第962話 殺しの時間ですが何か?
リューの相談役である元暗殺ギルドの長、ミザールと元殺し屋のメイド、アーサ・ヒッターは、角部屋の頑丈に閉じられていた北向きの窓を蹴破り、そこから外壁に出た。
壁を伝ってアーサが三階の窓に手をかける。
ミザールはすでに、魔法で靄を発生させると、特殊スキルで体を溶け込ませ、姿を消していた。
室内では、『屍人会』の殺し屋精鋭部隊の幹部会合が開かれていた。
中心には、部隊の長である『完遂のジョドー』がいた。
その背後には、マントに身を包み、フードで顔を隠した人物が、微動だにせず立っているのが不気味だ。
『完遂のジョドー』は、それを気にする事なく、部下達に罵声を浴びせていた。
「天下に『屍人会』を名乗ってからこの方、うちが失敗続きなのはなんでだ!? お前ら少し、気が緩んでいないか!? バシャドーでも、俺の足を引っ張りやがって! 次はないぞ!」
「「「へい!」」」
幹部達は、言い訳もせず、返事をする。
「──現在、うちを攻撃しているのは、『聖銀狼会』『竜星組』『バシャドー義侠連合』『死星一家』の四組織だとハッキリわかった。ここから大規模な反撃に出る。奴らと同じ手法で、だ」
「「「へい!」」」
「まずは狼煙代わりに、奴らを結び付けたバシャドー領主のガキを始末する。街を焼かれたくらいで裏社会に顔を突っ込んできた馬鹿に対する制裁だ。次に『バシャドー義侠連合』の幹部三人を始末する。エンジ・ガーディーは、俺の獲物だ。手を出すなよ?」
「「「へい!」」」
『完遂のジョドー』は、義手となった右腕を擦り、幹部達は返事を繰り返す。
リューの首は命令だからだったが、彼にとっての本命は、自分の右腕を切り落としたエンジ・ガーディーのようだ。
「──その後は、『竜星組』の大幹部達を殺る! あまり情報がない組織だが、ボスは放っておくのは危険だと睨んでいるようだからな。そして、次が『死星一家』だ。あそこは、元仲間だが、容赦するなよ? 殺し方も工夫し、他の歯向かう連中に警告する。うちに楯突いた事を後悔させないとな。最後が『聖銀狼会』だ。抗争初期から、しつこくうちに仕掛けていたからな。幹部達の居所は調べもついている。あそこはでかい組織だが、徹底的に潰すぞ!」
「「「おう!」」」
幹部達が方針を聞いて、意気揚々と立ち上がった。
その時だった。
窓側にいた幹部の一人が、前のめりに倒れた。
その後頭部には刃物が刺さっている。
「「「なっ!?」」」
幹部達が驚いて、顔を上げた。
すると、窓の側に、薄手の服に、仮面と刃物を装備した女が立っていた。
「……(『完遂のジョドー』を狙ったのに、タイミングよく立ち上がった部下に遮られるとはついてないなぁ)」
仮面の女アーサは、何も言わず、立て続けにナイフを投げていた。
幹部の二人が、眉間にナイフが刺さり、ばたりと倒れる。
「ここまで、どうやって潜入した!? ……だが、ここまでだ。逃がしはしないぞ!」
『完遂のジョドー』は、驚きながらも万全の態勢で罠も設置していたから、アーサを逃がす気はない。
幹部達も、腕利きの殺し屋達である。
怯む事無く、各々が得物を構えて、アーサに対峙した。
『完遂のジョドー』の背後に立っていたフード姿の人物『双刀斬鬼のネイ』が、フードを外して腰の二本の剣を抜いた。
剣は火を纏っている。
「ネイ、奴を殺せ! だが、室内に火を点けるなよ!」
『完遂のジョドー』は、過去の同僚に命令を下す。
生気の無い顔色のネイは、無言で頷くと、前に出た。
その瞬間、屍のネイは、双刀を、『完遂のジョドー』に向かって振るった。
いや、その背後にいる何者かに、振るったのだ。
その何者かが、『完遂のジョドー』の首筋に突き立てようとしていたナイフで、屍のネイの双刀を防ぐ。
「人間を捨てた相手には、儂の技も見抜かれたか」
『完遂のジョドー』の背後の影が、一人の老人に変化した。
「何!?」
『完遂のジョドー』が、驚いてネイの傍に飛び退る。
その間に、アーサは、幹部達を一掃していく。
殺し屋集団対孤高の殺し屋の戦いは、より優れているアーサに分があったようだ。
アーサは、殺気一つ放たず、予備動作無しで、殺し屋の幹部達に迫り、簡単に喉笛を切り裂き、急所を突く。
これには、殺しの技術が一流である殺し屋幹部達も驚愕した。
殺気に反応して動く訓練を徹底している者達にとって、殺気なしの攻撃は、一瞬反応が遅れるのだ。
その為、あっさり、殺し屋幹部達は、次々に仕留められていく。
『完遂のジョドー』は、アーサの動きを気にしている余裕はなかった。
自分が背後をあっさり取られ、死ぬ寸前だったからだ。
まさか、死人のネイに助けられるとは思っていなかった。
「貴様は一体何者だ!? 俺の背後を取れる殺し屋など今まで存在しなかったのに!」
「……答える馬鹿がいるのか?」
ミザールは、呆れて思わず口を開いた。
その一方で、死人のネイを警戒していた。
自分にとって相性が最悪だったからだ。
靄に紛れる技は、魔剣や魔法剣を苦手としている。
さらに、その靄に溶け込んだ自分に気づけるのは、余程の化け物か、生気のない屍か、感知系のゴーレムの類だけなのだ。
「ネイ、こいつを頼む! 俺は、幹部達と協力してもう一人の女刺客を──」
『完遂のジョドー』は、ミザールを見抜いたネイに任せ、振り返った。
だが、時すでに遅し。
アーサ対幹部殺し屋の戦いはすでに決着がついていた。
それどころか、室外の敵が物音に気付いて扉の外にまで駆け付けたので、アーサはその扉に閂をしている最中だった。
「伝説の殺し屋も、歳を取って腕が落ちたの?」
アーサが、呑気な口調で、ミザールが仕留めそこなった事を指摘した。
「相性最悪の相手なんだから仕方がないじゃろ。とはいえ、やる事はやっておるさ」
ミザールは意味ありげにアーサの挑発に答えた。
屍のネイが、双刀を身構え、ミザールに斬りかかろうとした。
だが、急に動きが止まった。
「何をしているネイ!? その爺を、早くやれ! ──者ども、敵だ、早く扉を破って入ってこい!」
『完遂のジョドー』は、ネイに命令を下す一方、外の部下達を呼びよせる。
だが、敵の襲撃を警戒して改造した扉は丈夫で、外から破壊するのは中々難しかった。
ここにきて、襲撃を想定しての準備万端な防御が、裏目に出た形だ。
「普段は、標的を一分以内で仕留めておるのに、今回は、時間がかかったな。それも、屍相手では殺した感覚もありはしない」
ミザールは、溜息混じりに愚痴を漏らした。
「何を言っている!? ネイ、早く仕留めろ!」
その瞬間、動きを何かに封じられていたネイは、上半身がバラバラに斬り刻まれて、その場に崩れ落ちた。
「殺気も感じられないのは、屍の弱点だったのう。久し振りに本気を出したわ」
ミザールは、そう言うと、手にしていたナイフで、空を斬った。
すると、先程まで何もないように見えた空間に無数の魔力の糸が現れ、ナイフで切られた拍子に消えてなくなった。
「魔鋼糸!? 殺気と魔力で紡ぐ伝説の暗殺術……。とうの昔に喪失したはずの技ではないか!?」
『完遂のジョドー』は、驚きながら義手を外し、仕込んであった針剣を出す。
「お爺さん遅いよ。作戦ではすでに片付けて、脱出している時間のはずなのに……。──部屋の外を、完全に囲まれて逃げられそうにないよ?」
アーサは、緊張感のない声で、ミザールを非難する。
「すまん、すまん。いつもの癖で、一人なら逃げられるからと高を括っておった」
ミザールは、スキルなら、靄に変化して脱出も可能だろうが、アーサは、その手のスキルを持ち合わせていない。
「もういいよ。──とりあえず、標的のこいつを始末して、あとは考えよう」
アーサは、ナイフを構えると、『完遂のジョドー』に対するのだった。




