第963話 完遂ですが何か?
殺し屋メイドのアーサは、『完遂のジョドー』と対峙した。
ジョドーは、右義手に仕込んである針剣で迎え撃つ。
二人が斬り結んでいる間、伝説の殺し屋である元暗殺ギルドの長ミザールは、靄になるとその場から消え失せた。
ジョドーをアーサに任せ、一人で逃げたように見えたが、それも、数瞬の事だった。
室外では、扉を破壊しようと、敵がメイスを持ち出して破壊しようとしていたが、一帯に靄がかかって視界を一瞬奪うと、次々に喉を切り裂かれて倒れていく。
これには、集まった敵達も驚き、扉を壊すどころではなくなる。
「この靄、攻撃して来るぞ! 斬りかかれ!」
幹部クラスの敵が、即座にミザールの靄を冷静に分析して、部下達に指示を出した。
多くの刃物は靄をすり抜け、傷を与える事ができなかったが、中には魔法剣を使用する者がいて、靄に変化したミザールに傷を付けて手応えを得た。
「くっ! 嬢ちゃんの逃げ道を作る為に、ここでは死ねんな!」
靄が人型に一瞬で戻ったミザールは、自分の正体を見抜いた厄介な幹部クラスを、真っ先に切り捨て、またも靄に戻る。
敵は魔法剣が効果的な攻撃だとわかり、使用できる者が、前に出て斬りかかった。
ミザールは、靄からナイフだけを形状化して対応する。
だが、多勢に無勢。
「やれやれ……、儂の専門は暗殺なんじゃがのう……。嬢ちゃんを生かすには、儂も無理をしないといけないか……」
魔法剣に斬られながらも、敵を確実に一人、二人と仕留めた後、人に戻ってぼやいた。
「負傷しているぞ! 早くこの化け物じじいを仕留めて、ジョドー様達を助けるんだ!」
敵は、数に頼んでミザールに襲い掛かるのだった。
「君、意外にやるじゃん」
アーサは、ジョドーが意外に強い事に驚いていた。
「舐めるな! 俺は『屍人会』の殺し屋精鋭部隊のトップだぞ! それはつまり、この国で最強の殺し屋という事だ!」
ジョドーは、針剣という独特な突き特化の仕込み剣で、常人では初見で突き殺されているであろう超高速の突きを放った。
「最強の殺し屋? へー」
アーサは、両手のナイフで、その凄まじい威力の突きを、ギリギリ受け流す。
重くて鋭い突きなので、防ぐだけでも大変だった。
「さっきまでの勢いはどうした!? 俺はまだ、必殺技も出していないぞ!」
ジョドーは、ようやく形勢不利な状態から冷静さを取り戻し、本来の実力を発揮し始めていた。
「必殺技? 語るに落ちたね。殺し屋が奥の手を口にする事程、馬鹿過ぎる行為はないよ」
アーサは呆れた様子を見せた。
とはいえ、ジョドーの実力は、本物である。
義手の針剣も体の一部のように馴染んで手強かった。
アーサは、片方のナイフを至近距離でジョドーに投げつけた。
手首を返すだけの最小限の動きだったので、ジョドーも反応が難しい攻撃だ。
その瞬間だった。
ジョドーの体から、無数の針が飛び出し、ナイフを弾いた。
「それが奥の手? それで敵を仕留めて任務を遂行してきたわけだね。いやー、凄い、凄い」
アーサは感心した様子は全くの「ゼロ」で、棒読み気味に相手を褒めた。
「俺の必殺技を知ったうえでその態度とはな。才能任せの殺し屋ごときが驕ると、一瞬であの世行きだぞ!」
見た目には三十歳にも届いていないアーサの容姿を見て、才能だけでのし上がってきた相手だと思ったようだ。
ジョドーは、アーサに針剣で高速突きを再度繰り出した。
「もう慣れたよ」
アーサが、針剣の剣先を空いた左手でおもむろに掴んだ。
「それで防いだつもりか!」
ジョドーは、そのまま、アーサに体ごとぶつかっていく。
その体から、先程の針を無数に突出させた。
串刺しにするつもりだろう。
アーサは、冷たい視線をジョドーに向けたまま、左足でジョドーの体当たりを、左足が串刺しになりながら、止めていた。
「その針攻撃、両手足と頭からは出せない時点で、弱点だらけじゃない」
アーサは串刺しになった左足に痛痒を抱く事なく、右手のナイフで、左肩を突き刺した。
「くっ! だが、そんな攻撃では俺は仕留められないぞ!」
ジョドーが思わず痛みに声をあげた。
だが、ジョドーも殺し屋である。
あらゆる痛みに耐えるだけの訓練をしていた。
「馬鹿だなぁ。ボクも由緒正しきヒッター家の殺し屋だよ? ただのナイフなわけないじゃない」
アーサは、不敵な笑みを浮かべた。
「どうせ毒でも仕込んでいたのだろうが、俺も耐性は──、うっ! こ、これはなんの毒だ!?」
ジョドーは、当然あらゆる毒に対して耐性を持っていた。
だが、明らかに毒の効果で全身から飛び出した針が引っ込んでいく。
「魔境の森の特殊な毒をボクなりに配合して作ったスキル封じの毒さ。もちろん、致死性がある、ね」
アーサは、左肩に突き刺したナイフを抜き取り、左足で苦しむジョドーを蹴り飛ばした。
ジョドーは、力なく床に倒れ、苦悶にその身をくねらせる。
アーサは油断する事無く、無言で歩み寄ると、苦しむジョドーの喉を切り裂き止めを刺す。
「そうだ。君達、死体になっても復活するんだっけ?」
アーサは、ナイフで心臓を突き刺し、抉った。
案の定、ナイフに手応えがあり、心臓には魔石が組み込まれていたのがわかった。
「若様のお陰で任務は達成できたみたいだね。あとは、脱出だけど……、さすがに難しいかな……」
アーサは、ジョドーが復活できないよう魔石を破壊すると、室外の気配から、ミザールが苦戦しているのがわかった。
敵は、襲撃された場合、相手を逃がさないように、幾重にも罠を仕掛け、近隣にも兵を伏せ、すぐに結集できるようにしていた。
アーサとミザールは従業員と客として潜入したが、それ以外の方法で逃げるとしたら、時間との勝負だったのだ。
しかし、敵が意外に手強かった事で、隙を狙っての脱出も不可能になっていた。
アーサは、腹を括ると扉の閂を外し、廊下に出た。
廊下は血飛沫で天井も壁も床も真っ赤に染まっている。
目の前には、傷だらけのミザールが立っていた。
「逃げていいよ?」
アーサは、自分が仕事を完遂するまで、退かずに戦ってくれていた伝説の殺し屋に声をかけた。
「終わったようじゃな。……儂も伝説と呼ばれていたとはいえ、人間だからな。限界もあるというものだ。屍に使った儂の奥の手は、魔力を大量に消費するから、二度は使いたくなかったんじゃが……。──儂が道を切り開く。嬢ちゃんはそこから逃げるんじゃ」
ミザールは、屍の『双刀斬鬼のネイ』を斬り刻んだ、『魔鋼糸』による技を再度使おうとした。
「それは使わないでくれる? おじいちゃん動けなくなるでしょ?」
アーサは、すでに、満身創痍に見えるミザールを止めた。
「そんな事を言っている場合か。お嬢ちゃんは若様のお気に入りじゃろう? ここは老骨が踏ん張り、若いもんを逃がすのが最後の務めじゃ」
「若様はおじいちゃんの事を気に入っているから駄目だよ。ちょっと休んでなって。ボクがこいつらの相手をするから」
アーサはミザールが死ぬ気で自分を助けようとしているのを再度止めて前に出た。
「やれやれ、暗殺を得意とする者同士が、多勢相手に大立ち回りとは、無理し過ぎじゃのう」
ミザールは、アーサの言葉に甘えて、後ろに下がる。
アーサは、ナイフを両手に握ると、精鋭揃いの敵の中に斬り込んだ。
その時である。
店の出入り口の方で、大爆発が起こった。
あまりの威力に地響きが起こり、敵もこれには動揺する。
「やっぱりおじいちゃん、例の『魔鋼糸』使って! ボクが背負うから!」
ミザールが断る暇もなく、アーサはミザールをおんぶすると、躊躇する事無く敵に突っ込んでいく。
「ええい、どうなっても知らんぞ!?」
ミザールは、残りの魔力を駆使して、敵の四方八方に切れ味鋭い『魔鋼糸』を張る。
一瞬、爆発に気を取られていた敵は、強い殺気を感じて、アーサ達に向き直った。
「くるぞ、迎え討て!」
敵は魔法剣を発動し、アーサ達を斬り捨てようと動く。
すると『魔鋼糸』が発動し、広い廊下に詰めていた敵は一瞬でずたずたに切り裂かれた。
アーサは魔力を失ったミザールを背負ったまま、血飛沫が上がる廊下を駆け抜けていく。
『魔鋼糸』の攻撃範囲外にいた敵が、また、惨劇の廊下に押し寄せ、アーサ達を仕留めようとしたが、ここで、また、爆発が起きた。
今度は、威力が控えめで、アーサ達の目の前の床に穴が開いた。
アーサはミザールをおんぶしたまま、躊躇する事無く、穴に飛び込む。
穴は、一階まで突き抜けており、着地すると、目の前には仮面姿の若い男女が立っていた。
「若様……!」
アーサは、嬉しそうに、だが誰にも聞かれないくらいの小さな声でつぶやいた。
仮面姿の少年は、二人を確認すると、手にしていた煙幕玉を地面に投げつけた。
一瞬で一帯が白い煙に包まれる。
しかし、敵は、慌てる事無く、逃走経路を塞いで、身構えた。
数秒後、煙が晴れると、アーサ達の姿は文字通り、煙の如く消え去っているのだった。




