
コースは公道である一般道を使用するから、サーキットコースとは違い起伏と荒れた路面、道路の柵、住宅の壁、街路灯などはそのまま障害となりコースを疾走するライダーに迫る。
モータースポーツが行われるサーキットは、走破性が難しく設定される中でも、クラッシュ時の逃げ場を作り、競技者の安全を考え設計されている。
しかし、サーキットコースが一般道路となるマン島TTは優しく無い。
民家の外壁がそのままコースレイアウトとなり、接触すれば転倒となるが、ライダーや車体を守る為のクッションも減速させる砂地も無い。
接触や転倒はそのまま大きな事故につながる。
左右の街路樹を潜るコースは、日光とその落とす影が交互に繰り返され視界を惑わされる中を猛スピードで突っ切って行く。
平均すれば毎年2名の死者を生み出すデスレース。
それ故に、近年では(毎年、毎回)その開催を続ける事が懸念されている。
「田舎町の一般道が使われるから、専用のサーキットコースの様にレースに特化されていないコースを走る事になるけど。」
荒れた路面は容赦無くライダーへと襲いかかる。
(特にレースコースになるからと、改めて舗装工事などは行われない。)
オーバー200kmで走行する中、少しのギャプは車体を跳ねさせ空中を舞う。ジャンプの瞬間に確かなアクセルワークを行わなければエンジンはオーバーレブしてしまう。
僅かな砂は車体を滑らす。瞬間滑った車体を押さえ込み立て直す。
勇気や度胸だけでは走れない、確かなテクニックを持っていなければ、走行する事は許されない。
それは、高速で疾走しつつ約200を越すコーナーを記憶し攻略しなければ、走り抜く事は出来ない。
優しく無いコースに対してライダー達も容赦無い。
ギャップも砂も想定内だ。ジャンプしドリフトし、疾走は続く。
まるでアクセルを緩める事を忘れてしまったかの様に。
マン島TTレース、その時、その場所で、ライダー達は死を賭したレースに望む。
その果てに在るのは栄誉か名声か、賞金か、何が有る?何が見える?
そこには命を賭ける程の何かがあるのだろう。
走った者しか分からないのかも知れない。
そこで何が見れる?
何時の日にかこの目で見てみたい。そこに有る何かを感じてみたい。
そう、叶うのなら、マン島を走りたい!
「そのレースはとにかく凄いレースなんだ!」
「普通の道路をライダー達が駆け抜ける!いやそれじゃあ言葉足らずなぐらいに、当にバイクで疾走する!」
「平均速度は200km以上!最高速度は300kmオーバー!道路のギャプが有る所だったらジャンプするし、とにかく見る者は圧倒される!」
「僕はネットの画像で一部しか観た事が無いけど、とにかく凄いんだ。」
「一部を観ただけでその凄さが分かる。」
「いつか走りたい!」
「でも本格的なレースのライダーとしてでは無く、飽くまでも一般参加のスタンスでね。」
(クラッシュして死んじゃうかも知れないから。)
「正雄って、オートバイの事になると饒舌になるのね。」
「あいやぁ、お恥ずかしい」
「その上、凄い熱量!。あなたの好きさが伝わって来るの。」
「私からも釘をひとつ刺しておくわ。」
「えっ、なに?」
安全運転?無事故無違反?
「アルバイトもいいけど、本業(勉強)を疎かにしない事。」
「はぁ~い」
僕の本業は、瑠璃子の隣に立つ男になる事。
だから学業は、そのプロセスのひとつ、、、って思わないと真面目に続かないかも。
「それと正雄さん、私に嘘や隠し事はしないでって言ったけど、あなたが秘める想いに対しては、誰であってもそれをとやかくは言えないわぁ、私であってもね。」
隠し事と秘める想いの違いって、、、瑠璃子、難しいなぁ。
僕が秘める想いかぁ〜あっ、マン島TTの話しをしちゃった。
瑠璃子帰ったら動画か何かを観るかも?
マン島レースは、見て、知って、調べれば、絶対に出るなと言われちゃうかも知れないレース。
だけど、それ程の事に僕は何を求めているのだろう?
名誉?栄光?賞品?そんなのどれでもないと思う。
何故だかただ走りたいんだ。
マン島TTを知った時に感じた想いはその時から変わらない。
この想い、瑠璃子を好きになった時と変わらないのかも知れない。
僕は、マン島TTに恋焦がれている。
だけどそれは、瑠璃子の隣に立つのに相応しい男になる為の修行とも違う。
だけどどちらも選べなくなって来ている。
いずれにせよ、瑠璃子にマン島TTを観られちゃったら、、、多分怒られるかも。




