第十四話『連絡先を気にしない』
目の前で見慣れない髪型が揺れている。ゆらんゆらんと揺れるそれは復帰した与田さんのショートポニテだった。
風邪で休んでいたとはいえ、復活に合わせて髪型を変えてくるあたり、与田さんも中々お茶目な所があるなぁと思いながら、時雨さんがぴょこぴょこと彼女の髪の毛を上下させていた。
「かわいいよね?」
視線がこちらを向いているが、何とも言い難い。スマートに肯定する程、俺は色男ではないのだけれど、どうやら時雨さんの視線は、解答を保留させてくれなさそうだ。
「えぇ? いやまぁ、新鮮だよね」
「ふふふ……風邪の最中寝すぎて今日は朝四時に起きちゃったからね! お洒落も決まるってものだよ!」
与田さんはとりあえずテンションが高く、時雨さんも「可愛いねー」と言いながら、髪の毛を触るのを続ける。
なんというか、いつもの光景だった。
しかし、妙に安心する。
決して与田さんが気になるわけでもなく――いきなり髪型を変えたのは印象が変わって驚きはしたけれど、そういうことでもなく。
なんというか、二人が楽しそうにしている光景が、少し嬉しかった。
「なーに? 糸杉くんはこういうの好きなの?」
時雨さんが自身の長い黒髪の横をぴょこっと摘む。もしかすると顔でもにやけていただろうか。
「いや……まぁそりゃ嫌いじゃないんだけども。なんだか、良いなって」
「んん? よだかちゃん復帰が嬉しい? 糸杉くん、心配してたもんねぇ」
時雨さんが与田さんに何らかの目配せしているが、バレバレだった。与田さんも小さく笑って時雨さんの髪を軽くつまむ。
「ね、糸杉くんがーって、たくさん教えてくれたし、心配してくれてありがとねー? でもしぐちゃんは私のことを心配してくれてたのかなー?」
「そんなっ! 私はすっごく心配してたよ?!」
時雨さんが珍しく少し大げさなリアクションを取る。
それもそのはず、確かに俺から見ても、与田さんが休んでいる時の時雨さんはちゃんと不安そうだった。病気をしていたこと自体が良かったことだとは思わずとも、それに対してちゃんと心配をしていたのは確かだ。
「してたと思うよ。俺から見ても、割としっかりと」
「見える所で、ねーぇ……。なるほどなるほど……」
与田さんは何やら良からぬ表情をしているが、藪蛇な気がして触れないでおいた。
「それはほら、糸杉くんがよだかちゃんのためにプリントまとめてくれてたし」
「あぁー、それはありがと。糸杉くんそういうとこあるよね。意外と優しいんだよなぁ」
「意外とは心外な、友達が休んだ時くらいはそのくらいはするさ。実際時雨さんは与田さんの家までプリントも届けたんだろ?」
時雨さんは少し不満げな表情のまま与田さんの目を見てコクコクと頷く。
「心配してたよ? 一生懸命心配してたよ?」
「あはは、冗談だよ。でもしぐちゃん糸杉くんのことばっかり報告してくるんだもん。ベッドの上で笑っちゃった」
その言葉に、俺は困惑すると同時に、少し照れくさくて軽く咳をした。時雨さんは少し赤い顔をしてスマートフォンを取り出してどうやらトーク画面を確認しているようだった。
「わぁ……」
その言葉で、彼女が無意識に何から何まで報告していたんだろうなあということが分かる。
「確かにあの時は忙しそうだったからなぁ……」
「しぐちゃんはマルチタスク苦手だもんねぇ……でもほっこりしたからそれでよし!」
「……私だけなんか恥ずかしいよ?」
実際の所、俺も結構恥ずかしいのだが、それもまた藪蛇、何も言わないが花だろう。
しかし、俺のことをそこまで話すような状況だったかと少し気になったけれど、彼女なりに何かしらあったのだろう。確かに二人きりで話すのも久しぶりだった。
あれはあれでやはり、悪いものではないけれど。今はこの三人で過ごす緩やかな休み時間が少し楽しくなっている自分がいた。
「糸杉くん糸杉くん、しぐちゃんが何言ってたか見せたげよっか?」
少し意地悪そうな顔で与田さんがこちらを見てくるが、俺が首を横に振る前に、時雨さんがそれを焦って静止していた。
「よくないよくない、よくないよー! よだかちゃん意地悪だと思うなー」
時雨さんは意地悪そうな顔の与田さんのショートポニテをぴょこぴょこと摘むどころか振り回す。
「へへ、冗談冗談。それに別に、おかしなことも言ってないじゃない?」
「それはそうだけど、恥ずかしいものは恥ずかしいし! よだかちゃんは時々そういうとこあるよ!」
流石に与田さんも本気で見せようとしたわけではないだろうが、テンションが妙に高いのは、やはり一日程度でも学校を休んだ反動なのかもしれない。
「与田さんは学校楽しそうでいいなぁ。俺は時々サボりたくもなるよ」
「そりゃね、しぐちゃんいるし、最近は糸杉くんもいるしね!」
相変わらず与田さんは素直でいい子だなぁと思いつつ、俺は苦笑する。
時雨さんは、それを聞いてニコニコと笑っていた。
――なんと珍しい、満面の笑みはレアではないだろうか。
「うん、楽しい。もっと楽しくなった」
彼女の視線は与田さんを向いていたが、その笑顔に、ほんの少し釘付けになってしまったのは、隠しておこう。
「あと、糸杉くんもズル休みしたら一日中メッセージ送るからね?」
「というか、俺達連絡先知らなくないか?」
その言葉に、ガタンと与田さんが椅子を揺らして立ち上がる。
「なんでーっ?!」
「いや、なんというか。理由はないけれども」
「そだね、そういえば連絡先知らないや。教えて?」
時雨さんが自分のスマートフォンを出して、俺はその上に自分のスマートフォンをかざす。
気兼ねなくそういうことをされると少し気恥ずかしいが、それでも時雨さんは与田さんにもそれを薦めていた。
「よだかちゃんもほら」
「ん、そだね。友達だもんねー」
何とも軽いが、異性とはいえ友達ならこんなものかと思い、俺は二人と連絡先を交換する。
即座に、与田さんがリーダーのグループチャットが形成されたのは、与田さんらしかった。
「じゃ、これで誰かが病気しても安心だね?」
時雨さんが真面目な顔でそう言って、与田さんが苦笑する。
「病気じゃなくても連絡はしていいと思うよ?」
「良いの?! 糸杉くんも?」
「まぁ、別に問題は無いと思うけど……」
嬉しそうにスマートフォンを握る時雨さんから、どんなメッセージが届くのかは分からない。
ともあれ、彼女は連絡先を気にしない。けれど、連絡をしていいかは少し気にするみたいだった。




