第961話 伝説の暗殺者ですが何か?
裏社会の静かで壮絶な暗闘は、次第に表沙汰になる程激しいものになってきた。
とはいえ、一般人を巻き込む事は今のところない。
リュー達四組織同盟は、『屍人会』の幹部、重要関係者という標的のみを仕留めると、すぐに退散するというやり方だったからだ。
以前に行われていた『聖銀狼会』の襲撃とは違い、一般人に配慮したやり方に、地元の警備隊も多少見過ごす事もある。
地元警備隊には、『屍人会』から賄賂を貰っている者もいたが、被害届が出されないと動けないのだった。
『屍人会』の縄張りである某所。
リューの相談役である元暗殺ギルドの長ミザールは、とある通りの一角でゆっくりお茶を飲んでいた。
見た目だけは、どこにでもいる老人である。
服装も一般的な庶民のものだから、街の雰囲気に溶け込んでいた。
「おじいちゃん、そろそろ時間だから、お仕事済ませましょうね」
孫だろうか、若い男が、ミザールに声をかけた。
「ほう、《《時間がきた》》か。それで、どんな《《ネズミ駆除》》だったかのう?」
ミザールは、孫らしき男に、仕事内容を問う。
「利口なネズミみたいだよ。今日は、若い人と組んで、複数駆除に変更かな」
孫らしき男は、作戦の変更を伝える。
「そうか、そうか。腕が鳴るのう」
ミザールは、それだけの隠語で全てを理解したのか、お茶を啜る。
通りに面したお店から、窓の外を眺めていたが、その前を黒塗りの馬車が通り過ぎていく。
チラッと、馬車の窓から乗車している者が見えた。
『屍人会』幹部で殺し屋精鋭部隊の隊長でもある『完遂のジョドー』だった。
「周囲にもネズミが多そうだが、楽しみだわい」
ミザールは、立ち上がると、お代を払って孫らしき男と一緒に店を出る。
そして、二人で、人気のない路地裏に入っていく。
それを追う者がいた。
どうやら、ミザール達を怪しいと見張っていた者がいたようだ。
尾行していた人物は、二人を追って、路地裏に入る。
すると、若い男だけが、歩いていた。
「じじいが消えた……!?」
尾行者は驚くと、若い男だけでも捕らえようと、腰の剣を抜いて追いかけた。
路地裏の道は狭く、日陰も多い。
その日陰の一つに入った瞬間、尾行者の喉が、何の警告もなく掻っ切られていた。
若い男が振り返り、血飛沫を上げて倒れる尾行者の返り血を躱して抱き留める。
日陰の一部の暗がりが動き、若い男は黙って頷く。
そして、死体となった尾行者をマジック収納付き鞄で回収し、何事もなかったように、若い男はその場をあとにするのだった。
ミザールは、火と水魔法で靄を作り出し、そこに体を溶け込ませるスキルを持つ伝説の暗殺者である。
一瞬の時間があれば、闇に溶け込み、相手を始末する事は容易い。
初見で見破られる事は、ほとんどなく、実際、ある人物以外は、ミザールのこの技に気付く前に始末されていた。
唯一気づいたのは、現在の主であるリューだけである。
「『屍人会』が誇る殺し屋精鋭部隊の長か。なるほど、隙がない人物のようじゃのう。警戒も厳しいわい」
ミザールは、影を利用して、『完遂のジョドー』が乗る馬車を尾行していた。
馬車は、街中の歓楽通りに到着すると、『完遂のジョドー』が、馬車から降りて、お店の一つに入っていく。
周囲には、通行人や客引き、用心棒が通りに立っており、停車した馬車が数台止まっている。
「全員同業者みたいじゃのう。うちの十人衆程ではないが、腕も立ちそうじゃ」
ミザールは、路地裏で人目がないのを確認して一旦スキルを解くと、人の姿に戻った。
見た目が、老人から年配のおじさんに変わっていた。
それが、スキルなのか、変装技術なのかわからないが、ミザールは堂々と正面から営業中の娼館に入っていく。
店内の従業員もほとんどが、『完遂のジュノー』の部下に変わっており、厳戒態勢になっていた。
「いらっしゃいませ。お客さん、初めてかい?」
従業員が、ミザールに声をかけ、安全な客かどうかふるいにかける。
「いや、以前に一度来た事があるぞ。あの時は、セシルちゃんと言ったかな、そんな子を指名した気がするな……。今もいるかい?」
ミザールは、従業員が同業者である事をわかったうえで、嘘を口にした。
「セシル? いたのか、そんな子?」
聞かれた従業員に扮している同業者は、本物の従業員に聞く。
「……そう言えば、二年前くらいにいた気が……。あ、でも、セシルじゃなくてナシルだったような……」
「ああ、そんな名だった気がする。いるかい?」
ミザールは、本物の従業員のおぼろげな記憶に付け入った。
「今はいないよ。似た子ならいるけど、どうだい? 少し待ってもらう事になるけどな」
このやり取りで従業員は、ミザールが初見の客ではないようだと思い込んだ。
従業員に扮している同業者もそれで、ミザールを地元の人間だと思い込み、警戒を解く。
「新人とかいるかい? 慣れた子より、初々しい子の方が最近はいいんだよ」
「好きだね、おっさん。丁度、今日から入る子がいるんだが、聞きわけが良くなくてな、この商売の基本を教えるのを頼めるかい?」
従業員は、ミザールが娼館慣れしていると身なりや話し方から察すると、お願いした。
「わかったいいぞ。だが、少しは負けてくれよ? ──あと奥の角部屋を頼むよ」
ミザールは承諾すると、従業員に扮した同業者に案内させる。
ミザールは角の部屋に案内されてしばらく待つと、女が荷物を持ってやってきた。
商売道具が入っている箱だ。
「初めまして、アリサです」
新人の女性は、愛嬌もなく、頭を下げる。
「仕事の時間だ」
ミザールは、新人女性を見るなり、普段の老人姿に戻っていた。
その手には、どこから取り出したのか、投げナイフや刃物一式が入った革の包みが握られていた。
新人女性はよく見ると、リューのメイドであるアーサだった。
どうやら、ここを『屍人会』の隠し事務所だとわかったうえで潜入していたようである。
アーサは、黙って包みを受け取ると、商売女に見える薄手の服姿を気にする事無く、装備を整えるのだった。




