第十五話『変なアイコンを気にしない』
ピロン、ピロン、ピロン。
スマートフォンの通知音とともに土曜日の惰眠が中断される。
ただ、その音は金曜の夜から続いていたもので、あえて消さずにいた通知音だった。
俺はその通知音を聞いて、スマートフォンを手にとってチャットアプリを開く。
よだ『だからしーちゃんもランニングしようよう』
しぐりーぬ『走るのは疲れる』
よだ『ウォーキングは?』
しぐりーぬ『歩くのは疲れる』
与田さんが早朝ランニングが趣味なのは、昨日の夜のチャットで知ってはいたが、それにしても両極端な二人だなぁと思いながら、俺は学校が休みなのに二人を見ているという不思議な感覚を覚えていた。
先日交換した連絡先、三人のグループが出来てたった一日なのに、必要じゃないというのは流石にひどいとは思うけれど大量の二人のチャットが俺のスマートフォンへと舞い込んでくる。
嫌いな相手じゃないのだ、興味がないわけじゃない、だけれどかしましすぎる。
――そして、未だに時雨さんの表示名が"しぐりーぬ"だということにも突っ込めていない。
"しぐれーぬ"ならまだ分かるにせよ、なぜ"り"なのだろう。そこらへんは、彼女の独特なセンスなのだろうか。
よだ『それだから不健康なんだよー? というか糸杉くんは?』
しぐりーぬ『よだかちゃんの方が身体は弱いよ……糸杉くんはお休み中だよ、きっと』
糸杉『お陰様で起きたよ、おはよう』
よだ『おはよー! 糸杉くんも一緒に走ろう! 筋肉をチャージしようよ!』
糸杉『いまんところ筋肉には興味ないなぁ……』
しぐりーぬ『でも結構、糸杉くんってカッチリしてない?』
興味はないというのは少しでも乗り気な言葉を返すと無理矢理連れて行かれそうだから出た方便であって、人並みに体型には気を遣っている。
筋肉質というわけではないが、だからといって運動に対して否定的ということもない。
どうやら時雨さんは気付いていたみたいだけれど、流石にこれは雨の中、一緒に帰った仲だからだろう。ワイシャツも透けていただろうし。
よだ『しーちゃんは相変わらずよく見てるねぇ』
しぐりーぬ『そうかな? 糸杉くん分かりやすくない?』
糸杉『自覚はないな……』
よだ『しーちゃんは分かりやすいけどね……』
しぐりーぬ『それはよだかちゃんも同じだと思うけどなー』
時雨さんがいじけ顔のスタンプをいくつか連投していた。俺はふと学校でタプタプスマートフォンを叩いていた光景を思い出し、ベッドの上で少しだけ笑う。
――悪くないアラームではあるか。
しかし、相変わらず時雨さんの表示されている『しぐりーぬ』という名前が気になって仕方ない。
与田さんはなんというか、シンプルで分かりやすい。アイコンもおそらく飼い犬か何かなのだろう。本当になんというか、彼女らしい。
一方時雨さんのアイコンは妙にセクシーな大根だった。面白いが、確かに面白いが、その画像を使う流れは妙に古くはないだろうか。自家製大根かどうかも少し気になる。
糸杉『ねぇ時雨さんさ』
しぐりーぬ『何?!』
まずはジャブだ、と思うと妙に神妙な空気感が漂ってしまって困惑する。
既読はついているのに、こんな時ばかり与田さんはフォローしてくれない。
糸杉『その大根って自家製?』
しぐりーぬ『そう!! なんか格好良いよね!』
よだ『格好良いっていうか、なんか……ね』
糸杉『言いたいことは分かるけど、格好良いってことにしようよ、そこは』
しぐりーぬ『格好良くない?!』
よだ『いや、格好良いよ。私たちもいつかそんな感じになれたらいいね……』
大根になった二人は見たくないが、言いたいことはなんとなく分かって、俺はベッドから起き上がって、スマートフォンを机の上に置き、階下に飲み物でも取りに降りる。
通知音は聞こえてきていたけれど、少しくらいは気にするものでもないだろう。
俺がコーヒーにたっぷりと牛乳を入れて部屋に戻ってくると、携帯からは相変わらず通知音が鳴っていた。
よだ『糸杉くんもしーちゃんも何処行ったー?』
しぐりーぬ『あー、起きたばかりみたいだし、飲み物とかお手洗いじゃない?』
――エスパーかよ。
なんだかんだ、付き合いは少しずつ長くなるものの、時雨さんの生態は読めない。
クールのように見えて、実際のところクールなのか? と思うことも最近はしばしば。
糸杉『エスパーかよ』
しぐりーぬ『ふふん、私も同じことしてたしね』
思ったままの事を言ってみると、シンクロしていた。
不思議な気持ちになる。
糸杉『ちなみに俺はカフェオレ』
しぐりーぬ『私は大人なのでブラックコーヒーです』
よだ『砂糖何個入れた?』
しぐりーぬ『私は大人なのでブラックコーヒーです』
糸杉『ちなみに俺はカフェオレ、子供だから』
しぐりーぬ『糸杉くんそれはずるいよ。私もそれにする』
土曜日なのに学校の休み時間のような感覚で、やっぱり少し楽しかった。
しかしまぁ、なんだかんだ休みの日だ。与田さんもランニングを終えたようで、朝のテンションは落ち着いていく。
よだ『いい運動だったー。それにしてもしーちゃんはテンション高かったねぇ』
しぐりーぬ『そう? いつもどおりじゃない?』
その後に疑問符を浮かべたスタンプが連投される。なんだかんだ、今も時雨さんはテンションが高いのではなかろうかと思う。
だったら、いい加減これも聞いちゃっていいだろうと思い俺はスマートフォンを手に取った。
糸杉『テンションは高いんじゃないかな、あと時雨さんさ……』
しぐりーぬ『なに?!』
糸杉『なんでしぐりーぬなの?』
よだ『あっ……』
与田さんの反応と、既読がついたまま時雨さんからの返信が止まる。
まずいことを言ってしまったかと思いつつ、スマートフォンを見つめること三分、通知音が鳴る。
しぐりーぬ『おかわり持ってきた』
よだ『今?!』
糸杉『そうかぁ……』
しぐりーぬ『この名前はなんだか、格好良いと思わない。私、大人ですし』
よだ『ちなみにお代わりは?』
しぐりーぬ『カフェオレだけどさ!』
毎日このテンションじゃ大変だろうけれど、それはそれで心地良いのかもな、と思って、一人だけれど妙に賑やかな一日が過ぎていく。
実際、朝のテンションは昼になり夕方になりどんどん落ち着いていく。
グループを作ったせいか、俺も含めてテンションが高かったのかもしれない。
しかし今日は楽しかったなと思いながら、俺は明日も学校が休みなことにやや浮かれ気味にスマートフォンをベッドの横に置き、布団に入る。
少しだけうとうとしかけたころ、ピロンと通知音が鳴った。
グループチャットの通知音については『授業中に鳴ったらヤバいしね』なんてことを言う与田さんのややアウトローな発言により通知音を無くしたはずだったから、不思議に思ってスマートフォンを手に取ると、そこには時雨さんからの個別メッセージが来ていた。
しぐりーぬ『私、今日そんなにはしゃいじゃってたかな?』
糸杉『大丈夫、俺もテンション高かったと思うし』
しぐりーぬ『ならよかった、おやすみ、糸杉くん』
糸杉『おやすみ、しぐりーぬさん』
ポンポンとスタンプが飛んでくるのを見て、俺は少し笑ってスマートフォンを置く。
時雨さんが気にすべきはまずその名前とアイコンの方のような気がするのだけれど、彼女にとってはそんなこと気にならないらしい。ただ、少しはしゃいでいたことを気にしてメッセージを送ってくるあたり、少しだけ彼女のことを分かってきたような気がした。




