第944話 負け戦ですが何か?
「結構硬かったけど、古代竜に比べたら、まだ、大丈夫だったね」
リューが、斬り刻んだマーダの死体を見下ろした。
「お陰で、楽だったわ。──これ、バシャドーの住宅の地下で変身した奴と違うタイプじゃない?」
リーンが、マーダの細切れ死体の中から、心臓に付着している加工された魔石を刃先で突き刺し取り出して見せた。
「本当だ……。これもしかして、生前から手術なんかで装着させられているのかもしれない。心臓に馴染んでいるもの」
リューは、昨日今日取り付けたものでない事に気づいた。
「処刑した時は、発動しなかったわよね?」
リーンは不思議そうに、眺めた。
「首を斬り落とされたからじゃない? もしくは死んだら誰かが発動させないといけないとか?」
「死ぬ前提だとしたら、馬鹿馬鹿しいわ。生きているから一生懸命になれるのにね」
「僕もそう思う。──見る限り、使用されている魔石は市場にも出回らない高額なものだから、幹部のみの仕様かな。意識があるだけでも凄いけど、人間を辞めているのは頂けないよ」
リューは、加工された魔石をマジック収納で回収するのだった。
その頃地上では──。
「クッ、さすがに数が多すぎる! こちらの残りは何人だ!?」
ヤリク・シリアズキン伯爵は、『神槍』の異名に恥じない活躍を見せていた。
とはいえ、敵は襲撃を察知して完全に迎え撃つ体制を整えていたので、ヤリク率いる部隊は分断され、揉み潰されそうな状態になっていた。
その時である。
外から新たな手勢が屋敷内に突入してきた。
ヤリクは新たな敵だと思い、絶望しそうになった。
だがそれは、援軍であるバシャドーの領兵隊長バトゥとスード率いる部隊だった。
ヤリクの部隊を包囲する『屍人会』の連中の背後を突く形になり、形勢が逆転する。
「リューのところの部隊か! リューはどうした!?」
ヤリクは縦横無尽に槍を振るいながらもかなり疲れた様子で、リューの安否を確認した。
「ここに!」
そこへ、地下から戻ったリューとリーンが、『屍人会』の者達をまとめて吹き飛ばす派手な登場を見せた。
「今までどこにいたんだ!? こいつらのボスは、どうやら、逃げてしまったようだ。どこかに現場を指揮する幹部クラスがいるはず。そいつだけでも討ち取るぞ!」
「それなら、先程、地下にいました。一人は逃げられましたが、もう一人の幹部は斬り刻んで始末しましたよ」
リューが、ヤリクの命令をすでに完遂した事を伝える。
「何!? ──……ならば、一定の目標は達成できたが、こちらの被害も大きいから、撤退するぞ!」
ヤリクは、リューの活躍をほとんど見る事ができなかった。
しかし、言われる前に仕事を熟す頭の切れと、敵を蹴散らす姿が見られたので、それで良し、と判断するのだった。
ヤリクが指揮した『屍人会』襲撃作戦は、残念ながらあまり芳しくない結果に終わった。
それは、襲撃作戦が事前に漏れており、どこの敵事務所にも迎撃態勢を取られていたからだ。
五千という圧倒的な数で強行したものの、仕掛けられていたありとあらゆる罠にかかり、結果の割に死傷者が多いものとなった。
各地ではリューの部隊の救援で助かった者も多い。
結局のところ、一番結果を残したのは、本部事務所と思われていた屋敷の襲撃だった。
リューが死んだはずの幹部を討ち取り、もう一人の幹部も逃走、被害は大きいものの、リューの領兵隊の活躍もあり、結果的に被害は最小限に抑えられた。
「やはり、地元貴族へ事前に襲撃情報を伝えたのが、失敗の原因でしょうね。あとは、伝達した王宮からも漏れた可能性もあります」
リューは、ヤリクに率直な指摘をした。
「王宮から!? 馬鹿な、『屍人会』は、王宮にも情報網があると言うのか!?」
ヤリクもさすがにそれを想像できていなかったのか顔色を変えた。
「ちなみに、襲撃許可は誰を通して取りましたか?」
「馴染みの宮廷貴族に頼んだ形だが?」
リューはヤリクからその貴族の名を聞くと、内心嘆息した。
それはエラインダー公爵派閥に所縁のある貴族だったからだ。
「ヤリク殿。『屍人会』の背後には、支援する貴族がいると僕は睨んでいます。具体的な証拠はありませんが、ルトバズキン公爵に並ぶほどの大貴族だと思っています」
「父上に並ぶ貴族などほぼいな──、……まさか!?」
ヤリクは、リューが何を言いたいのか、一瞬わからなかったが、すぐにどこぞの大貴族の名前が頭に浮かんだ。
「これは裏社会だけの問題ではないという事です」
リューは敢えてエラインダー公爵の名を口にしない。
ヤリクの部下達もいるからだ。
彼らにしたら、主君の人間関係の中で一番親しいと思われる相手の事だったから、夢にも思わないだろう。
中にはエラインダー公爵の部下と親しい者もいるかもしれない。
だから、下手な事は言えないのである。
「……つまり、我らはやる前から負ける戦をやっていたと? ……証拠はあるのか?」
ヤリクは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「敵は、そういった証拠を上手く隠し果せてきたからこそ、ここまで巨大な組織になったのですよ。僕達は、巨大な敵が相手だという想定の元、慎重に動いてきたんです」
リューもエラインダー公爵を直接敵にする行動をとって、本家に迷惑をかける事態は極力避けたい。
やる時は、勝てる算段が付いてからである。
「……父上に相談してみる。相手が相手だからな……」
ヤリクは襲撃作戦失敗もだったが、リューから知らされた可能性の方にも動揺していた。
各公爵家はクレストリア王国の屋台骨というべき大貴族である。
それが、裏社会で暗躍する大組織の背後にいて、好き勝手やっていたとなれば、大きな問題である。
エラインダー公爵家が、時に不穏な行動を取るのは、ルトバズキン公爵家も知っていた。
だがそれは、国と王家の他に、自家の利益を考えての行動だろうという事で、大目に見ていたのだ。
それが、一貴族の街に放火させて大打撃を与えたり、国民を虐げる行為を行っている組織を動かしてるとなれば、言語道断だった。
ヤリクの家は、根っからの武家である。
戦に関わる事については、どこの貴族家よりも優れているという自負があるが、国政や外交については王家や貴族に丸投げ状態だった。
それが裏目に出た事で、考えを改める時期が訪れたのだった。
「ルトバズキン公爵軍の被害はかなり大きかったみたいだね」
リューは肩を落として去ったヤリクを見送ってから、リーンに確認した。
「ヤリクの部下から聞いたけど、うちの救援があっても、三割くらい負傷して、戦果はあまり得られなかったみたいね」
リーンは肩を竦めて見せた。
これが戦であれば、三割の損耗率は、負けを示すものだったから、ルトバズキン公爵にとっては、受け入れがたい結果だろう。
「でも、これで、ルトバズキン公爵は、エラインダー公爵との関係について考え直す事になるだろうね。僕達にとっては、いよいよエラインダー公爵へ反撃できる機会が生まれそうだから、慎重に事を運びたいかな」
リューはニヤリと笑みを浮かべる。
「それって、エラインダー公爵対ルトバズキン公爵の対立軸を考えているでしょ?」
リーンがリューの悪だくみを予想した。
「まあね。さすがに僕達が単独でエラインダー公爵を敵に回すわけにはいかないから。まあ、これでルトバズキン公爵は不信感を持ち、これからは慎重に動くと思う。直接対決したら、国が割れるからね。その中で、うちも両者の対決の陰に隠れられれば、動きやすいかなと」
どうやらリューは、今回の襲撃が失敗する前提で動いていたようだ。
「本当に悪い事考え過ぎよ」
リーンは呆れるのだったが、その顔は楽しそうであった。




