ep.1 ひとり暮らしの始まり~『青雲寮』
僕の大学生としての新生活が始まった。
なんと言っても憧れのひとり暮らしだ!
そして僕に課せられたミッション。
それは、瑠璃子の隣に立ち続ける為に、それに相応しい男となる事!
、、、って、改めて想うと、何をすればいいのだろう。
親父からは時たま『男を磨け』と言われた事は有るけど、、、、そう言うオヤジは何をしたのだろう?
オヤジの日頃の姿からは『男を磨いた』痕跡が見付けられないんだけど。
ただ、僕のミッションは、凄く難題で難解で道筋もそのゴールも険しい道々な事だけは分かる。
いや、その道筋すら見付けられるのかも甚だ疑問だけど。
あー、どうすりゃいいの?
神様、いらっしゃるのなら僕にその道をお示し下さい。
『青雲寮』
どっかで聞いた事が有る様な、有りがちな名前なのかも知れない。
まあ、学校指定の学生寮だけど、鉄骨造りでワンフロアに10室の部屋が並ぶ3階建てで、各階には小さな食事スペースの有る共同の炊事場と共同風呂(三、四人は同時に入れるけど、今の時代、そこはひとりづつ順番に。)、トイレも共同だ。
各部屋と部屋との間に有る壁は、鉄骨造りのせいか思いの外分厚く、隣の人が起てる音は余り聞こえない。
30室ある部屋も今の時代、好んで入室する人も少なく(先輩後輩の関係性とか、誰かに絡まれるのが嫌だったり)、入居希望者も少なければ、暫く経って出て行く学生も多いそうだ。
だから実際に住んでいるのは半分ぐらいだって聞かされていた。
見た目は、、、古い。時代に少し取り残されてるかな?
外壁にはヒビが入っちゃってる所も有るし、元の壁の色は白かったのかなぁ。
『青雲寮』、僕はこの寮の名前を気に入っている。
不満?無いとは言えないけど、僕個人の身分としては十分過ぎるだろ。
なんと言っても、母さんの小言を聞かずに済む。
親父の激励なんだけど、叱咤も届かない。
だけどそれらが聞こえないからこそ、シッカリとやらなくてはいけないとのプレッシャーは有る。
まあ、ココで一緒に暮らす事となる皆んなとは仲良くしなくっちゃ、とは思うけど。
そしてなんと言っても、もう高校生じゃないから大手を振ってバイクに乗れる。
あっ、そこは謙虚さを持って。
オートバイ、バイク、モーターサイクル、単車、、、言い方はどうあれ、バイクは男の(僕の)憧れだ。
バイクは親父の影響を受けた事は否めないが、実際に乗れば、それは何物にも代え難く、僕の全てを運んでくれる。
親父からバイクの手解きを受けたのは、中学1年生からだけど、勉強しろなんて一度も言われた事の無い親父からは厳しい指導だった。今も続いているけど。
バイクはコケる。
転倒する物だと理解する事から始まった。
転ぶのだから、どうして転ぶのか、どうしたら転ば無いのか。二輪車の持つ特性を実体験(それこそ体)で教え込まれた。
その日僕は親父の指導の元、初めて400ccのバイクにひとりで跨った。
「スゴイ!大きい!」
そんな風に僕が400のバイクの感受に浸っていると、隣に来た親父にいきなり横ヅラから蹴りを入れられた。
「えっ?あっ!」
何で?どうして?なんて考える間も無くバイクは傾き出す!
だけど中学校に上がってすぐの僕では、斜めになったバイクを支えきれるハズがない!
「ああ!無理だ!」
バイクはズルズルと傾いて行く!
『ガッチャーン!』
僕が跨っていた400のバイクは大きな音を立て真横に倒れてしまった。
僕は投げ出される格好でバイクの横に転がっていた。
幸いにも、バイクの下敷きとはならずに済んだ。
「と、父さん、何で!」
「なっ正雄、バイクはコケる。」
片手でハンドルを持ち、軽々とバイクを引き起こしながら、親父はさも当たり前の様に言い放った。
僕は理解がついて行けなかった。
親父は起こしたバイクの前輪を両膝で挟むと、ハンドルの位置を力技で調整した。
そしてバイクに跨ると、
「正雄来い。」
僕が左の膝と肘を地面にぶつけて血が滲んでいる事なんてお構い無し、僕は親父に促され親父の前に座った。
「両手両足を俺に乗せるんだ。」
人に見られたら滑稽な格好だったかも知れない。
親父の右足のつま先は少し前に傾いている。これはフットブレーキを踏んでいるからだ。
左右の手は前ブレーキとクラッチレバーが握り込まれている。
セルボタンが押され、エンジンは始動した。
「よし、」
親父がそう言うと左の足先が下がる。続けて『コトンッ』とギヤが一速に入った音がした。
ハンドブレーキが離され、クラッチレバーは緩められる。
捻られたアクセルに従いバイクはスムーズに走り出す。
特に何も思わずに、親父の後座席に座った時と全く違った。
バイクが動き出す手順とその仕組みの一部を一から知った瞬間でもあった。
僕は親父の操作する手足にそれぞれ触れていただけど、自分が半分でもバイクを動かしているのだと思い、痺れた。
始動、ブレーキング、コーナーリング、言葉ではなく先ずは実戦、体験してからの特性と仕組みの講座。
その繰り返し。
親父は技量よりも運転する意識や姿勢、考え方を重視した。
バイクも自動車も人間にとっては凶器でしかない。
そんな凶器とも言える物をさも当たり前に使う、だから自覚しろと。
だからオートバイで交通事故を起こしたらライダーでは無い、バイクに乗る資格は無いと言われた。
交通事故を起こさない、それは僕がバイクに乗り続ける為の最低限の決まり事であり、交通事故に遭わない事が最低のラインになる。
バイクに乗るには自分に戒めを持てないとダメなんだ。
あの日、僕が初めて跨っていた(ヤマハ)XJ400Dを親父が左側に倒したのは、XJ400Dの純正の四本出しマフラーから交換されていた集合管が右出しだったからだろう。
親父、そこはしっかりしてんなぁ。
一人暮らし、バイク、その上彼女までいる!
もう、何を望む?今この時点の僕は世界で一番の幸せ者であり、世界で一番の勝利者だろう。アイアマナンバーワン!イナワールド!だ。
そうは思うけど、不満というか、やっぱり有る。
瑠璃子が今日、今から、この寮、僕の部屋へと遊びに来る事。
瑠璃子本人に不満は全く無いし、この寮も特に女人禁制ではないのだけど、瑠璃子やっぱり目立つから。
それとこんなボロ屋(ゴメンナサイ)に、瑠璃子を招き入れる事が申し訳無い。
瑠璃子と再会出来る事も(少し期待をした事は否定しません。)、そしてまさか付き合う事が始まるなんて(こっちは全くの想定外!)、夢にも想ってなかったから、この寮で暮らすのが先に決まっていたから。
だけど未成年で高校出立ちの僕がアパートでひとり暮らしをするなんて事は考えられないし、、、収入の無い学生身分で、尚も仕送り暮らし。いっその事、瑠璃子と同棲、、、それはちょっと飛躍し過ぎか。まあ、瑠璃子が僕の事をどこまで想ってくれているかは不明だけど。
同棲かぁ~、、、いやいや、ブルブル、そもそも学生身分でそんな考えはおかしい。正常な未成年の男女の付き合いとしても考えられない。
僕が古い考えなのか?
仕送りをしてもらう中で、アパート暮らしをする程のお金は無い。
まあ、いずれにせよ僕の新生活が始まる!
家を出た時のグズグズと思っていた気持ちは一切無い!
だって瑠璃子と再会が適い、その上付き合う事になるなんて!
こんな劇的な映画やマンガの展開を誰が予想した?!
夢よ醒めるな!
そう思わずにはいられない!
瑠璃子がやって来る。
僕がどんな所に住むのかを見たいって。
車で来るとは言っていたけど。
ここは、学生寮といえども車を20台は停められる駐車場もあって、田舎方面の特権だ。実際車を持っている先輩方は多いそうだ。
その一番外れの場所に外国製の赤いスポーツタイプの車が停まった。
屋根はソフトトップで、オープンカーなんだろう。
目立つ、派手。こんな田舎の学生寮の駐車場には場違いな車。
、、、まさかな。
ドアが開けば、瑠璃子が降りて来た。
「正雄さ〜ん!」
元気に明るく、そして美しい。
瑠璃子の顔、その表情がいい。
明るい顔ってこんな顔の事を言うのだろうか。
笑ってるとか喜んでいるとか、機嫌がいい、特別笑顔とかでは無いのだけど、それらが全部含まれている感じがする、、、幸せな顔?
どちらにせよ、僕に向けられるには眩し過ぎて、その上何だか勿体無い顔。
そして彼女の不思議な色をした髪は揺れている。
あの髪に僕は触れたんだ。
やっぱなんか目立ち過ぎる、マズイなぁ。
「凄い車!瑠璃子の?」
ドイツ製の高級自動車メーカーだ。
「ええ、父の車なの。」
瑠璃子のお父さんはその仕事の関係で、1年の半分近くを向こう(オーストラリア)で過ごすそうなんだけど(仕事内容は聞いていません)。
確実にお高い車。瑠璃子のお父さんのお仕事は何なんだろう?
「『青雲寮』!看板色褪せちゃってるわね。」
瑠璃子と揃って寮に向かった。
「これが学生寮、それも男子寮なんだ〜。」
瑠璃子は興味津々だ。
「なかなかこんな経験出来る女の子はいないでしょ。何だか得した気持ちだわぁ。」
瑠璃子、なんだか嬉しそう。
だけど瑠璃子の気持ちと反して、僕は冷や冷やしてしまう。
新入生がいきなり女を連れ込んだって、怒られそう。
瑠璃子はそんな僕の気持ちも知らず楽しそうだ。
あー今僕は、喜んでいる瑠璃子と後で知らない先輩から怒られる事を天秤に掛けてる。
どっちに傾く?そりゃ常に瑠璃子側。
誰かに怒られたり、叱られるのよりも、僕は瑠璃子が喜ぶ事が一番大切なんだ。
実はこの寮に高校時代の先輩が居らっしゃるのを知る事になる。
部活は違ったし、直接会ったり話した事は無い人だったけど。
その先輩、瑠璃子を見たから。
僕の通った中学校、高校の同時代で、瑠璃子の事を知らない男子生徒は居なかったと思う。たぶん。
「あれ、もしかして、佐原さん?」
声を掛けられた。うわっ、怖っわぁ~!瑠璃子の知り合い?
「はい。こんにちは」
(「アレックス、こちらの方は?お知り合い?」)
「高校の先輩で名村先輩です。剣道部でいらっしゃいました。」
(「えっ?佐原さんオレの事を覚えてくれていた?!」)
「やっぱり佐原さんなんだ。なんか背が高くなって、凄く立派になったと言うのか、大人びたと言えばいいのか。」
(別人?いや、本人だよなぁ)
「はい、私も少し成長しましたので。」
(「佐原さん少しって、1年や2年そこらで、ここまで人って変わるのか?!以前の雰囲気はしっかりと有るけど、もう別人なんだが!その上凄い美人さんになってる!」)
「今日はどうして、こんな所に?」(「まさか!オレを追って?!」)
「はい、私の彼がこちらに入居します。どんな所か知っておきたいので来ちゃいました。」
「彼氏?」
「あ、草刈正雄です。よろしくお願いします。」何か怖い。
(「佐原さんの彼氏だぁ。コイツ、佐原さんと一緒に帰っていたヤツか?」)
「お前、サッカー部か?」
見た目の怖い先輩に睨まれた。
「はい、でも2年の二学期に転校しちゃいましたけど。」
「剣道部ですと第二体育館ですね。」
第二体育館は、第二グランドの隣に位置していた。
そういえば陸上部は、体育館の横面の階段部分をよく使っていたよなぁ。ストレッチとかで。
「サッカー部は良く体育館から見てたよ。」
「オレは3年の冬まで体育館使っていたからな。でもお前らが2年の秋から少し変わったな、それに試合に勝ったな。」
「ええ、ですが僕はその試合の前に転校しちゃいましたから。」
「先輩、私の彼をよろしくお願いします。」
「あ、ああ。」
(「そんな顔で頼まれたら、断れないよ。」)
「はぁ~佐原さん、やっぱりいいなぁ。でもあんなにも喋るなんて!ハキハキと明るく!」
「あんなにも活発に、印象も何だか変わったな。見た目が別人みたいになったからか?全面可愛い天使が、今や美しい天使長だよ。」
「それにしても、、、身長が越されているなんて思いもしなかった。高身長に長い手足、アスリートかモデルみたいな、、、それにしても、、、凄い身体だ!」
「服の上からでも分かる!出るトコが出ていて、、、もしも水着姿だったらどーなる?!」
「あ〜あの身体をー!アイツが彼氏だと!彼氏がいる事は悔しい、許せん!そして悲しい〜」
「あー、ちきしょうー!」
寮の真ん中の広い玄関から建物内に入れば、日中なので廊下や共用部の電気なんて点いていない。
以前は玄関で履物を脱いでいたそうなんだけど、今や土足だ。
少し薄暗く感じるコンクリートの廊下を進み、階段を登る。
誰にも会いません様にと、ソロソロと。
ワンフロアを登り、左の突き当たりに向って歩けば、
「ココが僕の部屋になります。」
瑠璃子が来てくれるからってリキんで掃除をしたけど、古くなってる壁や床はキレイには出来なかった。
僕の部屋は202号室。2階の奥から2番目の部屋。
だけど左右の201と203号室は空き室だった。
「うわー」
「何も無いのね」
そんな第一声だった。
いやいや、座卓も有るし、ホームセンターで買ったカラーボックスも組み立てたし、小さい冷蔵庫だってある。
パソコンだって家のヤツを持って来たし、押し入れの中には服を入れるプラスチックの衣装ケースがふたつも有る!
「ま、まあ、こんなモノじゃない?」
電子レンジを部屋で使う事は禁止されていた。電気のブレーカーが飛んじゃうそうだ。
「テレビはこれから買おうと思ってるし、これから順番に、、、」だけど荷物を増やしたくは無かった。
「意外と小綺麗な部屋ね。『男、臭っさぁ〜!』って言うにはまだまだね。」
瑠璃子、マンガの読み過ぎじゃない?
「狭いわね」
「そうかなぁ〜」
実家の僕の部屋は三畳一間。
そこに机とベット、本棚もあって凄く狭い。
この寮の部屋はワンルームだなんて呼べやしない。正に一部屋。そして四畳半より広く感じる。
中途半端だけど、床部分が5畳分で収納の押し入れが一畳の六畳間ぐらいなのかな。
「僕には十分だよ。」
「でも、両隣が空室だなんて、正雄ちょっと淋しく無い?」
「うーん、誰もいないって思えばそうかも知れないけど、」
「でも、こうしても、誰かに聞かれないとも思う。」
僕は瑠璃子の身体にそっと腕を回した。部屋が狭い分、二人で並んで座る距離も近くなる。
もう我慢出来ないよ。
今の僕は瑠璃子の近くから離れてしまった高校での後半、2年生の2学期から卒業するまでの間の時間をどうにか取り戻せないモノなのか、そんな風にどこかわだかまりと言い表すのか、何だか葛藤の中にいた。
例え瑠璃子の近くから離れる時間が無かったとしても、その時間を費やして彼女の多くの事を“知る”事は適わなかったかも知れない。
だけどもっと何かが得られたのではないかとも思ってしまう。
だからなのか、僕は瑠璃子の事を多く知りたかった。
そして僕が瑠璃子から離れる(引っ越す)前に聞かされた、彼女の抱えた『成長痛』について何処か引っ掛かっていた。
『成長痛』僕にもあった。
僕はお医者さんから、肉体的な体の成長に骨の成長が追いつかず、関節とかが痛くなる事と聞かされた。
確かに僕の成長痛はヒザ周りに集中して痛みを感じ、変な不安に駆られた事もあった。
でも、日常生活に支障をきたす程では無かったし、半年も経たずにどこかに消えて行った。
瑠璃子の場合はどうだったのだろう?
人づてに聞いた話しだと、歩くのに影響しちゃう程の痛みを抱えてしまったとか。
離れてしまった僕は、痛みに苦しむ瑠璃子の姿を見ていない。
日常生活に支障が出てしまう程の『成長痛』の影響だなんて、、、
もしかして、その強烈な『成長痛』が高校2年生の夏に記憶した彼女の姿を1年半後に見た時の、正直、別人と思ってしまう程の変化を起こしたのだろうか?
正確な身長は知らなかったけど、女子の中で背が高い方だったとしても、僕の方が背は高かった。
だから、あの夏の瑠璃子の身長は170cmは無かったと思う。
たぶん瑠璃子は日本人の血に加え、お父さんのオーストラリア人の血が高身長となる要素を持っていたのだろう。
そして適度な運動(陸上部でのスプリンター)と『成長痛』が生み出した『成長スパート』のタイミングが合致した結果、あれから約1年半後に再会となった、今僕の目の前にいる瑠璃子は約180cmになったのだろう。
だけどだ、幾らオーストラリア人の血を持っていたとしても、そもそも女の子が成長期と言えど、1年半そこらで身長が10cmも伸びるのだろうか?
でも僕の目の前には生き証人のごとく成長した瑠璃子がいる。
「瑠璃子さん、聞いてもいいかな?」
「なぁに?」
「『成長痛』の事。話したくなければ別にいいけど」
「いいわよ、正雄は何が知りたいの?」
「『成長痛』って、僕にもあったけど。でもそれで日常生活に支障が出る程、我慢の必要さえ感じないかも知れないモノだった。どちらかと言うと、何か気になって、嫌な感じが続いていた程度。」
「だけど瑠璃子はその痛みから歩く事もままならなかったって聞いた。その痛みであの日のレースを走り切る事が出来なかったなんて、あっゴメン。」
「いいのよ」
僕は自分が思っている事を続けた。
「瑠璃子はすっごい痛みを抱えてしまって、その反動と言うか、影響で身長が凄く伸びたのかな?」
そんな法則が有るのかは知らないけど。
「身長に関しては父譲りかしら。」
瑠璃子のお父さんはオーラストラリア人。
「瑠璃子のお父さんって、身長幾つ位なの?」
見たことも、お会いした事もございません。
「正確には知らないけど、185cm以上ありそうね。私よりもうひとつ背は高いわよ。」
185cmを越す大男!
なるべくお会いしない方がいいかも。
「『成長痛』ね、一般的には小学生の高学年から中学生ぐらいが多いそうなんだけど、」
僕の『成長痛』は高校生になってからだ。瑠璃子も一緒だったのだろう。そうすると、ぼくらの『成長痛』は一般的に言われる時期からズレてた?
「確かに凄い痛い時は、歩くのも少し大変。夜に寝ていると、ギシギシと関節から身体が伸びでもしているかの様な音が聞こえて来るかの気がしちゃうぐらい。」
「へぇ~、それはずっと続いたの?」
「痛みはある程度で治まったわ。治まったのか、痛みに慣れてしまったのかも知れないけど。」
「瑠璃子はあのレースの後、部活で走ってる姿を見なくなったって、」加藤が言ってた。
「実はね、バランス崩したの。」
バランスを崩した?内臓とか、女子だから生理だったりして?
「身長の伸び、手足の伸び、それに意識がついて行けない。普通に走っているつもりでも、手足がバラバラ。走る姿が滑稽に見える程よ。」
「滑稽に見えるって?」
「“運動音痴”ってあるじゃない、失礼ながら見ていて何か動きがズレている感じ。」
うん、分かる。
本人は一生懸命やっているのに、体がへんに傾いちゃってたり、全体として手足がバラバラな動き。運動する動きの効率が悪そうに感じちゃう動き。
「走る事は得意だと思ってた。誰よりも早くゴールを切る事を目指していた。それなのに走れなくなっちゃったの。」
「走るのに理想的なフォームは有ると思うけど、それに微塵も届かなかったの。」
「正直、訳が分かんない。自分の思いと体の動きがチグハグだなんて、、、でも本人はそれに気付かないの。気分が悪かったわぁ。」
もしかして、瑠璃子が周囲の男子から『なんだか機嫌が悪い』と見られていた事か?
「思った様に足が出ない、腕の振りと体の揺れのチグハグさ
が自分では気付かないから、タイムが伸びないのは何故?ってね」
「精神的な影響も有ったかも知れない。気持ち、、、心ね、身体と心とが一致しない、バランスが保てない。」
「あなたが突然いなくなっちゃったのも、ひとつの原因ね。」
「ゴメン」
「正雄が謝る事では無いのだけど。」
「今は?」
「今は絶好調よ。だけど競技者としてのトレーニングを積んではいないから、まぁ人並みかしら。」
スラリと高い背に長い手足。瑠璃子が何かの競技者に成るのに今からでも遅くは無いだろう。
「今後のスポーツは?何かするの?」
「そうね、周に何回かジムに通って運動は続けているけど、改まって何かの競技をするには、、、そこまでの気持ちは無いわぁ」
何か勿体無い様な気がしちゃう。
「ねぇ正雄、これから4年間はココで暮らす事になるの?」
瑠璃子はその内何処かに引っ越せと言うのだろうか?
確かに二人でイチャ付くのには抵抗が有る。
僕はこの寮で暮らす先輩や同級生、今後皆んなと過ごすとなると、流石に女の子(瑠璃子)を気安くこの部屋に呼ぶのは良くない事だと思う。
それに誰かが隣に入室する事になったら、余計に無理だ。
瑠璃子、刺激的過ぎるよ。
「一緒に通う事は出来ないけど、」
瑠璃子は市の中心部にある国立大学に入学していた。
僕なんかでは、入試試験を受ける事すら出来なかった。そもそも入試試験の選択科目を高校の授業では受けなかったモノがあった。
「正雄、また勝手に何処かに行かないでよね。」
いや勝手にって、家族の都合て引っ越したんだけどなぁ。
それに、
「いや、実はこの寮に居られるのは2年間かも知れないんだ。」
「どうしてよ、また何処かに行っちゃうって言うの?」
3年生からは、専門分野の学習が始まる。
「実はさ、3年生になったら(無事に進級できたらが条件なんだけど)僕は隣の県に行く事が決まっているんだ。」
「何でよ?」
「うん、専攻する学科の教室が県外なんだ。隣の県だけどね。」
2年後には引っ越すかも知れない。だから物を余り増やしてはいけないんだ。
瑠璃子が運転する赤い車を見送った。
瑠璃子には申し訳無いけど、余りココには呼ばない方がいいだろう。
「く・さ・か・り・く〜ん」
「あ、えっと名村先輩。」
「ちょっといいかなぁ」
うわっ、いきなり肩に腕を回された。捕まった、逃げれない!
新入生のくせに、いきなり女を連れ込みやがって!早速にお叱りだ!
「お前ら付き合っているのか?」
「ええ」瑠璃子が僕の事を“彼氏”だって紹介してくれたじゃないですか。
「佐原さん、変わったよなぁ。」
「あの天使が、今や凄い大人の外国人モデルみたいだな!」
そりゃ僕も驚きました。『凄いのが居る』って聞かされましたけど。
それと『日本人男子は西洋人の女性に弱い』先輩のDNA情報にもしっかりと刻まれてる。
「お前が佐原さんの彼氏だなんて、、、殴ってやりたい!」
あわわわ!
「ちきしょう、悔しい!でも、殴れない。」
「?」
「お前を殴ったら佐原さんが悲しむだろ、だから殴れない。俺達は佐原さんを守らなくっちゃ、と言い合って来たからな。」
俺達って?
「だけど、お前って、、、」
僕は名村先輩に頭の先から足元まで、それこそ品定めされてるみたいに見られた。
「あー名村先輩、言いたい事は分かります。」
「僕はアレックスとは釣り合わない。」
「アレックスって?」
「ああスイマセン。彼女の下の名前に付いてる向こう(オーストラリア)の名前の愛称です。」アレクサンドラ。
「へぇ~、そんな名前で呼べるのか。彼氏の特権かよ。」
いや、愛称ですから、誰でも。
それと人前で『瑠璃子』って呼ぶのが恥ずかしいし、誰かにその名前を覚えられてしまうのが、何故だか嫌だった。
「確かにお前は佐原さんとお似合いだなんて言えないなぁ」
自覚は有ります!でも、人から言われると何か腹立つなぁ。
それにこれからも瑠璃子の横に立てれる様に、修行するんです!
「でもな、佐原さんを金持ちのイケメンなんかが連れ添って歩いていたら、それはそれで腹立つ!」
う〜ん、どんな修行を積んだら、瑠璃子に相応しい男になれるんだろう?
「それだからか、お前だと何だかホッとする。お前はそうだなぁ、佐原さんに連れられてる犬か、天使に足げにされてる大衆の塊、かな。」
大衆の塊って?うーん、その絵面が思い浮かびません。
「お前金持ちか?」
「いえ」
「頭いいのか?」
「頭が良ければ、こんな所に来てませんよ。」あっ
こんな所って、先輩もだ。
「そうだよなぁ、そんなヤツはこんな所には来ないだろう。」
「でも先輩、アレックスを守るって?」
「ああ、俺達は佐原さんに振られた。全員だ、全滅だったよ。」
僕らの学年以外でも?
「だけどな、だからと言って佐原さんの事を嫌いになるか?相手に断られたって、自分の気持ちなんて早々に変えれないよ。」
「それに振られた後だとしても、あの姿を見ちゃったらさ、お前だってそうだろう。」
僕は無言で頷いた。瑠璃子に惹きつけられる。
「だから、お前、何かあったら俺に言えよ。」
「はい」
「だけどさ、ちょっと付き合え。どうやって佐原さんを落としたのか、俺に伝授してくれ。」
見た目の怖い名村先輩は、とても優しい人だった。
いや、瑠璃子のお陰で寮生活が楽しく送れる事になりそうだ。




