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先ほど、カムラがこちらへと行くのが見えた。痛む胸を抑え、動けそうにない体を無理矢理前へと動かす。フレイヴは寒空の下にいるというのに、暑いなと思っていた。それでも、服を脱ごうとはしない。そのようなことをするよりも、彼女を追いかけたかったから。
息は荒い。ずるずると体を引きずって――フレイヴは少しだけ開けた場所へとやって来た。そこにはナズーと魔王がいた。ナズーはこちらに背を向けて「すべての始まりだ」と言う。魔王の胸にはカムラの剣が刺さっているではないか。
「どういう……?」
フレイヴは真実をすべて知っているはずだ。しかし、ナズーが言っていることを理解できていなかった。
「これで俺とお前はまたしても、何らかの形で出会うことになる。それこそ、ナズーという存在を通して」
「…………」
何も言えなかった。これが、クラッシャーの言っていた世界のループとやらか。そう強引に解釈しても、納得はいかない。フレイヴは急ききった声音で「意味がわからない」と返した。どうしたら魔王の胸にカムラの剣が刺さってループすると?
「これで、過去の俺は不死者になったからだ」
「カムラが持っていた剣って、そんな力があったの?」
ただし、本の中での話だ、とナズーは言う。
「本の外だと、そんな力はないさ。俺が改変しちゃったから」
「……そもそも、魔王はここで何をしようとしていたの?」
魔王はやるべきことがある、と言っていた。それは果たして実行されたのか。それとも、カムラに妨害されてしまったのか。どちらにせよ、何をしようとしていたのかが気になった。この質問にナズーは答えてくれた。
「俺は過去の俺を殺そうとしていた」
「なんでまた……」
「世界を終わらせる条件は名なしの完全な死だけれども……もう一つ特殊ルールとして、名なしが死ぬ代わりに俺が死ぬことっていう嫌なルールがあるんだ。そして、何より俺は死ぬのを誰よりも恐れている。今でもな……」
死ぬことを恐れた魔王はカムラを殺そうとした。だが、彼女を殺すにあたって、自分の手を汚したくないばかりか、フレイヴにやらせようとしたのだ。これは――彼に同情していたことを忘れて許せそうにない。
「ぼくはどうすればいいんだよっ!」
もう何をすればいいのかわからなかった。世界のループは避けられそうにない状況。世界を終わらせることは叶いそうにない。また同じ悲劇が繰り返されるのか。
「カムラを殺そうとしたお前がっ……!」
言いたいことは山ほどある。それでも、言葉が喉につっかえて何も言えなかった。言葉の代わりに涙があふれ出てくる。カムラには永遠に本の中で彷徨っていろと突き放された。知らない世界に独り取り残された気分。胸の苦しみよりも悲しみの方が強かった。そんなフレイヴにナズーは「そうだな」と慰めの言葉をかけた。
「俺はダメなやつなんだよ。常識知らずの嘘つきで素直じゃなくて……寂しがり屋なダメな人間」
ナズーはそう言うと、フレイヴに神様の日記を差し出した。
「俺はダメなやつだから、正反対のしっかりとしたお前が決めてくれないか?」
「ぼく、が?」
「お前は正直者で素直だけれども……寂しがり屋の人間だろ?」
神様の日記を受け取った。目の前にいるナズーはバケモノだというのに、とても穏やかな表情を浮かべていると「そうそう」そう、何かを思い出したように「さっきの話の続きな」と名なしとの関係について教えてくれた。
「俺、名なし……×××のことが好きだったんだ」
急に強い風が吹いた。そのせいで、一部が聞き取れなかった。フレイヴが小首を傾げると「お前が知っている名なしの姿をしたあの女の子の本名ってやつ?」と、どこか難しそうに教えてくれた。
「あの子の名前を名なしは盗ったんだよな、確か」
ふと、思い出す。名前をカムラに盗られた女の子。あの子の名前、ナズーは知っているのか。だが、彼女の名前をもう一度、訊きたくても訊けそうにない。
「俺は好きな人とずっと一緒にいたいって願いはあったけど……叶いそうにもないな。多分、お前の願いぐらいならば叶うはず」
「……ぼくの願いは、ナズーのいない世界」
「ははっ、きっと叶うよ」
笑顔を見せたナズー。だが、一瞬だけ、フレイヴに似た少年――年相応の少年がする笑みを浮かべているように見えた。その笑顔を見せると、ナズーは――魔王は消えてしまった。何があったのかわからず、この衝撃的事実にフレイヴは思わず神様の日記を落としてしまう。
雪の上に落ちた本は最後の方のページを開く。そこには――。
『もしも、俺の願いが叶わないならば、フレイヴ・アイザニラの願いは叶うだろう。』
魔王は最後の望みとして、すべてをフレイヴに託したのだった。
――ぼくの願いは……。




