第946話 秘術についてですが何か?
リューは、魔境の森の奥地にあるアニマーザルの街の長の邸宅前に来ていた。
当然、リーン、スードも一緒である。
現在、アニマーザルの街には、リューの祖父カミーザ、部下のゴーキとフージン、研究開発部門のマッドサイン、農業部門のタガヤとその部下達が滞在している。
カミーザは入手した『魔境の雫』の使用方法について、長のライガに学ぶ一方、怪我を癒していた。
ポーションや治癒魔法で完全回復とはいかなかったからだ。
ゴーキとフージンも回復と休養という形でカミーザに付けていた。
マッドサイン達は、ひたすら研究の為である。
とはいえ、すでに十日近くが経過していたから、リューは迎えに来たのだった。
「おお、リューよ。迎えに来たのか」
祖父カミーザは長の邸宅にお世話になっていた。
長の孫娘シャームと話し込んでいる最中だったが、リュー達に気づいた。
「おじいちゃん、もう怪我は大丈夫?」
「ライガ殿が色々と助けてくれたから、傷の治りも早かったようじゃわい。わははっ!」
カミーザは、腕を振り回して笑う。
「『魔境の雫』の使用方法は?」
リューは、カミーザ一番の目的が達成できそうか、確認した。
「それがのう……、なかなか大変そうなんじゃ……。本領に戻ったらファーザ達に協力を頼まないと難しいみたいでな」
カミーザは溜息を吐く。
「実は、『魔境の雫』を使用した秘術には、膨大な魔力が必要なうえ、いくつかの条件が揃わないと成功しないの」
シャームが、アニマーザルの街に伝わる秘術の条件の説明を始めた。
それは、魔力に優れた者を最低でも三百人程集め、魔法陣の中で魔力を注ぎ、その魔力を一旦受け止められる媒体内で、一つの色に魔力を染めてから変換し、『魔境の雫』に移さなければならないという。
それを対象者である祖母ケイの壊れた魔力核に流し込む。
壊れた魔力核をその魔力で修復し、そのまま全身の隅々に魔力を流し直す事で、治療できるそうだ。
あまりに、壮大な治療方法なので、リューも息を呑む。
「そこまでして治した人はこれまでにいるの?」
リューは最大の疑問を口にした。
そもそも、祖母ケイのように魔力核が壊れて魔力が枯渇状態になる事自体が稀なケースだし、危険を冒してまで治す人もいそうにない。
それこそ、国家が動いても古代竜から『魔境の雫』を手に入れるのは、到底不可能な事の気がした。
「ふふふっ。『魔境の雫』は奇跡の石とも呼ばれているのよ。別に、魔力が枯渇している人を治療する為だけに存在するものではないの。──そうね……、例えば、説明した方法で、肉体を生き返らせる事もできると言われているわ」
シャームは、古代獣人族に伝わる秘術の一端を説明した。
「肉体を!? それって、欠損部位を、って事? それとも、文字通り、生き返らせるって事?」
「どっちもよ。ただし、肉体を生き返らせても、魂が入っていないと意味がないから、魂は別に違う秘術で入れ直す必要があるみたいだけど」
シャームはとんでもない説明をした。
それが事実なら、この世界のお伽噺にある『賢者の石』そのものではないか。
これには、リューだけでなく、リーンやスードも言葉を失う。
「言っておくけど、あくまで伝承にあるだけで、実際に生き返った人はいないと思うわよ? ふふふっ」
シャームは驚く一同の反応がおかしくて笑った。
「魂を入れる秘術も伝承にあるの?」
リューは一応確認した。
もし、それもあるのであれば、文字通り国が動く可能性がある。
「降霊術はあるけど、魂を入れる秘術は、伝わっていないから実質不可能よ。ふふふっ!」
シャームは冗談だったとばかりに笑う。
これには、リュー達も上手く乗せられた事に気づいて安堵した。
「びっくりしたよ。そんな事ができるなら、伝説上の魔王や人物の復活も可能になるわけだから」
リューは真面目に信じかけたので苦笑した。
「死んだ魂は、天界や冥界に行くと私達の文化では言われているわ。そこに行った時点で、復活はできないの。だから、可能性はゼロよ。それに、『魔境の雫』自体、古代竜一体から一、二個しか得られないらしいから」
シャームは肩を竦めて見せた。
「そんなに都合が良いものでなくて安心したよ」
リューはリーンと視線を交わして安堵する。
「儂らは運が良かったという話じゃ。しかし、『魔境の雫』があっても成功するかはわからないらしいがのう」
カミーザは、リュー達が理解するまで黙っていたが、ようやく口を開いた。
「魔力に優れた者を最低でも三百人程かぁ。媒体となるものも想像できないのだけど……。──もしかして、媒体って……、千年樹の事?」
カミーザが、父ファーザ達に協力をお願いしないといけないと言っていた事を、リューは思いだした。
「そういう事じゃ。黄竜フォレス様は、ランドマーク領に条件が揃っているからこそ、儂に『魔境の雫』の存在を教えてくれたわけだ」
「そうか……、魔力に優れた者も、エルフの村のみんなにお願いすれば、集まるのか!」
リューは、カミーザのエルフからの信頼が厚く、千年樹があるランドマーク領という土地だからこそ、秘術が可能である事をようやく理解した。
「私達にも魔力に優れた者がいるから、協力するわよ。長もそのつもりだし」
シャームは、古代獣人族を代表して申し出た。
アニマーザルの街は、傍若無人な古代黒竜の支配から脱し、一定の安全を得る事ができた。
今は、皇帝竜である黄竜フォレスの縄張りになっているので、他の古代竜の影響も避けられている。
それもこれも、リューとカミーザ達のお陰だったから、協力を惜しまないのだった。
「孫のリューがいるという事は、カミーザ殿、帰られるのか? ならば、今日は送別の宴だな。皆の者、準備せよ!」
長邸宅の奥で仕事をしていたライガが、リューの姿に気づいて庭先に出てくると、すぐに送別会の準備をさせるのだった。




